お仕事お仕事るんるん……るん?
「とは言うもの、拙者は今、怪我をする訳にはいかぬ身。なれば、別の方法を考えねばいかんでござろうな」
彼女は首を捻り何かを考えている様子だが、俺は何としても嫁取りを避けたい。故に、ウォルさんに目配せをすると、彼も察してくれたのか小さく頷き、アーツ辺境伯に向かって口を開いた。
「アーツ殿、話は変わるのですが、何故、警備の衛兵を増やしたのですか?」
これならしばらくはあの話から逸れる事だろう。
ウォルさんの察しが良くて助かったあ。
そして俺は、安堵の溜息を付いた。
「ん? ああ、それでござるか。ここ最近、毎日と言って良い程街の直近に地竜が出没してござってな、民が怯えているのでござる。故に、防備に付く衛兵を増やしたのでござるよ。ただ、地竜とはいえ竜族の一派でござるから、拙者としても手を出しあぐねているが現状でござる」
こちらから手を出さぬ限りは襲われる事もない故、と締めくくった。
それに俺は微かな疑問を感じた。
竜族の一派、という事はオラス団長と同じ天族って事だ。となれば意思の疎通も可能な筈。なのに何故、話の通じる相手に交渉をしないのだろう、と。
俺はその事を思い切って聞いてみる事にした。
「あの、ちょっといいですか?」
「何でござる?」
「地竜って天族ですよね?」
「そうでござるよ」
「意思の疎通が出来るんじゃないですか?」
「出来る、と言えば出来るでござる」
「じゃあ、なんで――?」
「確かにこちらの話は通じるのでござるが、地竜の言葉が分からないのでござるよ。それに、竜族は念話が苦手と聞いているでござるし、実際、遠巻きではござるが、こちらが近付いても念話をしてくる気配が無いのでござる」
初耳だぞ、そんなの。
「そういえば――、ドルゲン様も念話が苦手な様でしたね」
教授が行き成りそんな事を口にする。
「そうなの?」
「はい、こちらから繋がない限り、念話は成立しませんでしたから」
「って事はさ、もしかして竜族が俺達と接触をしないのって、会話が成立しないからか?」
「有り得ますね。しかし、私ですら気が付かない事をこうも易々と気が付くとは、流石はマサト殿です。感服いたしました」
何故か教授に褒められた。
でも、嬉しくないのは何故だろう?
「そうなると、オラ――ドルゲンさんは話せるようになったから帝国に居るのかな?」
「或いは、言葉を教えてくれた恩を返す為に、あの国を守っているのかもしれません。竜族は義理堅いですし」
なんかこう言っちゃ見も蓋も無いんだろうけど、フェリスとかオラス団長が普通に話せたから、どの種族とも会話が成立すると思ってたけど、意外とそうでもないんだな。
そう思った所で気が付いた。
「でもさ、精霊のお陰で俺達は国が違っても言葉が通じるってのと、矛盾してない?」
以前ウェスラから聞いた事と今話している件で矛盾が生じてしまう。
「それは簡単な事じゃ。竜族はワシ等よりも精霊に近い存在じゃからじゃよ」
竜、それも天族に属する竜は基本、繁殖を行わないそうだ。何故そうなのというと、その殆どが自然発生的に生まれるからで、下位の竜とは別種なのだとか。尤も、まったくしない訳じゃないらしく、そういった固体は生まれながらにして強大な力を秘めているので、滅多な事では人前に姿を見せる事が無い、という事だった。
「そう言う訳で精霊も自分達と同じ存在と捉えておる節が有る様での、一切力を貸さぬのじゃ」
これじゃ衛兵が増えた理由が分かっても、何の解決にもなりゃしないな。
あ、でも――。
「ですが、それでしたら近付かない様に頼めば良いだけではないですか。何時までも兵に緊張を強いては、要らぬミスを誘発しかねませんよ?」
俺が言おうとした事を、ウォルさんにかっ攫われてしまった。
くそ、主導権が握れねえ。
「実はそれだけでは無いのでござる。野盗の類も出没しているのでござるよ。それも、強力な魔物を従えた奴等が、でござる」
「魔物を従えた野盗、ですか……」
ウォルさんは組んだ腕の片方の手を顎に当て、ソファーに背中を預け何かを一瞬考えた後、呟くように問う。
「どんな魔物ですか?」
「アラクネ、でござるよ」
即座の返答と、魔物の名前を聞いてウォルさんの表情が険しくなった。
「少々厄介、ですね」
「そうなのでござる。並みの兵では餌になるだけでござってな、正直困っているのでござる」
アーツ辺境伯の表情も険しくなり、ソファーに身を預けて考え込んでしまった。
ここは一丁、俺達の出番ってとこだな!
俺はウォルさんに目を合わせると頷き、口を開いた。
「俺達を雇いませんか?」
行き成り提案をされたアーツ辺境伯が困惑した表情を見せるが、それに構わず俺は言葉を浴びせ掛ける。
「これでも俺達は冒険者です。依頼を受け、それを完遂する事で金銭を得る。そうして生計を立てているのです。本来ならばギルドを通して依頼をして頂くのがベストなのですが、俺の立ち居地は面白い事に、ユセルフ王国寄りなのはご存知の事だと思います。ですが、だからと言って無償で事を成す訳にはまいりません。国からは給料を頂いていませんからね。なので、それ相応の金額を提示していただければお引き受け致します。どうです? 悪い取引では無いと思いますが?」
それでも彼女は難色を示すように険しい表情を崩さない。
仕方ないな。あれでも見せるか。
俺は皆に目配せをすると、ソファーから立ち上がりその後へと移動する。
アーツ辺境伯は目で俺を追いながら、何事か? といった面持ちで見詰め、その間にウェスラが前口上とばかりに口を開いた。
「貴様がマサトの力を疑っている事はワシにも分かる。じゃがの、あの追いかけっこでマサトがその力の全て見せた訳ではないぞ。そしてこのローリーは、ワシに匹敵するだけの魔法の才を持つ者じゃし、ここには連れて来て居らぬが、人虎族の剣士もおる。まだ子供じゃが、防御に関しては鉄壁を誇るフェンリル一族の王子もおるしの。更に言えば、双頭犬もおるしな。場合に因っては、ここら一帯に巣食う黒妖犬を全て呼び寄せる事も出来よう。本来ならばアラクネを操る野盗如き、ワシ等全員で当たるのは勿体無いくらいなのじゃ」
ウェスラが後方の俺に視線を向ける。
そして、それを合図に俺は、背中に純白の羽を顕現させた。
「そ、れは……精霊の風羽、ではござらぬかっ! しかも、六枚翼など、拙者たちハイエルフですら寝物語でしか聞いた事が無い代物でござるぞ……。それを何故、卿が……」
驚愕に目を見開き、ソファーに着けていた背を離して食い入るように俺を見詰る。
「マサト殿は精霊に愛されていますからね」
教授の何気ない一言で彼女はハッとした後がっくりと項垂れ、ソファーに深々と座り込み、溜息と共に呟きを洩らした。
「そう、でござったか……。だからあの時、拙者は池に落とされ、卿は救い上げられたのでござるか……」
それにウェスラが即座に反応して言葉を返す。
「随分と興味深い話じゃが、今は聞かぬとしよう。貴様の名誉の為にもな。で、どうするのじゃ?」
問い掛けた後、しばらくの間沈黙が訪れ、その間に俺はソファーへと戻り、彼女の返答を待った。
そして、五分ほど経った頃、彼女が漸く口を開いた。
「承知仕った。地竜の件とアラクネの討伐、正式に依頼を致すでござる。書面は後ほど届けるとして、完遂の折に支払う金額は、金貨二枚で良いでござろうか?」
俺にはそれが妥当な金額なのか分からないので答える事が出来きず、ウェスラに目線を向け、確認を促した。
「金貨十枚じゃな」
眉尻を上げて口元を歪めながらウェスラが提示した金額には、アーツ辺境伯だけではなく、ウォルさんも絶句していた。
俺は安いか高いか分からないので平常運転だけどね。
「安いものじゃろ?」
「それは幾らなんでも取り過ぎでござる!」
「ならば、ワシ等以外に頼めばよかろう。地竜の件も含めての」
ウェスラはそっぽを向くと、それっきり口を閉じてしまった。
それにしてもウェスラは強気で攻めるな。まあ、俺達以外じゃこの二つをワンセットにしたら完遂するのが難しいって事は分かるけど、アラクネと野盗の方は俺達じゃなくても処理出来る冒険者は居るだろうから、そこんとこはどうなんだろ?
「とは言うものの、じゃ。アラクネを操る野盗如き、多少の犠牲が出るやも知れぬが、ここの兵でも討てなくはないじゃろうに」
ウェスラが彼女に鋭い視線を突き刺している姿は、何か裏を探ろうとしているようにも見えた。
だが、対する辺境伯は貝のように口を噤み、俯き加減で険しい表情をしている。
ここで俺も気が付いた。ウェスラが何をし様としているのかに。
今までの会話の中で、ウェスラは何かを掴んだのか、それとも違和感でも感じたからのなか、どちらかは分からないが、だから無茶な金額を提示したのだろう。でなければ彼女はそんな事は絶対にしない筈だ。
「どうしたのじゃ? 言えぬのか? まあ、頼まれずともワシ等がこの街を出れば襲ってくるであろうからな。その時は全力で迎え撃つだけじゃ。そうじゃろ? マサト」
とりあえず俺もその流れに乗っておくか。
「ん? ああ、そうだな。その時はこの街一つくらいなら吹っ飛ばせる魔法を問答無用でお見舞いしてやるさ。そうすればアラクネも野盗も纏めて消し飛ぶだろうから、街の安全は確保出来るしな」
俺が軽く肩を竦めながら自嘲気味な笑みを零すと、向かいに座るアーツ辺境伯から射殺されそうな視線が突き刺さり、少々困惑されられた。
なんだ? 何故睨まれるんだ? もしかして、野盗を消し飛ばすと不味い理由でもあるのかな?
そんな事を思っていると、教授から念話が入った。
――マサト殿、隣の部屋からこちらの会話を盗み聞きしている者がいます。
――また鼠かなんかに繋げてこの屋敷を探ってたんかよ。
ピーピングはいかんぞ。
――はい、警戒はし過ぎて困る事等、有りませんから。
――で、隣ってどっち?
――私達の背後の部屋ですね。
――教授の方で何とか出来る?
――それは無理ですね。一匹しか居りませんので。
――んじゃ、俺が何とかするしかないのか。
――済みません。お役に立てず。
――いいよ別に。じゃ、十体ほど石人形を召喚して、出入り口と退路を塞ぐとしよう。
背後の部屋へと意識を集中すると、俺は誰にも聞こえない様に小さく呟いた。
「彼の者を捕らえて逃がすな。石人形召喚」
これでどう動くか分かるはず。ま、悲鳴でも上げられたら即引っ込めればいいしな。
――お見事です。かなりうろたえてますよ。
悲鳴は無しか。
――ところで、何人だったの?
――女性が一人、ですが?
――あちゃあ、過剰戦力になっちまったか。
――そうでも無い様です。どうやらあの女は魔術師だった様ですね。現在、ゴーレムを二体排除した模様です。
それにしては何も音が聞こえないけど、そこそこの使い手なのか?
――あそ。んじゃ、小型の奴を二十体追加しよっか。こっちの方が動きが素早いからね。
「小石人形追加召喚」
また小声で呟いた。しかし、今回はウォルさんの顔が俺に向き、何をしているのか、と目で訴えて掛けられてしまった。
――ウォルさんに気付かれた。
――では、この会話に取り込みます。
――で、部屋の状況は?
――これは何の会話なのですか?
行き成り取り込まれりゃ訳分からないよなあ。でもまあ、今はあっちが優先だから説明は後回しだな。
――はい、小型の石人形が完全に取り押さえた様ですね。しかも、口を完全に封じている様で、言霊を発する事が出来ない様にしています。
――あの、説明、していただけないでしょうか?
ちょうどいいタイミングで聞いてくれるな。流石はウォルさんだ。
――盗み聞きしてる奴を捕まえる為の会話だったんだけど、もう取り押さえたから大丈夫。
――それは一体……。
――んじゃあ、これから皆でその部屋へ行こうか!
――え?!
「地道創生!」
俺が叫ぶと教授を除いた全員の顔が呆気に取られ、直後、慌てふためき始める。
「な、なんじゃ?! 体が、椅子が沈む!」
「卿は何をしたのでござるかっ!」
「マサト様! これはっ!」
「あーはいはい。皆そのまま大人しくしててね。とりあえず、俺の魔力で運ぶから心配しなくていいよ」
「せ、説明になっておらんじゃろうがっ!」
「ヴェロンでの事を忘れたのか? ウェスラは」
「そういえば、マサトは地面から……」
「そそ。今それを使ったんだよ」
そして俺達は瞬く間に固い石床に潜り込み、次の瞬間には隣の部屋へと浮き出していた。
「はい、とーちゃーく」
「な、なんでござるかっ! この大量の石人形はっ!」
部屋に立ち尽くす石人形を見て、アーツ辺境伯が驚きの声を上げている。
だが、ウェスラとウォルさんだけは溜息を付いて、やれやれ、といった形で首を振っていた。
「これはですね。盗み聞きをしていた不埒な魔術師を捉えるた為に、俺が召喚した物です」
ドヤ顔で告げると、彼女は愕然とした表情を見せ、絶句していた。
「ったく、相変わらずの規格外っぷりじゃの」
「ええ、話には聞いていましたが、まさかこれほどとは……」
賞賛ありがとう。
「さて、これから尋問する心算ですけど、殺っちゃうのは流石に不味いですよね?」
一応、殺す心算は全く無いのだが、このくらいの脅しは掛けておくに越した事は無い。
だが、教授は冷たく言い放った。
「マサト殿、尋問など不要です。即座に始末する事を提案したします。すでに野盗の隠れ家など判明してますから」
流石教授だ、手回しがいい。
しかし、その言葉を聴いた魔術師のメイドさんは目を見開き何かを言おうとしている様だったが、口を塞がれている為、うめき声以外、一切発する事が出来ない。なので、仕方なく念話を使用する事にした。
――さて、お嬢さん。素直に答えてくれないと、殺されちゃうから、覚悟してね。
俺は気安い感じで勤めて明るく脅した。
――き、貴様は何者だっ!
――俺の事を知らないなんて、お嬢さんはこの国につい最近入って来たばっかりか。
――そんな事はどうでもいいじゃない! 早く離しなさい!
――この国のハーレム王の噂くらい聞いた事あるんじゃない?
くっ、自分で言ってて何だけど、心が痛いぞ……。
――そんな奴知らないわね。
――それじゃ、ヴェロン帝国で、魔王の称号が復活したのは?
――それが何だって言うのよ!
――答えないのなら、指一本貰うけど、いい?
――遣れるものなら遣ってみなさい!
随分と強気なお嬢様だな。
――はいはい。それじゃ言質も取れたし、遣りますよ。
俺は一旦念話を切ると、心を鬼にして石人形に命令を下す。
「やれ」
何の意思も持たない石人形は忠実に命令を実行し、押さえ付けたメイドの左親指の骨を粉々に砕き、その間中、くぐもった悲鳴が部屋を駆け抜けていった。
――さて、気分はどうかな?
はい、俺は最悪です。
――うううう、あ、あたしの、指が、指が……。
――今は一本だけだけど、早く答えないと、徐々に手足の指の骨が再生不可能なまでに全部砕けるから、覚悟してね。
自分で言っててなんだけど、反吐が出そうな程、最っ高な外道っぷりだよな。
――な、何でも答えるから! 全部話すから! そ、それだけは勘弁してよう!
念話を切り俺は一つ息を吐くと、直ぐに口を塞いでいた石人形をどかし、彼女は涙を流しながら全てを話した。
彼女は五級の元冒険者で、カチェマを拠点として活動していたそうだ。それが今年の冬あたりから、どういう訳か三級以上の冒険者向けの依頼が急激に増えると同時に、低ランク向けの物が極端に減り、彼女くらいの冒険者では、稼ぐ事も間々成らなくなってしまったらしい。それでも何とか自分が熟せる依頼を見付けては、細々と日銭を稼いで食い繋いではいたが、ある時、今の野盗のリーダーに誘われたのだそうだ。
もっと稼げる仕事があるから一緒に来ないか、と。
何とか生きていけるだけの稼ぎしか得られなかった彼女からすれば、その一言は大いに魅力的だったろう。
実際、一も二も無く頷き、気が付いたらユセルフで野盗を遣る羽目になっていた、という事だった。
彼女が今居る野盗の集団は全員が女性の元冒険者で構成されていて、彼女と同じく金銭的に汲々としていた者ばかりが集まっているそうだ。
ただ、どういう訳かリーダーの女性だけは二級の元冒険者で、その職業は魔物使いという少々珍しい職なのだが、そのランクならば普通に依頼を熟していた方が実入りが良い筈で、何故野盗紛いな事をしているのか、誰も知らないそうだ。
ちなみに、こっちの世界での魔物と魔獣の見分け方は、完全な人型か、もしくは人に近い形質を体に持っているのが魔物で、魔獣は読んで字の如く、獣の姿の事を言う。
「でも、何で君はここに居るんだ? 見付かればどうなるかなんて、分かり切った事だろう?」
ここまで聞いた話からすれば、危険を侵して彼女がこの屋敷に潜入する必要など、全く無い筈。それを何故行っているのかが分かれば、たぶん、アーツ辺境伯が先ほどから見せている頑なな態度も分かるのではないか、と俺は思った。
「あんたの言うとおり、普通ならこんなとこに潜り込みはしないわ。死にたくはないし。だけど、どうしても必要だったのよ」
そこで一旦言葉を切ると、彼女は一瞬だけ躊躇いを見せる。が、一つ大きく深呼吸をしてから、自分の置かれている現状を再度認識したのか、意を決した様に口を開いた。
「そこの貴族様があたし達を裏切らないか、見張る為よ」
「見張る?」
俺は訝しみ、眉根を寄せる。
「後はそこの貴族様に聞けばいいじゃない。あたしなんかよりも詳しい筈よ?」
アーツ辺境伯に目線を投げ掛けるが、その態度はやはり硬いままだ。
「君から聞くしかないようだ」
再び目線を戻しそう告げると、彼女は溜息を付た後、口を開いた。
「貴族様の身内をあたしたちが預かってるのよ。あ、詳しい事はあたしだって知らないわよ? 気が付いたらリーダーが連れて来たんだから。でもね、その人、耳が聞こえないみたいだったし、あれじゃたぶん、口も利けないわね」
エルフなのに可哀相よね、と最後に呟いていた。
これで大体の事は分かったけど、肝心な事がまだ抜けている気がする。その鍵を握るのは矢張り、アーツ辺境伯だろう。だた、ここまで俺達に話がばれても、本人は一向に口を開こうとしないのが不思議だ。しかも、野盗を潰す、と言えば睨まれるし、どうすればいいのか、皆目検討が付かない。
「ところで、そろそろ離してもらえないかしら? あたしの知ってる事は全部話したし、もう必要無いでしょ? 勿論、あんた達の事はしゃべらないって約束するわ」
そう言われてもなあ。ここで開放すれば確実に彼女は殺されるだろうし、出来れば俺達の傍か、もしくはアーツ辺境伯の傍にいるのがいいんだよな。こういう事させる時って、最低でも、もう一人二人は彼女の知らない人物を忍び込ませるのが常套手段だしな。俺だったら間違いなくそうするし、ここまで遣るんだから、野盗のリーダーも同じ事を考えていてもおかしくはないんだよね。高ランクの元冒険者だしさ。
俺が腕を組み考え込んでいると、教授が耳元で囁いた。
「今、裏口と正面から一人ずつ女が出て行きました」
「向かった先は?」
「東門と南門です」
悪い予感と言うのは得てして良く当たるもので、ご他聞に漏れず、今回も悪い予想が的中してしまった様だ。
まったく、余計な手間ばっか掛かりそうで嫌になるな。
「ねえ、早くしてよ」
待ち草臥れたのか彼女は若干苛いを帯びた声音で告げてくるが、こうなってしまえば俺の答えは決まっている。
「悪いが、開放する訳にはいかない」
「な、何でよ! 全部話したでしょう!」
「君の安全の為なんだよ」
「よく言うわね。あたしの指一本潰しといて」
「それに点いては謝る心算は無い。素直に話せば駄目にならなかった筈だしね。ただ、今は別だ。君が殺されるのを黙って見ている訳にはいかないんでね。大事な証人だしさ。まあ、だからと言って、君が犯した罪が消えて無くなる訳じゃないけどさ」
こっちの世界だって司法取引みたいな事は出来る筈なので、無罪放免とはいかないまでも、刑を軽くする事は出来る筈。その為にも彼女には生きていて貰わなければならない。
それが彼女に対して出来る、俺のせめてもの罪滅ぼしみたいなものなのだから。
「あんた、一体何者なの?」
やっと俺の事を気にしたてくれた様だ。
ま、この面子の中でこれだけでかい態度を取ってりゃ、いい加減訝しむよな。
「アルシェアナ第三王女の夫で、隣に居るウェスラ・アイシンの夫でもあり、そして、この国最強の騎士でデュナルモ十傑の一人、ウォルケウス・ガンドーの義理の兄だよ」
これでもか、と言うほど目を見開き唇を戦慄かせ、彼女は俺を見詰めながら、引き攣る喉から声を絞り出した。
「そ、それじゃ……あ、貴方が……」
「そうだ」
「ぎ、虐殺のハーレム王……」
うおい! ちょっとまてえ! 二つ名が酷くなってんぞ! どういうこった?!
「あのね……」
「お、お願いです! こ、殺さないで、ください! な、何でも言う事聞きますから!」
「いや、だからさ」
「ひいいい! し、死にたくないよう! だ、誰かあああ! 誰か助けてえええ!」
恐れ戦く彼女を落ち着かせるのに、物凄く手間取ったのは、言うまでも無い。
俺、泣いちゃうぞ?! ってか、泣いていいよね!




