目立つ素を添加しちゃいました
この世界に召喚されて早くも一月余りの時間が過ぎた。俺は相変わらず宛がわれた寝所と昼間は女装しての自宅の行き来を送る毎日で、可憐は国の宮廷魔術師から魔法を教わる日々。そして、暇を見付けてはウォルケウスさんと剣の稽古に勤しんでいる。俺もウェスラから魔法に関しては教わっているが、実際に使う事は無い。それはまだあの条件が生きているからだ。
そうそう、あの日、王女様が俺に惚れてるって話は、半日で城中に広まったらしい。それと、俺が男だって事とウェスラと結婚した事も。
お陰で俺は王様に呼び出されて尋問されるし、迷惑甚だしいったらありゃしない。
ただ、このらしい、と言うのには訳がある。誰が広めたのか分からないからだ。もっとも、広めたのが誰なのかは俺には検討が付いている。犯人はたぶん、妹の可憐。あいつは、こういった話は大好きなだけじゃなく、自分の身内関係、特に俺に関する話ならば、誰彼構わず話して回るクセがあるからだ。お陰で俺のプライベートは向こうに居た時は無いに等しかった。部屋の何所にエロ関係の物を隠してあるとか、パソコンでどんなサイトを見てただとか、諸々の事が駄々漏れ状態。
しかし、パソコンの閲覧履歴とかどうやって調べたんだろ? ちゃんと二日くらいで消えるように設定してた筈なんだけどな。
もっとも、こっちに来てからは俺と接触する機会が減った事もあって、ある程度プライベートは確保出来ているので、結構平和だったりする。
そして、今日も何時もの面子で自宅でのんびりと過ごしていた。
「暇でたまんねえなあ」
そう、何も遣る事が無いので暇なのだ。俺が魔法の勉強をしている事は内緒だし、この世界の文字は読めないから本も駄目だし、だからと言って、可憐みたいに体を動かすのも面倒くさい。そこで、フッと思った。
この世界の文字は読めないのに、何故言葉が通じているのか、今更ながらに疑問に思ったのだ。
「なあ、なんで俺達、異世界から来た人間がこの世界の言葉を理解出来てるんだ? 本来なら言葉は通じないはずだろ? まあ、魔法か何かが絡んでるとは思うんだけど……」
こういう事は専門家に聞くのが一番手っ取り早い。なんせ、俺の奥様はその道を極めた専門家だしな。魔法が絡んでれば、すぐに答えが聞けるだろう。
「それはワシにも分からん!」
胸を張って分からないと言われてしまった。
一応、彼女の話によると、この世界でも昔は国ごとに言語と文字があったそうだ。しかも、言語は違うのに言葉は通じる、その奇妙な現象を疑問に思って調べた事があったそうだ。でも、根本原因が一向に掴めなかったらしい。ただ、その過程で分かった事は、この世界の精霊が関与している可能性がある、との事だった。
「それじゃあ、文字って意味あるのか?」
「アレは精霊文字じゃよ。国ごとに文字があっても意味が無い、となってな、それで精霊文字が共通となったのじゃ」
どうしてファンタジー世界ってこうなんだろうな? でも便利だな、精霊って。
「おにい! 聞いて聞いて!」
外でウォルケウスさんと剣の稽古をしていた可憐が飛び込んで来て、大声で話しかけて来る。その表情は凄く嬉しそうだった。
「んー、なんだよ」
お座成りな態度で接しても、今の可憐なら何も問題ない。ここまで上機嫌なら無視でもしない限り怒る事は無いからだ。
「ウォルさんにね、上達が早いって言われたの! それも今の腕ならこの国の中堅騎士と渡り合えるくらいだって言われたんだよ!」
それは凄い。日々の成果が如実に現れてるという事か。我が妹ながら末恐ろしいな。
今、可憐の言ったウォルさんとは親衛隊隊長のウォルケウスさんの事。この二人、かなり仲が良くなっているのだ。俺としてもウォルケウスさんならば、妹と付き合ってもいいとさえ思っている。なんせ、彼は一本気な性格をしているからね。頑固なのが玉に瑕だけど。
「ふふふ、今ならおにいとも互角にやれるかもよ?」
鼻息がずいぶんと荒い。まあ、仕方ないか。俺は何もしてないし、体が鈍ってると思ってるんだろうから。
「カレン、油断は禁物じゃぞ。それに甲冑を着込んで今と同じ動きが出来ねば、中堅騎士と遣りおうても勝てはせぬぞ」
「お姉さんの意地悪! なんで水注すのよ」
頬を膨らませて抗議する。でも、そんな仕草も可愛いのか、ウェスラは終始笑顔のままだ。
そうそう、可憐はウェスラの事を姉と呼ぶようになった。これも俺が結婚したせいだけどね。
「事実は事実じゃよ。それに慢心ほど怖いものはないのじゃから、諌める者が居った方がよかろう?」
「それはそうだけど――、それでも喜んでる所に水を注さなくてもいいじゃない」
「喜んでいるからこそじゃよ。ワシとてカレンの上達は素直に嬉しい、じゃがな、褒めるだけで諌める事もせず慢心から怪我でもされたら、自分自身を許せなくなってしまうのじゃよ。じゃからワシは諌めるのじゃ」
こういった所は流石と言う他は無い。相手を必要以上に怒らせず、かといって褒めていない訳でもない。この微妙なさじ加減は俺には出来ない芸当だ。
亀の甲より年の功とは良く言ったものだ。
「俺も少しは体を動かそうかな」
唐突に呟いて見た。二人がどんな反応をするか、見てみたくなったのだ。
「それならば私がお相手をしましょう」
違う人物から反応が返って来てしまい、流石にこれは大誤算だ。
「あの日初めて会った時から、マサト様とは一度、手合わせしたいと願っていたのですよ」
そういえば、そんな事を言っていた気がする。これは少々不味いかも知れない。
「遣って見るが良かろう、マサトの実力も分かるしの」
「そうだよ、おにいも自分の実力は把握しておいた方がいいよ」
二人にまで言われてしまったので、後に引けなくなってしまった。
「私はこの甲冑を着込んだままやりますから、遠慮なく叩いて構わないですよ」
そこまで言われたら、本当に後には引けない。でも、こちらもプライドがあるからね。
「その甲冑、かなりのハンディになると思いますよ?」
「カレン様に聞きましたよ。マサト様は剣を習った事がないと。それ故の私の枷でもあります。ただ、もしもご不満と言うのでしたら脱ぎますが」
完全に舐められてるよね、俺。仕方ない、甲冑を脱いでもらうか。ここはカレンに少しだけ泣いてもらうとしよう。
「対等の条件でないと自分の実力を客観視出来ませんから、甲冑は脱いでいただけると助かります」
ウォルケウスさんは、待ってましたとばかりに爽やかな笑顔を見せると、嬉々として脱ぎ始める。そして、その甲冑をソファに置くと、信じられないほど沈み込んでいた。
「ウォルさん、それ、どれくらいの重さなの?」
一応、この世界での基礎知識は二人とも教わっているので、重さも知っていた。
「そうですね。全部で百ケギほどでしょうか?」
ケギ、とは俺達の世界で言うキログラムと同じ。そして、グラムに対応する単位はジギと言う。
俺が一ケギの物を持ってみた所、大体、一キロと同じ位だと思った。だから、百ケギというのは百キロとほぼ同じという事だ。この事は可憐にも伝えてある。
「ええ! そんな重い物身に付けて、あたしとやってたの?!」
ウォルケウスさんはニヤリと笑う。対する可憐は「へこむなあ」と呟いていた。
そりゃ凹むだろうけど、現実が見れてない証拠でもあるよな。
「武器はどうしますか? 木剣にしますか? それとも刃を潰した剣を使いますか?」
準備の整った彼は俺に尋ねる。勿論、俺の選択は練習用の刃を潰した剣だ。実戦で使う武器じゃなけりゃ実力なんて分からないからね。
「刃を潰した奴でお願いします。じゃないと実力も糞もないでしょ?」
一瞬目を丸くされたものの、すぐに笑顔を取り戻す。それも不適な笑顔とくれば、本気になってくれそうだ。
「分かりました。では私は寸止めいたしますが、マサト様は遠慮なく打ち込んできてください。獣族の中でも私は回復力が高いので」
ウォルケウスさんは獣族の中でも取り分け戦闘が得意な人狼族。その為、治癒力も半端じゃないらしいのだ。人族では致命傷になる一撃でも致命傷にならない事もあるそうで、そう言った意味でもこういう時は頼もしい。
「俺も出来る限り寸止めの真似事はしますけど、当たってしまった時は済みません」
先に謝っておく。こういう時、きちんとした礼儀を見せれば相手に悪い印象は与えないで済むからね。
「では、遣りましょうか」
ウォルケウスさんの後に続き、俺も外へ出る。その後からは可憐にウェスラ、王女様まで付いて来ていた。
勿論、俺も着替えたさ、女装じゃ動き難いからね。
しかし、王女様はここの所静かなんだよな。一体、どうしたのかね?
表に出た俺は驚いた。なんと、ギャラリーがわんさかと居たのだ。しかも、その全てが全部騎士なのだから、仕事が暇なのだろうかと思ったくらい。
ギャラリーからは、様々な声援が飛んで来る。主にウォルケウスさんに対してだけど。中には俺にも向けられた声もあるのだが、その全部がウェスラとの事というのが面白い。俺達のアイドルを奪いやがってとか、その幸せを全部よこせとか、とにかく声援とは呼べない声援ばかりだ。ただ、そんな声が飛び交う中、王女様の掛けてくれた言葉には、少し驚いた。
「マサト様、お気を付けください。彼は自身が手合わせに選んだ相手には、手心を一切加えないので有名ですから」
って事は、甲冑を着ててもらったほうが良かったって事だよな。やっぱりあんな事呟くんじゃなかった。
今更そう思っても後の祭り。俺たちは互いに一歩踏み込めば間合いに入る位置で相対する。
「それでは始めましょうか」
ウォルケウスさんの顔から笑顔が消える。これはマジで本気出さないとやばいかもしれない。
共に構えは正眼。攻守のバランスに優れた最も基本的な構えだ
彼には隙が無なく、これでは迂闊に手を出す訳にはいかない。相手の実力が分からないってのは、何とも遣り難いものだ。
じりじりと時間だけが過ぎてゆく。
でも、なんでウォルケウスさんも手を出さないのだろうか? もしかすると、俺の実力を測りかねてるのかもしれない。なんせ、あんな跳躍を見せてるしな。
俺達が対峙してすでに三分ほど経っているだろうか。周りに集まっているギャラリーも今は一言も声を発せず固唾を呑んで見守っていた。
そんな中、俺は構えた剣先を微かに左へと倒し、右側に隙を作る。それに誘われる様に、彼は一足飛びに懐まで飛び込んできて、俺の右脇腹目掛けて横薙ぎに剣を振るった。それは俺でさえ反応するのがやっとの速さだ。身を捻り何とか剣を合わせたが、その凄まじいまでの衝撃は俺を吹き飛ばした。だが、俺自身ただ剣を合わせた訳じゃない。合わせると同時に、受け止めきれない事を想定してその力に逆らわず、自ら飛んだのだ。それでもその衝撃の凄まじさは分かる。剣を持つ手が痺れて上手く握れなくなっていたからだ。これだと長期戦では分が悪い。
――おいおい、マジかよ。たった一撃でこれじゃ、受け続けるなんて到底無理だぞ。
再び正眼に構えた俺は、余りの実力差に冷汗を掻いていた。
「今の一撃、良くぞ凌いだものです」
彼の口元には笑みが浮かんでいる。これは逆に凌いだ事で、更にやばい領域に踏み込みそうな予感がした。
こうなったら俺から仕掛けて短期決戦で終わらせるしかない。俺は一度大きく息を吸い込み吐き出すと、僅かに腰を落とし、高さを抑えた低く鋭い跳躍する。
俺の狙いは胴や手ではない、足だ。ただ、飛び込む速さが彼ほどではない為に、迎撃の準備をされている。なんせ、俺の体は宙に浮いてる訳だし、軌道を逸らす事も出来ない。だからこそ、何が来るのかも分かりやすい。
案の定、俺の腹目掛けて剣が突き出された。このまま行けば串刺し。でも、その剣に俺の持つ剣を合わせれば、空中でも軌道は変えられる!
突き出された剣に沿うよう、剣の鍔を当ててその半力で体を半身にすると、見事に脇腹を掠めながら剣は抜けていく。しかも彼は剣を引き戻す事すら出来ない。なぜなら、引き戻せばその分俺が早く懐深く飛び込めるからだ。それに、突きの体制は体を後に引く事にも適してはいない。
そのまま強引に彼の剣に体重を乗せ、動きをほんの僅かな間だけ封じる、筈だった。有ろう事か彼はその膂力に物を言わせ、まだ宙にいる俺を強引に横へ薙いで吹き飛ばしたのだ! すでに着地後の事を考えていた俺は対処が遅れ、体制を崩した形で着地せざるを得なかった。そこを彼が見逃すはずは無く、瞬時に飛び込んで来ると、俺の首筋に剣を突き付け、そこで俺達の動きは止まった。
「俺の負け、かな?」
「いいえ、マサト様の勝ちです」
俺の持つ剣先は彼の左胸に、微かに刺さっていた。
「咄嗟に剣を退いていただいて助かりました。でなければ、この私とて絶命していたでしょうから」
ウォルケウスさんはそう言って剣を収める。俺も安堵の溜息を付いて、剣を下ろした。
「いや、これが実戦なら負けてるのは俺だよ。あんな甲冑を着込こまれてれば、心臓なんて貫けやしないからね」
互いを湛える俺達を見て、ギャラリーは沸きに沸いていた。
「アイシン様の旦那ってすげえ! ガンドー様と互角なのかよ!」
「あれじゃ俺に勝ち目ねえじゃねえか!」
「ばっか、それどころじゃねえだろ! あれで魔法も使うってんだから、俺達騎士が何人束になっても敵わねえって事だろうが!」
「噂で聞いたんだけどよ、マサト様は神獣召喚出来るらしいぞ!」
この一言でギャラリー達から熱い視線を貰ってしまった。
「でもよ、あれならアイシン様の旦那って認めてやってもいいよな!」
「「そうだな!」」
そうだそうだの大合唱。これでめでたくに公認された仲になったというわけだ。
「おにい――ずるい、ずるいよ。なんで、なんでそんなに強いのよ」
全身を震わせて泣きながら可憐が睨んでくる。ここまで悔しがるとは思ってもいなかった。これは非常に気まずい。それに今は何を言っても無駄だろう。たぶん、更に泣くだけだ。
「うむ、流石はワシの見込んだ男じゃ」
満面の笑顔で鼻高々に言うウェスラ。この世界なら自分の旦那は強い方がいいもんな。
王女様はと言うと、潤んだ瞳で頬を上気させながら、俺をぽうっとした表情で見詰めていた。しかも、ご丁寧に胸前で手まで組んで。
頼みます、その視線は止めてください。俺はまだ死にたくは無いのです。
だけど、オマケで召喚された俺がここまで目立ってもいいのかな?