類は友を?
青ざめた顔のまま、ベルンの門を潜る。
その時に何とか冒険者カードを提示はしたものの、俺を見た衛兵が何事かと心配をして声を掛けてくれた様なのだが、そんな事は一切耳に入らなかった。
なんせ、俺はアルシェとの約束の事をどうすればいいのかで頭が一杯だったのだから。
「……ト。マサト!」
名を呼ばれてゆっくり振り向くと、そこには心配そうなウェスラの顔があった。
「どうしたのじゃ? 突然真っ青になりおって。どこか具合でも悪いのか?」
「具合……悪いかも、しれない……」
そう、たぶん胃の辺りとか。
「よし、宿屋探しは後じゃ! 治療院へ行くぞ!」
俺の腕を取ると、慌てて走り出そうとするが、それはキシュア達に寸での所で止められていた。
「姉さま落ち着いてください。先ずは何がどう悪いのか聞きましょう」
「そうです。どこが悪いか分からなければ、治し様がありませんよ」
「俺はほっときゃ治ると思うけどなあ」
「なになに? マサトくんがおかしくなったの?」
「ぶっ叩けば治るんじゃねえか?」
『ワン、ワワン、ワン!』
「何つってんだ? こいつ?」
「先ずは宿屋へ行って落ち着いた方がいいですよ?」
色々な事を言われているが、今の俺には右の耳から左の耳へと抜けるだけで、頭には何一つ引っ掛からない。
「む、カーベルの言う事も一理あるの。よし、先ずは宿屋じゃな」
「それでは私共はここで失礼いたします。護衛、有り難う御座いました。では、また機会が有れば、お願いいたします」
「うむ、世話になったの」
カーベルさんは何時のも落ち着き払った態度で軽く会釈をすると、荷馬車を動かして去って行った。
「ねえ、ゴンはどうするの?」
「ん? 俺か? 俺も同じ宿屋に泊まるぞ」
「ええ?! それじゃあ……」
「何か問題でもあるんか?」
「聞こえちゃう……」
「は?」
「な、なんでもない!」
「良し、先ずは鳳凰の止まり木じゃ! これ、マサト。何時までも呆けておらんとさっさと行くぞ!」
「はあ……」
「ええい! 鬱陶しいのう!」
直後、頬に強烈な痛みが走る。そして、反対の頬にも。
「いってええ! な、なにすんだよ!」
「ぶっ叩いたら治ったぞ」
「ゴンさんが犯人かあ!」
「呆けてるお前が悪い。ほら、行くぞ」
俺の怒りは軽く躱されてしまい、促されるままに渋々と足を動かした。
くっそう、後できっちりと返してやるから、覚えてろよ。
ウェスラを先頭に俺達は練り歩いているが、周囲の人達はあからさまに蔑む視線を投げ付け、それを隠す素振りすら見せなかった。
やっぱりカーベルさんの言っていた通り、この街は差別意識が他とはかなり違うようだ。この感じからすると、宿屋等の店の対応は、俺とゴンさんがしなければ駄目かもしれない。
「おお! ここじゃここじゃ!」
凄く嬉しそうな弾んだ声で到着をウェスラが告げてくる。そこの入り口を見れば、炎で象った鳥を看板に掲げていた。
「ここが鳳凰の止まり木じゃ。ワシが昔世話になった宿なのじゃよ」
「へえ、何時頃?」
「ふむ、どれ位じゃったかのう……。確か――八十年ほど前じゃったかのう?」
俺は噴出しそうになった。
人よりも寿命の長い彼女だから、八十年は長くないのかもしれないが、宿屋の主人が人なら、既に二代目か三代目のあたりの筈な訳で、ウェスラの事など覚えて居る筈はない。
「そんな昔じゃ主人は代替わりしてると思うぞ?」
だが、そんな俺の言葉は華麗に無視され、彼女は扉に手を掛けると、颯爽と入って行ってしまった。そして、俺も慌てて入ると、そこは一種異様な雰囲気に包まれていた。
「まーだ生きてのかよ。この我侭ばばあ」
「喧しいわ、この腐れじじい」
笑顔で罵り合っていたのだ。
これには全員で、唖然としてしまった。
「ん? なんじゃ、皆で呆けよって?」
「こいつら皆アイシンの連れか?」
「そうじゃよ。そしてな、ワシはつい最近結婚したのじゃよ!」
大きな胸が更に強調されるように、胸を張る。
「お、お、お前が、け、結婚?! そんな酔狂な奴は何所のどいつだ?!」
「言うに事欠いて酔狂とはなんじゃ酔狂とは!」
「いや、だってよ……、我侭し放題のお前さんを気に入る男なんざ、酔狂以外の何者でもないだろう?」
それを聞いて愕然としてしまった。
俺って酔狂だったのかっ!
「貴様がおかしな事を言うから、マサトがまた壊れそうに成っておるではないか!」
また、って何だ、またって。
「一歩間違えれば女にしか見えないあれが、お前の旦那なのか?」
確かに俺は女顔だけど、そうはっきり言わなくても……。
「どうじゃ? 美形じゃろ?」
「そう言われりゃまあ――なあ」
「マサトよ、こっちへ来い」
促されるままに俺はウェスラの隣へと動いた。
「これがワシ等の夫、マサト・ハザマじゃ! 一応、男爵じゃが本人はまったく自覚しておらぬで、気軽に接するが良いぞ!」
その紹介、駄目だと思うぞ?
「ワシ等? って、お前さん以外にも妻が居るんか?」
ほら、墓穴掘った。
「うっ……。そ、そうじゃ。じゃが! ワシが一番最初なのじゃ!」
確かに俺の中でも一番はウェスラだから、それは間違ってない。
でも、この宿屋の主人、なんだかハロムドさんに似てる気がするな。
「あの、ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「もしかしてハロムドさんの身内の方なんじゃ……」
「兄貴の事知ってんのか?」
この人ドワーフなのに何で髭がないんだろう? それに、何故に宿屋の経営?
「ええ、まあ。セルスリウスで大分世話になりましたから」
「なるほどなあ。それならアイシンを嫁にしたってのも分かるな」
どういうこっちゃ? なんでハロムドさんに世話になってるだけで、そうなるんだ?
「こう言っちゃなんだが、兄貴は変わり者だから、気に入られる奴も変わり者が多いんだよ」
ああ、確かにあのおっちゃん、変かも。でも、あんたも十分変だよ。
俺の納得した表情を見て、ハロムド弟さんも頷いている。
「そうか、あんたにゃ分かるか。なら、アイシンは大当たりを引いたみたいだな」
まあ、類は友を呼ぶって言うくらいだし、って、それを言ったら俺も仲間なんじゃなかろうか? などと、そんな疑問が頭に浮かんだが、直ぐに消去する。
デリートデリートっと。
「で、泊まりは全部で七人か?」
「七人と一匹」
「一匹?」
『ワンワンワン!』
「このわんこか」
まあ、見た目は珍しい犬なんだけど、訂正しておかないとな。後でライルに怒られるし。
「フェンリルですよ。ちなみに俺の息子」
「は? フェンリル? 息子? おめえは変態か?」
言うに事欠いてこのおやじは……!
「変態じゃないですよ! この子は俺の妻の一人、フェリスの連れ子です!」
「天族まで嫁にしてんのかよ! なんつう命知らず……。道理で兄貴に気に入られる訳だ……」
俺を変人みたいに言うな。
「で、何日滞在するんだ?」
「少なくとも二週間は」
「そうか――」
一言そう言うと、ハロムド弟さんは真剣な顔付きになって考え込んでしまった。
「部屋数が少ないんですか?」
「いや、そうじゃねえ。――ハザマ、だっけ?」
真剣な眼差しを向けて来た。
「はい」
「お前さん、この街の事、どんだけ知ってんだ?」
もしかしてカーベルさんと話してた事が役立つかな?
「亜人種に対する差別に関しては相当なものだとは聞いてます」
「それを知ってりゃまあ、とりあえずは合格だな。だがな、認識が甘い様だから訂正してやるよ。数年前からこの街の連中はな、亜人は全て奴隷にしろって言い張るくれえになってんだよ。ま、貴族様が中心になって言ってるんだけどな。だから、お前さんともう一人は兎も角、嫁さん達にゃ辛いぞ。俺は皇帝陛下直々の営業許可証を貰ってるんで、下手な暴言でも吐こうものなら、そいつの首が飛ぶからいいんだが、今や例えアイシンであっても、何所の店も中には入れさせて貰えない状態って言えば、どれだけか、分かるよな?」
険しい表情を向けてくる。
「詰まり、人として亜人を見ていないって事ですよね? それも、下手をすればペット以下に見ていると」
「そうだ、ただの使い捨ての道具と同じにしか見てねえ。腹立たしい事にな」
俺はそれを聞いて物凄く悲しくなった。
「人って何所まで傲慢になる心算なんでしょうね……」
「さあな。でも、お前さん見たいのが人族に居るならば、まだ何とか成るかもな」
二人揃って沈んだ表情をしていると、
「何湿っぽい話をして居るのじゃ。食事はここでも出来るのじゃろ?」
「それはそうだが、亜人が泊まっていると知れるだけで、食材を売って貰え無くなるかも知れん」
「それは問題ないじゃろ。なんせ、マサトの嫁の一人はアルシェアナじゃからの」
この一言でハロムド弟さんの口元が緩んだ。
「なるほど。って事は、ハザマ殿はユセルフ王国の王配って事に成るのか。となればだ、逆に脅しを掛けられるな。あの国には皇帝陛下の妹君も嫁いでいる訳だしな。それならば、賓客として扱うって事にすればいいか」
俺の立場はそういう利用の仕方もあるのか。
そんな風に俺が納得をしてしまうほど、ハロムド弟さんは頭が良く回るようだ。
しかし、この国は皇帝陛下が思っている以上に、悪い方向に向かっているのかもしれない。このままだと何れは皇位の簒奪を行う輩も出る可能性すら否定出来ない。
「ここでの話ですが、皇帝陛下に話してもいいですか?」
何を言ってるんだこいつ、と言った目線を貰ったが、懐から一通の封筒を取り出してカウンターに置くと、目を見開いて驚いていた。
「こ、こいつは……」
「はい、皇帝陛下からの直々の招待状です」
「あちゃあ、こりゃ参った。真面目に賓客じゃねえか。それも国賓級かよ。そうと決まれば善は急げだ。二週間貸切は決まりだな。で、滞在費用はどうなってんだ?」
滞在費用はどうなるか分からないが、何かしらの援助くらいはありそうな気もするから、とりあえずは自腹でいいだろう。
「一応、自腹で。もしも帝国から連絡があった時は教えてください」
「分かった。それじゃ一人一泊銀貨三枚だ」
提示された金額に俺が頷こうとした時、ウェスラが噛み付いた。
「まて、腐れじじい」
「なんだ? 我侭ばばあ」
「以前よりも高いではないか」
「ばかやろう、八十年も前と一緒にするな。物価は変動するって事覚えておけ。特にこの時期はな、高くて当たり前なんだよ。ま、暖房がいらねえってのなら、安くするけどな」
流石に暖房なしってのはな。なので、ここはウェスラに折れてもらう他はない。
「ウェスラ、この値段で決めよう。流石に暖房が無いのはキツイよ」
「しかしじゃな――」
勢い込んで今にも食って掛かりそうな彼女の目をジッと見詰めると、次第に肩の力が抜けていき、溜息を付いて諦めた様に表情を顰めた。
「まったく、おぬしには敵わぬ」
余りにもあっさりと折れたウェスラを見てハロムド弟さんは、目を丸くしていた。
「それじゃ、お願いします」
「おし決まりだな。そんじゃ七人と一匹――まあ、七人でいいな。で二週間だと――、全部で金貨二枚と銀貨十枚だな」
言われた分を出しながら、
「食事代も込みですよね?」
笑顔を向ける。
「お、おう! 入ってるぞ!」
少し照れた様に顔を綻ばせて、俺の術中にしっかりと嵌ってくれた。
「それじゃお世話になります」
「おう、まかせろ! バロール・ボンクールの名に掛けて、がっつり世話するぜ!」
そして、俺達が夕食の時に、バロールさんは涙目になって悔しがったのは言うまでも無い。
フェリスは大食いだからねえ。




