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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ヴェロン帝国編 第六章
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演技過多で大ピンチ?

 昨日は何が何だか分からず脳みそがクエスチョンマークに成り掛けていたので、再び姿を現した教授に怒涛の質問攻めをしたのだが「明日になれば分かります」の一言で華麗にスルーされただけでなく、逆に「マサト殿は何故(なにゆえ)人の雌が関わると見境がなくなるのですか?」と質問を返され、しどろもどろになって顔を背けた所で姿を眩まされた。

 それが余りにも見事だったので、流石魔獣だけあって逃げ足も一級品だな、などと妙な関心をしてしまった位だ。

 そして今朝になって俺は、信じられない事を大会運営職員から聞かされる事となった。

 あんな事があったにも関わらず、試合をやる、と言うのだから、これを驚かずして、何に驚けばいいのだろう。

 なんせ、今日は絶対に中止だろうと思い込み、完全に腑抜けモードに入っていた所へのこの言葉である。

 直ぐには理解できず「あ、そうなんだ。へえ、この国は凄いなあ」などと他人事のように関心し「じゃあ、今日は観戦だな」と、そんな言葉が頭の隅を過ぎった直後、出るのは自分だと聞かされ、たっぷり五分は固まる羽目になってしまった。

 その後、これが教授の言った「明日になれば分かる」という事なのだと気が付き、昨日言われた「演じ切って下さい」という事と合わせて考えれば〝試合と言う名の舞台を用意しましたので、炎の魔神を演じてください〟という事だとの認識に至った。

 ならば、遣ってやろうではないか!

 教授がどういった仕掛けを用意しているかは知らないが、その流れに乗ってやるぜ!

 係りの人の後を付いて意気揚々と闘技場と言う名の舞台に再び足を踏み入れた俺は、我が目を疑い、一瞬呆けた。

 それは何故か。

 メルカート副団長の姿をそこに見止めたからだ。

 しかも、俺に向ける瞳には怨嗟が篭っており、視線だけで殺されそうな気がした。

 それだけでなく、憮然とした表情のオラス団長さんまで居ては、呆けるな、と言う方が無理な注文だ。

 俺、女の人を嬲る趣味ないんですけど……。

 ってか、そんな特殊な性癖は元々持ち合わせて無い!

 自分で自分に突っ込みを入れていると、知らぬ間に団長さんが口を開いていた。

「これより決勝戦を始める。何度も聞いていると思うが、まずは勝利条件の説明をさせてもらう」

 そして、つらつらと説明が成されたが、俺はそんな事など聞いては居ない。

 怨嗟と殺意を乗せたメルカート副団長――長いからメルさんって呼ぼう――の視線を受け流し、鼻でせせら笑う、と言う事をしていたのだ。そしてそれはもう、驚くほど彼女の表情に劇的な変化を齎した。

 蟀谷(こめかみ)には青筋を浮かべ、口元はぴくぴくと痙攣し、目付きに至っては更に凶悪に成った。

 そして俺は、自分の所業に、恐怖した。

「――以上で説明は終わる! 双方、質問はあるか?」

 メルさんは俺を睨み付けたまま小さく首肯する。

 しかし、俺は一言言わなければ成らない事がある。

 だから、手を上げた。

「何だ?」

 上げた手をゆっくりと下ろしてメルさんを指差す。

 そして――。

「顔が怖い」

 この一言で二人を一瞬唖然とさせたが、団長さんは咳払いを一つすると、

「始めっ!」

 俺の言葉は無視され、行き成り開始の合図が出されてしまった。

「ええ?! ちょ、まっ!」

 合図と同時に飛び出した彼女が眼前に迫り、剣を突きを出す体制を取った瞬間、俺は後ろ走りを始めていた。

「逃げるとは卑怯ですよ!」

「ふっ、逃げるのも戦術のうちだ」

 格好悪いのに格好良く決める俺。

 だが彼女も然る者。

 更に表情を怒りの色に染めて、俺との距離を着実に詰めて来ている。

「人の癖に、やるな!」

「貴方も人でしょうに!」

「俺は、人ではない!」

「人でなければ、何だと言うです!」

 あ、やべえ、何も考えてなかった。

「お前如きに名乗る名等、ない!」

 よし、決まった!

 そう思ったのも束の間、メルさんは顔を真っ赤にして、怒声を上げた。

「ふざけるのも、大概にしてください!」

 あれ? 怒らせちゃったぞ? 俺、何か間違ったか?

 しかし、前方の――正確に言えば後方――のメルさんに集中していた俺は全く気が付いていなかった。直ぐそこまで闘技場の壁が迫っている事を。

「これで、私の勝ちです!」

「何?!」

 剣を腰溜めに突きの構えを見せる姿に訝った瞬間、背中に強烈な衝撃が走り、俺は無様な声を上げ彼女に向かって弾き飛ばされる。

「げふぉっ!」

 突き出される剣、それに真っ直ぐ突っ込む俺。しかし、そこで諦めて貫かれる訳にはいかない。

 男には遣らねばならぬ事があるのだ!

 渾身の力で身を捻り剣を掻い潜ると、微かに触れている足で地面を蹴り、両手を伸ばす。

飛翔(フライング)乳揉(バストアターック)!」

 メルさんの胸に手を触れさせた。

 だが、伸ばした手に伝わる感触は、彼女の体温で温まった金属のそれだ。

「む、失敗しがぁふおおお!」

 そして顔面に拳を叩き付けられぶっ飛ばされると、これが鯱だ! と言わんばかりの姿で地面を滑り、勢いが弱まった所で無残にも転がった。

「な、な、な、何と破廉恥な! 真面目におやりなさい!」

 全身を震わせ俺を睨み付けるメルさんの顔は赤い。赤いのだが、怒りのそれとは違う、ほんのりとした桜色が混じった赤だった。

 うん、まあ、当然の反応だな。

 俺は立ち上がると口元の血と顔に付いた土を袖で拭い、一つ息を吐いて表情を変える。

「戯れ事はここまで。この先は、覚悟してもらおう」

 そろそろ真面目に演じないと教授に何されるか分からないしね。

 メルさんも雰囲気が変わった事を察したようで、表情を引き締めてゆっくりと切っ先を俺に向けた。

「覚悟するのは、――貴方です!」

 言うが早いか一足飛びに俺との間合いを詰めると、初戦で見せた刺突を繰り出し、俺はそれをバックステップで躱しながら冷静に観察する。

 すると、彼女の口元に微かな笑みが浮かんだ。

「掛かりましたね!」

 その声と同時に俺の右の肩口に激痛が走り、顔を顰めて呻きを漏らしてしまった。

「――ぐ!」

 剣は確実に躱せていた筈なのに、何で別の場所から痛みが走るんだよ!

「褒めて差し上げます! 今ので倒れなかった事を!」

 尚も彼女は刺突を繰り出し、躱す度に剣線とは別の場所から痛みが湧き上がり、思わず後方に大きく逃れるしか手が無かった。

「くそっ、どうなってんだよ……」

 メルさんから目線を外さずに小さく悪態を付く。ただ、彼女は驚きの表情を見せていた。

 それもそうだ。一気に五メートル近く飛び退ったのだから。

 だがそれもほんの一瞬の事。彼女の口元が微かに動くと、瞬く間も無く俺の懐に飛び込み口角を吊り上げ、左腕を突き出して来る。そしてそれを右手で押さえ込もうとした時、心の中に警鐘が木霊し掴むのを止め咄嗟に半歩分右へ動くと、左頬にフワリとした物が触れた瞬間鈍痛を伴い、皮膚の上を何かが流れ落ちる感触があった。

「良くぞ躱しました! でもこれで!」

 彼女の剣が真っ直ぐに俺の喉へ突き立った。

 だが、驚愕に目を見開いたのは彼女の方だ。

 そして俺は、口元を笑いの形に歪め、

火炎破(ファイヤバースト)

 魔法名だけを小さく唱えて俺達の間に小爆発を起こし、彼女だけを吹き飛ばして地面へ転がせるが、これで倒すのが目的ではない。

 その証拠に彼女は直ぐに起き上がり、険しい表情で剣を構えていた。

「ここからは俺の番、と言う事でいいかな?」

「何をしたのです」

「それに答えるとでも?」

「それならそれで構いません。ですが、一思いに殺さなかった事を後悔させてあげましょう!」

 彼女が再び何事かを呟く。が、その隙に俺が一瞬で肉薄し懐へ潜り込むと、剣を持つ右腕を掴み一切の加減をせずに全力で腹部へ掌底を叩き込む。

「ぐはっ!」

 彼女の体は俺に右腕を捕まれているが故に後方に飛んで逃げる事すら出来ずに全ての衝撃を受け止め、右腕を解放すると同時にそのまま膝を付き、崩れ落ちるように地べたに伏した。

 そんな彼女を見下ろし、侮蔑の表情を送る。

「これがこの国最強の騎士団と言われる破竜騎士団副団長の強さなのか。弱過ぎて話にならないな」

 倒れ付す彼女に辛辣な言葉を浴びせると、悔しげに顔を歪めながら俺の事を睨んでいた。

「しかし、油断していたとはいえ、この俺に傷を付けたのだから、それは誇ってもいいぞ。ただし、あの世でな。まずは逃げ出せぬよう拘束させてもらうか。蛇蝎泥(マッドスネーク)縛鎖(バインド)

 彼女の体に縄状の土が幾重にも絡み付き、きつく締め上げてうめき声を上げさせる。そして、俺はその声に満足そうな表情を見せて口元を歪めた。

 これは全て演技! へ、変な趣味がある訳じゃないからな!

「クックックッ――いい眺めだ。さぞ悔しかろう」

 今時こんな笑い方する奴いないよなあ。でも、これも全て演技だ! がまんしろ、俺!

「わ、私を嬲る心算ですかっ!」

 俺は嫌らしく口元を歪めて、ゆっくりと声を吐き出す。

「だったら――どうする?」

「こんな物! 風よ――ぎゃっ」

 詠唱を唱え始めた彼女の頭を俺は蹴り飛ばして中断さた。

 うう、ごめんなさい……。これも全て演技なんです。

「そんな事されては困るな。炎矢(ファイヤーアロー)

 心底困ったという表情と共に、炎の矢を彼女の大腿に突き立てた。

「ぎゃあああああ!」

 俺、悪者過ぎいいい! でも、なんだかちょっと快感が……。

「んー、いい声で鳴く。やはり人とはこうでなくてはな。火炎縛鎖(ファイヤーバインド)

 炎での拘束も掛け、更に悲鳴を上げさせ、闘技場全体に響き渡るほどの大音声を発する。

「ふ、ふはは、ふははははは! いいぞ! もっと泣き叫べ! 亜人が居ないこの国など、俺の敵ではない! まずはここに集まる人全てを燃やし尽くしてやる! 光栄に思うがいい! 俺に直接手を下される事を! 炎鎖封獄(ヘルファイヤーケージ)!」

 両腕を広げて魔法名を唱え、闘技場全体を覆う炎の檻を出現させる。勿論、その前に建物の周りに風を送って人の気配を探り、誰も居ない事は確認済みだ。

 だがこの光景は、俺の言葉と相俟って絶大な効果を見せる。

 観客は悲鳴を上げ逃げ惑い、外に出られないと分かるや命乞いを始める者まで出始めた。

「貴様等全て、生贄だ! 泣け! 喚け! 叫べ! それこそ無上の調べ! 称えるがいい! 俺の復活を!」

 両腕を広げたまま高らかに笑う俺の背後から剣が突き出され、首筋に当てられる。それに目を落として口を噤み、訝る表情を取ると、怒りを押し殺した声が聞こえた。

「それ以上の暴挙は見過ごせぬ。まだ続けるのならば、俺が相手だ」

 首だけを回して目線を送ると、そこには、瞳に必殺の気を宿したオラス団長が、立って居た。

 えっと、もしかして演技って事が伝わってないのかな? だとしたら俺、やばくない?

「だ、団長!」

 足元から歓喜に震える声が上がったが、俺は団長さんから目を逸らす事が出来ない。

 その時、頭の中に教授の声が響き渡った。

――済みません。これは私も予想外でした。申し訳御座いませんが、倒して頂けますか?

――ちょっとそこまで、見たいに簡単に言うなよっ! この人竜族なんだろ?! 俺が勝てる訳ないじゃん!

――大丈夫です。マサト殿ならば余裕です。

――余裕なんか有る訳ないだろうがっ!

――先ほどまでの様に遊ばなければいいんですよ。

――さっきだって遊んでなんかないぞ!

――乳を揉むのは遊びではないのですか?

――見てたのかよっ!

――ええ、皆さんも見てましたよ? 

 俺は背中に冷たい汗を掻いた。

 や、やばい。これが終わったら死ぬかもしんない……。

――ではお願いしますね。

――あ、おい! こら! ちょっと待て! 何か手助けしろ!

――仕方ありませんねえ。それでは助っ人を送りますから、少々時間を稼いでください。

 それを最後に、何を念じても返事は返って来なかった。

 仕方ない、時間稼ぎするか。

 何の反応も示さない俺に、団長さんは怪訝な表情を見せ、何か言おうとして口を開き掛ける。が、それよりも先に俺が、メルさんにも聞こえる様に衝撃的事実をハッキリと言い放った。

「邪魔するな、竜族の戦士」

 団長さんに狼狽の色が走り、足元からは驚きの声が上がる。

「団長が竜、族――。う、嘘です! そんなの、嘘に決まってます!」

「嘘ではない。この街を八十年ぶりに訪れたウェスラ・アイシンを見知っていたばかりか、本来ならば分かる筈のない、人化したフェンリルの女王すら知っていたのだからな」

 知っている事を全部口にすると、団長さんは苦渋に満ちた表情を浮かべ、足元のメルさんは怨嗟の声を口にした。

「今まで私達を、騙していたのですね……。しかも、皇帝陛下まで操って……。この――汚らわしい亜人めっ! 私達を操るのはそんなに楽しいですかっ! 踊らされる私達は、さぞ滑稽だったでしょうね!」

 おおう。これは予想以上の効果が出ちまったぞ。不味い事したかな、俺?

「お、俺は――」

「亜人は黙りなさい。我等が皇帝陛下を弑逆奉ろうと企てた者の仲間の声など、聞きたくはありません」

 ありゃま、仲間割れしちゃったよ。でもまあ、これはこれでいいか。

「くっくっく。流石は傲慢なる種族だ。助けようとする者の手を振り払い、自ら滅びを選択するとは。竜族の戦士よ、これで分かっただろう? 人族など守る価値も無い、と言う事が」

 これが演技だ、と分かってくれていれば、暗に、手を出さないでください、と言っているのが伝わったのだろうが、その事を綺麗さっぱり失念していた俺がそれに気が付く筈もなく、返って彼の怒りを高めただけだった。

「それでも俺は……、この国を――民を――守る! この命に代えても!」

 団長さんの腕が霞み、俺は咄嗟に最大出力で魔法障壁を右腕に展開させ、見えない剣戟を彼の肩の動きから何とか読み、威力を殺す為に左へと瞬時に身を飛ばす。

 だが、その衝撃は凄まじく、防御して威力を殺しても尚、俺を十メートル以上吹き飛ばし、受身も間々ら無いほど強かに体を地面に打ち付けてしまった。

――こ、こんなのまともに受けたら、まっ二つじゃねえかよ!

 受身を取り損なった分全身に痛みが走るが、それを堪えて素早く立ち上がると、俺も剣を抜き構える。勿論、剣には炎を纏わせてだが。

 不味いな。本気で遣りあう、となると、メルさんの事まで考慮する余裕ないぞ。

 そう思った時、また教授の声が頭に響いた。

――助っ人を送りましたので、お願いします。

 どこに、と思い素早く目線を走らせると、何かが足に擦り付く感触がして目線を向けて見れば、小さな双頭犬(オルトロス)が嬉しそうにじゃれていた。

 え? これが助っ人? これでどうしろってんだよ! 死んだら化けて出てやるからなあ!

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