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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ガルムイ王国編 第一章
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旅立つのは人だけじゃありませんでした

 居なくなったレジンも見付かり、これで出発が出来る、と安堵しかけていた所へ、荷揚げ場からこちらに向かって来る人影が俺の目に留まる。

 その人物は服装からして人夫と違う事が見て取れた。

 彼等は荷運びが主な仕事なので、基本的に薄着で筋骨隆々とした者が多いのだが、片やこちらに向かってくる人物は、厚手のコートを羽織り、頭にはベレー帽の様な帽子を乗せて、口ひげを蓄え、如何にも人を使う立場で御座います的な、ほっそりとした体型だ。

 しかも、着ている物はかなり良さそうな物なので、庶民としては結構良い暮らしをしているだろう事も分かった。

 その人物は俺と目が合うなり、口元に微笑みを湛えたまま会釈をしてくる。

 それに戸惑いながらも俺は会釈を返したのだが、その人物に心当たりは全く無い。

 一応、これでも俺は爵位持ちなので貴族な訳だが、領地がある訳でもなければ、下働きの者も居ないし、この国の貴族に知り合いなんて、全く居やしない。

 そういった理由もあり、貴族と付き合いが有りそうな連中とも面識が無いのだ。

 あ、でも、王族関係は別だからな。

 そして、今こちらに向かってくる人物は、醸し出す雰囲気がどうみても貴族に近しい感じで、俺としては関わり合いたくない部類の人種に思えた。

 貴族って何かと面倒くさいって感じがあるじゃん。形式だとかそういったものが多くてさ。

 そんな俺の雰囲気を察したのか、カーベルさんは一瞬だけ俺と目を合わせると徐に立ち上がり、その人物の方へと数歩足を進めて、手を差し出して挨拶を交わしていた。

「これはこれは、随分とお久しぶりですね。マルベル様」

「うむ、カーベルくんも元気そうで何よりだ」

 大仰に頷くと、彼とがっちりと握手を交わして口元の笑みを濃くしながから、どちらからとも無く手を離して居る。

「マルベル様こそ、お変わり無い様で」

「いやいや、寄る年波には勝てんよ」

 俺から見ればとてもそんな風には見えない。先ほどの足取りからして、あっちの世界の同年代の人より足腰は強いと思うし。

「それにしても、今年は何時もよりお早いですね」

「悠長に構えておれん事情が有る事は、君も知っているだろう?」

「やはり……」

「うむ、方々手を尽くして集めたのだが、どうやら本当らしいな」

 二人の会話は俺の居る位置まで届いてくる。が、それも当然といえば当然。数歩分しか離れていないし、普通に会話しているのだから聞こえない方がおかしい。

 最も、俺に聞こえる様に態としている風にも見られるけど。

 それにしても、このマルベル、という人は一体、何者なのだろうか。

 今までの二人の会話から推測するに、この人もザロン商会と何らかの繋がりが有りそうだし、雰囲気からすれば、カーベルさんと親しい感じもする。

「では、如何なさるお積りなのです?」

「足を運んでみようと思っておる」

「そ、それは――余りにも危険過ぎます! マルベル様の身に何かあったら……!」

 何やらカーベルさんが焦り始めているが、あの人――マルベルさんが笑みを浮かべて彼を制しながら俺の方へと目線を投げ掛けてきた。

 なんだ?

「慌てるな、カーベルくん。何も一人で行こうなどとは思っておらんよ。私とて命は惜しいからな」

「では――」

「いや、依頼は出さん。金が掛かり過ぎるだろうからな」

「ですが、それでは――」

「私達の目の前に居るではないか」

 二人の目線が絡み合いながら俺に注がれ、思わず自分を指刺し、

「へ?」

 間抜けとも思える声を上げてしまった。

 ただ、そんな声を上げはしたが、俺の頭は普通に回っている。だから、マルベルさんの言った意味も既に理解はしていたし、カーベルさんの先ほどの慌て振りから、行き先はカチェマだと断言も出来る。

 そして断言出来るだけの根拠も俺は持っている。

 今のこの時期、危険な場所といえば、王様から聞いた其処しかない。

 例え冒険者と言えども一人でカチェマへ行くのは無謀だし、抗う術を持たない商人や庶民では、無謀を通り越して自殺しに行く様なものだしさ。

 どの様な理由が有るのかは分からないが、俺としても護衛をして遣りたい――収入になるから――のは山々。でも、俺は俺で護衛、と言うか護送される身なので今ここで是非を口にする事が出来ない。

 まあ、まだ聞かれてはいなけど。

「確かに適任ではありますが……」

「君もそう思うか」

「はい。ですが、直接、となると難しいと思います」

「ふむ……」

 マルベルさんは髭を弄りながら考え込んでしまった様だ。

 カーベルさんはカーベルさんで、俺の方をちらちらと見ながらマルベルさんが何か言い出すのを待っている感じ。

 そんな二人をぼうっと眺めていると、コートの裾が引かれたので目線を下に落とす。と、其処には、俺をジッと見上げるライルの顔があった。

 ライルは空気を察して今まで黙っていた様だが、流石に詰まらなくなってしまったらしく、その目は、早く行こう、とせがむ様な感じだった。

 そんな息子の目線に合わせるようにしゃがみ込み、俺は口を開く。

「先に戻ってていいぞ。父さんも直ぐに行くから」

 ライルはコクリ、と小さく頷いて、レジンを抱えたまま路地へと消えていった。

 その後姿を見送った後、俺も立ち上がり、まだ考え込んでいるマルベルさんを見て、これは直ぐに答えが出ないだろうな、と思って、カーベルさんに軽く会釈をしてから、ライルの後を追って路地へと入り込んだ。そして、皆の元へ戻ると事の顛末をウォルさんに話して謝った後、馬車に乗り込もうとした時、可憐が馬に跨っているのが目に入った。

「あれ? 何時の間に乗馬出来るようになったんだ?」

 俺の疑問をその身に受けて、可憐の表情が優越感に彩られ始める。

「あたしだって騎士だもん。これくらい出来るわよ」

 その瞳には何故か勝ち誇った色が伺える。

 ま、確かに馬に乗れない様じゃ、騎士なんてやってられないだろうし。それに、城へ行った時に聞いた話だと、俺の知らない間に結構強くなってるらしい。

「だな。お前くらいの地位ならそれくらい出来なきゃ、駄目だもんな」

 取り合えず肯定ておいた。

 そしたら何と言うか、これがもう、かなり鼻息が荒くなったというか、鼻が伸びた、と表現すればいいのか、兎も角、おにいには出来ないでしょ? 見たいな目線を返してきたので、少し癪に障ってしまい、つい、口を滑らせてしまった。

「ま、俺は空飛べるから、馬はいらないけど」

「え?」

 可憐の表情が徐々に胡散臭い者を見る様に変わっていき、終には小馬鹿した態度を取り始める。

「へー、そうなんだー。ふーん」

「なんだよ。疑ってんのか?」

「いえいえ、お兄様の言う事ですしい」

「お前、ぜってえ馬鹿にしてんだろ」

「そんな事ないよー。だってえ、お兄様の言う事ですからー」

 こいつ、百パー馬鹿にしてやがる。

「そうかそうか、そんなに見たいか」

「いえいえー、無理なさらずともいいですよお。泣かれると困りますしい」

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」

「あらあ、返さなくてもいいですよお。遠慮しないで受け取っておいてくださいなあ」

 俺の中からプチプチと何かが切れる音がした気がするのは、気のせいではない。

 マジむかついた! ぜってえ泣かす!

 我が妹ながら情け無い事に、可憐は学習、と言う物をしない。

 この場合の学習とは勉強の事ではなく、以前も同じ様な事をして泣かされた事を覚えていない、という意味だ。

 全く持って恥ずかしい限りである。

 俺が背中に羽を展開させようとした時、横から割って入る声があった。

「副隊長、卿の仰っている事は本当でしてよ?」

「不本意ながら、それに付いては私もナヴィミアと同意見です」

 ナシアス殿下とメルさんが俺の事を肯定してくると、可憐は若干戸惑いを見せる。

 だがそれでも自分の目で見ていないからなのか、やはり否定の言葉を紡いでいた。

「出来る訳無いじゃない。だって、飛ぶのよ? 飛び上がるのと訳が違うでしょ? 魔法じゃ絶対無理よ」

 可憐のやつ、魔法の種類とかしっかりと教わってるくせに、全部一括りで考えてやがる。だから俺と同じ勉強方法を取っても覚えられなかったのか。

 今更ながらに納得した瞬間だった。

 簡単な例で例えるなら、普通の肉と魚肉を同じ物としてみている、って感じ。

 まあ、これは極端過ぎる例だけど、魔法も概ねそんな感じに見ているって事だ。

「精霊魔法と言霊魔法の違いを述べよ」

 不意に馬車の中からウェスラの声が響く。しかも、若干呆れた調子で。

 これが誰に向けられた物なのかは、俺達は言われるまでも無く分かった。

 ただ、それを向けられた本人は周りの目線を一身に集めながらもキョトンとした表情で、俺達を見回して首を傾げている始末。

 これくらい気が付いて欲しいものだが、我が妹様はそういったスキルが極端に低いと言わざるを得ないのも確か。

 なので――、

「お前が聞かれてんだよ」

 そう告げてやった。

「え? あたしだったの?」

 そのすっとぼけた物言いに、全員の首が一斉に縦に振られた。

 駄目だこいつ……。何だか連れて行かない方が良い様な気がしてきたよ。

「えっと……」

 一応は可憐だって言霊魔法の使い手なのだから、ここはきっちりとしている筈、とは思うのだが、何故か見当違いの答えを言うような気がしてならない。

「そんなに違わないでしょ? だって両方とも詠唱しなくちゃ使えないんだし」

 俺は盛大な溜息を付きながら片手で顔を覆い俯く。だが、それは俺だけではなく周りの人達も同じだった。

「カレンは一から勉強のし直しじゃな……」

 溜息まで聞こえてきそうなウェスラの声音が馬車から漏れ出し、妹の表情は納得がいかないのか、憮然としたものだった。

 仕方ない、ここは俺が説明するか。

 そう思い顔を上げると、馬車からライルの顔がひょっこりと現れる。

「んとねえ。ことだままほうってね、じぶんの声にまりょくをのっけるの。で、せいれいまほうって、せいれいさんとおともだちになって、力をかりるんだよ。わかった? カレンおねーちゃん」

 にっこりと微笑むライルの方が可憐よりも理解度が高いのには俺も驚きだが、それは俺だけではなく皆にも衝撃を与えたようで、凄く感心されていた。

 最も、良く考えればウェスラとローリー教授という、今この世界でも最高峰の魔術師が常に傍らに居て、その教えを伝えているのだから、この位は当然なのかもしれない。

 ただ、可憐の兄としては今、物凄く恥ずかしい。

 だって、人で言えば八歳か九歳くらいの子供に負けてるんだぞ。これが恥ずかしくなくてなんなのだ。

 しかも、それが自分と血の繋がった双子の妹だったら尚更だ。それに、可憐はユセルフの宮廷魔術師から直に教わっているのだから、知識量としてはライルよりも持ち合わせている筈なので、恥ずかしさにより拍車を掛ける、と言う事になる。

 ただ、当の本人は「アレ? そうだっけ?」などと首を傾げて恥ずかしさを微塵も感じさせないあたり、すでに終わった、としか言いようが無い。

 駄目だこいつ……。

「仕方なねえなあ。実際にやるからよっく見とけよ」

 軽く深呼吸をした後、俺は精霊に願いを送る。

「風の精霊に願い奉らん。我に天駆ける自由の翼を与えたもう」

 本当はこんな事言わなくても出せはするが、無詠唱の事は言って無いし、そこで驚かれても困るし、流石に往来で遣る訳にもいかない。最も、これだって遣る訳にはいかないのだろうけど、俺は何かと有名だから、目立つのはもう成れたしな。

 ただ、この時ばかりは焦った。

 何故か、と言うと、何時も使う二対四翼ではなく三対六翼が現れたからだ。

「え? うそ……」

「素晴らしいですわ!」

「化け物め……」

「なんと! 進化しよった!」

「うわー、おとーさん、すっごーい!」

 周りからも驚きの声があがり、そんな中、俺はと言うと声すら出なかった。しかも、魔力消費が体感的には逆に少なくなっていたのだから。

 なんでこうなるの? それとメルさん。化け物って言わないで! これでもナイーブなんですから!

「ずいぶんと精霊に愛されてますね」

 冷静な教授の声で我に返る。

「それって……」

 教授の首が縦に振られる。

「前よりも強力な力が使える筈です」

 やっぱりそうなるか。

「試してみては如何ですか?」

「そうだな、そうしてみるか」

 背の翼に羽ばたきを命じると一瞬にして十メートル以上も上昇し、その速度のまま更に昇っていく。

 適度な高さ――とはいっても三十メートル以上はあるだろう――で水平飛行に移り、どの程度まで速度が出るか試してみた。

 結果、一対増えただけなのに加速も最高速度も以前の倍近い体感を得られ、且つ、旋回能力も格段に上がっている事も確認できた。

 ただし、旋回能力に関しては、体がその加速度に付いていけない。

 一、二度連続で切り返すだけならまだいいが、何度もするとこれは確実に意識が飛ぶ。

 俺の身体能力をもってしても、限界で飛び続ける事は不可能の様だった。

 でもまあ、この辺は馴れと合わせて体を鍛えていけば何とかなる筈。

 これはかなりの武器になると見ていい。前だって飛べる事がかなりのアドバンテージになっていたし、それにこの速度が加わったとなれば、相手が地上に止まる限り、俺に敵う者はそうそう居ないと思う。

 そうして一通りの確認を終えた俺は南門へと戻ったのだが、そこには予期せぬ来訪者が居た。

「あれ? あなたは――」

「先ほどは名乗らず失礼いたしました。私はマルベル・フォン・ザロン、と申します。以後お見知り置きを」

 笑顔を見せて被っているベレー帽の様な物を軽く持ち上げ頭を垂れる姿は、かなり慣れた印象を受ける。

 でも俺が驚いたのはそこじゃない。

「ザロンって……」

「はい、私がザロン商会の長でもあります」

 この人があの商会の代表者って事に名前から気が付いたからだ。

 まあ、あっちの世界では企業のトップ、要は社長とか会長な訳だ。

「でも、何故あなたがここに?」

 何となく予想は付いてるけど聞いてみる。

「ええ、ご一緒させていただこうと思いまして」

 やっぱり、と思いながら俺がウォルさんの方へ顔を向けると頷かれた。

 了承されたって事でいいみたいだ。

「それと、もう一つ」

 マルベルさんが指を立ると、そこには商人の笑顔が浮かんでいた。

 む? 何か取引した覚えはないぞ。

「実は、ハザマ卿がお飼いになられている二頭犬(オルトロス)が、商会で在庫している干し果物を半分ほど食べてしまわれた様でして、その代金も頂に参った次第です」

 寝耳に水とはこの事。

 しかも、提示された金額は、今俺が持っている全財産とほぼ同額だったのだから堪らない。

 泣く泣くそのお金を払うと、マルベルさんは商人スマイルを深め、燦然と輝く太陽と化し、

「毎度有難う御座います。これからも御贔屓の程宜しくお願いします」

 そう言うのだった。

 俺の……俺の小遣いが……旅立ってしまった……。

 ううう……レジンのばかあ!

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