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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ヴェロン帝国編 第一章
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二つの震える心

 商隊の前に現れたのは二十人ほどで、盗賊にしては(いささ)か立派な装備に見える。もっとも、立派とは言っても、俺の装備よりは劣りそうであるが。

「あれって盗賊だよな?」

「だな」

「どうすればいい?」

「多分、積荷と有り金全部、それと女を置いていけとか言うと思うぞ」

「なるほど、お決まりって奴だな」

 などと、呑気な会話をしていると、

「積荷と有り金全部に女を置いていけば命だけは取らねえでやるぜ!」

 ボスコさんの言った通りの台詞が飛んで来る。最も、下卑た笑いも一緒ではあるが。

「そんじゃ、仕事してくれや」

「あいよ」

 ローザとフェリスに目配せをして、三人で前へ出る。

 ウェスラとキシュアは後方で支援する形になるが、今回はそれほど派手にはならないだろう。

「悪いがあんた等に渡すものは、無いな」

 言いながら俺は剣を抜いた。

「そうかい! なら死にな!」

 掛かって来るかと思いきや、一斉に火球を飛ばして来た。

 おいおい、普通は魔法じゃねえだろ。

 とは言うものの焦る必要も無い。何故ならすでにウェスラが風の障壁を張り巡らせていたからだ。

「チッ! 魔術師もいんのかよっ! おい、野郎ども!」

「「「へい、お頭! わかってまさあ!!」」」

 花丸を上げたい位に息ぴったりだな。

 自分達の魔法が通じないと分かると、号令一下、大合唱と共に盗賊達が雪崩を打って突っ込んで来る。

「ローザ、フェリス! こっちも行くぞ!」

「はーい」

「おう!!」

 なんだかローザは普通に何処かへ行くような感じで、緊張感の欠片も無い。最もフェリスは気合が入り過ぎの様な気はするが。

 一番乗りはフェリスだった。

 ローザをも上回る速度で一気に肉迫すると、手にした爪ですれ違い様に相手の喉を欠き切り一瞬にして五人も血祭りに上げる。餌食となった盗賊達が吹き上げる血の中で、怪しく妖艶に微笑み、新たな獲物目掛けて瞬発して行くその姿は正しく獣だ。

 それに遅れる事ほんの数秒、今度はローザの大剣の猛威が盗賊達に襲い掛かった。

「せいっ!!」

 裂帛の気合と共に横なぎに振るわれる一閃。たったそれだけで一気に数人の上半身と下半身を泣き分かれにすると、剣に着いた血糊を振り落としながら、ゆっくりと歩を進めて行く。それは戦場に咲く危険な香りを秘めた花の様な微笑みを浮べていた。

 たった二人に一瞬にして半数近くが殺られたのを目の当たりにした盗賊達は恐慌状態に陥り我先にと逃げ始める。だが、その先で待ち受けていたのは、魔物。それも剣を手にした十数体にも及ぶスケルトンの軍団。動きこそ早くは無いが、逃げる相手を着実に仕留めて行くその姿は更なる恐慌を引き起こしていた。

 これを操るキシュアの周到振りには苦笑するしかない。

「うちの奥様方には容赦って言葉が無いのかね」

 そんな事を呟きながら、静かに盗賊のリーダーと思しき者の前へと立った。

「あんたがお頭さんかい?」

 苦虫を噛み潰した表情で俺を睨み付ける男は、他の連中よりも幾分装備が良さそうだった。

「くそがっ! テメエくれえは道連れにしてやるっ!」

 盾で半身を隠しながら俺の左肩口を狙う様に剣を振り下ろす。だが、ウォルさんを知っている俺には、余りにも遅すぎ、隙が大き過ぎた。相手の剣の動きに逆らわずに合わせ、そのまま右へと弾き飛ばし、その反動で泳いだ相手の胴目掛けて剣を横薙ぎに振い、切り裂いた瞬間、

――なん、だ? この、感、触……。

 頭目は腹の肉を裂かれて臓物を地面にぶちけ、それを暫く眺めた後、慌ててかき集める様な格好で絶命した。

 そんな姿をぼんやりと眺めてから自分の手を見ると、それは、小刻みに震えていた。




            *




 盗賊達を片付けた後、その死体を火魔法を使い全て焼却する。これはキシュアからの進言に因るもので、彼女曰く、そのまま放置するとアンデットに成る事があるから、と言う事だった。

 勿論、俺もその焼却を手伝った。ただし、戦いの前とは違い険しい表情で。

 最も、そんな表情を見られる訳には行かず、もっぱら平静を装ってはいたが、ウェスラには心配そうな顔をされてしまっていた。ただ、それ以外の人達には何とか上手く誤魔化せた様だ。

 焼却も順調に終わると再び隊列を組んで歩き出し、水場へ辿り着くと、軽い食事と休憩で幾分気持ちも落ち着いて来て、手の震えも止まった。でも、あの感触を思い出すとまた震えそうな気がしたので、極力思い出さないように務めながら適当な笑顔を振りまいていた。それでもウェスラだけは気になった様で、時折、声を掛けられはしたが、大丈夫、の一点張りで何とかやり過ごしていた。

 そして、日も沈み始め、暗くなる前にと野営の準備に入る面々を他所に、俺は一人それを眺めていた。

「初めての野営、か……」

 本当なら俺も教わりながら準備の手伝いをすべきなのだろうが、頭では分かっているのに、何故か沈み込んだ心が休養を欲して、体が動いてくれない。

 最も、俺がぼうっとしていても準備は着実に整い、夕食を作り始めてはいたし、野営は始めて、と言う事は伝えて有るので、誰も何も言わなかった。

「夕食じゃぞ」

「ん? ああ……」

 気の抜けた返事にウェスラが怪訝な表情を見せる。

「どうしたのじゃ? どこか具合でも悪くしたのか?」

「いや、大丈夫だよ」

「それならいいんじゃが……」

 一応、笑顔を向けたのだが、彼女の表情から心配の色を拭う事は出来なかった様だ。

 夕食を貰いに皆の輪へ近付くと、行き成り背中を叩かれた。

「どうした、ハーレム王! 疲れたのか?」

「疲れたというか少し緊張してて……」

「なんだ、本当に初めてなのか」

 俺が頷くと、更に背中を叩かれた。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ!」

 豪快な笑いを漏らすボスコさんに、苦笑いを返しながら夕食のパンとスープを受け取り、少し離れた所にある木の根元で剣を傍らに置き腰を下ろすと、スープにパンを浸しながら食べ始める。

「結構美味いな」

 スープは凄くシンプルだった。

 玉葱と干し肉、それに水を加えて塩で味を調えたくらいの物なのだろうが、玉葱の甘味と干し肉から旨みが溶け出しているお陰で、シンプルな中にもコクと旨みが凝縮されて、少し酸味のあるライ麦パンとの相性も良かった。

 だが、それでも時折昼間の事を思い出しそうになり、食べながら顔を顰めてそれを封じ込める。そんな事をしながら食べ終わると、食器を戻してまた木の根元へ腰を下ろした。そして、右手をジッと見詰めながら握ったり開いたりを繰り返していると、近くに誰かが座る気配を感じたので顔を上げると、そこにはウェスラが居た。

「やはり少しおかしいぞ、マサト」

 俺は無言で目を逸らすと虚空を見詰めて軽く息を吐く。

「大丈夫だよ」

 これで何度目だろう、と言ってから気が付いた。

「やはりおかしいの。もしや、人を切ったのは、あれが初めてなのではないか?」

 鋭い指摘に一瞬息が詰まり掛けたが、直ぐに平静を装い、何か言おうとしても、声が出てこなかった。

「やはりそうか……」

 それだけ言うと彼女も無言のまま動かなくなる。

 どれ位そうしていただろうか、俺が口を開こうと彼女へと顔を向けた時、

「ねえねえ、今晩なんだけどさあ――」

 リエルさんが話し掛けてきて、俺はまた口を噤む。

「済まぬが、今夜はワシとマサトだけにしてもらえぬか?」

「ええ?! 何で?! いいじゃない、あたしも混ぜてよ」

「この事はキシュア達にも言うてある」

「ずるいよ! アイシンさまが独り占めなんて!」

「おぬしはマサトの妻ではなかろう? ならば、ずるいも何も無いと思うのじゃがな」

「そ、それはそうだけど……」

「それとも、あ奴らの怒りを買うか?」

「うっ……そ、それだけは遠慮します……」

 ウェスラに諌められて、リエルさんは渋々と離れて行った。

「ありがとう」

「妻じゃからの」

 当然、という顔で俺に微笑みかけて来る。それには俺も笑顔で返した。

「のう、マサトよ……。おぬしの世界の事を話してもらえぬか?」

 突然の事に少々驚き、どうしたものかと迷っていると、

「ワシは知りたいのじゃ。マサトがどの様な世界で育ち、どの様にして生きていたのかをな」

 また沈黙の帳が降りる。だが、今度は俺が破った。

「そうだな――ウェスラになら、話してもいいか……」

 そして俺は語った。

 両親の事。

 あっちの世界の事。

 そして、俺が育った日本の事を。

 彼女は魔法が無い事に驚いていたようだった。ただ、それ以上に誰にでも扱える科学にも驚いていたし、何よりも、日本という俺の生まれ育った国の平和さには、羨ましそうな表情を零していた。

 話し終わった後、また沈黙の薄闇が降りたが、程なくしてウェスラがその闇を退けた。

「じゃが、あの時も殺しはしたのじゃろ?」

 突然言われ、何の事か分からず一瞬、眉間に皺を寄せたが、直ぐに何を言っているのか察した。

「あ、ああ……、でもなんていうか――、実感が、無かったんだよ。ゲーム感覚、とでも言うのかな? そんな感じ。まあ、流石に気持ち悪かったけど。――でも自分が手を下したって感覚が酷く薄かった気がする」

 そう、あの時はゲームと同じ様な感覚だった。画面を見て、ボタンを押して、敵を倒す。まるっきりそんな感覚。

「だけど、剣で切った時、この手に伝わって来たんだ。粘つくような、纏わり着くような生肉を切るのとは違う、何とも言えない感覚が……。それが今でも手に残ってて、消えない、んだ……。確かに、殺らなければ、皆が殺られて居たのかもしれない。けど――、殺さずに済んだかもって、頭の片隅にはずっと残ってるんだよ。そしてさ、俺は、その人達の人生を、そこで終わりに――刈り取ってしまったんだって、殺さなければ別の生き方を見付けられたのかもって……。でも、俺がこの手で殺してしまった……。俺は、人殺し、なんだって……」

 人を殺した。その人の人生をそこで俺が終わらせた。

 それを実感してしまった今、俺は何をどうすればいいのかさえ、分からなく成っていた。

 あの時も殺した筈なのに、あんなに殺してしまったのに、今になって何故、怯えているのかも。

 覚悟をしていなかった訳ではない。

 人を殺す、その命を奪う、と言う行為の重圧に対して、それは余りにも拙過ぎた。

 最初はリアルなゲームだった。だがそれは、ゲームではなくリアル。その違いは、俺の心に深く突き刺さり、現実から目を逸らそうとしても、出来なくなっていた。

 強い力を持った事に浮かれ、それに酔いしれ、その力を行使して、試したいが為に使った。結果、十数人の命を奪った。それは、魔法という手で振れずに殺せる力。実感も何も無い、俺に取ってはゲームのボタンを押すのと同じ感覚。目の前で起こった惨劇は、自分が遣ったという感覚が余りにも薄すぎた。

 だから、リアルなゲーム。

 でも、今日は剣を持ち相手と切り結んだ。そして、たった一人、殺しただけ。だが、それで気が付いた。

 初めても今日も、同じだ、と言う事に。

 だから、ゲームではなくリアル。

 それを、あの頭目は自らの死によって俺に突き付けた。

〝人殺し〟と。

 拙い覚悟しか持ち合わせていなかった俺に、それは余りにも重く圧し掛かり、今にも押し潰されそうに成るのを必死で堪えるしかなかった。でもそれは、現実を突き付けられて尚、受け入れようとしない今の自分が、堪えきれる筈はなかったのだ。

「俺は……、俺が……殺した……。俺は…………ただの、――人殺しだ……!」




                   *




 有らん限り目を見開き、自分の震える手を見詰めて乾いた笑いを浮かばせるマサトは、今にも壊れてしまいそうじゃったが、ワシはただ黙って見守るしかなかった。

 そして、マサトの震える唇から零れ落ちた言葉は、

「俺は……、俺が……殺した……。俺は…………ただの、――人殺しだ……!」

 自らの手を握り締め、更に深く深く顔を俯かせた彼の唇からは嗚咽が漏れ、その手に月明かりを微かに跳ね返す雫を落とし始めよった。

 慙愧(ざんき)の念に絶えかね、自らの過ちを悟り、体を振るわせ咽び泣くマサトをワシは静かに抱き寄せる。

「のう、マサト――。おぬしはワシの願いも、キシュアの思いも、ローザの誇りも、フェリスの期待まで受け入れ、尚且つ、つい先頃には、アルシェとシアの懸念を払い、(あまつさ)え希望まで授けよった。確かにその過程に置いて散った命も有ったやも知れぬ。じゃが、それでおぬしが人殺しか、と問われれば、ワシは否、と答えるじゃろう。何故なら、それが皆、ワシ等の為なのじゃから」

 更なる言葉を紡ぐ前に、しばしの間、彼の体温をその身で味わう。じゃが、それと同時に寒さからではなく、自分の行いに恐怖し震える体を強く抱き締めた。

「おぬしの語った世界じゃが、正直、羨ましくも妬ましくも思うた反面、おぬしの育った世界も欠陥だらけじゃと感じたぞ? 平和過ぎ、命の重さも生きる意味すらも分からず、自ら命を絶つ者も居るのじゃろう? そのような気持ちなぞワシには到底理解出来ぬが、そこまで追い詰めた者がその者の裏には居る筈じゃ。権力という名の暴力を振るい、言葉という名の(やいば)を振り下ろし、心を切り裂き蹂躙(じゅうりん)したじゃろうくらいは容易に察しが付くわ。じゃから、ワシから見ればそんな奴等ばこそ、人殺しに思えるのじゃがな」

 未だ嗚咽を上げ続けるマサトから目線を外し、遥か虚空にて煌く星に移して僅かに目を細めた後、ワシ自身に言い聞かせる様に続ける。

「ワシ等はどれだけ愛しい人を守れるのじゃろう? どこまで寄り添って行けるのじゃろう? どうすれば心の痛みを取り除いて遣れるのじゃろうな? 身を寄せれば体温を感じる事は出来るが、心を感じる事は出来ぬ。心を感じたくば深く深く繋がらねばならぬ。じゃが、それでも本当の意味では感じ取れては居らぬ」

 この時、ワシは決心した。あの事を話そう、話さねばいかんと。じゃが、それは同時にマサトとの距離を広げてしまうやも知れぬ事実。場合に因っては決別せねばならぬかも知れない。じゃがそれでも――。

「心を感ずるには魂を繋げれば良い。その魔法を生み出した者はそう考えたのじゃ。それは、本当に拙くて幼い考えじゃった。じゃが、それを誰が攻められよう。孤独では無いのに孤独であり、自由で有って自由ではない。誰もから敬われ、誰もから恐れられ、そして――蔑まれる。そんな者が心を感じたいと思うように成るのは自然な流れ、と言う物じゃ。そして、この世界で有る魔法が生まれたのじゃ」

 そこでワシは言葉を区切り、大きく息を吸い込んで目を瞑り、覚悟を更に完全なる物とした。

「そうして生まれた魔法が、今で言う――永久の契約じゃ。そしてそれは、未来永劫消えぬ様にと、この世界に刻み込まれたのじゃ。じゃがそれは間違いじゃった。やってはいかんかったのじゃ。同じ種族では繋がりが強すぎ、心の奥底まで全てを(さら)け出してしまう、謂わば呪いにも似た魔法じゃった。故に、当時はこう呼ばれたのじゃ〝永久の呪い〟とな。そして、それを成したのは…………幼き頃の――ワシなんじゃよ……」

作中に出てくるスープですが、非常に簡単です。


一人前の分量は、ビーフジャーキー適量に薄く刻んだ玉葱一個分。

それを鍋に入れ、材料が浸かる位の水で煮込みます。


味付けは、基本塩のみですが

卸し生姜と卸しニンニクを隠し味に少々入れると更に旨みが増します。

簡単料理なので野外でも直ぐに出来て、体も温まります。


尚、塩加減はお好みでお願いします。

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