突き進む包囲網
目の前には、頼んでも居ないのに鳥の丸焼きが四つも載せられ、湯気を上げて香ばしい香を漂わせ、俺の胃袋を刺激して止まない。だがしかし、添えられているスープは駄目だ。野菜スープなのだろうが表面に油が浮き過ぎていて、こんなのを飲んだ日には、一発で胸焼けしそうだ。それに、この見るからにジューシーな鶏肉と合わせるのならば、ここはさっぱりしたワカメスープだろうと、俺は声を大にして叫びたかった。
ま、無理言わないけどさ。
そして、テーブルの中央には、バケットに、これでもか、と山の様に盛られたパンが鎮座し、その隣には、お馴染みの葡萄ジュースが入った、馬鹿でかい水差しが踏ん反り返っている。
俺の隣に目を移せば、ガチガチに固まったノムルさんが座り、正面には破竜騎士団団長のオラスさん、その隣には気の強そうな女性が座って居た。
この女性は誰だろう? オラスさんの奥さんか?
「まずは食事の前に自己紹介をさせてもらおうか。俺は破竜騎士団で団長を遣らされている、イグリード・オラスだ。隣は――」
遣らされているって、もしかして、遣りたくないんですか?
「同じく破竜騎士団で副長をしている、イリーナ・メルカートです」
軽く目礼をされたので、俺も目礼で返しておいた。
「冒険者を遣っている、マサト・ハザマです」
別に既婚者だとか、妻が沢山いるとか、ハーレム王などと言われてるとかは、相手に伝える必要はないから、ここでは言わない。
「さて、簡単な自己紹介も済んだ事だし、後は食事をしながら話そう」
団長さんはそう告げると、行き成り丸焼きを両手で掴み、豪快に齧り付き始め、俺は呆気に取られた。
幾らなんでも豪快すぎだろ。
「ん? どうした? 早く食わねば冷めるぞ?」
「あ、はい」
添えられてあるナイフを手に取り、鼻歌交じりに解体を始める。
さてと、先ずは足を切り離して次に手羽、そして、脊椎の両側にナイフを入れて……。
そこで視線に気が付いた。
「どうしました?」
「いや、手馴れているな、と思ってな」
「これでも料理しますからね」
受け答えをしながら、手早く解体を済ませ、肉に齧り付いた。
おおう、鶏肉とは思えないほどの柔らかさに、口いっぱいに広がる油の甘みと香辛料の香りが絶妙に交わり、何ともいえない美味さだ! これなら一羽まるまる食えるのも頷けるな。
「ハザマ殿は、お料理をなさるのですか?」
副長さんが少々驚きながら聞いてくる。
「まあ、家庭料理ですけどね」
「誰かに食べさせたりとか……」
「そうですね。美味しいと言ってもらえると嬉しいですね」
隣でノムルさんが何故か拳を握り締めて、小さくガッツポーズを作っている。
何かいい事あったのかな?
「ところで、二人の関係は一体どういった物なのかな?」
唐突に団長さんがにこやかな笑顔で言葉を投げ掛けて来たが、この程度は想定内だ。
「ここの行府に向かう途中、暴漢に襲われていた所を、たまたま通りかかった副団長さんに助けられまして、また、襲われるといけないからと、態々、着いて来てくれたんですよ」
一応、間違ってはいない。まあ、着いて来た云々は嘘だけどな。
「そうか、それで一緒だった、と言う事か」
「はい」
何だろうな、この探りを入れるような感じは。
「それでなのだがな」
身を乗り出して俺に迫り、小声で囁き始める。
「ノムル君は堅物で有名なのだが、どうやって口説いたのだ?」
は? 何言ってんだ、この人は!
「オ、オラス団長!」
「団長、聞こえてますからね?」
二人の責める様な視線を受けて団長さんは渋面を作り、元へと戻るが、すかさず副長さんが別方向から言葉の穂先を突き付け始める。
「私の見立てでは、ハザマ殿が口説いた、と言うよりも、ノムル副隊長がときめいた、といった感じが見受けられるのですが?」
「ほほう」
「それにですね、私的に高得点なのが、ハザマ殿は料理が出来る所です。そして、その彼に目を付けたノムル副隊長の鋭い嗅覚ですね」
「なるほど」
「最後にここが非常に重要なのですが、団長の様に男臭さが微塵も感じられない、爽やかな笑顔を見せる所と、それでいて、男らしさも漂わせている所。これは私でも出会った場面に因っては、ときめいてしまいますね」
「メルカート君、俺が男臭いはないだろう」
いや、だからさ。俺達を置いてけぼりって止め様よ。
「そうですよね? ノムル副隊長殿?」
突然話を振られた彼女は「あう」とか「その」とか全く言葉が出て来ない様だ。
うーむ、見てるこっちとしては可愛くていいのだが……。
「ふむ、惚れたか」
ボン、と音がしそうなほど、その一言で彼女の赤みが一瞬で増した気がするのは、気のせいだろうか。
これは不味いな。嫌な予感しかしないぞ。
「で、ハザマ殿はどうするのだ?」
「へ? 俺、ですか?」
話の振り方が唐突過ぎて、俺も付いていけない。
団長さんはニヤニヤと笑い、副長さんは爽やかな笑顔で、ノムルさんは俯き加減のまま、チラチラとこちらを伺っている。
まずい、これは非常にまずい、下手な答え方をすれば、彼女が傷付いてしまう。ここはどうするのが正解なのだろうか。
焦り考えた結果、
「ノムルさんの様な綺麗な人が奥さんだったら、嬉しいですね」
だが次の瞬間、最大のミスを犯した事に気が付かされる事となった。
「では、私が仲人をしようではないか」
「は? それ――」
そんな俺の間の抜けた問い掛けは、ノムルさんの驚きの声に掻き消されてしまった。
「よ、宜しいのですか!」
「構わぬよ。他ならぬ君の為だ」
「良かったですわね。ノムル副隊長」
「は、はい! 有り難う御座います!」
え? ええええ?! ちょ、ちょっと待って!
「あ、あの……」
「皆まで言うな。分かっておる。だが、ハザマ殿の実力が分からぬままでは、反対する輩も出るかもしれん。因って、来週行われる武道大会への参加枠を俺が確保しておこう」
何、俺を置いて話を進めてるんですかっ! てか、分かって無いってよ!
「い、いや、だか――」
「オラス団長! ハザマ殿の実力はかなりの物だと、私は見ています!」
そこで被せてこないでくれえ!
「あら? そうなの?」
「はい! 暴漢に襲われたと彼は言いましたが、実はその人数は五人も居たのです」
なんでその話しを蒸し返す?!
「ほほう、それで無傷とは、大した物だな」
「その暴漢どもも、それなりの腕の冒険者の様でしたが、ハザマ殿は五人の剣戟を余裕の表情で躱していまして、お恥かしい話ですが、私はつい見蕩れてしまった程なのです」
「それは凄いわね。私も是非見てみたかったですね」
戻れない道を作られている様な……。
「ふむ、俺も手合わせしてみたいものだ」
これはデジャヴか? ウォルさんと初めて会った時も同じ事言われた気が……。
「では、皇帝陛下にお頼みしてみれば如何ですか? ハザマ殿が優勝した時、戦える様にと」
「そうだな、そうするか」
「あのう……」
余りにも暴走され過ぎて俺は居た堪れなくなり、真実を話してしまおうとしたが、流れは既にそれを許さない所まで来てしまっていた。
「ハザマ殿、絶対優勝するのだぞ!」
「え?」
「そうですよ? 団長のこんなにも楽しそうなお顔は久しぶりなのですから」
あれえ? もしかして俺、逃げられない?
「ハ、ハザマ殿――。私は貴殿と会えて、本当に良かった! 両親には諦められ、親族からは行き遅れと陰口を叩かれ、それでも、理想の男性を待ち続けた甲斐があった!」
やばい、道筋を付けられたかもしんない……。
この場には俺を助けてくれる者は誰一人として居らず、何とかしようにも、この話を聞いていた店内の者達が一斉に祝福の声を上げ始めてしまい、完全に退路が断たれてしまった。
しかも、そんな声が上がる中、団長さんに更に囲い込みを掛けてくる。
「夫と成る者の仕事を知るも妻の務め。ノムル副隊長、今よりハザマ殿と共に行動せよ。これは命令である。師団長には俺から伝えておく。因って、心置きなく作戦を遂行せよ!」
「オラス団長……」
ノムルさんは目に涙を溜めて、感激の表情で頷いた。
作戦ってなに?! 作戦って!
「それに、冒険者、というのは、依頼を受けて金銭を得る、というのが俺達騎士と違う所だが遣る事はそう変わるものではないからな」
「そうですわね。でも、私からも少し助言しても宜しいかしら?」
チラリ、と団長さんに目をやる。
「うむ」
了承を得た副長さんは少し厳しい眼差しを送り、その目線を受けた彼女は、姿勢を正して話を聞く体勢取った。
「私達騎士団は事に当たる際、過剰とも言える程の万全の体制で臨みます。これは何故だか分かりますよね?」
そこで言葉を止め、ノムルさんの返答を待つ様に、静かに見詰めている。
「はい、不測の事態にも対処する為です」
的確な返答に満足したようで、笑顔を見せて話の続きを口にする。
「しかし、冒険者はそうではありません。私達で言えば小隊単位で事に当たるのが普通なので、危険度は遥かに上となります。これも分かりますね?」
ノムルさんが頷く。
「そして、冒険者と私達騎士の最大の違いですが、彼等はその小隊――パーティーの仲間で常に行動し、互いの信頼を高め合う為に、寝食すらも共にすると聞き及びました。ですから、今この場より、ノムル副隊長は第二師団副隊長ではなく、一個人としてハザマ殿と共に行動する事になるのです。この意味も分かりますか?」
えっと、それって俺と一緒に宿へ来るって事ですか?
「はい! 今より実家に戻る事は許されず、ハザマ殿の寝泊りする宿へ私も泊まる、と言う事です! ですが、元よりその覚悟は出来ております! 私はハザマ殿に嫁ぐ身、実家から出る事は既に決まっている事なのですから。ただ、必要最低限の物を取りに行く許可だけはお願いします」
「その事は許可いたします。それに、それだけの覚悟があるのならば、もう私から言う事はありません」
非常に満足した答えを得られた様で、その表情は光り輝いていた。
もしもーし。俺の意見はどうなってますかあ?
「団長? 他に何か有れば――」
「いや、無い」
いやいやいや、有るだろう? 俺の意思とか!
「有り難う御座います! このマリエ・ノムル、身命を賭して課された任務を完遂してみせましょう!」
「うむ! 期待しておるぞ!」
「ええ、がんばってね」
怒涛の如く突き進む意思に抗う事も出来ずに流される俺は、一艘の小船。そして、それは既に砕かれ木っ端となり波間を漂い、行く先すら自分で決める事が出来ない。
「ハザマ殿――いや、今からはマサト様とお呼びさせてもらう! 私の事は、マリエ、と呼んでくれて構わぬぞ!」
そんなノムルさんの声を遠くに聞いて、呆然とする事しか出来なかった。
俺、このまま何処かで野宿してもいいですか?




