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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ヴェロン帝国編 第四章
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それぞれの車内事情

 馬車に揺られながら私は考えていた。

 オラス団長が迎えに来た事には驚いてしまったが、それよりも驚いた事は、あの二人が彼の名を、ドルゲン、と呼び、しかも、竜族、とまで言った事だ。

 私の知る限りでは、天族の中でも最強の戦闘力を持つ彼ら竜族は、本来、他の種族に対しては、原則不干渉の姿勢を貫く。それは、高すぎる戦闘力故に、加担した陣営が確実に勝利を収めてしまうからだが、詳しい理由は分かっていない。だが、大凡の推測では、竜族一人だけで、人族で構成された騎士団千人分に匹敵するから、と考えられている。しかも、その竜族の中でもかなりの剛の者らしい彼――オラス団長が何故人に使えているのか、どうして皇帝陛下をお守りする近衛などをしているのか、私には皆目検討が付かなかった。

「――リエ、マリエ! 返事しろい!」

 思考の底に沈んでいた私の意識が、怒鳴り声で引き上げられ、急速に現実へと回帰する。

「こ、これはマクガルド陛下! も、申し訳御座いません!」

 慌てて謝るが、陛下は溜息を付いて、苦笑いを漏らしていらっしゃった。

「フェリスでいいと、何度も言わせるな。おめえもマサトの(つがい)になるなら、俺と対等なんだからよ」

「し、しかし――私はまだ……」

「関係ねえよ。どうせ今の状態じゃ番になるしかねえんだしな。それに、おめえからは微かだけど、ダークエルフの匂いもするしよ」

 一瞬、身が強張るのを感じた。

 陛下の言うとおり、私にはダークエルフの血が極僅かではあるが、流れている。そしてそれを示す様に、髪は人族では有り得ない銀髪。その所為で幼少の頃は良く苛められていたものだ。

 だが、それをバネに剣技を磨き、騎士団に入り、周りの声を鎮めようと必死で遣ってきた。しかし、それでもその声が消える事は無かった。

 あれは亜人の血が流れているから、人とは違う生き物だから、そういった陰口を叩かれ続け、それでも尚歯を食い縛り、騎士としての職務を全うしてきた。

 そんな時私に転機が訪れたのは、破竜騎士団のオラス団長とメルカート副団長が声を掛けてくれた時からだった。それから私に対する周りの評価は一変した。あのお二人に声を掛けられるなど、普通では有り得ない事だったからだ。そして、お二人に私を更に鍛えて頂き、その甲斐あって今の地位、第二騎士団副隊長にまで登り詰める事が出来た。

 しかも、目を掛けて頂けたお陰で、何時の間にか陰口も聞こえなくなり、逆に賞賛されるまでになったのだ。

 ただ、それでもダークエルフの血が流れている、という事実は消えない。寧ろ強く私を苛む様になった。だが、そんな事を誰かに言える筈も無く、今日まで自分を誤魔化し今まで生きてきた。

 だがそれも、陛下の前では何の役にも立たないようであった。

「まあ、この街じゃ大っぴらに出来ねえんだろうけどよ。俺達の前では気にする事はねえんだぜ? ウェスラの奴は根が優しいからああは言ってたけど、俺としては話してもらえると有りがてえんだけどな」

 向かい側に足を組んで座る陛下の表情は真剣だ。だが、今まで自分を偽り隠し続けて来た私には、簡単に話せる事ではない。

「フェリスさん、無理強いは良くありませんよ。マリエさんが困ってるじゃありませんか」

「そうよ、人には話したくない事の一つや二つはあるものなのよ? あんたにだってあるでしょ?」

「そ、そりゃあ……」

 陛下は口篭り、そっぽを向いてしまわれた。

 それに私は安堵したが、それでいい筈はない。だから、思い切って口を開く。

「フ、フェリス、殿。何れ話す時が来れば、その時こそ聞いては頂けぬか?」

 陛下のお顔が驚きに染まっている。もしかして私は、何かとんでもない事を言ってしまったのだろうか。

「お、おめえ、今――何て……」

「話せる時が来た――」

「そこじゃねえ! もっと前だ!」

 そこよりも前、と言われると、陛下のお名前しか無い。やはり私如きが気軽に呼んで良い名ではなかったのだ。

「申し訳――」

 謝ろうとした瞬間、陛下の手が私の肩に触れ、

「マリエ、ライルがおめえを何て呼んだか、覚えてるよな?」

 あの時の事を言っているのだと、直ぐに分かった。

「はい、母、と呼ばれました」

「そうだ、あいつはおめえを母と呼んだんだ。だったら、俺達とおめえは対等なんだよ。だから、俺の事もフェリスでいい。いいかマリエ。ライルに取っては、おめえも母親なんだからよ」

「そうですよ。マリエさんはすでに私達と同じく、マサトさんの妻なんです。それに、もしマサトさんが何か言っても、私達が全部否定します」

「そうねえ、今更、一人二人増えたからってどうって事ないもんね。それにさ、貴女が居なくなるとライルちゃん、悲しむわよ?」

 ローザ殿とリエル殿、それに陛下までもが私如きに笑みを投げ掛けてくれて、思わず目じりに涙を浮かべてしまった。しかし、言われて決心が付いたのも確かだ。

 確かにまだマサト様からは何も言われては居ない。だが、その奥方達からは私も同じだと言われた。ならば、すでに我が身はマサト様の物であり、ライル殿下の母でもある。

 ならばこそ!

不束者(ふつつかもの)ではありますが、これから宜しくお願い致します!」

 私が頭を下げた瞬間、フェリス殿は何時もの砕けた姿勢から一変し、女王としての威厳を身に纏わせ、その変貌振りには、身が引き締まってしまった。

「マリエ・ノムル、そなたを我と対等の者として認めよう。そして今より、ライリー・ビスリ・ヘヴェンス・スティート・マクガルド王子の母として、その知識と剣技を伝授してやってはくれまいか? 我では剣技と人の世の知識は教えられぬでの」

 女王としての威厳を込めた御言葉を頂戴仕ったが、私は対等で良い、と言われた身。ここで謙って答えれば逆鱗に触れるに違いない。

「分かりました。このマリエ・ノムル、今より母として、剣の師として王子を鍛えさせていただきます」

 私が述べ終わると同時に、フェリス殿から溢れ出ていた威厳は霧散し、何時もの気配へと戻られている。

「頼んだぜ、マリエ」

「頼まれました、フェリス殿」

 互いに笑顔を交わして、私は彼女と硬く手を握り合った。

「それじゃ、今夜は皆で一緒ですね」

「そうなの?」

「そうだな。一人加わる度に、全員でマサトとやるのが恒例だからな」

「は? 何を言って……」

 何の事だか分からない私は、呆けてしまったが、次に聞いた皆の言葉には、絶句するしかなかった。

「何ってナニの事ですよ? そうそう、初めては何て言いましたっけ?」

「確か、初夜、じゃない?」

「俺は貫通式って聞いたぞ」

 この三人は一体何を言っている。いや、アレの事だと言うのは分かる。しかし、全員で……だと?!

「あ、あ、あの男は……!」

「ん? どうした?」

「ど、どうしたではない! 貴殿等はそれで良いのかっ!」

「何がです?」

「どしたの? そんなに怒って?」

 この連中は……、何故こうも平然としているのだ。アレを皆でなど、私には信じられない!

「おかしなやつだ」

「お、おかしいのは貴殿等だ! ぜ、ぜ、全員でア、アレを遣るなどっ!」

 そうだ、私はおかしく無い。アレは二人で遣るもので、複数で遣るものでは、断じて無いのだ!

「でも、気持ちいいですよ?」

 何故、そこで嬉しそうな顔をする!

「そうねえ、言われてみれば――」

「リエル殿! そこで納得しないで頂きたい!」

 そうだ、納得してもらっては私が困る。

「あんな格好して、マサトに色々見せてたマリエが今更何言ってんだよ」

「そ、それは――!」

「そうよねえ、あーんなに見せてたし」

「あ、いや……」

「私達と同じじゃないですか」

 ま、不味い、何とかしなければ! お、落ち着け私! 焦らず起死回生の一言を放つのだ!

「わ、私は初めてなんだ!」

「私も初めてはそうでしたよ?」

「あたしもそうだけど?」

「俺もだけど、何か問題あるのか?」

 そこで不意に、何だか話が噛み合ってない気がした。お陰で少し冷静になれた私は、一つだけ聞いてみる。

「初めてを全員で遣るとして、マサト様は……」

「新しく妻に加わった人と最初は二人でしますよ」

「そ、そうなのか?」

「そうね、あたしの時もそうだったし」

「そういやあ、俺の時もそうだな」

 彼も常識を持っていたのだと、それを聞いて少しだけ安堵したのもつかの間、

「でも、皆もいるけどね!」

 リエル殿の一言が私を愕然とさせた。

「え?」

「終わるの待ってるんです」

「そ、それは詰まり……」

「皆に見られてるって事だな」

 やはりあの男、叩っ切ってくれる!





      *





 馬車に乗るのは初めてなのだが、あっちの世界の車に比べれば、やはり、というか、想像していた以上に乗り心地は良くなかった。とは言え、緩衝装置が付いている、と言う事なので、これでもかなりマシなのだろう。ただ、俺の知っている金属バネではなく、皮製と言う事で、耐久性という面では、どうにか実用レベルに達しているだけらしい。

 最も、金属製の物は今現在、試作段階を過ぎ、耐久試験中らしいので、近い内に採用されるだろう、と言う事だった。

 そして今、人数の関係で二台に分乗して城へ向かっているのだが、俺は少々怒っていた。

「おいこら。なんでお前がそこに座る」

「わらわの座る場所が無いだけだ」

「それはお前がライルをあそこに座るよう仕向けたからだろうが」

「息子にせがまれては嫌とは言えん」

「俺には騙した様にしか見えなかったんだがな」

「ふむ、ばれたか」

 臆面も無く口にされた言葉に、流石の俺も声を荒げてしまった。

「ばれたか、じゃねえ!」

「では、わらわに床に座れと?」

「ライルと変わればいいだけだろうが!」

「嫌だ。ここがいい」

「我侭言ってんじゃねえよ!」

「良いではないか」

「良くねえよ! さっさと代われ!」

 ライルを膝に乗せる心算でいた所に、キシュアは何を考えたのかライルを言い包めて、教授の隣へと誘導した挙句に、俺の膝上を占領した。しかも、勝ち誇った表情を浮かべて。

 そんな訳で、最初は小声で怒っていたのだが、あの一言で半分切れてしまい、怒鳴り散らしてしまったのだ。

 だが、そんな風に怒る俺の声がライルの耳へと届かない方がおかしい。

「キシュアおかーさんは、僕にうそ、ついたの?」

 教授と楽しそうに話していたライルが、突然、悲しそうに表情を歪め、その瞳には今にも零れそうな程の涙を浮かべて、此方を見ていた。

「そ、それはだな――」

 キシュアもこれは予想していなかった様で、流石に狼狽を隠しきれていない。

「う、ううう、ぼ、ぼく……が、わるい子、だから、うそ、ついたの? おとー、さん、といっしょ、に、いちゃ、いけ、ないの?」

 終にはしゃくり上げ始め、大粒の涙を流しながら泣き始めてしまった。

 こうなってしまったら、いくら言葉で言っても最早、どうにも成らない。

「子供に姦計は通じぬと、これで分かったじゃろ?」

 どうやらウェスラは分かった上で、何も言わなかった様だ。

「どーすんだよ。直ぐには泣き止まないぞ、これ」

「わ、わらわは……」

 言葉に詰まるキシュアに教授が追い討ちを掛けた。

「キシュア様、このままでは貴女様の信用が無くなります。ライル殿下からも、マサト殿からも」

 俺からの信用が無くなる、と教授に言われ酷く狼狽するキシュアに、止め、とばかりにウェスラからの一言が突き刺さる。

「また一人に成りたい様じゃの。まあ、それもええじゃろ」

 彼女は横目でチラリ、と一瞥すると、目を瞑った。

 束の間、車輪が石畳を踏む音と、ライルの泣き声だけが車内に響き渡り、俺達を圧し包む。

 そして、キシュアが静かに俺の膝の上から降りると、揺れる車内の中でライルを抱き抱えて、自分が元居た場所へと移し、

「わらわが悪かった」

 一切の弁明をする事無く、謝罪と共に跪き、額を床に擦り付けんばかりに頭を下げていた。

 それは見事な土下座だった。だが、土下座なんて何処で覚えたのだろうか。

 眉根に皺を寄せながら、俺は不思議に思っていたが、すすり泣くライルが途切れ途切れに口を開いた。

「ぼ、僕、わるい子、じゃない、の? こ、こに、すわって、いい、の?」

 自分が悪い子だから、お仕置きで嘘を付かれたと思い込んでいたのだろう。そして、この言葉は、今でもそう思っている証だ。

「悪いのはわらわであってライルではない。済まぬ! 本当に済まなかった!」

 頭を上げずにキシュアは謝り続ける。しかし、それでもライルの涙は止まる気配を見せていない。

「ちゃんとライルの目を見て謝るんだ。それが母親ってもんじゃないのか?」

 彼女は顔を上げると、俺の膝上に座る小さな体を抱き寄せ、自らの腕で包み込んだ。

「済まぬ、母が悪かった。許して、おくれ……」

「僕、わるい子、じゃないの?」

「ライルは良い子だ。決して悪い子ではない。悪いのはこの――母だ。済まぬ、嘘など付いて本当に済まぬ事をした! わ、わらわは……わらわ、は……」

 今度はキシュアが泣き始めてしまった。

「キシュアおかーさん、なかないで。僕、だいじょーぶだから……。僕、わらうから、なか、ないで……」

 またライルも泣き始めてしまい、俺とウェスラ、そして教授の三人は互いに顔を見合わせ苦笑いを漏らしていた。

 そして二人の泣き声は暫くの間車内を占領し、俺達は宥め続けるのだった。

 ま、とりあえずは一件落着、かな?

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