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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ユセルフ王国編 第一章
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牢屋は甘い香りで満ちている

 俺が今、牢屋に居るのは周知の事実だが、膝枕をされている事は、誰も知らない。

 ま、そりゃそうだよね、誰も見てないんだし。

 それに、先ほどのやり取りで、失言で夫宣言をしてしまった俺だけど、彼女に何かして欲しいとか、何かしたいとか、そういう欲求は今の所は無いし、今してくれている事には正直、感謝もしてる。でも、この石床で膝枕などをすれば、彼女の脚の方が俺よりも先に参ってしまう事も分かっているから、それを止めさせようと、ずっと言い続けては居るのだけど、彼女は、嫌、の一点張りで止めようとしないんだ。

 流石に俺もこの頑固さには参った。

「なあ、本当に俺はその辺に転がしておいてもいいんだぞ?」

「嫌じゃ」

 また同じ答えが返って来る。

「俺はお前の脚の方が心配なんだよ。頼むから止めてくれ」

 でも、返って来た言葉はまた同じだ。どう言えば止めてくれるのだろう。

「脚は痛くないのか?」

「大丈夫じゃ」

 これでも駄目か、と溜息を付きたくなったけど、その時、別の考えが浮かぶ。それならば、何故そうしたのか理由を聞けば止めさせられるかも知れない、と閃いた。

「なあ、なんで俺に膝枕をする気になったんだ?」

「牢の床は石造りじゃからな。せめて頭だけでもワシの膝に乗せれば、少しは冷えを回避出来ると思ったのじゃよ」

 だから止めろと言っても止めなかったのか。って事はだ、冷えを解消出来れば良いって事だよな。

「それじゃあ、添い寝してくれない?」

 このヒントは今朝の出来事だった。可憐が寝ぼけて俺を抱き枕代わりにした時、体の熱が伝わって来たのを思い出したのだ。

「添い寝、じゃと?!」

 何故か声に動揺が走っているのを感じた。もしかして恥ずかしいのだろうか。

「それならウェスラの脚も痛くならないし、俺も暖かいからな」

「い、今、何と! ワ、ワシの事をウェスラ、と言ったか?!」

 また動揺してる。名前で呼んではいけなかったのだろうか。

「呼んだよ。だって、俺の奥さんになるんだろ? だったら名前で呼んでもいいじゃないか」

「そ、それはそうなのじゃが……」

 今にも消え入りそうな声が返って来る。

 なんなんだこれ。目の前で胸を揺すって見せた人物とは思えないぞ。

「なあ、ちょっと聞いていいか?」

 俺の頭に、少しだけ緊張する感覚が伝わって来た。

「な、なんじゃ?」

 やっぱり声も緊張してる感じがする。

「俺が動けるようになったら、胸揉ませてくれるんだよな?」

 どんな答えが返って来るかと思っていたけど、返って来たのは、動きが固まった彼女の気配だった。

 やっぱりあれは、世界最高の魔術師、ウェスラ・アイシンを演じていたって事だ。そして、こっちが本来の彼女のようだ。

 俺は少しおかしくて、笑ってしまった。

「な、何が可笑しいのじゃ!」

 ちょっと怒らせてしまったみたいだな。でも、これはまだ大丈夫そうだ。

「いや、何、あの時は作ってたんだな、と思ってさ。それがちょっと可笑しくてね」

 また笑う。

「そ、そんなに笑わんでもええじゃろ!」

 世界最高の魔術師で凄い美人。だけど、根は純粋でとても恥かしがりや。俺がそんな彼女に抱いた感覚、それは――、

「ウェスラって可愛いな」

 そう、この一言に尽きる。それに今の一言でまた固まったし、ホント可愛い。

「も、もう、マ、マ、マサトの事なぞ知らん!」

 その途端、俺の頭は心地よい感覚を失って、硬い石床と激突する。あれは俺の素直な感想だったんだけどな。でも、やっと名前で呼んでくれた。

「いてて……。もう少し優しく下ろしてくれよ。今は体の自由が利かないんだからさあ」

 痛みで俺は顔を顰めたけど、内心はちょっぴり嬉しかったりもする。やっと膝枕を止めてくれたから。

「ワシを可愛いなどと言った罰じゃ」

 そう言った彼女だけど、

「そして、こ、これは――ワシの罰じゃ」

 俺に寄り添って手足を絡めてくる。

 ホント、素直じゃないって言うか、可愛いっていうか、やっぱり笑ってしまった。

 だけど、俺の肩に顔を押し当てている彼女も、笑っていた。

「なあ、本当に俺みたいのが旦那でいいのか?」

 この世界に来たばかりの俺なんかが、世界最高の魔術師と言われる彼女と釣り合う訳が無い。周囲だって同じ事を思うだろう。それに、もしかすると俺が彼女の枷になるかもしれないのに。

「マサトじゃからじゃよ。他の男なぞ、真っ平御免じゃわい」

 異性にここまで慕われたのは初めてで、思わず赤面してしまう。でも、別に異性と接するのが苦手な訳でもないし、話が出来ない訳でもない。ただ、恋愛対象に出来ない、と言われた事はあった。成らないではなく、出来ない、なのだ。その事はしばらくの間、俺の心に引っかかっていたが、ある時それは取れた。それ以来、俺は異性を全く意識する事をしなくなった。もちろん、あっちの気が有る訳じゃないけどさ。

「俺だからいいなんて言われたのは初めてだ」

 自分の頬が緩むのが分かる。それだけ俺も嬉しいのかもしれない。

「じゃが、マサトはワシで良いのか? その――年上じゃし、話し方も――、それに、他の者から何か言われるかも知れんのじゃぞ?」

 俺の服をぎゅっと握り締めて、不安でいっぱいの声で言われる。

「ウェスラだからいいんだよ。それにお前が世界最高の魔術師って言われてるなら、俺が世界最強になれば文句は出なくなるはずさ、なれるか分からんけどね。それに、可愛いじゃん。そんなに不安そうにしてるお前は」

「可愛いと言うでない」

 服の上から抓られた。まったく、こういう事するから可愛いんじゃないか。

「なあ、マサト」

「ん?」

「その――、キス――しても良いか?」

 これには俺が絶句してしまう。だって、キスだぞ。俺は初めてなんだぞ。

「だめ、かの?」

 こう言われたら、駄目だなんて言えやしない。

「駄目――じゃない」

「そう、か――」

 しばらくの間、俺達二人は緊張に体を強張らせる。でも、俺は動けない。だから――。

 彼女が俺に重なった。その間だけ俺達の時は止まる。実際には止まった訳じゃないけれど、でも、止まるんだ。だってそれは、二人だけの時間なのだから。

「お、お、お、お、おにい! な、何してんのよ!」

「アイシン様も何を為さって……」

 俺は声のした方に目を、ウェスラは顔を、それぞれ向ける。

「何って――」

 一瞬、ウェスラと目を合わせた。

「キス、じゃが?」

 俺達は今のキスで何かが吹っ切れていた。二人の声に動揺しなかったのが何よりの証拠だ。

「キ、キ、キ、キ、キスって!? え?! ええええ!」

 可憐が慌てふためいている。こいつ、こんなに免疫が無かったっけ?

「キ……!」

 王女様は絶句して固まっていた。こっちはもっと免疫が無いようだ。

 俺達はその反応が可笑しくて、顔を見合わせて笑った。

「ふ、ふ、ふ……な……」

「お二人とも一体何をしていたのですか!」

 可憐は慌てすぎて言葉が出て来ないようだが、王女様は流石だ。ただし、顔は真っ赤だけど。

「それに、キ、キ、キスの意味は理解していらっしゃいますよね!」

 俺がウェスラに、意味有ったの? と目で問いかけると、目で頷き返してくる。

 この世界だと何か意味があったのか。どんな意味なんだろ?

「無論、知っておる。それも、ワシ等のは永久(とこしえ)の契約じゃろ」

「へー、そんな意味があったのか」

「うむ、男が女にした場合は、どちらかが死してしまえば無効じゃが、女から男への場合は、その魂が消滅するまで永劫に消えぬからの。じゃから、永久の契約なのじゃ」

 何それ! すっげえ重いじゃん! 俺ってそんなの結んじゃったの?!

「そ、それが分かっていて、何故してしまったのですか!」

 なんだか王女様は凄い慌てている。まあ、そうだよなあ。俺も今聞いて驚いたし、知っていたのなら尚更だよな。

「ワシは世界最高の魔術師の前に女じゃからな」

 彼女は俺に顔を向けるとはにかみ、王女様は諦め顔で溜息を付いてる。同姓同士だし、何か分かったのかな?

「私も女ですから分からないでも有りませんが――世間ではそうは見てくれませんよ? それに――」

 王女様は憐憫の表情を俺に向けてくる。俺はそんなに哀れなのか?

「マサト様がどれほどの嫌がらせを受ける事か……」

 あの表情はそういう事か。一応、覚悟はしていたけど、王女様がこれほど心配するのなら、相当凄いんだろな。

「それなら大丈夫。おにいは慣れてるから」

 自信満々の笑顔で可憐がほざきやがった。

「それは本当なのですか?」

 相変わらず俺の事を心配してくれている。王女様って優しいねえ。それに引き換え……。

「うん! だってこっちに来る前は、あたしがおにいの秘密とか、ぜーんぶ友達に話してたもん!」

 嬉々として話す我が妹。こっちでは止めて貰いたいものだな。

 でも、なんか随分と気が楽になった。

「あの、俺の事って、城内ではどうなってます?」

 俺が知りたい点を聞いてみる。たぶん、嫌がらせを受けて一番危険なのは、城の中の筈である。外でなら、髪形を変えたり偽名を使えば、ある程度までは誤魔化せる。でも、城の中はそうもいかない。召喚された時、顔は覚えられてる筈だし、知らない人も話は聞いているだろうから、噂でどう言われているかは意外と重要だ。

「一応、城外へは漏らさないように緘口令が布かれておりますが、やはり中ではかなり噂になっておりますね」

 何故か少し困った表情をしている。もしや、良くない噂なのだろうか?

 俺の懸念を察したのか、すぐに表情を引っ込めたようだけど、すでに遅い。

「どんな噂なんです?」

 チラリ、と可憐の方に視線を向けて王女様は何かを伺う仕草を見せる。視線を向けられた可憐も、なんだか少しだけ気不味そうだった。

「実は――その――何と申しましょうか……」

 言葉を濁す王女様の態度に、猛烈に嫌な予感がする。

「アイシン様と並び立つほど美しいオカマの精霊使いが来た、と噂になっております。一応、私が否定したのですが、どうやら駄目だったようで――、真に申し訳ございません」

 俺の上ではウェスラが大笑い。しかも、可憐も顔を背けて笑ってるし。笑ってないのは腰を折って謝る王女様だけだ。

 まったく、オマケの次はオカマかよ。どうしてこう、俺は不憫なんだろうな。

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