フラグ、勝手に立つ
あれから数日間は二人とも牢から出られなかった、と言うか、出してもらえなかった。本当ならば、王女様が訪問して来た時に出られた筈だったらしい。
筈だった、と言うのには訳がある。王女様を通して俺達の話が王様にも伝えられ、これを知らされた王様は物凄く激怒して、俺を牢屋から二度と出さない、とまで言ったそうだ。その話を聞かされた時、ウェスラと一緒になるのってそんなに大それた事だったのか、と思ったほどだ。でも、その言葉を引っ込めさせたのが、彼の第三王女、アルシェアナ=ファム=ユセルフ、あの折衷衣装の王女様の一言だったと聞いて、俺は更に驚いた。
なんて言ったのかは教えてくれなかったけどね。
でまあ、それで王様は、俺を出すに当たって条件を付けた。
その条件ってのが――。
一つ、昼間は自身と一緒に召喚された家屋で過ごす事。
一つ、夜間は城に戻り、宛がわれた部屋で寝る事。
一つ、ウェスラ・アイシンに会いに行かない事。
一つ、移動の際は必ず人を付ける事。
一つ、魔法は絶対に使わない事。
一つ、服装は女物とする。
六つも条件を付けられてしまった。でもこの条件、意外と穴だらけなんだよね。特に三つ目の条件は俺が会いに行くのは禁止していても、向こうから会いに来るのは禁止してない訳で、常にウェスラが側に居る状態。なので、寝る時も同じベッドで寝る事になってしまっている。もっとも、俺達、一応は夫婦だし、一緒に居るのは普通だよな。ただ、流石に肉体関係を持つのはヤバイってウェスラも理解してる様で、そこまでは行かないけれど、何時関係を結んでもおかしくは無い状況なんだ。
大体だな、体力も精力も有り余ってる俺が、あんな美女と一緒に寝てて欲望を刺激されない方がおかしい。ウェスラもそれを見込んでるのか、誘いを掛けて来るし、理性の城壁が何時壊れてもおかしくはないんだな。何とか鉄の意志で抑え込んではいるけどね。
それと、何と言っていいのか、最後の六つ目の条件って、ただの嫌がらせとしか思えないんだよね。そりゃ可憐と同じ顔してるから、似合わなくはないとは思うけど、何の羞恥プレイだよって感じだ。
と、ここまでが牢から出られた俺が置かれてる状況で、今は昼間なので自宅で寛いでるとこ。勿論、ウェスラも一緒で、俺は女装して。
しかし、我ながら女装が似合い過ぎて困るぜ。
「マサト、もう一杯飲む?」
「ん? ああ、もらえるかな?」
「ちょっと待って」
声が弾んでるし、ホント、嬉しそうに笑うよ。でも、俺に対する言葉遣いがここの所なんか違うんだよな。ま、いいか、本人が嬉しいのならそれで良い訳だし。
「おにい、鼻の下伸びてる」
可憐が半眼で睨んで来る。
そりゃ伸びるだろうね。俺達、こう見えても新婚だしさ。
「そうか、そんなに伸びてるのか。定規で測ってみよう」
これには可憐が呆れて溜息を付いた。
「何故、あんなに平然としていられるのでしょう?」
首を傾げて不思議そうな顔をしている王女様。
実は、我が家にはアルシェアナ王女もいらっしゃっております。
王族が家庭訪問とか、有り得ないよな。
「アルシェアナ様、彼は器が大きいのですよ」
豪快な笑いを放つ親衛隊隊長さん。
実は、俺のお目付け役をしているのは、親衛隊隊長のウォルケウス・ガンドーさん。忙しいのに悪いな、と俺は思ったのだけど、本人に言わせると、戦時ではないので結構暇なんだってさ。騎士って事務仕事無いのかね?
そしてこの隊長さん、驚く事に、ユセルフ王国一の剣の使い手だっていうんだから、そんな人がお目付け役とか、俺って凄くね?
「はい、マサト」
笑顔でカップにお茶を注ぐウェスラ。
「ありがとう」
お礼を言うと更に笑顔が増す。
うん、今日も綺麗だ。鼻の下が更に伸びた気がする。
「幾ら契りを結んだとは言え、こう、目の前で中睦まじい所を見せられては……」
頬を桜色に染めて下を向き、王女様は恥かしそうにしているけど、たまに顔を上げてはチラチラと見てる。
何だか俺達に混ざりたそうな感じがするな。
そう言えばさっき気が付いたんだけど、王女様は俺と目が合うと、テーブルに頭がぶつかりそうなくらい、顔を下げるんだよね。
なんでだろ?
「いや、それにしてもマサト様は男とは思えないほど美しいですな。思わず惚れてしまいそうですよ」
ウォルケウスさんがまた豪快な笑いを放つ。
俺に惚れるって、冗談でも言わないで欲しい。それがもし噂で流れたら、ウォルケウスさんの立場が危うくなる。
「そういう事は軽々しく言わない方がいいですよ。噂になれば立場上、大変な事になると思いますので」
俺への噂はどうでもいいのだけど、それが他人にまで及ぶような噂だけは回避しないといけない。だから、言うべき事はきっちりと言っておく必要があるんだ。
「これは軽率でした。ご配慮、感謝いたします」
深々と頭を下げられた。そこまでしなくても良いとは思うのだけど、この人、律儀で意外と頑固だから、礼儀作法の事は言っても聞いてくれないんだよね。
「あ、あの、マサト様」
王女様が上目遣いでこっちを見てる。これは、――結構な破壊力だ。やばい、俺どきどきしてきた。でも、ここで動揺したらウェスラに何て言われるやら。
「ん?」
勤めて冷静な対応をする俺。大丈夫だ。ばれてない。
「なんじゃマサト、鼻の下伸ばしよって。ワシよりもアルシェアナの方が良いのか?」
ばれてました。
でも、ウェスラの声は怒ってはいないみたいで、ほっとした。
「おにいって意外とだらしないから。それに、何でも顔にでるからねー」
「よ、余計な事言うんじゃない!」
可憐は俺を横目で見ながら、口元だけで笑っている。
なんて嫌らしい顔をするんだ、この妹は。
「まあ、そうじゃのう。気持ちが全部顔に駄々漏れじゃからのう」
ああもう、奥様にもすでにばれてるって、この先俺は嘘が付けないって事だよな。困ったもんだ。
まずは気を取り直して王女様の話を聞くか。
「なんですか? 王女様」
と声を掛けたら、何故か王女様は耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
俺が首を傾げていると、横合いから可憐が口を挟む。
「もしかして、おにいの事で何か気になってるんですか?」
む、更に赤くなった気がする。
「なんじゃ、アルシェアナもマサトに惚れておるのか」
ウェスラの言葉に王女様は体を一瞬だけ震わせて、首まで真っ赤にしてた。
「そ、そうなのでございますか?! アルシェアナ様!」
あ、ウォルケウスさんが追い込みかけてる。駄目だよ追い込んじゃ。
「わ、わた、わたく……」
真っ赤な王女様の声は尻すぼみに消えていく。
ほら、追い込むから声が出なくなっちゃった。
「えっ?! もしかして王女様って、――おにいの事好きだったりするの?!」
その言葉で王女様は両手で顔を覆い首を小さく振っている。
すげえ、手まで赤くなってる。
「そんなに赤くなるとはマサトの事が好きなのではないか。まったく、最初からそういえば良いのに、回りくどいのう」
「だ、だからですね!」
王女様は顔を上げて怒鳴ったけど、なんだか嬉しそう。
「好きなんでしょ?」
可憐が真面目な顔で聞く。すると、これが止めだったようで、一瞬体を強張らせたものの、小さくコクンと首が動いた。
え? ええ?! どゆうこと?!
「でも……マサト様はすでにアイシン様の夫ですし……」
消え入りそうな声で呟く王女様を見て、なんだか凄く悪い事をした気分なのはなぜだろう。
「なんじゃ、そんな事か。この国は一夫多妻を認めて居るのだろう? ならば妾になれば良いではないか」
肩を竦めてとんでもない事を言い放つ奥様。王女様を妾なんかにしたら、俺があの王様に殺されかねない。それだけはごめんだ。
「そ、それはそうですが……」
ちらちらと俺を見る王女様。
頼みます、そんな目で見ないでください。俺はまだ死にたくないので。
「おにい、どうすんの?」
ニヤニヤと俺を見る可憐の瞳は、ハーレムハーレム、と連呼していた。
そして王女様の後では、ウォルケウスさんが何かを哀願するように、今にも泣き出しそうな顔を俺に向けていた。
それにしてもハーレムを公認するとか俺の妹は何考えてんだ。それに公認って事は、下手すると俺の伴侶が際限なく増殖するって事でもある。だって、可憐が気に入った女の子ならば、俺の妻にしようと絶対画策するからな。それだけは何としても阻止しなければ。
「こ、この話は――ほ、保留って事で!」
この宣言に、安堵の溜息を付くウォルケウスさんと、何故か残念そうな表情の王女様。そして、蔑む視線を浴びせかける可憐に、満足そうな笑顔のウェスラ。
みんな、俺に何を期待してるんだろう。でも、この国はリアルハーレムが作れるのか。ここは男のロマンが詰まった国だったんだな。凄いぞ王様! 俺は今だけ、あなたを猛烈に尊敬する!
でも、ハーレムを作る心算はないけどね。