お仕事の匂いがします
一夜明けて俺は今、城の一室へと足を踏み込んでいた。
「済まぬな。突然呼び出してしまって」
その部屋で待ち受けていたのは、ユセルフ王国国王、サンシルド・ゼム・ユセルフ。
一応、俺にとっては義理の父でもある。
その義父の呼び出しとあっては、足を運ばない訳にはいかない。
なんせ、義父の前に国王陛下だしね。
そして昨日、アルシェとシアが俺の元へ来たのは、この呼び出しを伝える為だった。
ただ、妊婦であるアルシェがこの家に顔を見せるのは、凄く久しぶりだ。
シアは時折帰って来ては居たが、彼女の場合、俺達が今住んでいる家に居るよりも、城に居た方が不測の事態が起こっても、優秀な治療師が常時待機しているので安全との事から、父である国王陛下に勧められて城で生活をしていた。
まあ、俺としてもそれはそれで安心だったし、週に三回は会いに行っていたのだが、彼女にしてみれば、それが不満だった様だ。
そんな訳で、伝言に託けて帰って来たらしいのだが、でも、それが寂しさからだろう事はなんとなく分かっていた。
だって、その事を指摘したら、顔を真っ赤にしてたしさ。
そんな訳で翌日は国王陛下とご対面、と相成った訳だ。
「お気に為さらないで下さい。特に急用も有りませんでしたし」
「そう言って貰えると助かる」
どこかホッとした様に感じたが、気のせいだろうか?
「それにしても、こんな形で呼び出すとは珍しいですね」
普段、俺が呼ばれる時は、日時と用件が書面で送られ、それに俺が行けるか行けないかの返事を返して調整するのが今は慣習になっている。それを遣らずにこんな風に呼び出されるのは、嫌われていた時以来だ。
それに、俺が今居る部屋は謁見の間ではなく、国王陛下の私室なのだ。
これが意味する所は、私的な事柄で呼ばれたと考えるべきだろう。
「今日は国王として卿――マサト殿を呼んだのではない」
「と、言いますと?」
「義理の父として、マサト殿の身を心配したからなのだ」
やっぱり私的な事だったか。
「心配? ですか?」
「娘が身篭った子の父であるお主を心配するのは、当たり前だと思うが?」
確かにそれもそうだ。
「ですが、何を心配なさるのです?」
その理由が俺には分からない。
「我が国はガルムイと直接の国交は無い。だが、隣国のカチェマには娘――第二王女が嫁いでおる」
唐突に切り出された話に、俺は少し考え込んだ。
――カチェマに第二王女が嫁いでる? でも、それと心配する事に何の関係が――ああ、そうか。アルシェのお母さんは彼女しか生んでないんだっけ。って事は、その王女は現王妃の娘な訳か。
「俺はカチェマでも歓迎されない可能性がある、と?」
だが、これには首を振られてしまった。
なら、何を心配しているんだろうな。
「娘から手紙が来たのだ。我が国に助力して欲しい、とな」
間が悪い事にな、と付け加えて溜息を付いていた。
助力と言っても色々あると思う。まあ、幾らなんでも内政干渉をして欲しいって事ではないだろうけど、内戦じゃ有るまいし、自国の問題に対処しきれない事柄なんて有るのだろうか?
「その手助けとは、どういった事なのですか?」
聞かない事には判断も出来ないので、思い切って口にしてみたのだが、渋い顔をされてしまった。
一体、王様は俺をどうしたいのだろう? 心配だと言いながら、全く関係が無さそうな第二王女からの手紙の事を話すし、その事を聞こうとすれば口を噤むし、これじゃ、何の為に呼ばれたのか分からなじゃないか。
少しだけ苛付く俺の気持ちでも伝わったのか、王様は観念したように一つ息を吐くと、重たい口を開き始め、その内容を聞いた俺は、思わず苦笑いを浮かべそうになってしまった。
何故なら、その原因が何なのか、全て分かってしまったからだ。
「なるほど、そんな事情があったのですか」
取り敢えず神妙な顔付きをしておいた。
ただし、心の中では苦笑を浮かべながら。
「他に道が無いとはいえ、お主を含めて三人でその様な危険な場所を通過せねばいかんというのが、どうにも心配でな……」
まあ、普通は心配するよなあ、魔物が大量発生してる所を通るなんて。でも、王様は俺達の戦いとか見てない訳だし、仕方ないと言えば仕方ないか。
「だが、それだけではないのだ」
まだ何かあるのか。
「どうやら魔物の仕業に見せ掛けて盗賊共も活発に動いているらしくてな、かなりの数の商隊も襲われている様なのだ」
なるほど、それで第二王女が手紙をよこした、と言う訳か。
確かに魔物の討伐だけでも大変なのに、盗賊まで活発に動いているのならば、手が回らなくなるのも頷ける。たぶん、ギルドにも依頼を出して冒険者も動員しているのだろうけど、騎士と違って練度にばらつきが有るから、討伐対象に因っては受けられない者も居る。そうなると当然、討伐しきれない魔物が出てくる訳で、自然と騎士団にもお鉢が回る事になる。結果、盗賊にまで手が回らない状態になっていてもおかしくは無い。
考え込んでいる俺に向かい、王様は更に言葉を渡した。
「娘の手紙に因れば、カチェマで暴れている魔物は、小鬼、犬鬼は言うに及ばず、大鬼までも人里に出没しているらしくてな、しかも、どう言う訳か組織だって襲撃を繰り返して居る様で、冒険者だけでは対処仕切れん、と言うのだ。それで余の元へ助力を請う手紙が来た、という訳なのだ」
なるほどな、と思いながらも不思議な事に気が付いた。
「でも、カチェマはガルムイと同盟関係なんですよね?」
「うむ」
「では、カチェマは何の要請もしていないのですか?」
「要請をする前に、一方的に破棄を通達して来た、という事だ」
「破棄?!」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「そうだ」
カチェマの脅威は今の俺達なら、遭遇してもどうという事はない。寧ろ、オーバーキルを心配しなきゃいけないほどだろう。
そうなると問題はガルムイだ。
何の理由も告げずに俺とローザを呼び出すわ、同盟を一方的に破棄するわ、何だ、この無茶苦茶さ加減は。こんな国へ行って戻って来れるのか? 俺達。
王様は道中の心配をしてるらしいけど、俺は寧ろこっちの方が心配だよ。
「同盟の破棄など良くある事だ」
「ええっ?!」
その一言で更に驚いてしまった。
俺の常識からすれば、そんな事が頻繁に行われては、その国自体を信用出来なくなってしまう。だが、王様の、良くある事の一言で切って捨てられてしまったのだから、驚かずに居られない訳が無い。
デュナルモ大陸の国家の常識ってどうなってんだ?!
「大体の同盟が通商に関する事が殆どでな、国内事情で破棄する事等良くあるのだよ。それにな、軍事同盟など結ぼうものなら、周辺の国に攻め込む口実を与えかねん」
特に南ではな、と付け加え王様は溜息を付いた。
「まあ、確かにお主が思うておる様に、軍事的な事柄も含まれはするが、飽く迄も限定的に止まる。それにな、カチェマの今の現状と時期を鑑みればガルムイが破棄するのも頷けなくは無いのだ。立場が同じであれば、余もそうしたであろうからな」
要するにあれか? この世界じゃ国家間で結ぶ条約は通商条約が殆どで、自国に有利な条件が引き出せそうな時は、破棄して新たに結び直すってのが慣例化してるって事なのか?
俺がその辺の事を指摘すると、王様は頷いていた。
何だか子供同士の約束より軽い気がするんですけど……。
「カチェマとガルムイの条約についてはどうでも良い。この国には関係なき事だからな。それよりも、道中は大丈夫なのか?」
結局話はそこへ戻るのか。
「大丈夫ですよ」
俺は即答する。
ただ、余りにも簡単に答えた所為か、王様の心配そうな表情を解く事は出来なかった様だ。
そんな王様を見て、俺は仕方ない、とばかりに連れて行く者達の事を話した。
勿論、どうやって連れて行くのかまで。
「ふむ、なるほど……。お主の連れてきたローリーなる者は、ベロ・ケルスであったか。他の者では信じられぬであろうな。しかも、三頭犬が人に化けておった等とは、な」
それでも王様の表情は優れない。
全く持って心配性の王様だな。
ウェスラに教授にレジンにローザ、そして俺が居るのだ。盗賊だろうが魔物だろうが、そんな奴等に遅れを取る訳が無いだろうに。しかも、守りに関してはライルが居るし。
「しかし、本当にライル坊を連れて行って大丈夫なのか?」
物凄く心配そうな表情を見せている王様は、孫を心配するお爺さんみたいで少し可笑しい。
「大丈夫ですよ。あいつ、俺の魔法も防ぎ切ってますからね」
「ま、真かっ! 嘘ではあるまいなっ!」
「嘘を付いてどうするんですか」
「だ、だがっ!」
「たぶん、ウェスラの魔法も防ぎますよ。ライルは」
「そ、そうなのかっ?!」
王様の表情は驚きと喜びを同時に表に出すという、真におかしな顔になっていた。
驚くか喜ぶか、どっちかにしようよ。
そして俺と王様は、しばらく同じ様なやり取りをし続けたのだった。
*
「して、本当に良いのか?」
「任せてください。俺達は冒険者ですからね」
今、何の話をしているか、と言うと、あの不毛な言い合いが終わった直後、第二王女様から来た手紙の内容を聞いた俺が助力を申し出て、それを王様が確認をした所である。
その内容と言うのが、俺の予想とは別で、カチェマの騎士団は王都周辺の盗賊と魔物の排除で手一杯だったらしい。しかも、村の一つが大鬼の群れに占拠されてしまい、様子を探ろうにも、数が多過ぎて近付く事すら困難な状況になっているようで、村人がどうなっているのかも分からないそうなのだ。
「だが、危険だぞ。大鬼と言えば単体でもパーティーで当たる程であろう。それが群れておるのだからな」
確かに王様の言うとおり、大鬼は単体を狩るにもパーティーで当たるのが普通だ。なんせ、並みの剣では傷付ける事も出来ない程の頑健な体を持ち、魔法耐性もすこぶる高いという難敵であり、中には人族顔負けに魔法を使う大鬼も居ると言うのだから、討伐の難しさと言ったら並ではない。
「まあ、お主の話が本当であれば、大鬼が群れていようと問題ではなかろうが、村人が生存しておる場合、奴等は盾として使ってくるぞ」
「それも問題ありません。俺は空を飛べますし、最悪、土中から奇襲も掛けられますし、それに一緒に行くのは、あの、ベロ・ケルスですよ?」
まあ、教授だけじゃないけどさ。
「だが、無理はしてくれるなよ? これから生まれる子の為にもな」
「分かってます。では陛下、後は宜しくお――」
その時、扉が勢い良く開く音と共に、
「私を置いてけぼりとは、いい度胸ですわね!」
聞き覚えの有る声が響き渡り、振り向いた俺の目に飛び込んで来たのは、あろう事か、ナシアス・ラム・ヴェロン皇女殿下、その人だった。
何で残念皇女様がここに居るのっ?! 誰か教えてくれ!
おかしい……。
旅立つ筈なのに、どうしてこうなった?!
次話の更新は二十七日あたりになるかと思います。