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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ガルムイ王国編 第一章
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ユセルフ王国最強の防衛都市

 出発に際しては色々とあったが、ユセルフ王国内の道行きは表面上、(すこぶ)る順調だった。

 突然同道する事になったマルベルさんは、町や村に寄る度に大店の商会へと顔を出して挨拶をしていたし、俺は途中途中の町や村で簡単な依頼を熟しながら少しずつ小金を溜め込み、何とか元の四分の一ほどまで小遣いを復活させる事が出来た。

 依頼の遂行中、ライルやウェスラ達も一緒だったのは言うまでも無く、俺の取り分は(いささ)か減ってしまったが、それは仕方ない事と諦めたけどね。

 そんな事もあって俺の財布の中身はどうにかなったのだが、マルベルさんは毎回店から出て来る度に難しい表情をしていた様だ。

 まあ、仕方ないよな。南からの商品が入って来ないらしいし。

 でも、商品が入って来なくて困るのは何も商人だけじゃなく、ユセルフ王国やヴェロン帝国も含まれてしまうのがこの問題の痛い所だ。

 尤も、ヴェロン帝国はその広大な領土と相俟(あいま)って、ユセルフほど深刻にはならないらしい。

 ナシアス殿下とメルさんがそう言ってたから間違いは無さそうだしさ。

 だけど、南から(もたら)される食材って、この時期のユセルフ王国に取っては結構大切なんだ。

 厳しい冬を終えてこれから暖かくなるこの国には、まだ収穫出来る野菜も無く、外部からの供給に頼らざるを得ないのがこの時期の現状。主食となるライ麦は問題ないが、他の野菜は備蓄か漬物に成ってるし、この時期はそれほど多く抱えてはいない。例年ならば南から入る食材があるから、余り抱え込む必要が少ないのがその理由らしいけど、今年はそれが入って来ないから、野菜の値上がりや野菜そのものが店頭から消えたりして、すでに庶民には影響が出始めている。

 なので、ユセルフ王国とても静観している訳にもいかず、第二王女の要請が無くても近い内に援助の名目で武力支援をする心算だった、とは王様の弁。

 ま、俺の護送に(かこつ)けてウォルさんを付けた辺り、王様の気合も並々ならぬ物がある。

 それにしても、全くもって困った事態が起こってるもんだ。その原因の一旦が、少々俺達に有るとしても、ね。

 その他に道中で俺がしていた事と言えば、新しく手に入れた力を物に出来る様に、鍛錬をしていた事くらい。

 ただ、真剣にやったか、と聞かれれば余り真剣ではなかった、かも知れない。

 だって、一人でやっても詰まらないし、かと言って誰かと遣る訳にもいかない。それに、身体強化の風魔法無しで俺と遣れるのなんて、ウォルさんとローザくらいしか居ないし。

 そのウォルさんとは王都を出てから一度だけ素手の組み手をしたけど、本気、とまでは行かなくても結構いい勝負が出来たと思っている。

 それを見ていた可憐は手合わせをしたがっていたけど、ウォルさんに何か囁かれて俺の方を暫く眺めた後「今は止めとく」と一言残して離れて行ってしまった。

 何故なのだろうと少し気に成ったので、暫くしてから何て言われたのか聞いてみたら「あれは最早、人族、と言うより人獣族と呼ぶべきかもしれん、って言ってたよ?」と半分苦笑交じりに教えてくれた。

 ちょっと酷くね? 俺はこう見えても人だぞ。動きとか色々人辞めちゃってる感は有るけど、って、自分で言っててちょっと落ち込んできたわあ……。

 まあ、兎も角だ。そんな訳で国境手前の街へと近付いたのだが、警備がかなり厳重に成ってるらしい。

 俺には何がどう厳重なのか分からないけど、ウォルさんに言わせると、衛兵が普段の三倍の数になっている、という事だった。

 何で分かったのか聞いたら、匂いと音、と言われたので流石は人狼族だな、と妙な関心をしてしまった。

 素直にこの事を伝えたらウォルさんは照れていたので、もしかすると人狼族にとっては褒め言葉なのかも知れない。

「この感じですと、ここ、ノーザマインを治めているアーツ辺境伯の元へご挨拶に伺った方がいいかもしれません」

 そう告げられ、俺はしかめっ面を作る。

 面倒くせえなあ。

「それって、俺も行かないと、やっぱ不味い?」

 暗に行きたくないと告げると、ウォルさんは苦笑いを見せながらも、

「マサト様達には余り関係有りませんが、私はこれでも軍務の最高責任者――将軍の地位も賜っておりますから、何故厳重な警備体制を敷くのか聞かないといけませんから」

 俺に、僅かばかりの安堵と、少しの驚きをくれた。

 ま、何となく気付いていたけどね。

「なるほど。それじゃあ見て見ぬ振りは出来ないね」

「はい。ですが、余り驚きませんね」

 俺の驚きが少ないのは予想していたのもあるけど、ウォルさんの二つ名を知っていた事が大きい。

「だって、ウォルさんの二つ名って、群操、でしょ? これを聞けば高い地位に就いてる事くらい予想出来るよ。まあ、将軍ってのには正直驚いたけどさ」

 群操とは、要するに群れを操るの意。

 ぶっちゃければそれだけの事なのだが、彼の場合、操るのは騎士団だ。

 まあ、小隊長だったとしても、小さな群の頭には違いなのだが、ウォルさんの場合は万の軍勢を百の軍勢で打ち破る、と形容される程なので、小隊長と言う事は絶対有り得ない。

 となれば、必然的にかなりの地位でなければおかしい、という推論が成り立つ。

 詰まる所、そういう風な考えを持っていたので、余り驚きはしなかったのだけれど、正直、軍務の最高責任者、将軍だとは思いもしなかった。

 だから城内で皆が俺に頭を下げるのは、何もアルシェとの関係だけではなかったのか、と思いながら目線を前からずらせば、馬に揺られてぼけっとしながら欠伸をしている妹の姿が目に留まる。

「って事はさ、可憐って将軍の奥方って事だよね?」

 突然振られた話に、ウォルさんは苦笑を浮かべる。

「まだまだ作法がなってませんが、そうなります」

「だろうね。あいつ、作法とか苦手だから」

「ただこの先、そうも言っていられなく成りますし、出来うる限り早く身に付けて欲しいのですが、如何せん……」

「本人にやる気が無い、ってんだろ?」

「――はい」

 溜息と共に吐き出される声に、俺は何とも言えない申し訳なさを感じてしまった。

 我が妹の最大の欠点、それは、テーブルマナー等を含めた作法関係。

 まあ、一応はテーブルマナー程度ならば何とかなるくらいの知識はある筈なのだが、如何せん、本人にそれを実践する気が全く無いのだから始末に終えない。

 ただ、これに関してはその場の雰囲気さえ読めれば、実践可能な範囲だと俺は思っている。

 だが、一番の問題は話し方だろう。

 あいつは人見知りをせず、打ち解けるのも早い、という良い面を持ち合わせているのだが、その反面、仲が良くなれば成るほどタメ口になる、という悪い癖もある。

 しかも、接しやすい相手と見るや、初対面で有るにも係わらず、そういった傾向が多々あるのだ。

 もしこれを他国の王族の前でやらかした日には、ウォルさんの株が大暴落間違いなし、と断言出来る。

 淑女の嗜みすら持ち合わせていない女を嫁にしたユセルフの将軍様、というレッテルを貼られるのが目に見えてるからね。

「ま、そのうち嫌でも自覚するようになるさ。自分だけが恥を掻く訳じゃないって分かれば」

「だといいのですが……」

 力なく吐き出された言葉に、俺は苦笑いしか返す事が出来なかった。

 御者台に一緒に座りながらそんな会話をした後、ちらり、と後に視線を飛ばす。

 そこには 複数の安らかな寝顔と寝息がとぐろを巻き、俺たち二人に欠伸を誘発しようと頑張っていた。

 俺と違って慣れているからなんだろうけど、良く眠れるよな。こんなに揺れが惨いのにさ。

 そんな風に感心していると、

「もうすぐですよ」

 ウォルさんに声を掛けられ前を向けば、ノーザマインの市壁がはっきりと目に入った。

 それは何とも形容し難く、言い表すならば、人工的に作ったロッククライミングのオーバーハングした壁、とでも言うような代物だ。

 しかも壁の上には等間隔で石室の様な物があり、その壁の中間辺りには、水平方向に長く大き目の隙間が開いていて、そこから覗くのは多数の(やじり)だ。

「あれは……」

「魔装連弩、ですね」

 俺の呟きが何を指しているのか分かったのか、ウォルさんが直ぐに告げてくる。

 連弩の事は俺も知っている。要は連射出来るクロスボウの事だ。

 普通の弓に比べて連射性能が劣る弩を改良した物で、飛距離や威力には優れているが、矢羽が無い事が多く、確か命中精度が悪かった筈。

 ただ、引っ掛かったのは魔装、という言葉だ。

「魔装連弩?」

 訝りながらすかさず聞き返す俺に、ウォルさんは少し嬉しそうに説明を始めた。

「はい。通常の弩では威力があっても連射は出来ません。ですから、連弩、なのですが、これも打ち尽くせば装填に時間が掛かりますし、命中精度も今ひとつ。なので、連弩の欠点である装填を魔装で補い、命中精度を落とさず尚且つ一人で操作出来る様にと開発された物なのです」

 弦の張力が半端じゃない弩は滑車を使ったりしてたから、そこを魔装で補う事で、装填を素早く行なえる様にして、単発の弩の命中精度も誇っているって事か。

 魔装って結構便利に使われてるんだな。

「どんな原理で弦を引いてるんだろ?」

「流石にそれは軍事機密ですので……」

 俺にも教えられないってなると、これはユセルフ独自の兵装って事か。

「ただ、ここの連弩は少々特殊ですが」

 続けて放たれた言葉に、俺は僅かに眉根を寄せた。

「特殊?」

「はい。左右と僅かに上下に動く以外は固定されているお陰で、半自動装填が可能なのです」

「――へえ。それ、凄いな」

 謂わば、セミオートマチックって事だ。

 これがフルオートなら、一度引き金を引けば放すまで打ち続けてしまうが、セミオートなら無駄に矢をばら撒く事もない。しかも、狙いを付けて一発ずつ撃つ事も可能だから、狙撃にも使える。尤も、狙撃自体はかなりの熟練度が必要そうだが。

「でも、なんでそんなのが配備されてるの?」

「国境が近いですからね、ここは」

 なるほど、この街自体が南から侵攻された際の防衛の要って事か。

「あれの射程ってどんくらいあるの?」

「確か――一ケムほど、でしょうか。多分、魔法より射程はある筈です。まあ、人が扱えない大きさの弩ですし、設置されている高さもありますからね」

 何事にも例外がありますが、と付け加えて、寝入るウェスラへと目線を向けていた。

 まあ、彼女は普通の魔術師と格が違い過ぎるからな。

 それにしても――。

「一ケムって……」

 俺の驚きに反して、ウォルさんは涼しげな表情で更に付け加える。

「一ケムは最大射程ですが、熟練者でも何とか命中させる事が出来る有効射程は五百ネルくらいがいいところでしょう」

 それだって破格なのは言うまでも無い。

 熟練者が扱えば有効射程五百メートルを誇り、ただ射るだけならば最大射程一キロを誇る化け物連弩。

 俺はそんな連弩をぼんやりと眺めながら、ノーザマインをどう攻めれば落とせるか、考えてみる。

 勿論、空を飛ぶとかは無しで。

「何、この無理ゲー……」

 だが、出た答えは諦めの言葉と兵糧攻めくらいだった。

 だって、考えてもみろよ。市壁の上にはアレの他に弓兵や魔術師も並ぶんだぞ。そうなれば、遠距離からあの連弩で崩され、中距離からは矢と魔法の雨に晒され、そこを何とか掻い潜ったとしても相対するのは、無傷で体力も気力も減っていない騎士だ。そこに魔法の援護でも加わった日には、目も当てられない。

 力付くでこの街を落とそうとするなら、どれだけの兵力をつぎ込めば良いのか分かったもんじゃない。

「駄目だ、通常兵力で攻め落とすなんて、無謀もいいとこだ」

 頭を抱えて溜息を付く俺の言葉を聞き、ウォルさんも軽く笑いを漏らしながら頷く。

「そうですね。私でも思い付きません。ですが、それくらいでなければいけないのです、あそこは。王都と離れ過ぎているが故に」

 ウォルさんはそう言った後、真剣な表情を取った。

 確かにこの街へ着くまで一月近くも掛かっている。それは雪解けで街道が泥濘(ぬかる)んでいる所為ばかりではなく、実際に距離が離れている証拠でもある。

「ガルムイまでここから更に一月、か……。しかも、途中のカチェマでの問題を解決をしてから、となればもっと掛かるのか……」

「そうですね。どんなに順調に行っても王都に戻れるのは、早くても三、四ヵ月後、といったところですね」

 ちなみに、こっちの世界でも四季はある。あるのだが、明確に夏だとか秋だとかの名称は何故か無い。

「アルシェの出産までに戻れるかどうかってとこかあ……」

 出来る事なら出産時には傍にいてやりたいから、早く戻りたいのは山々。でも、そういう時に限って問題が起こるのが常なので、かなり微妙だと言わざるを得ない。

「我々も微力ながら尽力いたしますので、お互いに頑張りましょう」

 ウォルさんの大きな手が肩に置かれ、爽やかな笑みを向けられる。

「そうだな。頑張るしか、ないよな」

 ウォルさんが小さく頷き、俺は目の前に迫る街へと視線を戻して、気合を入れ直すのだった。

 俺が怒られない為にもな!

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