変わった様で変わってません
済みません。予定より一日遅れてしまいました。
帝国に居た時、何となく婚姻を匂わす発言を皇帝陛下がしていた様な気もするが、了承した覚えも無いし、はっきりと言われた訳でもない。それなのに、ご本人が追い掛けて来た挙句、置いてけぼり、とまで言われるとは思いもしなかった。
「な、な、何でナシアス殿下がここにっ?!」
事ここに至っては俺の選択肢など最早、驚く、しかないってもんだ。
「何で? ですって?! 貴方! 私が言った事、お忘れに成りましたの?!」
お忘れにって、何をお忘れなのかそれをお忘れなんですけどっ!
呆気に取られる俺を尻目に、残念皇女様はずかずかと室内に入って来る。それも、俺を睨みながら。
そして、俺を押し退けて王様の前に立つと、
「ノックもせず入室いたしました無作法、お許しくださいませ」
謝罪を口にすると同時に、流石は皇族、と言える優雅な礼を披露しているのだが、何故か視線だけは俺を離さずにいた。
「――此度は許す。が、次は無い様に願いたいものだな」
「寛大なお言葉、感謝いたします」
そう言った後、俺に向き直り無言の圧力を掛け始め、その迫力に圧倒されて、思わず少しだけ後退りをしてしまった。
こ、この圧力は一体何なんだ?!
ナシアス殿下は一言も発さず、只々、俺を圧するばかりで、それが永遠に続くと思われた時だった。
「その位で許して遣りたまえ」
王様がそう告げると、殿下からの圧力が消え、彼女は軽く息を吐きながら肩を竦めた。
何だか知らないけど、助かったあ……。
「それで、どうするのかね?」
これは俺に向けられた物の様だが、何と答えれば良いのだろう?
「どう? とは?」
「彼女を迎えるのか否か、という事だが?」
「……は?」
俺は絶句した。
何がどうなればこんな展開になるんだ?! と言うか、ちょっと待て! まずは何で皇女殿下がここに居るのかが先だろう?! 絶対、何かが間違ってるよね?!
「ふむ……。では、こうしよう」
そして、王様は有る提案をしてきて、俺はそれを断る事が出来なかった。
俺の人生、この先どうなるんだろうな……。
*
意気消沈して帰った俺を待ち受けていたのは、どこから情報を得たのか、賞賛する教授の言とウェスラ達の諦めを湛えた瞳と、それに加えて、ゴンさんの言葉の打撃だった。
「おめえはの辞書には、止まるって言葉がねえんだなあ」
溜息混じりにそう言われてしまい、俺は項垂れてエントランスの隅へと行くと、そこへ座り込み、皆に背を向けて壁と会話を始めた。
どうせ俺なんて嫁増やすしか脳が無い男ですよーだ……。
「こりゃ、ゴン! マサトがいじけてしまったではないか!」
「あたししーらない、っと」
「また瘴気が噴出してますねえ」
「お腹の子に悪い影響が出なければ良いが……」
「この程度じゃ大丈夫だろ」
「私もフェリス殿に同感です」
のの字も書いちゃうもんねー。
「ねえねえ、おかーさんふえるの?」
その声に、俺は体を一瞬震わせる。
「その様ですよ」
「ふーん」
ライルは実感が沸かないらしく、返事は気の無いもので俺は幾らか安堵したのだが、それはすぐさま突き崩された。
「またふえるの?」
不安に満ちた声音でライルはそう募った。
「兄弟が増えるのは致し方なかろう。これだけ妻が居るのじゃからな」
ウェスラの言う事は最もだ。全員が身篭ればその人数分兄弟が増えてしまうし、そうなればライルは長男という立場に追い遣られ、兄として振舞う事を余儀なくされてしまう。
本人が望むと望まざるとに拘わらず。
それが意味する所は詰まり、俺に甘えられなくなるかも知れないと言う恐れを、ライルが抱いているに他ならない。
背を向けている俺には、あの子の表情など見えはしない。でも、その気配から気持ちが沈んでいるであろう事は、容易に察せる。
そしてそれは、俺にある事実を突き付けた。
父親失格、という事を。
俺は今まで何をしていたのだろう。
ハーレムを作る心算はない、と言いながら、実際はどうだ。あれよあれよ、と言う間に増やし、子供まで作る始末。
それに養子とはいえ、既に子供まで居るのに、無責任極まりないではないか。
その子は本当の父親を知らず、生みの母からの愛情も受けていない。だからこそ、たっぷりと注いで遣らなければならないのに、新しく子供が生まれれば、愛情を注げる者が減ってしまう事等、少し考えれば分かる事だ。
「俺は、ガキだ……」
口を突いてそんな呟きが漏れる。
「今更何そんな事言ってるのよ」
顔を上げて振り向くと、
「か、可憐?!」
そこには呆れた表情の妹が立って居て、その後、たっぷりと説教を受けてしまった。
まさか実の妹に説教されるとは、俺も落ちぶれたもんだなあ。
*
「――と言う訳で、私とウォル、それとナシアス殿下が同行する事になりました。もちろん、殿下は身分を隠しての同行です」
事務的な口調で可憐は、同席する俺とウェスラにそう告げてくる。
他の皆は別室でライルと一緒に遊んでもらっている。
まあ、俺達以外が居ると真面目な話に成らないというのが、本当の理由なのだけどね。
そして、妹が来た理由。それは、俺達の道行きに同道する旨を伝える為だった。
こいつ、何時の間にこんなにしっかりした態度が取れる様になったんだろう?
堂々とした態度を見てそんな事を思う。
しかし、何故そんな事になったのか。
それはナシアス殿下が原因だったりする。
殿下は俺達に着いて行くと言って旅装を整えてこの家へ来ようとしていた、と言うのだ。しかも、護衛の騎士を騙して遠ざけた隙に部屋を出ようとした所を、運よくウォルさんが見掛けて声を掛けなければ、誰も気が付かないくらいの見事な変装をしていたそうだ。
「はあ……。ったく、あの残念皇女は……」
何を考えてるんだ、という言葉を俺は飲み込み、蟀谷を指で揉みながら眉間に皺を寄せて溜息を付く。
「ほんと、おにいの所為でこっちはいい迷惑よ。でもまあ、そこがおにいなんだけどさー」
先ほどとは打って変わって、砕けた調子でそんな事をのたまう。
「どう言う意味だよ」
半眼になって可憐を睨むが、妹は平然と受け流してあさっての方を見ながら、
「そのまんまの意味だけど?」
あっけらかんと言い放った。
身も蓋も無いだろ、それ。
俺は溜息を一つ付くと、直ぐに話を元へと戻した。
「お前達が着いて来るのは分かった。でも、どうすんだ?」
「何を?」
あ、主語忘れてた。
「ナシアス殿下だよ」
「だから?」
双子なんだから察しろよ!
「皇女殿下なんて連れて行ったら、普通の宿には泊まれないっつうの!」
「何だ、そんなことかあ」
こいつは……!
そして、俺が怒鳴ろうとした時、
「マサトの言うとおりじゃぞ? 王族なぞ連れ歩けばどれ程警戒せねばならぬ事か、カレンとて分からぬ訳ではなかろう?」
同席していたウェスラが俺に同意を示した。
「それにじゃ。あの手紙にはマサトとローザ、そしてもう一人のみ、と書かれておったのじゃろ? ならば、お主の言った護送する、という理由であれば、あの娘は余計者以外の何者でも無い筈じゃ。ガルムイへ赴いたとしても無下には扱われぬであろうが、歓迎もされぬじゃろうて」
可憐が俺達と同道する名目は、護送という事なので、ナシアス殿下の護衛ではない。ただ、何かあればこの国の責任になってしまうので、護衛をしない、という選択肢は有り得ない。
そうなれば、俺達の護送、という名目が疑われる可能性も出て来る筈で、あの王様がそんな馬鹿な判断を下す訳が無い。
「お前さ、大事な事、抜け落ちてるんじゃねえか?」
しっかりした様に見えても、やはり、と言うか、本質は何も変わってないのかもしれない。
「抜けてないわよ。たぶん」
俺は呆れて声も出なかった。
たぶん、って……。
「一つ聞くが、誰に言われてここへ来たのじゃ?」
「ウォルだけど?」
「では、ウォルは何故、お主を寄越したのじゃ?」
「え? それは――」
その時、ウェスラの目が細められた。
あ、こいつ何か隠してんな。
「本当はウォルが来る予定じゃったが、何かがあって来れなくなり、それでお主を寄越した、という事なのじゃろ?」
「そ、そうなのよ! 本当は――」
「あーはいはい。皆まで言うな」
その遣り取りだけで俺は察しが付いた。
「な、何よ! おにいは――」
「どうせウォルさんと一緒に話は聞いてたんだろうけど、右から左だったんだろ? お前、誰かが同じ話を聞いてる時は、聞いてるフリしかしねえからな」
しっかりした様に見えて、根はまったく変わってなさそうだと直感したのは間違いでは無かった様で、可憐の言葉を遮りそう告げたら、当の本人は顔を真っ赤にして口を噤んでしまい、それを見て俺は、大きく溜息を付いた。
図星かよ……。我が妹ながら呆れるぜ。
「なあ、あの王様が何も考えずに皇女殿下を同道させる訳ないよな?」
可憐は使い物にならないので、ウェスラに向かって言葉を投げる。
「そうじゃの、あ奴が考え無し、という事はありえん。恐らくは偽名を使わせ、この国の騎士の一人として同道させる心算なのじゃろ」
「だよな。それ以外ないよな」
「うむ、断言は出来ぬがの」
でもそれだとあの皇女様の事だ。絶対文句を垂れる。それをウォルさんと可憐が抑えられる筈は無いので、王様はそれを俺に遣らせる心算なのかもしれない。
ったく、あの狸親父はこれだから油断なら無いんだよ。
「俺、気が重いよ」
そんな呟きにウェスラは笑みを零し、
「自業自得じゃ」
その声は嬉しそうだった。
そして、妹は剥れたままそっぽを向き続けるのだった。
*
あれから一週間経ち、俺達は今、セルスリウス南門の所に集合している。
今日からガルムイへ向けて旅立つ訳だが、今回は結構な大所帯だ。
俺達が五人と一匹で、護送名目の騎士が六人の、総勢十一人と一匹。最も、ガルムイ手前で三匹と九人に成る予定だ。ただ、騎士の内二人は、俺にとって頭痛の種に成りそうな人物だった。
「おい、可憐」
「何?」
「殿下の事は百歩譲って良しとしよう。話は聞いてたしな。だけどな、メルカート副団長も一緒とか、どういう事だ?」
城へ行った時も見掛けなかったし、話にも聞かなかった。それなのに何故、あの破竜騎士団の副団長であるメルカートさんまでも居るのか。
「ごめーん、忘れてたあ」
そう言ってペロっと舌を出して誤魔化す我が妹。
おまえってやつは……ほんとに期待を裏切らないな、おい!
だが次の瞬間、妹の頭に、拳骨、と言う名の隕石が落ちていた。
「いったーい! いきなり何すんのよ、ウォル!」
両手で頭を押さえて涙目になりながら怒りを向けているが、向けられているウォルさんは可憐以上に怒っているのがその表情からも読み取れる。
「昨日も俺の事は隊長と呼べと言った筈なのだが、忘れたのか? 仕事以外なら兎も角、公私混同をする様であれば、置いて行くぞ?」
睨まれているのに睨み返すとか、つくづく分かってないよな、可憐は。
「ウォルケウス隊長の仰るとおりですわよ、カレン副隊長」
驚いた事にウォルさんに続いて可憐を諌めにかかったのは、あろう事かナシアス殿下だった。しかも、この国の女性用の騎士装備である軽装鎧を見事に着こなして。
うむ、お見事。やはり物は悪くない。それに常識も持ち合わせている。これであれが無ければ完璧なのだが。
「で、でも!」
「でもも、かももない。出来るかの出来ないのかと、聞いているんだ」
「私に出来て、貴女に出来ない筈は有りませんわよね?」
この一言で可憐はぐうの音も出なくなった様で、小さく頷いていた。
中々やるな、皇女殿下。
そんな事で関心をしていると、ウォルさんは俺に向き直り、
「マサト様、カレンの説明不足、真に申し訳御座いません」
頭を下げられてしまった。
「いいよ。ウォルさんが悪い訳じゃないんだし」
「しかし、部下のミスは隊長である私のミスでもあります」
確かにそうなんだけど、可憐を上手く扱うのは難しいから、そこまで責任感じなくてもいいと思うけどな。
「そんな事よりさ、殿下の事はなんて呼べばいいんだ?」
俺の一言でウォルさんはまた可憐を睨み、直ぐに目を伏せて溜息を付く。
「まったく――これだから騎士候にも成れんのだ……」
そんな呟きを洩らした。
可憐には絶対無理だから、早く気が付こうな、ウォルさん。
「まあ、それは置いておいて、殿下の事だけど――」
「私の事は、ナヴィミア・ラムレーズン、と呼んでくださいな」
その名前に俺は、愕然としてしまった。
ラムレーズンって……。これってまさか――!
可憐に顔を向けると、微妙に困った様な顔で苦笑していた。
「もしかして――」
「うん、おにいの思ってる通り」
やっぱりなあ。偽名を聞いた瞬間に大方の予想は付いたけど、その通りだとは思わなかったぜ。
まあ、本人は気に入ってるぽいし、それはそれで良しとするか。俺が指摘しなきゃ分からないしね。
後はメルさんだけど……。
そう思い顔を向けたら、
「私の事はメルでいいです」
ぶっきら棒にそれだけ言うと、ぷいっと背を向けられてしまった。
どうやら俺は相当嫌われているらしい。
まあ、あれだけ酷い事しちゃったし、仕方ないよな。
「そろそろ出発いたしましょう」
ウォルさんに声を掛けられ俺が頷き掛けた時、ライルの声が届いた。
「おとーさーん! レジンがいなくなっちゃったよー!」
そして、慌てた様子で駆け寄って来る。
「居なくなったって、なんでだ?」
「わかんない。でも、あっちでレジンってよばれていなくなっちゃった」
ライルが指差した方には、ザロン商会、と看板が掲げてあった。
はて? ザロン商会にレジン? 何か引っかかるぞ。
次話は六月の三日あたりかと……。
更新遅くて申し訳御座いません。




