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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ユセルフ王国編 第五章
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最後なんて呆気ないもの

 今、俺の体は宙に浮き、中庭を睥睨(へいげい)している。そして、目標となる建物に視線を落とすと、急降下に移った。

 警備をしていた騎士達はさぞ驚いた事だろう。行き成り空から人が降って来たのだから。

 何事も無かった様にコートの裾を(ひるがえ)し歩を進め、驚く騎士に容赦なく魔法を叩き込む。

「吹き飛べ」

 今度は只の風。しかし、風速二百メートルを一瞬で(たた)き出す有り得ない程の暴風。そんな風に直撃されれば、いくらフルプレートアーマーを纏っていても何の意味も無い。

 たった一言で周囲の騎士全てを薙ぎ払い、俺は悠々と自宅の中へと入って行った。

 中に入って先ず最初に覗いた部屋はダイニング。俺の予想通りならば、そこに繋がれて居るはずだからだ。そして、案の定、そこに居た。

 柴犬ほどの小さな体躯に、額から突き出たまだ小さい角。そして、銀色に輝く毛並み。確実に犬とは違う容姿。

 たぶん、この子がフェリスの言っていたフェンリルの子供だろう。

 その子は俺の姿を見た途端、怯えて尻尾を股の間に挟み込んで物陰に隠れ、体を震わせる。

「俺は何もしないよ。君の母さんに頼まれたんだ。取り戻してくれってね」

 しゃがみ込んで手を伸ばし、敵意が無い事を笑顔に乗せる。だが、それでも彼は物陰からこちらを伺うようにして覗くだけ。だから、俺はコートを脱ぎ、目の前に置いた。

「そこに君の母さんの匂いが付いてるの、分かるかな?」

 先ほどと同じ笑顔で問い掛けると、こちらを伺いながらおずおずと物陰から出て、コートの匂いを嗅いだ彼は、顔を上げると目を輝かせて尻尾を降り始めた。

「一緒に行こう。君の母さんが待ってる」

 コートを羽織った後、彼の首輪を外し腕に抱き抱えると、再び家の外へと踏み出した。

 外に出た俺の眼前にはあの日に似た光景が広がり、それに既視感を覚えて、思わず口角を吊り上げてしまった。

「それは返してもらうぞ? 妾の物故な」

 数十人の黒尽くめに守られた王妃がそこには居た。

「違うね。この子はあんたの物じゃない。フェリシアン・ビスリ・ヘヴェンス・スティート・マクガルド女王の子供だ」

 フェリスのフルネームを言った途端、黒尽くめ達がざわつき始める。だが、それも束の間、王妃の一括でそれは静まった。

「妾は獣風情なぞ、女王とは認めぬ!」

 傲慢極まりない物言い。だがしかし、俺はそれがおかしくて、声を上げて笑った。

「妾を愚弄するか!」

 顔を紅潮させ怒りを露にする王妃は、見ていて滑稽以外の何者でもない。ましてや、自分の故国がフェンリル一族の脅威に晒されているなど、知りもしないだから。

「一つ、いい事を教えてやるよ。たぶん、いや絶対だ。この国にヴェロンは攻め入って来られない」

 この時の笑顔はさぞ黒かった事だろう。

 だが効果は覿面(てきめん)だった様だ。

 王妃だけでなく、黒尽くめにも動揺が走ったのだから。

 ヴェロンの王都を包囲して脅すようにと指示を出し、フェンリル達を動かしたは、何を隠そう、この俺だ。最も、フェリスを通して、ではあるが。

「その様な世迷言、妾が信じると思うてか!」

 動揺を隠すように叫ぶ王妃の姿は、何所にでも居る悪役そのものだ。

 ほんと悪い事する奴って、言う事が必ず同じだよな。

「信じるとは思っちゃいなさ。でも、後から真実を突き付けられた時にどんな顔するかな、と思ってね」

 今は信じなくてもいい。その事実が突き付けられた後、どんな表情を見せてくれるのか、俺はそれが見たいだけだ。

 こんなのじゃ俺も正義の味方にはなれないな。

「今の今まで妾の右腕に、とも思うておったが――もう良い。そなたなぞ要らぬ、要らぬわあ!」

 その声と同時に黒尽くめが一斉に動き出した。その速さは人間に比ではなく、俺が知っている獣族のそれとも別次元の速さだった。

 それでも慌てる事はない。すでに準備は出来ていたのだから。

「この距離では魔法も使えまい!」

 王妃のこの言葉に、俺はニヤリ、と笑い、左腕を振った。

「押し潰せ!」

 眼前に迫った者、数名の上半身を水球が包み込むと一瞬にして肉塊へと変じ、下半身はその勢いを保ったまま俺の脇をすり抜て行く。それと同時に地面で赤い水が弾け飛ぶ音に混じって銃声が幾つも響き渡ると、また、数名の者が無残な屍を晒した。

 だがそれでも突進は止まらない。

「切り刻め! 不可視の刃!」

 俺はまた、大きく左腕を振るった。

 突進して来た者達の半数以上が一瞬にして細切れ肉と化し、残りの者達も手足を失いその場に蹲り、呻き声を上げ、戦闘継続が不可能な事を告げていた。

 そうして、時間にして一分にも満たない間に、黒尽くめの集団は沈黙する事となった。

「これでお終いかな?」

 フェンリルの子を右腕に抱えて無傷で立つ俺に、燃えるような怒りの視線を突き付ける王妃だったが、一人の騎士が後方から素早く近付き何かを耳打ちすると、その口元を緩めて楽しそうな表情を作った。

「余興はここまでよ。運は妾に味方した」

 この余裕、もしかすると……。

 嫌な予感が脳裏を過る。

「そなたのお仲間だが――、全て、捕らえたそうだぞ」

 やっぱり――。

「さあ、どう致す?」

 勝ち誇った笑みを浮べて余裕を見せ付けるが、それで俺が屈する謂れ等どこにもない。それに、俺は皆を信じている。だから、無言のまま目を細め、冷たい殺意を乗せて王妃を真っ直ぐに射抜く。

 ほんの一瞬だけ王妃は怯むが、直ぐに口元に笑みを浮べて、声を漏らした。

「これを見てもその様な目が出来るかの」

 その背後から一個の人影を生み出し、楽しそうな表情を俺に向ける。

 それは俺も分かっていた。

「――ローザ」

 その背に大剣を背負い、意思の抜け落ちた瞳で俺を凝視するその姿は、差し詰め――。

 マリオネット。

 そう呼ぶに相応しい様相だった。

「くふふふ――。さあ、妾の可愛い傀儡(くぐつ)よ。あの者を壊してしまうが良い」

 扇子で口元を隠し、愉悦に歪んだ瞳を俺に向けて、ローザを(けしか)ける。

 ったく、やってくれるぜ。

 ローザはゆっくりと背中の剣へ手を這わせると、一足飛びに眼前まで迫り、巨大な剣を抜き打ちに大上段からの一撃を繰り出す。その速さはあの巨剣が(しな)ってみえる程。俺は右に身を捻りつつ躱し瞬時に風を纏い横へと大きく逃げるが、大剣を地面スレスレで止めた彼女は僅かに遅れる形で縋り付き左から横薙ぎに振るい、俺は後方へと下がりその間合いから逃れる。が、瞬時に前へと出た彼女は間合いに俺を捕らえると、右下からの逆袈裟気味の軌道で剣を振り上げ、襲い来るそれを俺はギリギリで躱す訳にもいかず、動きに合わせて大きな円弧を画きつつ間合いの外へと逃れるが、その剣筋は元の軌道に戻りながら切っ先が俺の位置まで伸び始めた。

「チッ!」

 舌打ちと同時に(たま)らず後方へと飛び退き、逃れた俺の動きに合わせて剣もそこでピタリと止まると、空中に向かって真っ直ぐに伸ばされた。その直前上でまだ滞空している俺は剣の幅広さもあり、身を捻ってもまともに食らってしまう。そして、あと少しで捕らえられる、という所で刃の部分を摘むとその勢いを利用して更に後方へと飛び退った。

 ただ、その代償は少なくはなく、掴んだ時に手の平に食い込んだ刃が皮膚を裂き、その所為で俺は、手からは血を滴らせていた。

「先ほどまでの威勢は何所へ行った? それとも永久で結ばれたそなたは手も出せぬのか? 最も、それを抱えて守りながらでは力も十分に出せまいがのう」

 永久か――。今の俺と魂の繋がりを持った者。そういえばフェリスが言ってたっけな。〝魂にやら流れ込んで来た気がするな。この絆が永久か〟って。なら、一か八かだ。

 ローザと睨み合ったまま、俺は深く息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出しながら、

「オスクォルよ我が手に顕現せよ! 我は主と魂の繋がりを持つ者成り!」

 俺のカンが正しければ必ず現れる! 

 そう信じて左腕を横に上げた。

「血迷うたか! 魔具はその系譜に列なるものしか扱えぬ! 況してやどこぞの馬の骨とも知れぬ者の呼び掛けになぞ答え――」

 王妃の目が驚愕に見開かれ、嘲笑を含んだ声は完全に消え去った。

「馬の骨? 誰の事だ? 俺はドビール・レイ・ジレダルト公爵が娘、キシュア・ヴィ・ジレダルトと永久の契約を結んだ男だぞ」

 俺の手には闇を纏わり着かせたあの、オスクォルが握られ、その使い方までもが頭の中に流れ込んできていた。

「あ、有り得ぬ! 有り得る筈が無い! そ、其奴を早う始末せい!」

 王妃の慌てた声と共にローザが動き、俺はオスクォルを突き出して、

()の者を闇へと誘い深い眠りに閉じ込めよ」

 切っ先から漆黒の闇が(ほとば)りローザに巻き付きその動きを止めると、闇を纏ったまま彼女は地面に倒れ付した。

「これで俺を邪魔する者は居なくなった――。さて、王妃様はどうするのかな?」

 小刻みに震える肩は、怒りの為か、それとも憎しみなのか。どちらにせよ、俺を睨み付ける瞳には憤怒の色が宿っていた。

「貴様なぞ……貴様なぞがっ! 妾の様な高貴な血筋を愚弄して良い筈が無い! 誰ぞ、其奴を葬り去れる者は居らぬかっ!」

 その声に反応した者はただ一人。

 王妃と俺の間に音も無く滑り込み、小太刀の様な両刃の直刀を両手に構えたその目は、あの男だった。

「我が主の命により、貴様の命、――貰い受ける」

 言うが早いか瞬時に俺の右側に回り込んで左の小太刀を振るう。が、その刀身が俺の身に触れる寸前、闇に包まれ砂粒の様に零れ落ちていった。

「――何?!」

 驚きの声を発しながらも、小太刀が闇に食われた瞬間に手放して瞬時に下がるとは、流石の反応。

「ああ、一つ言ってなかったけどな。オスクォルってのは本来攻撃用の物じゃない。防御に特化した魔具だ。使う者の身を不可視の闇で包み込んで攻撃を食うんだよ。だから、今の俺にはどんな攻撃も無意味だ」

 時間制限付きだけどな。ま、ここまで言う必要はないから、言わないけど。

「どうする? 俺から攻撃しようか? もっとも攻撃するって事は防御するのと同じ意味だから、触れれば闇に食われるんだけどね」

 要するに掠っただけもアウトって事だ。それに俺の動きを見てたなら、それは至難の業だってのも分かってると思うけど、目しか見えないから表情が分からないんで、想像しか出来ないんだよな。

「それとも、俺が王妃様に突っ込もうか?」

 これは流石に体に現れた様で、一瞬だけ身動ぎをしてくれた。

「まあいいか。もう終わりだし」

 口角を吊り上げて、俺は黒い笑みを放った。

「――どう言う事だ」

 気付かないのも無理ない。相手は四足獣の頂点に立つ存在、気配なんて微塵も感じさせていないのだから。

「意外と早かったな」

 王妃の後方に目線を投げると、その背後には、首筋にあのグローブの指先を食い込ませたフェリスが立っていた。

「こいつが黒幕か? なんだこの弱っちいのは。こいつだったら黒妖犬一匹で十分だぞ?」

 王妃の方へと動こうと身を回した男は、次の瞬間には地べたに組み伏せられていた。

「誰だこれ?」

 組み伏せている男は俺が始めて見る顔だ。しかも、超の付く美形。

 なんだかムカつくんですけどー。

「ああ、そいつは俺の家臣だ」

「そうなの?」

「おう。他にも数匹連れて来たぞ」

 いや、確かに元は獣だから何々匹で合ってると俺も思うよ。思うけどさあ、人の姿なんだからここは何々人でしょ。

 などと、心の中で突っ込んでいると、男を組み伏せている者が口を開いた。

「この様な姿勢で失礼致します。我等が女王陛下の王配様。私はフェリシアン女王陛下の弟で、ヴォルド、と申します」

 フェリスの弟って事は俺にとっては義理の弟か。でも、こうやって考えると親戚が随分増えたんだな。

「俺はマサト・ハザマ。マサトって呼んでくれ」

「はっ!」

 俺に対してそこまで畏まる必要ないんだけどなあ。

「わ、妾に斯様(かよう)な事をしてただで済……」

「煩い黙れくそばばあ」

 フェリスの爪が更に食い込み王妃は小さい悲鳴を喉から漏らし、それっきり黙りこんだ。

 彼女の場合は口の悪さのせいで、とても女王様とは思えないよ……。

「そうだ、傀儡の法を解いて遣れよ」

「へ?」

「マサトが手にしてんのはオスクォルだろ? そいつの闇で城全体を覆っちまえば、傀儡の法だろうと、シーリンの呪縛だろうと解除出来るぞ」

「ほ、ほんとうかっ?!」

「本当かってお前なあ……。それを手にした時に使い方は分かってんだろうがよ」

 呆れ顔と溜息のセットで言われてしまた。

 そういえばそうだよな。でも、そこまで呆れる事はないと思うんだけどなー。

 俺は言われたとおりに、オスクォルの力を発現させて、城全体を闇で覆い、(しばら)くして闇が晴れた後、オスクォルを放り出し、一目散にアルシェの部屋まで駆け出して行った。

 勿論、王妃の事は正気に戻った騎士様達と王様にお任せしたし、放り投げたオスクォルが空中で消えた事も確認済み。

 彼女の部屋に飛び込んだ俺は、アルシェがウォルさんに治癒魔法を掛けているにも関わらず抱き付き、その名を静かに囁いていた。

「アルシェ……」

 そんな俺に彼女は何も言わなかったが、たぶん、喜んでくれていたと思う。そして、俺達の後では他の五人の妻達の投げ掛ける視線が、とても暖かかった。

 今日は最高の日だぜ! なんたって、全員が幸せな顔をしてたんだからさ。

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