ばれたら凄いんです
周りの喧騒を他所に、空を流れ行く雲を眺めて俺は目を細めていた。
雲はいい――。風に吹かれて自由な空を行けるのだから……。行き先が風任せ、と言うのは難点だけど。
だが、そんな時間は長く続かなかった。頭部から伝わる軽い衝撃と共に、現実に引き戻されてしまったからだ。
「何、現実逃避なぞしておるのじゃ。マリエ一人に任せておらぬでおぬしも何とかせんか!」
怒られた俺は、軽く顔を顰めて溜息を付き、周囲を一瞥する。
そこには、冒険者二十人ほどが俺達を半円状に囲み、口元を歪めて行く手を塞ぎ、事有らば、といった感じで軽く腰の剣に手を添えていた。そして、その二十人をなんとか押さえ込んでいるのはマリエただ一人。
どうしてこんな状況に置かれているのかと言うと、もう少しで門前に着くという所で、雑談を交わしながら出て来た冒険者の集団に、俺を襲った五人組が居た。
そいつらを見掛た瞬間、嫌な予感が脳裏を過ぎり、案の定、というか、これはもう意図的としか言えないのだが、全員の顔がニタリ、と歪んだと思ったら、こちらに向かって向きを変え、俺達の前へと立ちはだかった。
争いを避けたい俺達としては、塞がれたのなら、と道から逸れたのだが、忌々しい事に、ずっと前を塞ぎ続けているのだ。しかも、ウェスラ達が亜人種の為、通常なら助けに入る衛兵達もニヤケながら眺めているだけで、一向にこちらに来る気配がなく、仕方なしにマリエが前に出て対応してくれている状態。
だが、そのマリエに対しても「この国の騎士が亜人の味方をするんじゃねえ」とか「俺たちゃ向こうに行きてえだけで、あいつ等が塞いでんだろうが」とか「悪りいこたあ、何もしてねえぜ」等と抜かし、痺れを切らしたマリエが、俺達が皇帝陛下の客人だと告げると「証拠を見せたら通してやる」と口々に言い始め、結局、最初に言っていた事が嘘だと自らばらし始める始末だ。
あったま悪い連中だよ、ホント。
そんな訳で、未だに押し問答をしている。
しかも、奴等をどかそうにも、ここで剣を抜く訳にはいかなし、魔法で一撃、って言うのも出来ない。衛兵の見ている手前、こちらからは一切の手出しが出来ない、というのが歯痒い。
どうしたものか、と考えあぐねていると、
「確かこの国では決闘が公に認められていた筈ですが?」
ローリー教授がそんな事を口にした。
「そうなのか?」
「ええ、その筈です。違いますか? ノムル殿」
その言葉に彼女の口元が緩む。
「良くそんな古い法を知っているものだ。最も、今では冒険者に限り、という条件付ではあるがな」
随分物騒な法律があるなあ、と思っていると、
「彼等は人族ですから、ここはマサト殿が宜しいでしょう」
寝耳に水な事を言われてしまった。
「はあ? なんで俺なんだよ! 教授でいいじゃん!」
「良くありません。あなたがこのパーティーのリーダーなのですから、その問題を解決するのもリーダーの役目です」
笑顔で痛い所を付いてくる。
教授め、この状況を楽しんでやがるな。
「ったく、教授には敵わないよ」
そんな事を言いいはしたものの、俺の口元も歪んでいた。
だって、面白そうだし。
「それではこの決闘、私が立会人となろう! そちらは誰が出るのだ!」
受ける受けないの有無を言わさず強引に決闘への流れをマリエが作ると、奴等は互いに顔を見合わせて、誰が出るのか、と目で相談している様だ。
しかし、マリエも脳筋なんだなあ。話し合いから開放されて嬉しそうだし。
「早くせぬか!」
マリエの叱責が飛ぶと、奴等は互いに頷き、全員が剣を抜き、俺は少し慌てた。
もしもーし! 一対一じゃないんですかあ?!
「よし、双方とも遺恨を残さな――」
「ちょっと待ったあ!」
俺はマリエの声を遮った。
「何だ? 止める、はもう聞けないぞ?」
聞いてくれないのかよ! って、そうじゃないからいいけどさ。
「決闘って一対複数もありなのか?」
「有りだ」
「じゃあ、魔法も?」
「うむ」
「生死は?」
「死ななければ」
「生きてればいいって事?」
「そうだ」
「了解」
彼女にそんな事を聞いている間、奴等は「へっ、やっぱ男女にゃ決闘は無理ってか!」とか「さすが、亜人の女ばっか侍らせる軟弱男だぜ」などと、悪態を付いてきていた。
おめえら、この面子を押さえるのにどれだけ大変なのか知らねえだろ。
「ヴェロン帝国第二師団副隊長、マリエ・ノムルの名に置いて命ずる! 双方とも結果に対して文句を言わず、これ以後は遺恨を残さぬ事を誓え! もし、誓えぬ、とほざく者が居るのならば、私自らその者を今ここで処断するが、良いな!」
彼女の宣言が高らかに響くと、周囲の者達全ての視線が集まり、しかも、彼女の名を聞いた衛兵二人が焦り始め、こちらへと駆け寄ってくる姿まで見える。
「あいつら、やっと動いたよ?」
「ふん、降格と減俸は決定済みだ」
不機嫌そうに彼女はそう呟いた。
「双方とも、誓うのならば剣を掲げよ!」
俺は言われた通りに剣を高々と掲げ、魔力を通わせて黄金色の輝きを解き放ち、それを見た奴等は、剣を掲げた姿勢で青ざめた顔を晒している。
だからあの時言ったのに、相手を見る目を養えって。
「よし! 始めっ!」
開始の掛け声と共に彼女は下がり、俺は誰も居ない方に向かって剣を勢い良く振り下ろした。それも、最大限の魔力を込めて。
それはあの時の再現。切っ先から迸る魔力が一瞬にして三十メートル先の地面まで爆ぜ割り土砂を巻き上げ、幅一メートル、深さ三メートルほどの溝を作り、奴等だけでなく、見ている者全員の度肝を抜き、駆け寄って来ていた衛兵達はその場で踏鞴を踏み、立ち止まってしまった。
「さーて、誰からやる? それとも全員でかな?」
優しく微笑み掛けて俺が一歩前へと踏み出すと、
「「「すいませんっしたあああ!」」」
奴等は一斉に剣を手放して、腰を九十度以上曲げて謝罪してきた。
なんだよ、これからって時に。
俺が剥れて顔を顰めると、呆れたような声でマリエが終了を宣言する。
「勝負あり」
だが、誰一人として歓声を上げる者は居ない。
そんな中、一つの音が生まれる。
それは、教授が手を叩き合わせる音だった。
「流石です。強大な力を見せ付ける事で、誰一人として傷を負わせずに非を認めさせる。見事としか言い様がありません」
凄い評価なんだろうけど、俺、痛め付ける気満々だったんだけどな。
「ま、そういう事にしておくよ」
肩を竦めながら剣を収めると、皆を促して歩き始める。と、そこに慌てて二人の衛兵が駆け寄り、マリエに敬礼を送る。
「「お勤めご苦労様です!」」
「貴様等、所属は何所だ」
大分お冠の様で、声音には物凄い棘が滲み出し、衛兵達は冷汗を流している。
そりゃそうだ。同じ隊じゃ無いとしても、明らかに上官と分かる人物が懸命に対応しているのを、ニヤ付きながら眺めてたんだしね。
二人がいい澱み口篭もっていると、鎧を打ち鳴らす音と共に、また一人、衛兵らしき人物が現れた。
「ノムル第二師団副隊長殿、これは一体……」
彼女よりも年上と思しき男は、俺が作り上げた溝を見て、唖然としていた。
「これは決闘を執り行った痕だ」
「ま、さか――こんな大規模な魔法など……」
「魔法ではない、剣戟の痕だ」
「け……」
流石にこれには絶句して声も出なくなっていた。
だよねー。
「ところで貴様は?」
絶句しているのも構わず、マリエは問う。
「あ、はい! 申し遅れました! 自分は帝都第三警備隊第二小隊隊長をしておりますオゲインであります!」
「では、オゲイン小隊長、こいつ等の処分、任せたぞ」
直立不動で冷汗を流す二人を、ジロリ、と睨み付けて忌々しげに口元を歪める。
「はっ! お任せ下さい!」
どうやらこの小隊長さんは、何事か直ぐに察した様だ。
そして俺達は最敬礼をする三人の衛兵の脇を抜けて門に向かい、そのままノーチェックで中へと入り、真っ直ぐに宿へと向かった。
入り際、俺に向けられた視線には、恐怖と憧れの様な感情が混じった物だった。
*
宿に戻った俺達は、バロールさんにまた一人増える事を告げ料金を支払う。その時、城からの使いが来たと聞かされ、謁見の日が決まった事を知った。
「来週の金の日に迎えに来る、と言ってたぜ? でもよ、正装で行かなきゃ駄目なんだろ?」
行府でも言われたのだが、はっきり言って正装って何を基準にすれば良いのか、良く分からない。
「そうなんだけどさ、俺達冒険者の正装って今の装備がそうなんだよね。でも、あっちが言ってきた正装ってたぶん、貴族達みたいな服だと思う。でも、そんな服を仕立てるお金も時間もないし、そうなると、どうすればいいのか、って問題があるんだよね」
まあ、貴族、とは言ったものの、それなりにフォーマルな服装なら問題は無いとは思ってもいる。でも、お金は別にしても、仕立てる時間が無さ過ぎる。
「まあ、確かにそうだよな。冒険者の一張羅っていやあ、狩りの時の恰好だし、あいつ等の言う正装ってのは、貴族云々は兎も角、それなりに見れる恰好って事だしな。でもいいんじゃねえか? その恰好でよ」
思わず目が点になった。
「何驚いてんだよ。大体、正装ってのは人夫々だと俺は思ってるし、それにおめえのその剣、手放せねえんだろ?」
「それはバロールさんの言うとおりなんだけど……」
腰の剣に手を添えて、眉根に皺を寄せた。
「なら迷うこたあねえ。そのままで行きゃいいんだよ」
そう言われても、俺はあっちの世界の知識、って物があるから、はいそうですか、とは素直に言えない。
「大体よ、騎士様だって儀礼的な装備ってのはあるが、それは特別な時にしか着ねえし、普段は普通の鎧を着込んでるじゃねえか。しかも、そのまま皇帝陛下にだって会ってるんだしな」
確かにその通りだ。そう考えると、俺達はこのままで良いのかもしれない。
騎士には騎士の、冒険者には冒険者の正装があり、ここで畏まっても結局の所、基本的な部分は変わる事が無い。
俺とローザは剣を外す訳には行かないし、キシュアなんて何時でもオスクォルを呼び出せる。フェリスは人化を解けば肉体その物が脅威な訳だし、ウェスラなんて怒らせただけで、下手をすれば城が吹き飛ぶ。それに、リエルだって空間拡張魔装に何を隠し持っているかなんて、誰一人として分からない。と言うか、魔装機自体がどの様な物かも、俺達でさえ分かっていないのに、初めて見る者が分かる筈ないのだ。
「そうだな。身奇麗にして少し服の汚れを落とせばいいか」
「それでいいと俺は思うぞ。大体、あの皇帝陛下がそんな事を気にするタマにゃ見えねえしな」
白い歯を見せてニカっと笑うその顔は、俺を凄く安心させてくれた。
「ところでバロールさん。どっかいい服飾店知らない?」
「なんでい、行き成り」
「ローリー教授の服を買わないといけなくってさ」
眉根に皺を寄せて訝しげな表情に変わってしまった。
まあ、仕方ない。目の前に居る教授は服を着ている様に見える訳だし。
「服を買うっておめえ――、あいつ、着てんじゃねえか」
やっぱり、と言う感じだ。なので、教授に目配せをすると、彼は頷いて胸前を片手で撫で付ける。すると、一瞬にして服は消え去り、全裸の男が出来上がった。
何故か、めがねだけは残していたが。
「でけえな、おい……」
服が消えた事にバロールさんは微かに目を見開いて驚きはしたものの、その後の驚きの方が大きかった。
見るとこはそこか? そこなのか?! 俺も全裸で並んじまうぞ?
「ふむ、これでマサトが並べば、二大大蛇の競演だな」
俺のそんな考えを読んだ様に、キシュアがあられもない事を吐き出す。
しっかし、なんでキシュアはこういう事にだけは反応が早いんだろうな。
「大蛇か……。言い得て妙じゃの」
「ぴったりですね」
「そこだけ兄弟だな」
「甲乙付けがたいとは、この事ね」
キシュアに釣られて、再び四人が感心をしているが、マリエだけは頬を染めて溜息を付いていた。
うん、マリエはそのまま変わらないで居てね。
「兎に角、ローリー教授の服は幻術で作ってるから魔力の消費だってばかにならないし、何時かは解ける。そう成らない為にも服が必要なんだよ」
「私は別に構いませんが?」
とんでもない事を言いやがった。
元が三頭犬だから仕方ないのだろうけど、流石に全裸で闊歩されるのは困る。
「そう言うのを、人の間じゃ変態って言うんだよ!」
「変態、とは何です?」
「特殊な性癖を持つ人の事を総称してそう言うんだよ」
「それは困りますね」
爽やかな笑顔で言われると、困った様に見えず、寧ろ嬉しそうに見えてしまう。
どう見ても真性の変態にしか見えない……。
そんな俺の目線を察したのか、教授は再び服を纏いなおして、
「と、言う訳ですので、教えて頂けませんか?」
微笑みながらバロールさんに向けて、頭を微かに垂れたのだった。
なんか、俺の周りって変なのばっか集まってないか?