粉砕対殲滅
地鳴りのように響き渡る歓声が建物を震わせ、その振動に合わせて更に歓声が響き渡る。そしてそれは建物の一室に居る俺達にさえ聞き取れるほどの、大音声と化して届いていた。
どうしてこうなった?
今に至る現状を俺は思い返す。
昨日、リエルさんのとんでもない行為のお陰で俺は決闘を申し込まれ、それをどうやって聞き付けたのか、大公殿下が御前試合にする旨の御触れを発し、何故か観光街区にある闘技場で試合をする事になり、そうして今、控え室に居る。
簡単に纏めるとこうだ。
だからまあ、もう一度言わせて頂こう。
どうしてこうなった?!
「頭痛が痛い……」
言葉に出してみたが、気分はまさにそれ。しかも、魔法の使用は禁止、短小砲も禁止、果ては愛剣すらも使用不可、と言うジリ貧状態にされてしまった。
そんな訳で、俺の手元には同形状のバスタードソードが有るのだが、愛剣に比べると重くて、扱いに少し不安がある。
まあ、扱えない訳ではないが、これだと動きが鈍る可能性が出て来るので、場合に因っては無手で戦う事も視野に入れた方がいいかもしれない。
「しかし、最初から不利な状況に成ってしまったのう」
「不利どころじゃありません。完全に相手が有利な状況にお膳立てされています」
ローザの言うとおりだ。俺に勝たせたく無い、という匂いがプンプンする。
「ならば、試合中にわらわのオスクォルでも呼び出すか?」
確かにそれも一つの手だけど、たぶん駄目だろう。
「反則負けにされると思うぞ」
「じゃあ、俺のこれ使うか?」
フェリスが差し出して来たのは、あのグローブ。
「たぶん、それは殺傷力が高過ぎるからって、使用禁止を言い渡されるのが落ちだろうな。実際、俺の剣はそれで使用不可って言われたしな」
こうやって色々検討をしていくと、真面目に俺を勝たせたくなさそうな答えしか出てこない。
最も、この国の大公殿下が絡んでいるのだ。自国でも一、二を争う強さの人物を勝たせたいのは分からないでもない。
「ま、成るようになるさ」
こうなったら開き直るしか手がない。
「それにしても、リエルも馬鹿な事をしたものよのう。選りにも選って墓穴を掘るとはの」
ウェスラの言った理由、それは大公殿下からとんでもない下命が下されてしまったからだ。
それは、ゴンさんが負けた場合、この国では俺と一緒に居る事を禁じる、というものだ。
何故こんな下命が下ったのか、理由を聞いて俺はなんとなく納得してしまった。
一応、彼女の名誉の為に何も言わないけどね。
最も俺が負けた場合はゴンさんと結婚しなければ成らないので、どう転んでもリエルさんに取っては不幸なのだが。
「当然の報いです!」
怒りを隠す事無くローザが募る。
「わたしが昨日の夜をどれ程楽しみにしていたと思っているのか、分からせなければなりません!」
おおう……、それで怒ってるのか……。
「よし! マサト! 全力で負けて来い!」
なんか、フェリスも微妙に怒ってるっぽいな。
「いや、流石にそれはどうかと思うぞ。まだ依頼の途中だから怪我も出来ないしな」
最終目的地はヴェロン帝国の帝都ベルン。つまり、ここで怪我をして途中リタイヤ、なんて事に成れば、莫大な違約金が発生してしまう。最も、キシュアに頼れば払えなくはないが、流石にそれは不味い。
シアなら喜びそうだけどさ。
「ならば、わらわに考えがある」
物凄く悪い笑みを浮べて他の三人を呼び、俺にすら聞こえない様に声を潜めて何事かを話ている。そして、彼女の話は終わると同時に、全員が真っ黒い笑みに彩られていた。
うちの奥様方、何かおっかねえよ……。
「そろそろ時間ですので、宜しいでしょうか?」
扉をノックする音と共に、そう告げられて俺は立ち上がった。
「んじゃ、行って来る」
「しばし待て」
その声に振り向いた俺に、ウェスラが唇を寄せると、他の三人も同じ様に口付けを交わす。
そして――。
「御呪いじゃ」
頬を薄紅色に染めた四人から、女神様も斯くや、と言わんばかりの極上の微笑みを投げられた。
そんな笑顔を向けられては、負ける訳にはいかない。
「粉砕だかなんだか知らないけど、叩き潰してくるぜ!」
四人の女神に見送られて俺は、決戦の場へと向かった。
*
係りの者の後に着いて俺は通路を進む。そして、闘技場への入場口に着くと待機する様に言われ、暫く待った。
「これから行われるは本日のメインイベント! 粉砕対殲滅の一戦! なお、この試合に関しましては、魔法関係は一切不使用となっており、純粋に剣技及び体術のみの試合となります! それでは先ず、粉砕のゴンザの入場です!」
割れんばかりの歓声が耳に痛い。流石は有名人なだけの事はある。応援する声にも力が感じられるくらいだ。
「では次に、ユセルフ王国では知らぬ者無しの、殲滅のハーレム王事、マサト・ハザマ卿のご入場です!」
何故か、ブーイングと声援が半々になる。差し詰めアウェーといった感じか。
係りの者に促されると、光差す舞台へと歩を進め、周りに目線を走らせる。
そこは正しくコロシアム。
逃げ出せない様に周りを壁で囲まれた巨大なリング。
そして、戦う者同士を見世物にする舞台。
「両者が舞台へと上がりました! 一体、どの様な死闘を見せてくれるのでしょうか! 解説をする私も興奮が収まりません! さあ! 間も無く開始の合図が出されます!」
まったく、外野が煩いな。
「済まんな。こんな事になっちまって。だが、手加減はしねえぞ」
ハルバートを手にした精悍な顔付きをした戦士が一人、俺の目の前に居た。
「俺は本気が出せないんだけど、どうすりゃいい?」
俺の軽口にゴンさんの口元が緩んだ。
「全く持って大公殿下にゃ困ったもんだが、それでも勝負は勝負」
「そうだな」
ゴンさんがハルバートを構えると同時に、俺も構える。ただし、下段の構えを。そして、重々しい銅鑼の音が鳴り響くと同時に、
「うおおおおおおおお!」
気合と共に突っ込んで来た彼は横薙ぎにハルバートを振るい、俺は身を捻りながら下がり掬い上げる様に剣を合わせて上方へと受け流す。だが次の瞬間、下方から石突が唸りを上げて襲い、それを身を回して避けながら一歩踏み込み胴目掛けて片手で剣を横薙ぎに飛ばした。しかし、それは柄で上方へと弾かれ、その反動で一瞬、体が泳いでしまい、そこに突きを見舞われ、咄嗟に後方へと跳び退り大きく間合いを取らざるを得なかった。
――剣が変わるだけでこんなに遣り難いのか。
そう思ったのも束の間、連続で突き込まれる。それも尋常ではない速さで。左右どちらかへと躱そうとしたが悉く動きを読まれ、穂先を剣で何とか往なしながら真っ直ぐ後へ下がる事を余儀なくされてしまい、このままでは不味い、そう思った時には既に壁際まで追い込まれていた。
「これで、終わりだっ!」
力の篭もった一撃が見舞われる。だがそこで連続攻撃が途切れ、僅かながら動く隙が現れる。身を捻り突き出される穂先を左手で握り、それと同時に地を蹴り右手の剣を手放して側転を決め、俺はその場から逃れて華麗に着地を決めると、
「やっぱ剣が無い方が動きが軽くなるな」
呟き、無手で構える。
「ちょこまかと良く逃げるもんだ。だが、剣も無しにどうする!」
また先ほどと同じ様にバルバートを突き入れて来る。
だが今度は俺の番だ。
左手で穂先を掴み強引に軌道を逸らせてから、柄に右手を添えて引き寄せ、彼の体を崩すとその隙を突いて体を前へと飛ばし一瞬のうちに懐に潜り込み、無防備な腹部に右の拳をお見舞いした。
「ぐ――」
軽い呻きと共にその動きが微かに鈍る。が、その後の反応は流石の一言。 俺の射程圏外へと下がり、間合いを取られてしまった。
「殴った拳が痛むって、どんだけ鍛えてんだよ、あんたは」
痛みに苦笑を漏らしながら、右手を軽く振る。
「おめえの鍛え方が足らねえってこったな」
そして、互いに口角を吊り上げた。
「仕方ない、ここからは全力で遣らせてもらいますよ」
「今更何言って――」
下肢を僅かに落とすと、俺は低く鋭い跳躍をもって瞬時に距離を詰め、自分の間合いへと持ち込み、その余りの速さに驚愕の瞳で俺を見据えながらも、ゴンさんはハルバートで防御しながら瞬時に下がろうとする。
だが――。
――遅い!
彼の左腕を掴んで引き寄せると顎に向かって掌底突きを見舞い、顎が上がった所に更に殴打を叩き込む。蟀谷、心臓、鳩尾、最後に脇腹。そこで彼が身を折り顔面を晒した所へ頭を掴んで引き寄せ、膝を跳ね上げてぶちかまし、様子を見るために少し下がる。
だが、彼は倒れず、武器も放さなかった。
「ぐ……。ま、まだだ――まだ、終われねえ。俺は約束したんだ、あいつに。――リエルに! 絶対倒れねえって――絶対に守るって、約束したんだよ!」
紅蓮の炎を宿す様な闘気を全身に纏わせゴンさんは俺を睨み付けると、短めに持ち手を変えて再度ハルバートを構え、一足飛びに俺の元へ飛び込むと、短剣を振るうが如き速さで畳み掛け始めた。
それは正に変幻自在。槍先と斧部や鉤部があらゆる角度から襲い、時には石突を死角から飛ばし、全身の動きを連動させて途切れる事の無い連撃を見せた。
その動きは見事、という他は無い。
人が極めた動き。
人が編み出した技。
それが高度に絡み合い、気迫と共に振るわれる。
だがしかし、俺はその全てを躱し往なし逸らす。
少し掠るだけでも怪我は必須、まともに食らえば死に兼ねない。だが、そんな危険極まりない中で、俺は口元が緩むのを感じていた。
全力で動く事が楽しくて、力を全て出せるのが嬉しくて仕方なかった。
「てめえはバケモノだな!」
ゴンさんの口元も笑っている。
「これでも人間なんだけどなっ!」
互いに言葉を交わしながらも動きは止まらない。
ゴンさんはハルバートを繰り出し続け、俺はそれを躱し続ける。
だが、このままでは俺の方が先にバテてしまう。だから――。
*
壁際に追い詰められた時は、冷汗を掻いてしまった。だが、その後のマサトの動きは圧巻の一言だ。
それはまるで獣族の様な人族では有り得ない速さ。しかもマサトの表情は嬉しさに満ち溢れている。
そんな彼を見るわらわは、驚きで声も出なくなった。
人があそこまでの速さを身に付けているなど、思いも縁らなかった。
相手の男の槍術も見事だが、驚くべきはマサト。あの速さで繰り出される穂先を全て見切り、しかも素手で往なしている。あのような事をする人間なぞ初めて目にした。
それが証拠に、先ほどまで声援を送っていた観客どもが静まり返り、食い入るように二人を見入っているではないか。
「マサトさんは――本当に、人族なのでしょうか……」
ローザの疑問も宜成るかな。わらわとて同じ思いなのだから。
「あれが――マサトの本気、なのか……」
その声に目線を向ければ、そこには驚愕に目を見開くフェリスの顔がある。
正直、一瞬足りとも目を離すのは惜しい。そんな事を思ってしまうほど、マサトの動きは速く、華麗だった。
そして、二人が何事か言葉を交わした次の瞬間にマサトが更に加速し、相手が武器を引き戻すよりも速く前へ出ると、腰を落として腹に肘を叩き込んで居たのだ。
まだ速くなるなど信じられぬ! マサトの限界は一体何所にあるというのだ!
そして、完全に決められた相手は身を折りながら遥か後方――十ネルほども吹き飛ばされそのまま倒れて動かなくなった。
「マサトの勝ち、じゃな」
姉さまの呟きに我に返る。
その言葉で、勝者と敗者の姿を見止めた。
「すごい……」
「ああ、マジすげえ……」
わらわは最早言葉など、無い。
「しょ、勝者! マサト・ハザマ! 殲滅が粉砕を破りましたっ! しかも! しかもです! 徒手空拳での勝利! 彼は本当に人間なのでしょうかっ! 私には――目の前の出来事が未だに信じられません! ですがっ! 信じるしかないのでしょう! 殲滅のハーレム王! やはり! やはり、その名は伊達ではなかったのです!」
絶叫にも近い解説の言葉など、最早わらわ達には届いていない。
「どうじゃ? あれがワシ等の夫じゃぞ?」
「正直、誇らしいですね」
「あの時戦わなくて良かったと、心底思うぜ」
「わらわは……怖い」
「何故じゃ?」
「今があの強さならば、この先マサトは何所まで強くなるのだ……」
「誰よりも――じゃな。それこそ、あの滅びた種族に匹敵するほどに……」
姉さまの言葉に、身が振るえる。
「じゃがな、マサトは何所まで行ってもマサトじゃと、ワシは思う」
そう言って笑う姉さまの顔は、とても嬉しそうだった。




