独立は突然に
改めて思うんだけどファンタジーの世界って、強力な魔法が使えたり、凄い剣技を身に付けていたり、並外れた身体能力を持っていたりと、何か特別な才能に恵まれると自然に人が集まるんだなって実感した。
ただ、それと同時に敵も作りやすいって事も、実感する羽目になったのには頂けないんだけど……。
要するに何が言いたいのか、というと、余り目立つなって事。何所の世界、何所の社会に居ても、並外れてるって事は、それだけで嫉妬の対象に成り易いって事なんだ。
そして今、俺は何故かこの城の謁見の間で王様と対峙している。もちろん俺は傅いてるけどね。
「マサト・ハザマ。そなたに付けた条件の一部を解除し、新たな条件を申し渡す」
呼び出された原因はこれのようだ。条件の解除と新しい付与。
一部を解除して新しい条件の追加か。一体どんな条件が付くのかね?
「本日より寝所と昼の居場所の行き来及び、魔法不使用と女装の件の解除、それに伴い、城の外で生活する事を許可する」
随分と大盤振る舞いをしてくれたお陰で、思わず顔がニヤケそうになった。
でもこれって、城内での生活は終わりって事か? それとも、城内に居てもいいけど生活基盤を城の外に移せ、という事なのだろうか?
王様の言葉は更に続き、続けて出された条件に俺は愕然となった。
「登城は週に一回、土の日に状況の報告のみとし、他は自由にして良し。それ以外の登城は緊急時を除き禁止とする」
この世界の一週間って、火、水、木、金、土、の五日間だったりする。で、一ヶ月は六週間で合計三十日。一年は十二ヶ月で三百六十日だ。そして二年に一回の割合で、十二月の後に閏月が十日間設けられる。ぶっちゃけ日曜と月曜が無いだけで俺達の世界と余り変わらない。ついでに言うと、月の数え方も同じだ。ただ、休日、と言うものは無いけどね。何時休むかは個人の自由って事らしいけど、一応、何某かの仕事に従事している人は、決められた日がお休みって事になってる。例えば、この城の騎士たちは交代で毎日誰かが休んでいる。勿論、人数が居るから一人だけって事はないけどね。
でまあ、要するに俺に出された条件ってのを分かりやすく言うと――
〝週末の土の日に報告に来る以外、城に近付くな〟
って事に成る。
これは要するにあれか、この城から出て行けって事だよな?
「追加条件の施行は本日より一週間後の火の日からとする。国からはその為の支度金として金貨五枚を付与する。以上、何か異議申し立てはあるか?」
申し立ても何も、俺が何も言えないことは分かってるだろうに。なんでこの王様は、俺に対する風当たりがきついんだろうね。
「無ければ本日の謁見はこれにて終了する」
玉座から王様が立ち上がり部屋から退出するまで、俺は頭を垂れたままだ。
「此度の呼び出しの応じ、大儀であった」
お付の人の声と同時に立ち上がると、腰を折り、向きを変えて出口へと歩き出す。すると、俺の背に向かって言葉が掛けられた。
「王の我侭に付き合わせてしまい、申し訳ございません」
これは王様付きの秘書官であり、宮廷内の秘書官筆頭でもあるベルムラント・ライハイムさんだ。
この人は何故か俺に同情的であり、結構優しくしてくれる。今、俺に掛けてくれた言葉からも同情の念を感じ取る事が出来るしね。
俺は立ち止まって振り向き、頭を垂れる。
「何時もお心遣い、感謝しています」
「マサト様、その様な事をなさらないで下さい。それに、私が何時も我が王に貴方様に対する理不尽を御諌めしているのですが、どうも感情的な部分が先走っているようでして、御話を聴いてもらえないのです。ですが、王は兎も角、我等城の者一同はマサト様の味方でありますので、どうか御怒りにならぬようお願い致します」
建前だとしても嬉しい事を言ってくれた。俺は再度礼をすると、踵を返して部屋から出ていくと自宅へと向かい、帰りを待っていたウェスラに、謁見の間での顛末を包み隠さずに話した。
「金貨五枚か。庶民の半年分の平均的な稼ぎよりも多めじゃな」
今ここには、彼女しか居ない。可憐は今の時間は魔法の勉強、王女様は今日は抜けられない執務が有るとかで、明日は来られないと、昨日ぼやいていた。でも、二人が居ないのは幸いだ。居れば王女様は可憐を伴い、猛抗議にすっ飛んで行っただろうから。
実は王様は可憐の事を物凄く気に入っている。それこそ、自分の娘であるアルシェアナ王女と同じくらい。なので、多少の我侭は聞いてもらえると、可憐からは聞かされていた。
そして、俺が嫌われている理由も知っている。
それは、ウェスラと一緒になったから。
これはウェスラから直接聞いた話なのだが、王様がまだ王子だった頃、彼女に告白したそうなのだ。でも、その当時の彼女は王配に成る事など興味もなく、また王子の言い方も気に入らなかったそうで、こっぴどく振ってやったと、笑いながら言っていた。ただ、王様の方はどうやら今でも諦めていないらしく、ウェスラに近付こうとする男は王様の逆鱗に触れて、左遷されるか首にされた、とこっちは王女様から聞いた話。
要は嫉妬しているだけの事なのだ。
だけど今回俺は、余りにも目立ちすぎた。それも、ユセルフ王国一の騎士と、互角に渡り合うなどという事を仕出かしてしまった。そして何よりも、自分では覚えていないが、神獣召喚などという、ウェスラにさえ出来ない事を仕出かしているのだ。それが意味する所は、一個人で有りながら、一国を相手取れるだけの力を持っている、という事。勿論、王様の周りの者は俺を徴用する事を勧めたのかもしれないが、感情論で先走る王様には聞き入れてもらえなかったのだろう。要するに獅子身中の虫、危険人物と見なされた訳だ。
「どうにも参った。これを可憐と王女様が聞いたらどうなるか、考えたくも無い」
俺は溜息を付いて頭を抱える。
「確かにな。じゃが、ワシとしては城を出る事は良いと思うぞ。なんせ、魔法が使い放題じゃからの」
顔を上げて俺は首を傾げる。何故、城を出ると魔法が使い放題なのか、分からないからだ。
「城というのは国の中で最も安全な場所なのじゃよ。ところが外はそうも行かぬ。街中でさえ難癖を付けて喧嘩を吹っかけて来る輩が居るのに、それが街の市壁の外、それも、畑の更に先の森へ行こうものなら、盗賊やら魔獣やらがウヨウヨして居るのじゃからの」
俺の今の顔は阿呆みたいになっていると思う。なんせ今、本当にファンタジーな話を聞いたからだ。
「それにの、遅かれ早かれ外へは出される。同じ出るならば早い内に慣れた方が特じゃと思わぬか?」
確かに彼女のいう事は一理ある。城の中でも魔法の練習や剣術の稽古などは出来る、しかも安全に。それに技術を有る程度まで高めれば、生存率も上がるのは分かる。でも、実際には役に立たない事が多いのも知っている。これは学校の勉強にも言える事なのだが、実際に役に立つ知識など、本当に少ない。しかも、どんなに知識があろうとも、現場を経験している者には敵わないのだ。
「そうだな、実戦経験が有るのと無いのとじゃ、雲泥の差だもんな」
「そうじゃ。特に魔法は実戦経験が物を言うのじゃからな」
彼女が言うのならば、それは本当の事なのだろう。それに、一瞬の判断と緻密な計算が全てにおいて優先されるのが魔法なんだと、勉強をしていても良く分かった。それもこれも、全て、経験豊富な彼女のお陰だ。
「まあ、剣術はある程度型通りでもどうにかなるけど、魔法はそうも行かないもんな。ウェスラに教えてもらって、その辺が良く分かったよ」
俺は肩を竦めて軽い笑いを漏らした。
「それでどうするのじゃ? 今日から一週間は自由に出入り出来るのであろう?」
その事は俺も考えた。しかし、すぐには動けない理由があるのだ。
「あー無理。だって、お金がまだ届いてないもん」
そうなのだ、支度金がまだ手元に無いのだ。そのお陰で動くに動けない状況だった。それにあの王様は、何時支給するかも言わなかった。最悪、城から出る時に手渡されるかもしれないのだ。
ウェスラが腕を組んで考え込む。たぶん、俺と同じ事を思ったのだろう。
しかし、腕を組むと胸が強調されて、なんとも卑猥な感じだ。なんかこう、飛び掛りたくなるんだよな。
俺の視線に気が付いたのか、彼女は口元を笑いの形に歪める。
「マサト、ワシは何時でも良いのじゃぞ?」
ほれほれ、と胸を持ち上げ、更に強調してくる。終いには自分で揉みしだき始めてしまった。
だけど俺は、一緒に揉みたくなるのを何とか堪えて口を開く。
くそう、王様め。せっかくのチャンスだったのに。
「今はそれどころじゃないだろ? 城を出た後の住む場所を手配しなくちゃならないのに、お金が無いんだし、縦しんば宿屋を使うにしても、仕事を短期間で見付けないと路頭に迷うしな。最低でも何らかの伝を見付けておかないとやばいだろ? それとな、城を出ればウェスラの誘惑に乗っても問題なしな」
最後の、誘惑に乗っても問題ない、の一言が効いたらしく、彼女も真剣な顔で考え込み始めた。
しかし、こんなのが効くって、もしかして、城から出たら俺、やばいんじゃないかなあ? 色々な意味で。
「一つ思い出した。伝はある。あるのじゃが……、余り使いたくはない伝なのじゃよ」
渋い表情で言う彼女を見て、俺も渋い顔になった。ウェスラは普段、こんな表情をしないから尚更だ。
でも、一応聞いておいた方がいいか。最悪、頼る必要があるかもしれないし。
「それって、どんな伝なんだ?」
「魔族じゃよ」
魔族、と聞いて俺は驚いた。なんせ、ファンタジー世界では基本的にと言うか、ほぼ敵にしかならない種族だからだ。
「魔族ならば最悪、何とかしてくれるじゃろ。ただし、あ奴等は要求するものが金銭とは限らんのが厄介なのじゃ」
まさか、何か生贄を遣せとか、そういうやつなのか? だとしたら関わりたくないな。
「例えばじゃ。接触した魔族が女だっだとするじゃろ?」
俺は頷く。
「場合によってはな、子作りの要求をする阿呆もおるのじゃよ」
俺はぽかんとだらしなく口を開けた。だってそうだろ、金銭じゃなくて子作りだぞ。そんな嬉しい事要求するなんて、凄いじゃないか。
「ただなあ、人間にはちときついと思うぞ。子作りを要求する魔族は大体が淫魔と決まっておるからの」
淫魔ってサキュバスの事だよな?
「人間なぞ精気を吸い尽くされ、一晩でミイラじゃ。もしそれに耐えられたとしても、一月は起き上がれぬぞ?」
ミイラは勘弁してもらいたいな。でも、魔族の女って淫魔だけとは限らないと思うが?
「縦しんば淫魔以外の魔族だとしても、マサトほどの美形を見たら子作りの要求は間違いなしじゃな」
「なにそれ?! 俺、逃げ道無いじゃん!」
思わず叫んでしまった。あ、でも――
「魔族って男も居るんだろ?」
「居るには居るが、普通の魔族の男はこういった仕事はせん。もっぱら荒事専門じゃ。やって居るのは娘を嫁に出したい奴だけじゃ」
彼女は呆れて溜息を付いた。俺も同じく溜息を付いている。だって、頼ると嫁が増えそうだし、肉体的にも大変そうだからね。
「でも、魔族って肉体的にも精神的にも人間なんかより強いんだろ? なんでわざわざ人間との間に子供を儲けたがるんだ?」
俺の知識の中の魔族は基本的にあっちの世界の悪魔と大差ない。その他の知識は全てファンタジー小説から得たものだけど、その殆どは、魔族というのは陰険且つ好戦的で身体も人より遥かに頑丈に出来ていて魔力も多い、という概念になっている。
「マサトの世界ではそうなのか?」
興味深そうな表情で言うウェスラに、俺は正直な所、少し驚いた。
「こっちは違うのか?」
「そっちの世界の事はよく知らぬが、この世界の魔族は然程人族と大差ないぞ。有るとすれば種族的な特性と知能くらいじゃの。先ほどの淫魔もその特性の一つじゃ。まあ、人族よりも若干力は強かったりするが、それも驚くほどでは無いな。力の強さで言えば、寧ろ獣族のほうが遥かに上じゃ。ただ、寿命と知能に関してだけは人族は元より、全ての種族を凌駕しているのは確かじゃな」
これで益々分からなくなった。身体的には殆ど変わらず、知能は遥かに上。これでは人と交わるメリットなど全く無い。
「ただな、あ奴等は自然に対する適応力が驚くほど低いのじゃよ」
やっと納得がいった。
「それで人との交わりを望むのか。人間の適応力って凄いからな」
「そうじゃな、それだけはどの種族も敵わんからの」
確かに人間の環境適応力と言うのは凄まじい。俺達の世界でも、極寒の地から灼熱の砂漠地帯まで人は広がっているし、微生物を除いて単一種でそこまで広がる生物は他に例が無い。それはこの世界でも同じなのだろう。
「魔族はその種族的特性もあって、普通の出会いでは中々人と交われない。だから、斡旋業をしてその見返りを金銭以外で要求する魔族が居る。って事だな」
「その通りじゃ。やはりマサトは切れるな」
にっこりと微笑む彼女は、やっぱり嬉しそうだった。
俺は知らない事を普通に聞いて、推測してるだけなんだけどな。
それにしてもこの世界の魔族って脆弱過ぎじゃないだろうか?