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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ヴェロン帝国編 第五章
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ご利用は計画的に?

 今日から一週間は、俺達商売人にとっては稼ぎ時だ。何せ武道大会期間中だからな。だがしかし、今の俺にはちっとした約束がある。その為には一芝居打たなきゃならねえのが辛いとこだ。それに、お誂え向きに一階の食堂には、まだアイシンしか居ねえし、話を纏めるには丁度いいってもんよ。他にも居ると面倒だしな。だから、って訳じゃねえが、茶を飲んで(くつろ)ぐアイシンに声を掛けた。

「おい、アイシン。話がある」

「なんじゃ、藪から棒に」

「宿泊の事なんだがよ。あいつから貰ってんのは二週間分なんでな、(わり)いんだが、このままだと今日の昼前には出て行ってもらわにゃならねえんだ。んでよ、おめえ等はどうすんだ、と思ってな?」

「ふむ、そうじゃったの……。じゃが、金さえ払えば、ワシ等が継続して宿泊するのは問題なかろう?」

 よし、食いついてきやがった。

「それなんだがなあ。お前等は亜人種だろ?」

 先ずは何て言うかだが、肯定されっとこっちが困るんだよな。

「それが何じゃ。貸切れば良いだけじゃろ?」

 良し、一気にその話になったのなら、ここは放っておいていいな。

 でもよ、不服そうな表情を浮かべてるが、こんなのは序の口だぜ、アイシン。

「それがなあ、大会期間中は貸切がご法度って組合で決められててな、それが出来ねえんだよ」

 これは事実なんで、俺としても堂々と言える事だ。尤も、これだって有る条件を満たせば出来なくはねえんだが、それを教えてやる義理はねえし、ボウズを悲しませたこいつ等には、俺の口から言う訳にはいかねえ。

「なん――じゃと?!」

 アイシンの表情が驚愕に染まりやがった。

 ま、今のこの国の事情を知ってりゃそうなるわな。何せ、亜人だけじゃ絶対に出歩けねうえに、何かされても仕返した時点で犯罪者になっちまうんだし、そうなりゃこいつ等は、確実にこの国には居られなくなっちまうからな。

「そこで、だ。提案がある」

 俺はまず一本、指を立てた。

「この宿を出て一目散に森へ向かって、そこで野宿して一週間後に戻る事。ただし、一度出たら期間中は街中には入れねえけどな」

 二本目を立てる。

 こっからが本題だ。

「この首輪を付けりゃ、ここに居られる。だたし、料金はきっちり貰うぞ」

 カウンターの上に事前に準備した首輪を置いて見せる。

「この首輪はなんじゃ」

 訝しげな表情でアイシンが聞いてきやがったから、俺は済ました顔で言ってやる。

「奴隷の首輪だ」

 ま、期間限定で使う代物だが、今回はこいつじゃねえと意味ねえからな。

「――ワシ等に奴隷に成れと言うのかっ! しかも、金まで取って!」

 一瞬だけ目を見開いた後、えらい剣幕で迫られたが、ここで怯む訳にはいかねえ。こいつ等にはボウズを悲しませた責任を、きっちりと取って貰わねえといけねえし。

「こっちも商売なんでな。売り上げと信用が落ちる様な事は出来ねえんだよ。どうすんだ? 迷ってる時間はねえぞ?」

「じゃ、じゃが、奴隷にも給金を払え、と言う御触れ――」

 苦々しい表情で募るアイシンの言葉を俺は遮る。

「支払う給金で宿泊代なんぞ賄えねえ事くれえ分からねえのか? ま、ここに泊まらず、飯も自分達で調達するってのなら、払うけどな」

 奴隷の亜人種に支払う額は、月に銀貨十枚。一週間だけの奴隷として使うなら、五分の一の銀貨二枚だが、当然、一泊分にすらならねえ。遊んでる部屋だってねえから、必然的に客室を一部屋か二部屋、宛がう事になるし、その分稼ぎが減るから金を貰わにゃ割りに合わねえしな。それに食事代だって馬鹿にならねえしよ。

 ま、今のままでもこいつ等に適正価格で泊まらせる心算なんざ、はなっからねえけどな。

「どうする?」

 アイシンは苦渋の表情を浮かべて考え込んで居る様だが、俺の話に穴が有った事には気付いてねえな。

 ま、気付かれちゃ困るんだけどよ。

「も、もし、ワシ等が――ど、奴隷と成った場合は、貴様はどう扱う心算なんじゃ……」

 気付いてないなら、このまま話を進めていいな。

「そんな分かり切った事聞いてどうすんだ?」

「曲がりなりにもワシ等は人妻、じゃぞ」

「分かってるさ。同衾(どうきん)だけはさせねえよ」

 ボウズの手前、他の男と寝させる訳にはいかねえから、それくらいの分別は俺にもある。だが、強引に迫る客だって居やがるし、それの対応一つでこっちの評判にも関わって来るんで、そこをどうするかは、俺の腕の見せ所、だな。

 しかし、アイシンの奴、あからさまにほっとした表情見せんじゃねえよ。騙すこっちが心苦しくなるじゃねえか。

「分かったなら、さっさとそれ持って他の奴等にも説明してやるこった。じゃねえと、ちょっとした争いになっちまうぜ? ま、俺に手え出したら首が飛ぶ、って事だけ忘れてなければいいけどよ」

 そう言いながら、首輪をカウンターの向こうへ押しやり、震えるアイシンの手が伸びて来たが、触れる前にピタリ、と止まりやがった。

 何か気が付きやがったな。

「どうしたよ?」

 何食わぬ顔で聞くと、怪訝な表情を向けて来やがった。

「五つしかないが、どう言う事じゃ?」

「合ってんだろうが」

「ワシ等は――」

「全部で八人、って言いたいんだろ? でもよ、一人は元々この国の騎士様だろ? それにあの男――ゴンザは人族だから関係ねえ。それと、ローリーっつったか。ありゃ、どう見ても人族にしか見えねえから問題ねえ。男二人に関しちゃ普通に宿泊料金さえ貰えりゃ滞在してくれて構わねえし、騎士様からは今朝早くに大会の警備で暫く戻らねえって聞いてるしな。だから、五つで合ってんだよ」

「じゃ、じゃが、ライルは――」

「テメエは馬鹿か? あんな小さな子供を俺が奴隷扱いするわきゃねえだろうが。他の客には、武道大会見たさに兄貴の知り合いの子供が来た、って言うさ。だから、って訳じゃねえけど、今日から俺達が預かるから、そこんとこも伝えてくれや」

 震える手で首輪を掴み、顔を俯かせて階段を上って行くその背中からは、悔しさが滲み出している様に見えて、ざまあみろ、とつい思っちまった。

 だが、本番はこれからだ。あいつ等を上手い事利用して、ボウズと一緒にあいつの所へ連れて行ってやらねえとな。

 待ってろよボウズ! ぜってえ大喜びさせてやるからな!





          *





 部屋の扉が開くと、アイシン様が戻ってらっしゃいましたが、何だか表情が優れません。一体、下で何があったのでしょうか。

 気になったわたしは、聞こうとして口を開き掛けたのですが、それよりも早くアイシン様がお話になりました。

「済まぬローザ。この部屋に(みな)を集めてもらえぬか?」

 しかもそのお声は、わたしでもやっと聞き取れるほどの小さなものでした。

 本当に何があったのでしょう?

 でも今はその事を詮索する時ではありません。言われた事を実行しなければいけませんから。

「わ、わかりました」

 すぐに部屋を出て、皆さんを集めます。そして、全員を集めた事を告げると、アイシン様は震えながら、お話をして下さいました。

 今日の昼までしかここに居られない事。

 それ以上滞在するのならば、奴隷にこの身を落とさなければならない事。

 もし、ここを出た場合は街の外、それも、人目に付かない森の中で野宿をするしかない事。

 そして、奴隷となるのは、わたし達五人だけ、と言う事を。

「しかもじゃ、金を貰うどころか、滞在費用まで取られてしまうのじゃ……」

 何と理不尽な事なのでしょうか。わたしは憤りを感じずには居られませんでした。でも、その事を直ぐに言葉にするのは躊躇いました。何故ならば、アイシン様に責任は無いのですから。

 そしてそれは他の皆さんも同じ様で、一様に神妙な顔付きをしていました。

 ですが、フェリスさんだけは違った様で、アイシン様に食って掛かってしまいました。

「おめえは何でそこでぶっ飛ばしてでも断らなかったんだよ! それとも何か? 俺達が奴隷をするってのをおめえは認めたってのかよ!」

 アイシン様は顔を俯かせたままなので、その表情を窺い知る事は出来ません。ですが、少し苛立っている様にも見受けられます。

「そうは言うとらんじゃろ! ワシとて奴隷なぞする気はない! じゃがな、ここに留まる以上、それ以外に道は無いのじゃ!」

 当然の反論です。アイシン様に非は無いのですから。

「そうかよ。そんじゃ遣りたきゃ俺以外の四人で遣ってくれ。俺はライルを連れて直ぐにでもここを出る」

 やっぱり直情径行の強いフェリスさんはこうなりますか。でも、彼女の場合はそれも仕方ありませんね。元々の姿は人では無いですし、元の姿に戻れば、わたし達みたいに何処かへ滞在する必要もなく、自分の住む場所まで直ぐにでも戻れるのですから。

「ライルはもうここには居らぬぞ」

 皆に背を向けて出て行こうとしたフェリスさんの動きが、ピタリ、と止まり、物凄い形相でアイシン様を睨み付けました。

「どう言う事だよ?」

 それはわたしも同じ気持ちです。何故ライルくんが居ないのか、分かりませんから。

「あ奴――バロールが大会期間中は引き取る、と言うておったのじゃ。ワシ等が奴隷では面倒も見れんからの。今頃はあ奴の妻と仲良く遊んでおるじゃろうて」

 ライルくんが部屋に居なかったのは、そういう事でしたか。わたしはてっきり、下で巻き割りでもしているのかと思っていましたが、まさか、そんな話に成っていたとは。

「だったら、ぶん殴って――」

「駄目じゃ! それを遣ってしもたら、ワシ等は全員この国どころか、他の国にすら居られなくなる! あ奴を庇護しておるのはこの国の皇帝なんじゃぞ! そして、その皇帝の下にはドルゲンが()る! それは取りも直さず、竜族に庇護されておるのと同じなのじゃ! それをフェンリル一族の長たるおぬしが手を出したとなれば、最悪、竜王が出て来るやもしれぬのじゃぞ! それでもおぬしは遣れる、と言うのか!」

 竜王って、あの竜王様ですか?! 天族では無敵を誇ると言われている、あの竜王様!

 わたし達は驚愕で目を見開いてしまいましたが、それはフェリスさんも同じでした。流石に同じ天族とはいえ、竜王様には敵いませんからね。

「じゃから出て行くのであれば、おぬし一人で行くが良い。ワシ等はおぬしとは違って、直ぐには動けぬ理由があるでな」

 俯いたアイシン様の表情は、苦渋に満ちていました。

 アイシン様の言うとおり、わたし達は、何故マサトさんがあんな言葉を投げたのか、確かめなければいけないのです。それも、どうしてライルくんにだけなのかを。

 これは帰って来たその日の夜に、フェリスさんを除いた四人で話し合った結果から決めた事でした。その為、何があろうともここを動く訳にはいかないのです。

 例え奴隷に身を窶しても。

「くそっ! 何だって――」

「これは陛下の身から出た錆、と言う事ですね」

 憤りを乗せたフェリスさんの言葉を遮り、教授さんがポツリと呟きました。しかも、この結果を招いたのはフェリスさん自身だ、と言って。

「――俺が全部悪いってのかよ?!」

「まあ、有体に言えばそうですね」

 とても冷静に丁寧な言葉で、教授さんがフェリスさんの責任だと言っています。でも、大丈夫なのでしょうか。彼女は口よりも先に手が出る人ですし。

 ああ、やっぱり彼女、拳を握り締めて、歯軋りまでしちゃってます。これはもう時間の問題ですね。

 わたしがそう思った瞬間、教授さんの瞳が、キラリ、と光った気がしました。

 なぜ?

「私を殴りますか? 良いですよ、殴っても。ですが、殴られた瞬間、子供達に念話を飛ばして、マサト殿の下へ降る様にと伝えます。それで良いのなら、どうぞ殴ってください」

 これは凄い脅しですね。確か、教授さんは三頭犬の中でもかなり高位の筈です。その人の子供がマサトさんの元へ下る、という事は、大半の三頭犬がフェリスさんの下から離れる可能性が高い、という事ですよ。

 これ、わたしでしたら絶対に殴れません。

「しかしこれは――上手く使われた、と言うべきでしょうか……」

 わたしにしか聞こえない様な、とても小さな声で呟く教授さんは、今まさに殴られようとしている人には見えません。しかも、わたしが訝る表情を取ったのが分かったのか、口元に微かな笑みを浮かべて、一瞬だけ視線を送って来るのですから、とんでもない人です。

「チッ! 今は殴らないでおいてやらあ。でもな、必ずてめえはぶん殴ってやるからな」

 教授さんを睨み付けて、そんな物騒な台詞を放つフェリスさんですが、放たれたご本人は何処吹く風、と言わんばかりの態度でした。

「有難う御座います。ですが、殴るのならば、私に非が有る時だけにしてください。でなければ、本当に陛下の下からかなりの者が離れてしまいますので」

 最後もきっちりと脅すとは、流石は元教育係りです。

「それでは私はこれで失礼いたします。――ゴンザ殿、延泊の手続きをしてきましょう。これより先は私どもが同席していても、どうにもなりませんから」

 ゴンザさんを伴い、教授さんは出て行ってしまいました。

 でもゴンザさんは「俺、手持ちが心もとないんだよなあ」と呟いていましたけど。

 二人が居なくなった後、わたし達は話し合い、渋るフェリスさんを何とか説得して、お昼前には奴隷の首輪をする事を決めました。

 でも、教授さんの言った、上手く使われたって、一体、誰に、なのでしょうね。わたしには全く分かりません。ですが、これで何とかマサトさんとの繋がりが切れるのを防げたので、ちょっと満足してたりもします。

 でも、奴隷のお仕事って、宿屋に必要なのでしょうか? こっちも分かりませんけど、これって、わたしがお馬鹿さんって事なんですかねえ。

 けど、黙ってれば誰も分かりませんよね?! きっと……。

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