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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ヴェロン帝国編 第六章
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心繋がる時、奇跡は起こる

「マリエ、なんで……」

 愕然とした俺は、呟きを漏らさずには居られなかった。

「マリエ? もしかして、第二師団副団長のマリエ・ノムル、ですの?」

 余りの衝撃にナシアス殿下の言葉も俺の耳には入らなかった。

 あの騎士道精神の塊みたいな彼女が、何故、俺と敵対する様な行動を取っているのか。一戦目と二戦目を見たのであれば、頷けなくも無い事ではあるが、俺達と過ごした彼女なら、敵対する事がどれほど愚かで危険な事なのか分かっている筈。

「マ、マサト・ハザマ卿! 貴殿に問う!」

 少し震えを帯びた彼女の声が闘技場に木霊し、微かな違和感を覚えた俺は、眉根を寄せる。

「我等の仲間になるか! それともここで討ち死にするか! す、好きな方を選べ!」

 若干距離がある為、表情はハッキリとは見えないが、何となく苦渋を浮かべている様にも見えた。

「十数えるまでに返答して頂こう!」

 そして、彼女が声を張り上げ、ゆっくりと数を数え始めた。

 その声を聞いているうちに少しばかり驚きが去った俺は、勤めて冷静な素振りで殿下に声を掛けた。

「ああ言ってますけど、どうします?」

 俺達をここまで連れて来た男は、すでにあちら側へと立ち去っており、小声で話すくらいでは向こうまで届く事はない。

「あの者たち、正規の騎士団ではないですわね。それに、ノムル副団長の顔、あれは脅しでも掛けられているのではなくて?」

 そうか、その線があったか。

 彼女の両親はこの街に居て、しかも、貴族ではないから拉致するのは容易。それを使い脅しを掛ければ、いくら彼女が騎士道精神に溢れていても、肉親を見捨ててまで貫ける筈が無い。それに、俺達と過ごしていた、という事実をこの国の裏側で暗躍する奴が掴んでいれば、俺に対する人質としての価値も出てくる。そしてここが最も重要な事だと思うが、俺のここでの戦いの報告を受けていれば、何とかして仲間に取り込み、この国を手中に収める手駒として有効に使える、と言う事。

「セコイ事しやがって」

 奥歯をきつく噛み締め、俺は表情を歪めた。

「せこい?」

 俺の台詞に殿下が怪訝な表情を見せる。

 ああ、こっちじゃセコイは通じないのか。

「下劣って意味ですよ」

 殿下でも分かる言葉に言い換え、伝えた。

「下々では下劣をセコイと言うのですか……。それで、如何するのです? まさか、応じはしませんわよね?」

 小さく首肯する俺に満足げな表情を見せて、

「それでは、戦うのですね。微力ながら、私もお手伝い致しますわ」

 しかし、俺はその申し出をやんわりと断る。

「俺一人で大丈夫ですよ」

「あ、貴方は何を――!」

 ナシアス殿下は俺の顔を見て、息を呑んでいた。

 そりゃそうだ。口元を歪めて笑ってたんだから。それも、不適に、とくれば驚くのも無理は無い。

「十!」

 こちらの話が纏まると前後して、マリエが数え終わる。

「返答は如何に!」

 俺は剣を抜く事で答え、それを見たマリエは酷く狼狽したようで、完全に表情が止まってしまっていた。

「ユセルフの貴族ってのは、随分と無謀なんだな! 破竜騎士団は疎か、この街に駐留する騎士団すら俺達を相手にしなかったのに、たった二人でなんてよ!」

 何だこいつ、何か勘違いしてるんじゃないのか?

 だから俺は言ってやった。

「馬鹿にすんな! この程度の人数を二人で相手にする訳ないだろうが! いいか、良く聞け! 俺はデュナルモ十傑が一人、ウォルケウス・ガンドーと五分に渡り合ったんだぞ! それなのに、何で二人で相手してやらなきゃならないんだ!」

 直ぐ傍から驚愕の視線が向けられ、相対する集団からはざわめきが漏れ出している。

「あ、貴方は――その歳で既に十傑並みの実力を持っている、というのですかっ!」

「正確には近い実力ってとこですね。ですが、それはこの剣ではなく普通の剣での話しです」

 普通は謙遜が美徳、となる事もあるのだが、この場ではそれは美徳でもなんでもないので、自信たっぷりにそう告げた。

 尤も、この剣を持っていたとしても、本当の本気を出したウォルさんに勝てたかは怪しいが。

「それに、俺の魔法、知ってますよね?」

 ちらりと目線を向けると、ナシアス殿下が頷くのが見えた。

「あの二戦を見ただけで良く分かりましたわ。人族では敵わない事が」

「それと一つ、お聞きしたい事があります」

「この状況で何ですの?」

「皇帝陛下と謁見した時の部屋の天井に描かれていた炎の魔神? でいいのかな? は、炎しか使わないのですか?」

「いいえ、水以外の属性全てを使う厄介な相手と、お話には書かれていますわ」

 それは好都合。ならば、水属性以外を全力全開で使うのみ。

 そうと分かれば、まずはマリエの救出からだ。でも、その前に一つ確認する事がある。

「殿下は魔法を使えますか?」

「貴方、私を馬鹿にしてらっしゃいますの?」

「なら、防御に徹してください」

「前言撤回ですわ」

「へ?」

「魔法での防御はまったく出来ませんの、私」

 何それ?! それじゃ、まるっきりお荷物じゃん!

「ですから、共に戦うと、申したのですわ」

 頭を抱えて蹲りたい気持ちでいっぱいなのだが、今はそんな事をしていられない。

 俺一人でなら何とでもなるが、ハッキリ言って皇女殿下を守りながらマリエを助け、この数を相手にするとなると、無謀にも程がある。

 皇女殿下を守る為には離れる訳にはいかないし、マリエを助けるには離れなければならない。この矛盾する二つを同時に熟せるほど、俺は器用じゃない。

 どうする、どうしたら良い。

「少し、おかしいですわね」

 皇女殿下の呟きに顔を向ける。

 おかしい?

「この事態で騎士団が出て来ないなど、有り得ない事ですわ」

 そう言われればそうだ。

 あいつ等は、破竜騎士団も駐屯している騎士団も相手にしなかった、と言っていた。と言う事は、相手にしたくても出来ない事態が起こった?

 そんな考えを断ち切るように、怒声が浴びせられた。

「何無視してやがる! いい加減こっちを見やがれ!」

 目線を向けると、マリエが羽交い絞めにされ、首筋には剣を突き立てられていた。

「――!」

「卑怯ですわよっ!」

「どんな手を使ってでも貴様を取り込めって命令されてんだ! 恨むなら貴様自身を恨みな!」

 やっぱり俺を取り込んでこの国を乗っ取る心算だったのか!

「わ、私の事はどうでもいい! 殿下を、殿下を連れ――」

「黙れ! それとも貴様の両親を先に送ってやろうか?!」

 遠目にもマリエの首筋から赤い物がゆっくりと流れ落ちるのが見えた。それは男が剣を更に食い込ませた証拠。これ以上男を怒らせると、何を仕出かすか分かったものではない。

 どうすれば……。

「ここでの殺しは意味ない事ですのに、あの男は知らないのかしら?」

 言われてみればそうだ。単純な殺しはこの闘技場では無意味。寧ろ俺にとっては好都合な場所だ。

 遠慮なく蹂躙出来るからな。

「殿下、オラス団長が居なくても、この闘技場のカラクリは起動するんですか?」

 念には念を入れる為、そう問い掛ける。

「例えイグリードが死んでいたとしても大丈夫ですわよ。ですから、私も戦う、と言ったのですわ」

「それじゃ、俺から離れていて下さい。巻き込まれたくなければ」

 言葉を残すと同時に詠唱もせず風を纏い、数度瞬きする間に彼我(ひが)の距離を縮め男の眼前へ一気に飛び込むと、掬い上げる様に剣を放ちその腕を切り飛ばし悲鳴を上げさせ、突然目の前に現れた俺に驚きを見せる騎士団の一角に向け、

「燃やし尽くせ! 爆炎(ラピッドフレイム)(デトネイション)!」

 普段よりも大目の魔力を込めた大出力の魔法を放ち、一部の者を消し炭へと変えた。

「マリエ、しっかり掴まってろよ!」

 彼女の腰を抱え込み、そのまま地面を蹴り飛ばして大きく後方へ逃れる。

 騎士団の半ばが恐慌状態に陥ったのを見て漸く自体を察したのか、観客席から魔力を纏わせた矢と火炎弾が、俺達の頭上に避けえぬ密度で降り注ぐ。

「そんなものっ!」

 着地と同時に、剣を掲げ、

「我纏うは風! 全てを飲み込み砕く暴虐の風なり! 駆け上がれ! 狂飆昇天(ライズヘブンストーム)!」

 俺を中心に足元から狂った様に風が湧き上がると、龍の如くうねりながら一気に上空へと駆け上がり、迫り来る攻撃の全てを一瞬で噛み砕いて俺達を空高く舞い上がらせる。

「こ、これは――」

「まだだっ! 黙ってないと舌噛むぞ!」

 背に翼を生やし炎を纏わせ強く羽ばたき一瞬の無重力を作り出すと、

「降り注げ! 火炎降雨(ファイヤーレイン)!」

 その翼を最大に広げて無数の炎の雨を騎士団の頭上に叩き込んだ。

 だがその瞬間、ナシアス殿下の姿が目に留まり、彼女の下へと急降下を開始する。

「ひっ!」

 マリエが喉を引き攣らせた悲鳴を上げるが、今はそれに構っている暇はなかった。

 殿下は必死に剣を振って矢を叩き落しながら身を捻り火炎弾を避け、自らも果敢に火炎弾を放って反撃をしている。だが、観客席直前には目に見えない壁でも存在するかのように、無常にも全て火炎弾がそこで弾けてしまっていた。

――間に合ええええ!

 心の叫びもむなしく、一本の矢が彼女の艶かしい大腿を串刺しにして動きを制すると、背に、腕にと、その美しい肢体に幾本もの枝を生やし始める。

 そしてその時、俺は思い出した。闘技場内から観客席に攻撃は出来ないが、逆は可能だ、と言う事を。

「殿下!」

 くず折れていく彼女を着地と同時に何とか抱え込み、

「展開せよ! (ウィンド)(プロテクション)!」

 直ぐ様、風の防壁を張り巡らせる。

「殿下! ナシアス殿下! 確りして下さい!」

「あ、貴方の、言ったとおり、でした、わね。援、護をしよう、と近付い、たら、この有、様です、わ」

 何とか言葉を紡いでいるが、数本の矢が胸に深く突き刺さり肺にまで届いているのか、苦しげに浅い呼吸を繰り返し、何時意識を失ってもおかしくはない状態だ。そして、マリエは殿下に刺さった矢を必死に抜いているが、数が多過ぎて光の奔流が起こるまでに抜き終わるとは到底思えない。

「こ、このままでは、殿下は何度も死の苦しみを――!」

 今にも泣きそうな表情で彼女が募る。

「分かってる! 言われなくても分かってるよ!」

 そうだ、それならいっそ、燃やし尽くしてしまえば――。

 そんな考えが過ぎった。

「私を、燃やし、てしまい、なさい。そう、すれば、苦、しみはそこ、で終わり、ですわ」

 まるで考えを読まれた様な言に、俺はハッとなり、身が竦み愕然とした。

――何でこんなにも簡単に人の命を奪おうと考える。一体どうしちまったんだよ、俺。

 一人を死なせ、もう一人を再起不能にまで追い込んだ、あの戦い。本当にたったそれだけで、こうも考え方が変わってしまった事に戦慄し、自分自身の心の動きに恐怖を覚えた。

「何、を、途惑、っている、のですか。は、やく、私、を、楽にして、下さらな、い?」

 懇願するナシアス殿下に何の言葉も返す事が出来ずに、俺がまだ愕然とし続けていると、マリエの声が被った。

「わ、私の所為だ……。私が奴らの言いなりにさえならなければ、こんな事には成らなかったのだ……」

 瞳に涙を溜め、歯を食いしばりながら、必死に手を動かし矢を引き抜いて行く彼女。

 そんな彼女の姿と声に我に返り俺は、自分に叱責を飛ばした。

――呆けてる場合じゃないだろ、俺! この力は何の為にある! 殺す為か?! 弄る為か?! 違うだろ! 誰かを守り救う為だろ! だったら、守って見せろ! 救って見せろ! 目の前で苦しむこの女性(ひと)を救うんだ!

「マリエ! 胸と背中の矢を先に抜くぞ!」

「そ、それは駄目だ! 何本かは急所近くに刺さっている故、一歩間違えば一瞬にして絶命してしまう!」

 確かに彼女の言うとおり、何の処置も出来ない今は、引き抜くだけで出血がより酷くなり、死を早める可能性はかなり高い。だが、殿下の呼吸はすでに浅く、そのリズムは遅くなってきてしまっているし、このまま手を(こまね)いていても、何れは死んでしまう事は明らか。そうなれば、光の奔流に包まれ死を回避する事は出来る。しかし、胸を前後から貫く矢が刺さったままでは、すぐにまた死の苦しみを味わうだけだ。そして、それを何度も繰り返せば、やがて精神は崩壊し、自我を保つ事は出来なくなってしまう。

 そんな事、絶対に俺がさせない。

「なら別の手段を使うまで!」

 そして、俺は目を閉じ祈る。

――誰か力を、俺に力を、貸してくれ!!

 そう強く念じた刹那、

――力を欲するのですか?

 アルシェの声が心に響いた。

――ああ。

――何の為に?

――失っては成らない人の為に。

――ならば、私と共に唱えてください。

 そして、心に響くその声を、口にする。

「この地に生くる全ての者、聖なる水を神より賜りたり。租は命繋ぐ水なり。この水なくして生くる事叶わず。即ちこれ、万物を育む不変の法則なり。この法則持ちて、我神に願う。我が全ての魔力を代償とし、この者の命繋ぐ聖なる水、再び賜らん。命力活性ライフフォースアクティベイト

 ナシアス殿下の矢を抜いていたマリエはその手を止め、驚きの声を上げた。

「そ、それは――最上級の聖魔法ではないかっ! それを何故貴殿がっ!」

 彼女の驚駭(きょうがい)を他所に、俺の体から発する光がナシアス殿下を包み込み、刺さる矢を全て光の粒へと変え、見る間に傷口を塞いでゆく。それに呼応するかのように途切れがちの呼吸も元に戻り、安らかな表情を取り戻した。だが、全魔力を放出した俺の体は鉛の様に重くなり、魔力の供給を絶たれた風壁は徐々にその力を弱め、火炎弾の一撃で霧散してしまった。

――ま、不味い、このままじゃ……。

 無理やりに体を動かし殿下とマリエを抱え込んで覆い被さると、降り注ぐ矢と火炎弾に自らの体を晒す。

 くそっ! 俺の力なんて、こんなもんなのかよ!

「そ、そんな事をしたら――!」

「おとーさんとマリエおかーさんを、いじめるなー!!」

 耳に飛び込んでくるライルの声に顔を上げると、雪の様に真っ白な光が降り注ぎ全ての攻撃を跳ね返し、(あまつさ)え、放った者達へと送り返していた。

「まったく、皆さん勝手に動き過ぎです。お陰で私の計画が全て台無しではないですか。この憤りは何処にぶつければよいのでしょうね」

 俺達の傍へゆっくりと降り立ったのは、ライルと手を繋いだ、ローリー教授だった。

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