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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ヴェロン帝国編 第一章
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油断をすると唇がくっ付きます

「なんか、おかしな風に有名になってるなあ、俺」

「そうじゃのう」

「殲滅とは物騒だな、マサト」

 無表情無感情でキシュアがさらっと言う。

「もしかすると、デュナルモ十傑が十一傑になるんじゃないですか?」

 十一傑って随分中途半端だな。ってか、増える訳ないと思うが……。

「マサトなら噂に違わず出来ると思うぞ? 最も、たとえ一匹でも遣ったら俺は怒るけどな」

 怒るのかよっ!

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、でも、俺はそんなに強い訳じゃないぞ?」

 剣技にしたって我流もいいとこだし、魔法だって中途半端な感じがする。ただ、身体能力の高さが人族の括りで言えば、抜きん出てるってだけだからな。

「マサトは強い。恐らく、誰も敵わぬほど強くなれる筈じゃ」

 そんな俺の自分否定は、ウェスラに否定されてしまった。

「俺もウェスラと同じだな。そうじゃなきゃマサトの番なんかにゃならねえよ」

 うちの二強にそう言われるのは嬉しいけど、過大評価もいい所だと俺は思います。

「そうですねえ。マサトさんは鍛えてないのにあの動きですからねえ」

 それは風魔法のお陰だ。幾ら俺でも生身であんな動きは出来ない。

「マサトは単に馬鹿なだけだ」

「おいこら、馬鹿とは何だ馬鹿とは」

「自分に気付かない馬鹿に馬鹿と言って何が悪いのだ?」

 キシュアがシアと同じになった?!

「あれ? マサトくんじゃない。どうしたの? ギルドに何か用でもあるの?」

 声のした方に顔を向けると、丁度建物からリエルさんが出て来た所で、そこにはお馴染みの看板がでかでかと掲げられていた。

 どうやら何時の間にか目的地に着いていたらしい。

「昼食ですよ。この近くのゴン屋がお勧めだって言われたんで」

「あら、それじゃあ、あたしも一緒していいかな?」

「別に構わないですよ。ただし、(おご)りませんけどね」

「おごってよー」

「だめです」

「ちぇっ、けちんぼ。でもまあいいわ。行きましょ」

 意外なほどあっさりと引き下がったので少し拍子抜けだが、どうせ奢る羽目になるだろうな、という予感だけはあった。

 リエルさんは人ごみの中を見事な体捌きですり抜けていくと、迷う事無く道の反対側へと歩を進める。それを見て俺もそちらへ目線を送ると、ジョッキと、交差したフォークとナイフの図柄を(かたど)った看板が(かか)げてあり、そしてその下には、ゴンの酒蔵、と店名が刻まれていた。

「やっぱ酒場なんだな」

 あっちの世界では飲み屋が昼間も営業するのは珍しい事なのだが、こっちの世界ではこれが普通で、酒場が食堂も兼ねている。最も、治安の関係で深夜まで営業する事が出来ない様なので、これはこれで合理的なのだろう。

 そして俺は、実の所こっちの世界の酒場に入った事がない。セルスリウスに居た時はキシュアの家が拠点だった事も有り、酒場に入る必要が無かった、と言うのが最大の理由だ。だがこれからは、今回の様に遠出をすれば利用する機会が増えるだろうし、ここで体験しておくのも悪くは無いな、と思っていた。

 なんせ、ここに来るまでは、宿屋の食堂で酔い潰れてたしな!

 そうして俺達もリエルさんの後を追い、ゴン屋へと入って行った。

 今が丁度昼時だからだろう、店内は結構な人数の客で賑わっている。だが、その大半が冒険者達のようだ。しかも昼間から酒を飲んで騒いでいるやつも居た。

 それを見た俺は、仕事しろよお前等、と心の中だけで毒づいて置く。

 サッと店内を見回しリエルさんは、

「空いてる席は……なさそうねえ」

 空いている席が無い訳ではない。この人数が纏まって座れるだけの席が空いていないだけだ。

「しかたない。ここはゴンに頼むしかないわね」

 随分と親しげに店主の名を呟くと、カウンター越しに声を張り上げた。

「ゴーン、六人分の席作ってー」

 なんだか、どこぞの大手自動車メーカーの社長の名前みたいで、偉そうに聞こえる。

「うっせえ! いま忙しくてそれどこじゃねえ!」

 そりゃそうだ。これだけ客が入ってるんだし。

「いいじゃないのよー。あんたが会いたがってたアイシンさまも居るんだからさー」

「な、なにい?! ほ、ほんとうかっ!!」

 お玉とフライパンを両手に持った男が奥から飛び出して来て、目を丸くしていた。

 そして、この一言は店内の客達にもかなりの驚きを与えたようだ。最も、客の何人かは俺達が入った時点で既に気が付き、ポカンと口を開けたまま固まって居た様だが。

「ほ、本物だ……」

「忙しいのに済まぬのう。じゃがワシ等も腹が減っておるで、席を都合してもらえると助かるのじゃが、こう忙しくては無理かのう?」

 少々困った色を乗せて微笑むウェスラの破壊力は抜群だった。

 ゴンさんの手からはお玉とフライパンが滑り落ち、客達は手にした物を床にぶちまけて、頬を真っ赤に染め抜いていた。

 よし、ここで皆も微笑むのだ!

 俺が目で合図すると、全員が小さく頷き、夫々(それぞれ)が微笑む。そして最後はこの俺だ。

「無理を言って申し訳ありません」

 そう、久々にあの笑顔を繰り出した。

 だが、これが大失敗だった。それは何故か?

 全員がたっぷり十分は固まったまま動かなくなってしまったのだ。そしてその中には、リエルさんも含まれて居たのは言うまでも無い。




       *




「ねえ、あんたってほんっとに男なの?」

 この失礼極まりない質問は、俺の笑顔で固まったリエルさんだ。

「マサトは男じゃよ。それはワシ等が既に確認済みじゃからな!」

 他の三人も何度も大きく頷いている。

 そりゃまあねえ。何度も夜のお相手してるしねえ。

「あたしにも確認させなさいよ」

「断る」

「けちー」

「あんたは俺の妻じゃないから駄目」

「じゃあ、妻になるー」

「やなこった」

「えー、いいでしょー」

「さっさと食え。席が出来た功績に免じて驕るから」

「やった! そうと決まれば食べまくるわよー」

 話題逸らしに成功したと思えばこれだよ。まったく、調子のよさだけは相変わらずだな。

 俺達が今座っているテーブルは、店主のゴンさんとお客が準備した場所だ。何故客までもが、と思うかもしれないが、全員、皆の笑顔にやられた様だ。

 それが証拠に――。

「やっぱアイシン様は綺麗だ……」

「いや、俺はあの獣族の姉ちゃんが……」

「可愛いは正義……」

「あの男勝りなとこが……」

「この際俺は男でも……」

 ちょっとまてえ! なんか聞き捨てならないのがあるぞ!

「それにしても、中々じゃな」

「そうですね、姉さま。特にこの子豚の丸焼きなど……」

 は? 子豚の丸焼き? そんなの何時頼んだんだ?

「やっぱりお肉はいいですよね」

「おう! もっと持ってこーい」

 いや、あんまり頼むと……。

「あいよっ! 美人さんの頼みとあらば喜んでっ!」

 いや、あんたも調子に乗るなよ!

「何呆けて居るのだ。ほれ、あーん」

「ん? ああ、あーん」

 うむ、美味い。

「わたしからも。はい、あーん」

「あーん」

 うむうむ。

「あ、ずりい! ほれ、くえー」

「おう、あーん」

 これも美味いな。

「最後はわらわだな」

 そう言ってキシュアは俺の顔に手を掛けると唇を寄せ、咀嚼した物を流し込んできた。

 口移しキター!

「キシュアも遣りおるのう。ワシも負けてはおれぬな」

「あ、あたしもっ!」

「お、俺もだっ!」

 次々と口移し攻撃を受ける俺だが、物凄く痛い視線が突き刺さる。

「くそっ! 恨め……羨ましい!」

「俺の美少女になんて事を……!」

「ア、アイシン様を汚すなど……!」

「俺の嫁がっ!」

「俺の兄貴があああ!」

 おい! 最後の奴。絶対おかしいだろ!

 流石に公衆の面前で臆面も無く遣られると気恥ずかしいな、などと思っていると、また俺の顔に手が添えられ振り向かされる。

「えいっ!」

 あ? え? えええええっ?! や、やられたっ!!

「ほう、増えたの」

「うむ、増えたぞ」

「あら、増えちゃいましたね」

「増えたな」

 どうすんだよ! また増えるとか、アルシェにどう説明すればいいんだよ!

「な、な、な、何てことすんだっ!」

 狼狽(うろた)える俺を尻目に、リエルさんは舌なめずりをして、妖艶な微笑を浮べた。

「これでえ、あたしもお、お仲間ね」

 くそっ! 油断した!

 そして彼女は徐にゴンさんへと手を振りながら声を張り上げ、

「ゴーン、あたし今日からこの人の妻になったから、お祝い宜しくねー」

「ああ?! 何言ってんだよおめえは!」

「だって今、永久結んだんだもーん」

「なにい?! と、永久だとお?! お、お前はっ! 俺の求婚蹴っ飛ばしておいてそれかよ!」

 顔中を口にして喚くゴンさんがそこに居た。

 この展開、何か嫌な予感しかしないんだけど、どうしよう。

 案の定、ゴンさんはテーブルまでゆっくりとした足取りで近付き、俺の傍まで来ると

「おう、若造。おめえ、いい度胸してんじゃねえかよ」

 怒りか嫉妬か、またはその両方か。そんな色の篭もった目線を俺に注ぐ。そして、俺が口を開く間も無く、たった一言だけ告げた。

「決闘だ」

 そして、背を向けると厨房へと戻って行ってしまった。

 ゴンさんから発せられる気配に店内は静まり返り、客の一人の呟きが、やけに大きく響いたのが印象的だった。

「粉砕のゴンザが、久々に本気になったか」

 嫌な予感って、どうしてこう、当たるんだろうな?

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