小さな剣士が最強でした
ライルの服と剣を買いに行った翌日には、あのオーナーさんが大量の服を持ち込み、宿はさながらファッションショー会場と化してしまっていた。
ただ、その服の大半がやたらと露出度の高い服だったにも関わらず、彼女達は大喜びでそれを着てかなり際どいポーズを決めるものだから、一緒に見ていたバロールさんの鼻の下も、盛大に伸びていた。
しかも、普段は大人しいマリエも、大胆に開いた胸元を強調したり、深々と切れ込んだサイドスリットから、綺麗なおみ足を覗かせたり、この短期間で随分と染まった感が強く、俺は一抹の寂しさを覚えてしまった。
なんで俺と関わると、エロ方面の常識が薄れるんだろうなあ……。
そして、次の日の朝起きてバロールの顔を見たら、猫にでも引っ掛かれた様な傷跡が無数にあり、しかも、彼の奥さんは俺達には笑顔を見せるものの、バロールさんには氷点下の視線をぶちかましていた。勿論、彼は猫に遣られたと言って笑っていたが、奥さんに睨まれるとピタリ、と動きが止まり冷や汗を流していたので、それが嘘、と言う事は直ぐに皆にばれてしまっていた。
男たる者、時には見栄も必要だけど、程々にしようね。
その夜は巻き添えを食わせた罪滅ぼし、という訳ではないが、厨房を借りて、俺が久々に料理の腕を振るった。最も、振るった、とは言うものの、シチューを作っただけなのだが、これが思いの他バロール夫妻に受けてしまい、作り方を教えろと迫られ、懇切丁寧にレクチャーしたのだが、バロールさんは何か考え込んでぶつぶつと呟いていたので、アレンジでもしそうな気配があった。
アレンジするのは良いけど、ゲテモノにしない事を切に願う。
ただこの時、こっちの世界にもデミグラスソースみたいなのが有る事が分かり、それを使って今度はビーフシチューにも挑戦してみようか、と思ったりなんかもした。
そしてその翌日は、ライルの剣を受け取りにあの武具屋へと足を運び、出来上がった物を受け取って戻ったのだが、その剣をバロールさんに見せた途端、目が爛々と輝き始め「あんた鍛冶師じゃないじゃん!」と突っ込みを入れたくなる程の薀蓄を垂れ流し始め、仕舞いには「どれ、貸してみろ」とライルの剣を奪い、奥から薪を持って来て叩き切って見せていた。そしてその切れ味を褒め称えて「こいつならボウズでもその辺の剣なら断ち切れるぞ」ととんでもない事をのたまったお陰で、当の本人が大はしゃぎをしてしまい「僕もきるー」と薪を大量に切り始めてしまった。
でもまあ、一応は仕事の手伝いも兼ねてるし、人に向けている訳でもないので、そこは見逃しておいた。
それにしても、あの武具屋のおっちゃんも、とんでもない剣を打ったものである。
確かにバロールさんは鍛冶師ではないが、その兄、ハロムドさんを見ている訳で、自ずと剣の良し悪しを見分ける目は養われている筈なので「この剣なら兄貴も褒めるぞ」とまで言って居た事から、相当な業物に仕上がっている様だった。
それにしても、そんな凄い剣で嬉々として巻き割りを行うライルを見ていると、何だかあのおっちゃんが泣いてそうな気がするのは、気のせいだろうか。
でも、巻き割りも意外といい練習なのかも知れない、と思ったのは内緒だ。
夜は夜でまた剣の話になり、ローザがあの剣を見るなり、思いっきり凹んで居たのにはちょっと焦った。
ただ、その凹んだ理由が、俺と出合った時に持っていた剣よりも遥かに物が良い、と言う事だったので、とりあえずは安心したのだが、そんな俺に向かって「あ、あれでも結構高かったんですよ! それをマサトさんが折るから……」などと言われてしまい、その誤解を解く為に反論した所、
「キシュア姉さんとあんな場所でいやらしい事をするから……」
そう言われてしまい、
「マサトなら遣りかねんのう」
何度も頷き、ウェスラまで同意をする始末。
「ええ! あの時待合室でやってたの?!」
更には、あの時試験官だったリエルが驚き、
「わらわは興奮したぞ」
当事者のキシュアは、頬を染めて身をくねらせていた。
「要するに、貴殿は女の敵、と言う事だな」
今の話をどう曲解すればそうなる、と叫びたくなったが、目の据わったマリエが剣を抜き掛け、それを何とか押し止めると、
「おめえよお、ちったあ場所も考えて自重しろよ」
ゴンさんが呆れ、
「流石マサト殿です!」
何故か、教授だけは賞賛していた。
そして、止めとばかりに、
「おとーさんのすけべー」
どこでそんな言葉を覚えた! と叫びたくなる様な事をライルに言われて凹み掛けた。
だーかーらー! 俺は皆が想像する様な事はしてないんだってば!
しかし、俺のそんな声は信じてもらえず、息子からは、すけべなおとーさん、と呼ばれ続ける事になってしまった。
誰も信じてくれないって、ホント悲しいよな……。
そして、やっと、というか、ついにこの日が来た。
そう、今日は皇帝陛下と謁見する日だ。
待ち焦がれては居ないし、俺達はめかし込んで……ない!
彼女達は俺の資金が尽きるほどの服を買い込んだ――主にエロい服を――のだが、それを身に着けずに冒険者の出で立ちで待っている。
まあ、教授だけはすっげえ決まってますが、それは気にしない。ってか、気にしたら負けな気がする。
それに、キシュアなんて絶対冒険者には見えない。なんせ、ゴスロリだし。
ただ、少しだけ不安な事もある。それは申請した人数よりも二人ほど増えているからだ。
一人はローリー教授でもう一人はライル。
でもこの二人なら問題は無いだろう、とはバロールさんの弁。
教授は魔法教導師で、ライルはお子様、と言うのがその理由だ。
確かに魔法教導師はとんでもなく待遇が良いとリエルも言っていたし、子供にまで目くじらを立てる事は無いのだろうけど、それがそのまま迎えに来る人に当てはまるか、と聞かれれば、俺はノーと言いたい。
そんな不安を抱える中、迎えの人の姿を見て、俺は驚きで目を見張った。
「ハザマ殿、迎えに来てやったぞ」
なんと、破竜騎士団団長様直々のお迎えだったからだ。
「だ、だ、だ、だ、だんちょーさん?!」
「どうした?」
俺の動揺などどこ吹く風、といった態度を取っているが、他にもう一人驚いて固まっている者が居る事を忘れてはならない。
最もその人物は、上司としても剣士としても尊敬している人が、使いっぱしりをしている事に驚いている様だが。
「きょうはよろしくおねがいします!」
このまったく物怖じしない声はライル。
「これはこれは……」
だが、一番の驚きは団長さんの表情が緩んだ事。しかも、目線を合わせるべくしゃがみ込み、丁寧に挨拶まで返している。
「こちらこそよろしく頼む。小さな剣士殿」
手を差し出してライルと握手を交わしていた。
「イグリード・オラスとは貴様じゃったか。――久しいの、ドルゲン」
ドルゲン、と言われた団長さんは一瞬、その目に剣呑な雰囲気を浮かばせたが、ウェスラの姿を見た途端、唖然とした表情に変わっていた。
「まさか――、お前が居るとはな……」
だが、団長さんの驚きはそこで終わらなかった。
「ドルゲンって言やあ、竜族でも屈指の戦士じゃねえかよ。何でそんなのがここに居やがる」
若干の険を含んだ物言いはフェリスだ。しかも、彼女も団長さんの事を知っているらしい。
「何故……」
彼女の姿を見た彼は、絶句してしまっていた。
何故三人が見知っているのか分からない俺の頭の中はでは、クエスチョンマークが飛び交っていたが、そんな俺に向かって団長さんがドスの利いた睨みを利かせる。
「説明、してもらえるだろうか、ハザマ殿」
その迫力に気圧されて思わず仰け反ってしまったが、説明しろ、と言われても、こればっかりはたった一言で終わってしまう。
「えーと、俺の妻達、かな?」
「は?」
一転して毒気を抜かれた様に、その顔が呆けた。
ですよねー。
「だから、ウェスラもフェリスも、他の女性も、俺の奥さん」
そう言った直後、団長さんが固まってしまった。それも、目を見開き口をぽかんとだらしなく開けて。
何もここまで驚く事は無いと思うんだけどなあ。
ただ、団長さんが再起動した後はさながら戦場の様だった。
団長さんが俺に詰め寄り言葉の怒涛を浴びせ、それに怯んだ俺を見て、何故か怒ったウェスラとフェリスがお返し、とばかりに過去の傷を暴き抉り悶絶させ、しかも止めが――、
「おじちゃん、へんたいなの?」
純真無垢な刃に切り裂かれて、戦闘続行不能にされてしまって居た。
それはもう気の毒過ぎて、俺なんて同情してしまったくらいだ。
「団長さん、元気出してください」
生気の無い顔を俺に向けて呆然としたまま、ゆっくりと頷いていたが、その直後に放たれた槍が、
「すけべなおとーさんとへんたいのおじちゃんは仲良しなの?」
俺達二人を貫き、完全に撃沈されてしまった。
ど、どーせ俺なんて……。
どんよりとした空気を纏わり付かせ、俺は床にのの字を書く。そして、その隣でも、団長さんがのの字を書いていた。
「またこれか。まったく、成長せんやつじゃのう」
すいませんね、成長しなくて。
「成長はしてるみたいですよ? 回りに瘴気が散ってませんし」
瘴気ってなんだ瘴気って。
「マサトもこれが無ければ良い男なのだが……」
良い男な訳ねえ――あれ?
「マサトくんって結構精神的に弱い?」
はい、弱いです。
「弱くはねえよ。身内には弱いけどな」
あんたらが強いだけだ。
「もしかして、二人は似た者同士なのでは……」
それ言っちゃだめええええ!
「おとーさんとおじちゃんって、すけべでへんたいなの?」
俺達はそのまま床に崩れ落ちて、さめざめと泣いた。
それから数分後に何とか立ち直ると、俺達は互いに固い握手を交わし、共に肩を叩き合い、
「団長!」
「マサト殿!」
そして、頷き合う。
だが、それは最強剣士に取って、最高のネタにしかならなかった。
「やっぱり仲良しさんだ!」
「そうじゃの、似た者同士じゃしな」
「もしかして、マサトさんは……」
「ローザ心配するな! マサトにそんな趣味は無い!」
「そうよね、そんな趣味は……」
「ん? どんな趣味の事だ?」
「そんな趣味は私が叩っ切ってくれる!」
「皆さん、マサト殿に男色趣味はありませんよ」
教授のその一言が最強剣士の燻りを燃え上がらせ、皆に冷たい汗を掻かせた。
「ねーねー、だんしょくって、なーに?」
皆が固まる中、約一名だけが、真面目に答えようとしていた。
「ん? そりゃおめえ……」
「「「教えなくていい!」」」
突っ込まれ、奥様方に店の奥へと引き摺って行かれてしまい、彼の悲鳴と共に打撃音が聞こえ、俺達は身を震わせ、再び顔を見合わせて、頷くのだった。
無邪気って怖え!




