同姓同名でいいのかなあ?
予定より早く仕上がりました。
ザロン商会。
去年、ヴェロンへと向かう時の護衛をした商隊がここの所属だった。
そして、俺にとって初めての商隊護衛であり、二日酔いで戦闘をする、という無様な経験もした。
野宿を教わったのもこの時だ。
最も、その時は何も出来はしなかったけど。
何より、初めて人を切る、という経験を通じて、自身の自覚の無さを痛感させられた依頼でもあった。
そんな初めて尽くしの依頼者の名前を、この俺が忘れる訳はない。
最も、この商会と個人的な付き合いは無いし、家族の誰かが付き合いがある訳でもない。
何せ、王室は王室で御用商人がいるし、俺達は商会で買うものなんて無いからね。
ただ、このザロンの名前とレジンの名前がくっ付くと、何故か引っ掛かるものがあるのも確かだ。
「んー……。なんだろうなあ? このもやもやは」
腕を組んで考え込んでいると、コートの裾が強く引っ張られたので顔を向けると、ライルが此方を見上げていた。
「おとーさん、さがしに行こうよー」
確かにここで考え込んでいても埒が明かない。そもそも、どこへ行ったのか考えていた訳ではないし、その意見には賛成だ。
「そうだな。捜そうか」
俺がそう言うと、やや不安げに見上げていたライルの表情に光が差し込んだ様に、パッと明るくなる。
「うん!」
そして直ぐに俺の手を取り、強く引っ張って急かす様な素振りを見せる息子に、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「ウォルさん、ちょっと待っててくれ。レジンを探してくるから」
一言言い残して、俺はライルとザロン商会の方へと歩き出した。
「分かりました。ですが、なるべく早くお願いします」
背後から言葉が投げ掛けられ、俺は片腕を上げる事でその返事とする。
ライルに手を引かれながら歩く事数十メートル。
商会の前まで来ると入り口を横目に見ながら、ライルにどこでレジンが居なくなったのかを聞いた。
「どの辺りなんだ?」
「こっちー」
尚も俺の手を引き裏道へと入り込み、進んでいった先は、商会の裏手――荷揚げ場の近くだった。
「こんな所で遊んでたのか」
「うん。だってほら!」
少々呆れた感じの俺には目もくれずにライルが手にした物は、一握りに藁だった。
「藁?」
「そうだよー。これをね。こうやってー」
そして、器用な手付きであっと言う間に藁束から藁人形を作り上げていた。
うお! 呪いの藁人形! 何時の間にこんなの覚えた?! ってか、教えた奴出て来い!
驚きの表情で固まる俺を尻目に、ライルは次々と藁を手に取り呪いの藁人形を作っていく。
そんなに作っちゃだめだってば!
ただ、その他にも棒っぽいものに、普通の犬っぽいもの、それに、頭が二つと三つの犬っぽいものも作っていた。
え? 呪い棒に呪い犬? もしかして呪いシリーズですか? ってか、何の用途に使うんだ?
「ほらー、剣も出来たよ」
棒っぽいものは剣だったようで、それを藁人形に持たせて、地面にきちんと並べて隊列を組ませ始める。
「これがおとーさんで、これがぼく。んで、こっちがせんせいで、これがレジン。これがローザおかーさんでこっちがぼくのおかーさん。マリエおかーさんにウェスラおかーさんとキシュアおかーさん、そして、アルシェおかーさんとシアおかーさん」
一つずつ並べながら俺に説明をしてくる。
正直、見ていた俺は関心してしまった。藁で人形を作り、それを自分達に見立てて並べるとは、その発想力もそうだが、この器用さは将来何かの細工師にでも成れそうなくらいだ。
ただ、それだけではないのも確か。
隊列を見れば分かるが、これが何のなのかは一目瞭然。
要は、俺達が戦う時の最善と言える陣形を作っていたのだ。
前衛として俺を中心に左右をローザとフェリスで固め、その両翼少し下がり目に教授とレジン。すぐ後にライルとマリエを置いて、後方をアルシェを中心として左右にウェスラとキシュア、そして、アルシェの後を固める形でシアを配置していた。
「で、これがリエルおかーさんとゴンおじちゃん」
シアの隣に追加する形でリエルを置き、殿にゴンさんを置くと、満面の笑みを向けてきた。
正直、ゴンさんの扱いが酷い様な気もするが、これはこれで正鵠を射ているかもしれない。
何せ彼は魔法が使えないから、前衛の俺達の速度には着いて来れない。だからと言って、中央で指揮をする訳にもいかないし、後衛は言わずもがな。そうなると居場所は最後尾、要するに殿しかない、と言う訳だ。
これをもし、ゴンさんに見せれば怒るかもしれないが。俺としてはこれでいいと思う。彼はある一点に置いて、俺達の誰も敵わない能力を持ち合わせているからだ。
それは気配を感知する力。
それはあろう事か、あの弓の名手であるマリエすら上回っていたのだから、これはもう驚きを通り越して信じられなかったくらいだし、彼女も酷く落ち込んでしまっていた。
ただ、ゴンさんに言わせれば、これが出来たからといって、自分で何かが出来る訳じゃない、とは言っていた。
まあ、そうかもね。近接戦闘しか出来ないしさ。
最も、これに関しては冗談抜きで教授が褒めちぎっていたけど。
それに実際の話、俺達の中では誰一人として、ゴンさんに悟られずに背後を取れる者は居ないしな。
そのゴンさんを殿に置く、という事は、これは開けた場所を想定した隊列なのだろう。
ただ、これに感心してばかりは居られない。
俺にはレジンを捜して連れ戻す、という使命があるのだから。でも、ここは一応褒めておくべきだろうな。
「凄いな、ライルは」
そう言って頭を撫でてやると、少し恥ずかしそうにしていた。
「これ、ぼくとレジンで考えたんだよ」
「そうなのか」
「うん」
なるほどねえ。だからこんなにしっかりとした隊列を組んでるのか。これは大方レジンに仕業なんだろうけど、でも、何でこんな事考え始めたんかね? ライルは兎も角、魔獣の考える事はさっぱり分からんな。
ライルはこの隊列の時の役割を説明し始めたが、それを聞きながら切の良い所で声を掛ける。
「ライルのお話をもっと聞きたいけど、早くレジンを捜さないと、ウォルおじさんに怒られちゃうぞ」
「あ! そうだった」
一つの事に夢中になると他の事を忘れてしまうなど、この辺はまだ子供だな、と微笑ましく思え、そして、何時かは独り立ちするであろう事がフッと頭の中を過ぎると、一抹の寂しさを覚えてしまい、少し、複雑な気分だった。
俺の父さんもこんな気持ちを味わっていたのだろうか?
不意にそんな事を思い、あっちの世界での生活を思い出してしまったが、その思いには直ぐに蓋をして仕舞い込んだ。
「ライルとレジンはここで遊んでたんだよな?」
俺をここへ連れてきた、という事は、二人してここで遊んでいた、という事なのだろうと考えて口にしたのだが、正解だったようだ。
「うん。そしたらね、レジン、って声がきこえて、レジンがあっちに走ってっちゃった」
また、ライルが指差す。
その指はザロン商会の荷揚げ場の先を指していて、どうやらまた路地へと入って行く様だ。
あの馬鹿、どこへ行ってんだよ、まったく。
「よし、それじゃ行こうか」
「うん」
俺はまた手を引かれながら歩き始め、二人して荷揚げ場の前に差し掛かると、横合いから不意に声を掛けられた。
「お久しぶりです、ハザマ卿」
名を呼ばれ顔を向ければ、そこにはカーベルさんが柔和な表情を浮かべて立っていて、俺はほんの少し驚いてしまった。が、直ぐに我に返ると言葉を返した。
「――お久しぶりです。カーベルさん」
ただ、この人がここに居る事自体は不思議な事ではないのだけど、こんな所でばったりと会うなんて、偶然以外の何ものでも無いと思う。
カーベルさんは人夫じゃないから普段は荷揚げ場になんて居ないしね。体つきはどう見ても人夫だけどさ。
「こんにちわ! カーベルおじちゃん!」
ライルも元気に挨拶をした。
偉いぞ、ライル。
「こちらのお子様は――」
挨拶をされたカーベルさんが戸惑っていた。
あ、そうか。この人は知らないんだっけ。ライルが人化した事。
「ライルですよ」
「え?! この子があの時の子犬、ですか?!」
心底驚いた表情を浮かべて、眼を白黒させながらライルと俺を交互に見詰めている。
そりゃそうだよなあ。あれがこうなれば驚くよな。
「ライルはフェンリルですから人化出来るんですよ。それに今は俺の息子ですしね」
この説明で納得がいったのか、何度も頷き表情も元の笑顔に戻っていく。
「では、今日は息子さんとお散歩、といった所ですか」
「いえ、ちょっと捜しているのがありまして……」
曖昧な表現になってしまったが、あいつの事を普通の動物と一緒にしていいのか分からないので、こればっかりは仕方ない。
「何をお捜しなのでしょうか? 物にも依りますが、今は手が空いていますのでお手伝い出来ますが?」
どうやって伝えたら良いか僅かばかり逡巡している隙に、ライルが口を開いてしまった。
「レジンをさがしてるの」
「は? 私――ですか?」
言った方も言われた方もそのまま固まり、見詰め合っている。そんな中、俺は一人で納得していた。
あ、なるほど、そういう事か。
何故レジンとザロン商会の事が引っ掛かったのか、そして、呼ばれて何故居なくなったのか、これで分かった。
それは彼のフルネームが、レジン・カーベルだったからだ。
だから名前を呼ばれたレジンは、自分が呼ばれたと勘違いして何処かへ行った、とそう言う訳だ。
最も、推理小説みたいに、これで謎はすべて解けた、となれば万々歳なのだが、生憎とそれは俺の頭の中だけでの話であって、レジンを捜して連れて行く、と言う根本的な事は何も解決していない。
とりあえず頭の中はすっきりしたけど、さて、どうしたもんかね?
「え? おじちゃんもレジンなの?」
「はい、私はレジン・カーベルと申しますので」
ライルがそんな質問を飛ばし、カーベルさんは律儀に答える。そして、二人の顔が俺へと向けられ、何かを待つようにジッと見詰められてしまった。
何だ? 俺に何を求めてるんだ?
そのまま数分ほど何も言わずに見詰められ続け、流石の俺も居た堪れなくなった。
「な、なにかな?」
若干引き攣った表情でそう告げても、二人は俺から目を逸らさない。
お、俺、何かやっちゃった?
引き攣った表情が徐々に困惑に変わり始めた時、二人の目線が外れる。
それに安心をしたのも束の間、
「おばかなおとーさんでごめんなさい」
徐にライルがカーベルさんに頭を下げて謝っていた。
え? え?
「いえいえ、ご丁寧に有難う御座います。でも、ライルくんは立派です。きちんと人に頭を下げられるのですから」
カーベルさんの視線が痛いほど感じられそれに怯むと、更にライルの軽蔑の眼差しに襲われてしまい、俺は困惑から二人の視線の圧力に負けて後退る。
何だ?! 何なんだ、二人とも?! 俺が何か悪い事でもしたのかよう!
この時の俺の表情は物凄く情けなかったに違いない。
だって、道行く人が顔を逸らして笑ってたし……。
「くっ! こ、こうなっ――」
たら、と言うとした瞬間、荷揚げ場から叫び声が外へと転び出て来て、全員の顔がそちらへと向けられる。
「うわっ! な、なんで二頭犬の子供がこんなとこにっ!」
「こ、殺すなよ! 殺したら、報復されるぞ!」
『ガウガウ!』
「う、うわー! に、逃げろお!」
「ばっかヤロウ! この程度で逃げてんじゃねえ!」
「お、俺は犬がでえきっれえなんだよっ!」
『ガオー』
「こ、こっちくんなっ!」
『ガーウ』
「うわあ! な、何で俺ばっかり!」
「大丈夫だ! 骨は拾ってやる!」
その叫び声は徐々に笑いへと変わっていった。ただ一人の声を除いて。
「あれって、まさか……」
「そのまさか、の様ですね……」
「いいなー、たのしそうだなー」
そこは楽しそうじゃなくて、可哀相と同情する所だぞ。
だが、これは好都合。呼べばたぶん、こっちへ来るはず。
そう思い、俺が口を開き掛けた時には、すでにライルが両手を口の脇に着けて叫んでいた。
「レジーン! はやくこないとおいてかれちゃうよー!」
くっ! 先越されたかっ!
荷揚げ場からは「助かった!」と安堵の叫びと共に「おめえ等、覚えてろよっ!」と罵る声も響いてくる。
そして――、
『ガウガウ!』
嬉しそうに尻尾を振りながら、レジンが飛び出してきた。
こいつ、頭が二つあるだけで、まんま飼い犬だな。
その姿を見た瞬間、俺はそう思ってしまった。
「この子犬がレジンですか……」
「うん! ぼくのともだち!」
ライルがレジンを抱え上げて、カーベルさんへと向けると、挨拶でもするように、頭を垂れて一声鳴く。
『ガウ!』
「賢いですね」
そう言うと、レジンの頭を両方とも撫で、撫でられたレジンは気持ち良さそうに目を細めるのだった。
お前、もう野生には戻れないんじゃね?




