本人にその気はなくとも関係ない
俺は今、途方に暮れていた。
何故かって?
すでに城の外だからさ。それもまだ、夜明け前の薄暗い時間に放り出された挙句、支度金すら貰えずにね。
何故、そうなっているのかと言うと、引越し前日の夜、これから寝ようかって時に、王様からお呼びが掛かったんだ。何か嫌な予感はしたけど、行かない訳にはいかないし、仕方ないのでウェスラには先に寝るように言って寝所から出たら、今まで見た事も無い連中に拘束されて別の部屋へ連れて行かれてそこに放り込まれた。一応、ベッドは在ったから仕方なくそこで寝たけど、今度は夜中に叩き起こされてそのまま城の外へポイ、で今に至る、とこういう訳だ。
もっとも、放り出される時に支度金の事を聞いたけど、王は何時支払うとは言明していない、って言われた。要するに、金などやらん、と言われたに等しい。しかも、ウェスラの同行すら禁止してきた。これは幾らなんでも不味いだろ、と思い、その事は抗議したのだが、王の決定だから、の一言で済ましてくれた。
城がどうなっても知らねえぞ、俺。
「さて、どうすっかな」
すでに城門は閉められているし、街もまだ起きていない。それに、日が昇る前に街の自警団に見付かってしまうと、自警団所有の牢屋に漏れ無くご招待されるという特典が有るらしい。そして今、その団員さんらしき人達が二人ほど近付いてくる。このタイミングの良さからすると、ご丁寧に事前に連絡をされていた様だ。
まったく、俺の事どれだけ嫌ってんだよ、あの王様は。
「お前が通報にあった者だな。大人しく着いて来れば痛い目を見ないで済むぞ」
これはまた、テンプレな台詞が聞けたものだ。でも、大人しく着いて行っても良いが、自警団の建物がやばい事になる気がする。
「通報って誰がしたんです?」
「匿名だ」
「一応、断って置きますけど、俺の事知ってるのって、あそこの人達しかいませんから」
親指を立てて後を指した。そしてその先には城が在るだけ。ただ、そんな行為に団員さん方はご丁寧にも動揺してくれた様だ。
「やっぱりお城から事前に連絡が行ってたんですね」
「う、うるさい! 大人しく着いて来ればいいんだ!」
そんなに動揺してたら、もうバレバレですよ。
「そうそう、もう少しここに居ると、面白いものが見れるかもしれませんよ?」
俺はにっこりと笑い掛けた。この笑顔には自信がある。なんせ、可憐と同じ笑顔を作っているのだから。例え男でも見蕩れる事間違い無しだ。
案の定、二人はぽうっとして見蕩れてくれた。これで五分くらいは動かなくても大丈夫だ。
「さてと、そろそろかな?」
その直後、後から爆音が轟いて、目の前の二人が飛び上がって驚き我に返ると、目を見開いて大口を開けて固まっている。しかも、町の家々から一斉に人々が姿を現し、城を眺めて驚き、口々に何かを言っていた。
「王様もやっちゃったな」
俺は小さく呟いて、振り向き城の惨状を眺める。
それはもう悲惨な事に、城は天守閣を失い、無残な姿になっていた。しかも、あちこちから爆発音が響き渡り、城壁内の建物が幾つも倒壊し始め、それが徐々に近付いて来る。
俺にウェスラの同行を許可して、素直に金貨を払ってれば良かったのにねえ。これじゃ国庫が空になっちまうんじゃなかろうか。でもまあ、建築に関わる人達は潤うだろうから、王国民にとっては良いかも知れないな。
俺が城門を注視していると、巨大な門は内側から弾け飛び、濛々とした煙が立ち込める中、人の輪郭が見えた。
「な、何が……」
団員さんの一人が呟くのが聞こえたので、俺は言ってやった。
「ウェスラ・アイシンって知ってるよな?」
「あ、ああ」
突然、世界最高の魔術師の名を言われて困惑している様だ。
「これさ、王様が彼女を怒らせた証なんだよ」
俺の数メートル先には、銀色の長い髪を靡かせて、悠々と歩いてくる彼女の姿が在った。
「ずいぶんと派手にやったなあ」
「自業自得じゃ」
鼻を鳴らしながらそう言った彼女は、惨く怒っている。
「でもいいのかよ?」
「何がじゃ?」
怒りが冷めていないのか、少々声も怒気を孕んでいるが、俺に向けられた物ではないので、何とも思わない。
「ウェスラも城から出ちゃって」
「マサトの居る所がワシの居場所じゃからな」
怒りの表情から一転、艶然と微笑むその表情は凄く嬉しそうだ。
「地面まで届きそうな銀髪に翡翠色の瞳、そして褐色の肌をした美女……」
後で団員さんが呟いている。
「なんじゃ? こ奴等は?」
ウェスラが訝しげな表情を取ると同時に、二人は叫んでいた。
「「本物のアイシン様!」」
ずいぶんと驚くんだな。でも、ウェスラがそれだけ有名って証拠か。
「お城の通報で俺をしょっ引こうとした自警団のお方だよ」
ふーん、と軽く流して、ウェスラは二人を完全に無視した。
「して、マサト。これからどうするのじゃ?」
俺は顎に手を当てて少し考える。
「んー、ウェスラの伝を頼って家を調達するしかないだろ。俺は金無いし、お城があれじゃ貰えそうもないしね」
彼女と話す俺の後で鞘鳴りの音がした。
「き、貴様! アイシン様の名を呼び捨てにするなど、ぶ、無礼にも程があるぞ!」
団員さんの一人が怒鳴って、剣を抜いたらしい。けど、慌てる必要は無い。何故なら――。
「無礼なのはあなた方です」
「王女様まで出て来ていいの?」
後から驚く気配が伝わって来る。
そりゃ驚くよな、王族が街中に一人で堂々と出て来るなんて普通無いし。
「この方はアイシン様の旦那様です。その方に剣を向けるなど、アイシン様に向けるも同じです」
俺は後を振り向き、にかっと笑った。
「そゆことなんで以後宜しく」
自警団のお二人の表情は、見ているこっちが気の毒そうなほど愕然としてた。
「我等にも何も言わずに出てしまうとは、マサト様も薄情な方ですね」
「あれま、ウォルさんまで」
「私だけではありませんよ?」
その後には親衛隊の面々と、可憐が居た。でも、妹は物凄く怒っていたけど。
「おにい! なんで相談してくれなかったのよ! 一言言ってくれればアルちゃんと一緒に王様に抗議しに行ったのに!」
王女様にちゃん付けとは、可憐はもう少し礼儀を弁えた方が良いんじゃなかろうか?
「そうですよ。言って下されば王に幾らでも抗議いたしましたのに。私はそんなに頼りないのでしょうか?」
王女様の瞳が潤み始める。
何でそこで泣きそうな顔するの?!
「お、お願いだから泣かないで!」
両手を合わせて拝む。ここで泣かれたら非常に困る。
「私はマサト様の為ならば、この身を平民に落としても構わないというのに……」
何、この重たい台詞。
「わ、わかった! 分かったから泣かないで!」
早くこの場を収拾しないと、俺はこの街で知らない者は居ない噂の男になってしまう!
焦る俺とは逆に、王女様は強かだった。
「いいえ、分かっていません! 分かっているのならば何故、私も妻にしていただけないのですか! あの時保留されてから、お声を掛けて頂けるのをどれ程待ち焦がれたと思っているのです。でも、待てど暮らせど、一向にお声を掛けていただけず、胸のもやもやは激しさを増すばかり――。なのに! マサト様は私の事を無視してばっかり! もう、我慢できません!」
一気呵成に捲くし立てられて、俺は唖然としてしまった。ただ、これが非常に不味かった。俺は王女様に飛び付かれて強引に唇を奪われ、永久の契約を結ばされてしまったのだから。
「おやおや、もう済んでしまいましたか」
ランガーナさんが何時もの柔和な笑顔で俺に近付く。その隣にはサレシアさんも無言で並んでいた。
その彼女が険しい表情で俺の側まで歩み寄ると、呆然としたままの俺の顔を両手で挟み込み、自分に向かせると、強引に自らの唇を重ねた。
「これはこれは――」
ランガーナさんの目が僅かばかり見開かれ、可憐とウォルさんも驚き、ウェスラは苦笑を漏らしていた。
「アルシェアナ様の秘書官である私は、常にお側に居なければならないのです。よって、私も妻の一人に加えさせていただきます」
王女様の側に居るだけなら俺と一緒になる必要など全く無い。なのに、妻になる、と来た。この人、言っている事が滅茶苦茶だよ。
そして俺は、城を出てからまだ一時間も経っていないのに、三人の妻持ちとなった。
ハーレムを目指している者ならここで「ビバ! ハーレム!」などと喜ぶのだろうけど、生憎俺は目指してないので、喜ぶ事など出来やしない。それどころか、生活の心配をする羽目になった。
「お、お、お、俺はまだ仕事も家も見付かってないんだぞ! これからどうやって生活するんだよ!」
頭を抱えて座り込む俺に、サレシアさんは有り難く無い事に、冷たい声を敲き付けてくれる。
「甲斐性無しなんですね。でも大丈夫です。永久の契約を結んだ私達が養ってあげます。これでマサト様も立派なヒモですね」
「俺を立派なヒモにするなあ!」
立ち上がって俺は叫ぶ。でも、彼女の冷たい視線は叫びごと俺を凍らせる。
「甲斐性が無いのですから、せめて性交渉での種付けくらいはしっかり勤めてください」
卑猥を通り越して露骨な表現を繰り出す彼女に、俺は完全に固まった。
「しかし、あれじゃのう。こう家族が増えてしもうては、普通の家ではまずいのう」
「そうですね。私としても、何某かの援助が出来る立場では無くなってしまいましたし、どうしましょうか?」
ウェスラと王女様は冷静に話し合っている。
「やはり、知り合いの魔族に頼むしかないかの」
「でも、それですと……」
二人の視線が固まっている俺に注がれた。
「地道に探すしかない様じゃな」
「仕方ありませんね。マサトがあれでは」
王女様はもう、俺の名前を呼び捨てにしている。女ってやっぱり強い、精神的な意味で。
「宜しいでしょうか?」
ランガーナさんが二人に声を掛けた。
「なんじゃ?」
「私に物件の心当たりがございます」
二人は顔を見合わせて、目だけで頷く。
「言ってみるがよい」
ランガーナさんは一礼すると口を開いた。
「実は、この城下の北の外れの市壁近くに、遥か昔に家系が絶えてしまった貴族のお屋敷があります。そのお屋敷は今も朽ちずに残っておりまして、そこでしたら、この人数でも問題ないかと思います」
「それって、ジレダルト公爵のお住まいだった所ですよね?」
何故か王女様の表情は優れない。
「そうでございますが?」
「確か、良くない噂を聞いた覚えがあります。なんでも、夜な夜な少女の霊が出没するとかなんとか」
それを聞いた可憐は怯えた表情で、ウォルケウスさんにピッタリと張り付てしまった。でも、張り付かれたウォルケウスさんは嬉しそうな顔で「私が貴女をお守りしますから大丈夫です」などと言っていた。
一体二人は何時の間に関係を進展させたのだろうか?
「じゃが今は、そこしかないのじゃろ? だったら行くしかなかろう。親衛隊も居る事だし、何よりもアルシェアナは聖魔法が使えるのじゃから問題無いじゃろ」
王女様は「そうですね」と呟くと、後に控える親衛隊の面々に向き直る。
「それでは皆さん、私共の住居が決まりました。今からそちらへ移動いたします。宜しいですね?」
親衛隊の面々は口々に了承の意を唱えた。
そして俺はというと、未だに固まっていた。