二つ名が物騒になりました
あの小鬼戦以降、商隊は何者にも襲われる事無く、無事に国境を越える事が出来た。まあ、そこまでの町や村では何故か大歓迎を受けて、その都度、ローザを除く俺達の意識がぶっ飛んでは二日酔いになる羽目に陥りもしたが、概ね安泰な道程ではあった。
なんで俺の事を皆知ってるんだろうなあ?
そして、俺は意識がぶっ飛ぶと物凄くエロに成る事が判明した。最も、酔わないローザを除き他の三人もエロ度が激増すようで、主に四人で酒の場を沸かせて居た様だ。
エロい事で。
ただ、酔えないローザから、俺達が素面の時、酔っている時の痴態の事で散々文句を言われ、最後には「わたしも混ざりたいんです!」と、とんでもない事を言っていた。
一人だけでも冷静で居てくれないと歯止めが利かなくなって困るんですが……。
そして、出発してから七日目に、俺達は終にヴェロン帝国の属領、タエス公国の城塞都市グレゾへと踏み入れた。この街はユセルフ王国と唯一国境を接する街で、しかもヴェロン帝国の矛とも言われるタエス公国の首都でも有り、城塞都市と言われるだけあって、市壁が無茶苦茶なくらい高くて分厚い。
俺の見立てでは高さ約二十メートル、厚さに至っては五メートルは有るのではないかと思う。
まあ要するに、昔はこの国を足掛かりとして、攻め入っていたって事なんだろうな。
最も今ではそんな事をする筈もなく、南から入る商品をいち早く手に入れられる街として、北部では一番賑わっているらしい。
道理で活気に満ち溢れている訳だ。
そしてその日もザロン商会指定の宿屋へ案内され、そこでまた、カーベルさん達やリエルさんと別れた。
ただ、別れ際に「少々嫌な思いをするかもしれませんが」と言われた事が気にはなったが。
「さあて、突入しますか」
気を取り直して扉を開ける。
「いらっしゃ――チッ」
入るなり舌打ちの先制攻撃を受ける。
なんだ? 俺、何かしたか?
眉根に皺を寄せて、怪訝な表情をしていると、ここの主人で有ろう人がカウンター越しに顔を顰めて告げてきた。
「お客さん、困りますよ」
「はい?」
「後の奴隷、うちじゃ泊められませんよ」
「奴隷? 誰が?」
「お客さんの後の女達ですよ」
ほうほう、俺の妻達を奴隷呼ばわりか。なるほど、カーベルさんの言った通りだ。少し頭に来たぞ。
「あんた、いい度胸してんな。俺の妻達を奴隷呼ばわりとは。この宿屋が綺麗さっぱり無くなっても知らねえぞ」
俺の台詞に、宿屋の主人は訝る表情を見せた。
「ワシを奴隷と呼ぶか」
そう言うと、ウェスラはローブを脱ぎ、自らの姿を見せ付けた。足首まで届きそうなほどの銀髪に翡翠色の瞳に褐色の肌、そして、その姿を見た宿屋の主人は大いに狼狽たえた。
「あ、あ、あ、あなた様は……」
「ほう、奴隷のワシを知っておるのか」
嫌みと共に口角を吊り上げて凄まじい笑みを見せ付ける。
うわっ、すっげえ怒ってんぞ、これ。
「も、申し訳御座いません! まさか、アイシン様がいらっしゃるとは思っても居なかったもので――!」
平身低頭とはこの事か。主人はカウンターに頭を擦る付けるかの様に、平謝りをしていた。
「なれば、わらわの父上の事も知っておるな?」
主人がキシュアの言葉に顔を上げる。
「わらわはドビール・レイ・ジレダルトが娘、キシュア・ヴィ・ジレダルトなるぞ」
その名を聞いた途端、額からは汗が噴出し、顔からは血の気が失われていく。
「ジ、ジレダルト公爵閣下の……!」
すでに呟く声に力は篭もっていなかった。だが、それで終わる筈もない。
「それではわたしの番ですね」
表情はにこやかだが、ローザの目が笑っていない。
おっかねえよ……。
「わたしはローザ・スヴィンセン。父の名はターガイル・スヴィンセンと申します」
「ま……さか――神速のターガイル様の――」
「ええ、デュナルモ十傑の一人、神速のターガイルの娘です」
終には震えだし始めた。
おいおい、ローザの親父さんって十傑の一人だったのかよ。出来れば会いたくないな。最も、何れは会わなくちゃいけないんだろうけどさ。
「最後は俺だな。俺の名はフェリシアン・ビスリ・ヘヴェンス・スティート・マクガルドだ」
「マ、マクガルド! あ、あ、あの、フェンリル一族の長、マクガルド様!」
見ていて、可哀相なくらい顔は青ざめ、体が小刻みに震えている。そして、俺に視線を寄越すと、
「ま、真に失礼致しましたっ!」
カウンターから飛び出して、土下座を敢行していた。
「ちなみにここには居ないが、後二人妻が居る。一人はアルシェアナ・ファム・ユセルフ王女、もう一人はサレシア・ラズウェル。こちらはユセルフ王国関係者だ」
アルシェの名前を聞いた途端、主人の表情は絶望の色に染まっていた。
「な、何卒、何卒! お慈悲を!」
床に額を擦り付けて懇願する姿に、俺は素っ気無い声を掛けた。
「んじゃ、泊めて」
「は?」
「だから、宿泊」
「はい?」
「俺達がここに泊まるんだよ。いいんだろ? 泊まっても」
「は、はいっ! 歓迎いたします!」
主人は焦り立ち上がると、直ぐにカウンターの中へと戻り、宿帳を開いて差し出して頭を下げた。
「こ、こちらにご記入を、お願い致します!」
それに俺は必要事項を記入する。代表者と連れの名前と職業に滞在目的と日数。それを書き込み宿帳をそっと主人の方へ押した。
「代表者はハザマ様――と、え?……」
再び主人の額に汗が浮かび始めた。
なんだ、この反応?
「まさか……まさか……あ、貴方様が……黒妖犬五百以上の大群を一瞬で葬った、あの、殲滅のハーレム王――」
驚愕と畏怖に彩られた瞳を向けられ俺は困惑した。
随分物騒な二つ名だな。ってか、俺、五百匹も倒してねえぞ。
「ふむ、随分と誇張されて伝わっておるようじゃの」
なるほどね、噂が誇張されて伝わったって事か。
だけど、それはそれで困った事に成りそうな気がした。
「部屋は何所を使えばいい?」
表情には何も出さない様にしながら聞く。
「は、はい! 直ぐにご案内いたします!」
またカウンターから出てくると、俺達を二階へと誘導して、部屋を二つ示した。
「こ、こちらをお使いください!」
示された部屋は両方ともベッドが三つもあるかなり大きな部屋だ。
「ありがとう」
一応、礼は言っておく。勿論、尊大に。
「そ、それでは何か御用が御座いましたら、お申し付けください」
そう言い残して主人は階下へと逃げる様に戻って行った。
毎回の事だけど、とりあえずは一部屋に集まり、部屋割りを考えなくてはいけない。でも、今回は俺ではなく、彼女達に決めてもらうことにした。
だって、面倒くさいんだもん。
「部屋割りじゃが――、その前にこの街では二泊の予定じゃったか?」
ウェスラの目線が俺に向けられる。
「ああ、カーベルさんが言うには、ここで荷物の受け渡しが有るとかで、その際の手続きや何かで二泊の予定らしい」
彼女は頷くと、
「と言う事じゃ。ならば、一日ずつ変われば皆がマサトと一緒に成れるの」
「じゃあ、俺とローザが一日目でいいか?」
「ふむ――ワシは構わぬが……」
「わらわもそれで良い」
「よし、決まりじゃな。今夜はローザとフェリス。明日はワシとキシュアじゃな」
何かすんなり決まった。俺が決めるとこうは行かないんだけどなあ。
「んじゃ、外に飯でも食いに行くか」
俺が立ち上がり掛けた所に、ローザから声が掛かる。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん?」
「えーとですね。お酒の事なんですが……」
「ああ、俺は飲む心算ないぞ。毎回二日酔いとか洒落になってないからな」
町や村に泊まり酒を飲むたびに、意識が飛んで次の日は必ず二日酔いで苦しむという悪循環を繰り返して、回りに迷惑を掛けていたし、夜のお勤めも出来なかったしな。
「いえ、飲むのはいいんですが。飲みすぎないでください。特に蒸留酒は気を付けてもらえるとうれしいです」
そういえば、エールの時は以外と口当たりが良いから、がぶ飲みしてたっけ。最も、それで意識がぶっ飛んでたんだけどさ。でも蒸留酒はいけない。あれは俺が飲むものじゃない。なんせ、イッキ飲みしなくてもジョッキ一杯で確実に意識がなくなってたからな。
「分かった。でも、今日明日は飲まないよ。じゃないと相手できないじゃん」
爽やかな笑みを浮べると、全員の頬が微かに染まった。
「んじゃ行こうぜ」
皆も立ち上がり俺達は宿を後にして、街中へと繰り出した。
出る前に宿屋の主人にお勧めの店を聞いた所、この街のギルド支部の近くにある、ゴン屋、と言う酒場が味と量のバランスがいいと言われたので、そこへ行く事にした。
なんだかリエルさんに会いそうな予感がするけど、ま、いいか。
このグレゾという街は城を中心に放射状に広がった街のようで、南が商業街区で北が観光街区、東は貴族が住まう高級街区に西には庶民が住まう一般街区に分かれている様だ。そして、宿屋などは主に北と南に有るが、南の方が割高らしい。で、ギルドは何処か、と言うと、当然の如く商業街区にある。
しかし、ユセルフ王国は建物が和風だったけど、ここは完全に中近世ヨーロッパって感じで、これぞ正しく異世界ファンタジー! って感じだ。
ま、和風もいいんだけどね。でもやっぱ、王道はこっちでしょ。
などと思いながら歩いていたが、どうにも周りから向けられる視線が気に入らない。俺に向けられるのは珍しい者でも見る視線なのだが、彼女達に向く視線が蔑みを含んでいる感じがするのだ。どうやらあの宿屋の主人と同じく、奴隷だとでも思っている節がある。
「ウェスラ、ちょっといいか?」
「なんじゃ?」
「フードを取って、髪を外に出してくれ」
「ん? ああ、なるほどの」
彼女も視線には気付いて居たのだろうが、その性格上、気にもしていない様だった。でも、それだと俺の気分が良くないので、周りを驚かせる意味も込めて晒してもらう事にした。
彼女は片手でフードをそっと外し、うなじに両手を差し入れ、優雅な動きで銀色の長い髪を解き放つと、周りからは驚きの呻き声と共に彼女の名が囁かれ、そして、俺が目線を向けると、今まで向けていた視線を恥じた様に、目を逸らしてそそくさと立ち去って行く者が後を絶たなかった。
さすが世界最高の魔導師様の名声は違うな。
ただ、ウェスラの事がばれた途端、俺の二つ名も囁かれ始め、恐怖と畏怖の篭もった視線を受けたのは誤算だった。その囁かれた二つ名は――。
〝殲滅のハーレム王〟
あの宿屋の主人からも聞かされた名前だった。
物騒な二つ名だよなあ。




