派手に行きましょう
次の日の朝、とは言うものの地下牢に居るので感覚的な物ではあるが、兎に角、俺は目覚めた。そして、今回ばかりは誰も寄り添っては居ない。
固い石床で寝た所為なのか、体に若干の痛みが走る。
「いててて……。やっぱ、寝床が固すぎるのは良くないよな」
体を伸ばしながら牢内を見回すと、ウェスラとキシュアが寄り添い、ローザは壁にもたれて縮こまった形で寒そうに寝ていた。そんな彼女に俺は着ていたコートを脱ぎ、そっと掛けた後、鉄格子の傍まで移動して座り込むと、今後の行動を改めて頭の中で組み上げていった。
――俺の予想が正しければ、今晩、必ず城内に動きがある筈。そうすればフェリスがその隙を突いて潜入する余裕が出来る。で、俺達はその混乱に乗じてキシュアのオスクォルで鉄格子を消して、ついでにウォルさんを連れ出してフェリスと合流って流れだけど……。まあ、フェリスの位置はキシュアが掴めるとして、問題は戦力の分散のさせ方か――。今のローザはたぶん使えないよな。武器だって奪われたままだし。一応、それに関しては対策が立ってるとは言え、直ぐには手に出来ないしな。となると、合流後に俺が単独行動で撹乱して、その間にアルシェとシア、王様の確保、それとウォルさんの治療だな。しかし、ウォルさんは回復力が高い筈なのに、なんであんなに満身創痍なんだろう? もしかしてそれと関係する魔装でもあるんだろうか? でもまあ、アルシェと合流出来ればなんとかなるだろう。問題はそこからだな。黒尽くめの排除と王妃の拘束。だけど、王妃を拘束するには黒尽くめを排除しないといけないし、黒尽くめを排除しているうちに王妃に逃げられても、本末転倒なんだよなあ。こういった手段を取る奴って、大抵逃走ルートを確保してるのが普通だからな。やっぱ、ローザが使えないってのは痛いな。こればっかりは俺の責任だし、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど……。
思考が僅かに途切れた時、頭上から振り落ちる冷たい視線を感じてふと顔を上げると、そこには前日に王妃と一緒に来た黒尽くめが、パンが乗った皿と水差しを持って立っていた。
「飯だ」
短く告げながらしゃがみ込み、鉄格子の間から皿と水差しを床に置いて、立ち去ろうとする背中に俺は言葉を投げ掛けた。
「なあ、あんた。俺と会うのはこれで三回目だよな」
黒尽くめは立ち止まって振り向き、何の感情の篭もらない目線を向けて来たが、直ぐに無言で立ち去って行ってしまった。
流石に何も言わないか。
そんな風に思いながらも、置かれた皿に俺は口元が緩んでいた。
「朝飯が出るとは思ってなかったからラッキーだな。――ええと、パンが三つと――って、え? 三つ? え? ええっ?! うそん……」
俺達は四人、そして、メロンパンよりも小ぶりなパンが三つ。これは明らかに王妃のいじめだろう、と俺は勝手に解釈した。ただ、今皆が起きていれば恐らく、上手く分けて食べる、と言うのではないか、と思ったが、こんな小さなパンを分け合ったら、俺なんて返って中途半端に腹が減るだけかもしれない。
「仕方ない、水だけにしておくか」
コップなど無いので、水差しから直接飲む。幸い、水はたっぷりある様なので、一口だけでお終い、などと言う事はなかった。
「ふう、昨日の夜から何も口にしてないから、結構水を飲むだけでも落ち着くもんだな」
水差しを床に置くと俺は少し場所を移して、また横になろうと思い勢い良く寝転ぶ。と、コツンと床に何かが当たる音と共に、腰に激痛が走った。
「いってぇ!」
顔を顰めて飛び起きた後、床に目を向けながら腰に手を当てると、一昨日の夜の感触が蘇って来ると同時に、自分の馬鹿さ加減を思い知った。
「あ……」
こんなのは寝る以前の問題だ。自分の持ち物をチェックするなど、この先の事を考えれば当然なのに、それすら忘れていたとは、やっぱり冷静さを欠いていたんだなと、しみじみと思った。ただ、その感触に、口元が吊り上がっていくのも感じていたが。
「――間抜けな連中だな。でもこれで随分とやり易くなったぞ」
ベルトに付けたポーチの中には通常弾が四十発に魔装弾五十発も残っていた。
俺はとりあえず短小砲を抜き出して中折れ式になっている部分を曲げて、シリンダーを抜き取り、新たに十発入りの通常弾が詰まったシリンダーをセットして戻すと腰のホルスターへと収め、また横になった。
「しかし、リボルバーで装弾数十発ってすげえよな。弾はちっちゃいけどさ」
俺はマニアでも何でもないので、詳しい事はよく分からない。でも、リボルバーは五、六発しか入らない事は知っている。そして、こいつの最大の特徴は薬莢が無い事に加えて、ほぼ無反動という事だ。しかも、その薬莢が無いお陰で、魔力を流さなければ暴発が皆無、という超安全な銃でもある。最も、反動をどうやって消しているか等はどうでもいいけれど。
「さて、後は夜になってからだな……」
俺はまた目を瞑り、二度寝の体勢に入る。その時思った事は、あれだけ騒いだのに皆良く起きなかったな、と言う事だけだった。
*
体が揺れる。それも揺り篭に入って揺すられている様に。それは次第に大きくなり、徐々に荒波に揉まれる船の上と同じになっていった。でも、俺はそれでも目を開けない。このまどろむ時間が好きだったから。それを妨害するなど以ての外。絶対目なんか開けてやるもんかと、固く誓っていた。のだが……。
「姉さま、起きません」
起きないんじゃない。起こし方が悪いんだい。
「ふむ……。では、第二段階に移るが良い」
「分かりました」
第二段階?
直ぐに体に圧し掛かる重みと、唇に触れる湿った暖かい感触を覚えた。
こ、これはもしや! あ、あの伝説の! め、め、目覚めの……!
直後、唇をこじ開けるねっとりとした柔らかい感触と共に、口腔にそれが差し込まれると同時に鼻を摘まれた途端、物凄い勢いで肺の空気を吸い出され始めた。
くっ! 幸せと苦しみが同時に……。し、しかし! こ、このままでは……、い、意識が……。
圧し掛かる重みを体から退かす、と同時に目を開ける。
こ、呼吸確保!
「姉さま、成功です」
恍惚とした表情のキシュアが、そこに居た。
「な、なんて凄まじい起こし方しやがるんだ……」
「マサトが起きぬからじゃ」
だからってこんな起こし方、気持ちいいじゃないか。――って、あれ? 俺って変?
「これで起きねば第三段階があったのじゃが……ちと残念じゃったな」
「第三段階って?」
「こうじゃ」
ウェスラが俺の腰を跨いで圧し掛かった。
「まさか、とは思うけど――、下を脱がしてからか?」
「うむ」
頬を赤らめながら堂々と宣わられた。
確かに残念……ってか、――なんでこう言う事は平気でするんだろう……。
「俺を起こしたって事は何かあったのか?」
二人は一旦顔を見合わせると、少し困った表情を浮かべる。
「少々言い難い事なんじゃが……。ローザが抜け出しよった」
「やっぱ出て行ったか」
鉄格子へ目を向けると、人一人が抜け出せる分だけ格子が拉げていた。
「あれだけ言っても分かってくれなかったか」
「違うの。たぶん、意地になっておったんじゃろうな」
俺は大きく溜息を付いた。
「なるほど……」
「で、どうするのじゃ?」
ウェスラが険しい眼差しを俺に向けて来る。差し詰め、手助けするのか? とでも言いたいのだろう。
「どうすっかなあ。ローザが捕まった時点で俺の計画は全部パアだし、下手すりゃ俺達だってもっと厳重に閉じ込められるだろうから、政変が終わるまで出れなくなるしな」
ほんと、どうしたものか。
「なあ、キシュア」
「何だ」
「ローザは今、どうしてる」
「独房に入っておる」
捕まるのはやっ!
「早過ぎだろ……」
もうちょっと頑張っててよ、ローザさん。
「牢から出て隠れもせずに突っ走った挙句、黒尽くめの一人に押さえ込まれて、そのまま独房行きだ」
うーわー。ストレート過ぎだろ、それ。
「王妃はこの事知ってるのか?」
「今伝わった様だな」
俺もう、悲しくて笑いそうですよ。
「って事は、俺達も今直ぐに出ないとやばいか。……せめて捕まってなけりゃ、まだ、やりようがあったんだけどなあ」
こうなると警戒も厳重を極めるだろうから、俺の予想してた混乱だって、まず起こらないだろう。ローザ一人の身勝手な動きでここまで台無しになるとは、正直、大誤算もいいところだった。
「仕方ない、直ぐここから出るぞ。キシュアはオスクォルで鉄格子を消してくれ」
「承知」
「ウェスラはいつでも魔法を撃てる準備」
「すでに出来ておるわ」
「それじゃ、アルシェの部屋までゆっくりと強行突破するぞ」
ニヤリ、と俺は笑った。
「面白い事をいうの」
「楽しそうだ」
二人は不敵な笑みを見せた。
牢内に落ちているコートを拾って俺が羽織ると同時に、キシュアはオスクォルで鉄格子を闇に変え、ウェスラは出口に向かって巨大な炎塊を飛ばしていた。
「キシュア、ウォルさんも連れて行くぞ」
「アルシェに治癒魔法を掛けさせるのだな」
俺は頷く。
「それからウェスラ。やりすぎるなよ?」
「もう遅いわ」
通路へ出てみれば、煙を上げて呻く人型が数人、倒れている。
「あらら、ご愁傷様」
思わず両手を合わせてしまった。
なーむー。
「マサト、こっちはいいぞ」
見ると、キシュアが軽々とウォルさんを肩に担ぎ上げていた。
吸血族ってすげー。
「よし、アルシェの自室はウェスラが知ってるよな」
「うむ、任せろ」
「そんじゃ、俺からあんまり離れないでくれよ」
倒れた三人を牢内に転がした後、一つの風魔法を発動させた。
「我、全ての攻撃を受け流す防壁を築かん。風壁」
俺の足元から静かにつむじ風が広がり始め、それは瞬く間に全員を覆い尽くすと、荒ぶる風壁を築きあげた。しかも、その風は触れた通路の一部を容赦なく削り、親指サイズまで砕くと、風壁に中へと取り込んでいく。
「ちと魔力の流し過ぎではないか?」
「そんなに流してないんだけどなあ」
俺としては普通の風壁を張った心算だったのだが、それが何故か周囲にカマイタチを纏わせた暴風壁になってしまい、困惑していた。もっとも、攻撃を防御する、という意味では過剰ではあるが問題はない。
「ま、いいじゃん。これを突破するなんてそうそう出来ないだろ」
「それはそうじゃが……これでは防壁ではなく攻壁ではないか」
削り取られていく通路の壁を見ながら、苦笑交じりにウェスラはそんな事を言った。
うん、座布団一枚あげよう。
「ま、いいじゃん。行こうぜ」
「うむ」
「前方から四人来る」
突然キシュアが面倒くさそうに伝える言葉に、俺は溜息を付く。
「随分と舐められたもんだ」
俺達は風壁に守られたまま通路を悠然と進み、前からは火球やクナイらしき物などが飛んで来るが、すべて風壁に阻まれ、俺達には届かない。
「おい、そこの。死にたくなければ道を空けろ。死にたかったら突撃して来い」
「それは警告なのか?」
呆れ声を出すキシュア。
「一応」
警告の心算ですよ。
だが、石壁を削り取りながら迫る暴風の壁に突っ込む筈も無く、前方の四人は互いに顔を見合わせると、物凄い勢いで走り去っていった。
「あ奴ら、もっと大規模な攻勢を仕掛ける心算じゃぞ」
「だろうね。でもまあ、その時はその時」
これで首枷の効力が失せている事は、相手側にも確実に伝わった。こうなると問題は囚われている二人と、軟禁中のアルシェだが、彼女と国王を人質に使う事はまず無いだろうと思う。この二人を使うのは、相手にとってもリスクが大き過ぎるからだ。だが、ローザは別。まったくリスクが無いうえに、俺達は確実に動きが制限される為、最も厄介なカードと成りうる。だからと言って、彼女を先に助ける訳にはいかない。何故なら彼女を助ける事は、自ら捕まりに行く様なものだからだ。
歩きながら考えにた結果に、ローザの単独行動がここまで大きく響いた事が悔やまれ、俺は溜息を付いていた。
「どうしたのじゃ? 溜息など付いて」
「ん? ああ、ちょっと考え事を、ね」
「ローザの事か?」
流石だな。俺の考えてる事なんてお見通しか。
「そ、単独行動して捕まって、下手したら俺に対する人質に使われるかも、って考えると憂鬱にしかならないんだよね。だからって、助けには行けないし……」
「確かに……」
「だろ?」
「アルシェ達と違って、あ奴らには何の損も生じぬからの」
ほんと、どうしたものかねえ。
俺たちは城内をゆっくりと進みながら会話を交わす。
風壁は相変わらず周りの壁を削り、落ちている瓦礫を吸い上げ、更には吸い込む許容量を超えた瓦礫を所構わず猛烈な勢いで吐き出す、という凶悪極まりない攻勢防壁へと転じていたが、それとは別に、三人そろって陰鬱な表情で居た。
「前方から三、後方より二、接近――あ、飛礫で倒れての残り一……、も排除完了」
先ほどからキシュアが機械的に襲撃人数を伝えて来るが、何かをやる前に凶悪な投擲で全て倒されている。
「わらわの仕事が、無い」
彼女は溜息を付いて、残念そうに目を伏せた。どうやら死霊からの情報をただ伝えるだけ、と言うのが我慢ならない様だ。
「この場合有る方が問題だろ」
「そうじゃのう、有る方が問題じゃのう」
俺とウェスラは呑気にそんな事を言ったが、キシュアは憮然とした表情を見せた。
このロリババア様は、魔法を使って暴れたいんだろうか?
「お、そこの角を右じゃ」
「右ですね」
俺の気分はタクシー運転手。曲がり角へ来ると、風を操り言われた方へと動かす。だが、そんなお気楽気分はそこまでだった。
突然、風壁に穴が空いたからだ。ただ、その穴も直ぐに消え去るが、これがもし前後同時に複数で起これば、風壁は消し飛んでしまう。
「なんで……?」
まだお気楽気分が抜けきっていない俺は、呆けた表情で呟いた。
「前後に魔装砲が二門ずつ展開された! 直ぐに何か手を打たないとわれ等は消し飛ぶぞ!」
慌ててキシュアが怒鳴るが、俺はそれでもまだ呆けていた。
「へ?」
「このたわけ! ボケとる場合かっ!」
え? だって、鉛弾でしょ? 問題ないじゃん。
「挟撃! 魔装弾くる!」
ああ、そう、魔装弾――え?
「えええええっ?!」
「もういいわい! そこで呆けておれ!」
目の前に炎の壁が出現した瞬間、爆発と共に俺の風壁が完全に散らされた事を感じた。
「ええい! ここではこれ以上の魔力は込められん! 何とかせい、マサト!」
「なんで魔装弾なんか撃ってくるんだよ!」
「馬鹿者! 魔装砲は魔装弾しかないからじゃ!」
「聞いてないよっ!」
まるでどっかの芸人みたいだな俺達。
「第二射来る」
「何とかせい! このままではワシ等は消し飛ぶぞ!」
んな事言われても、直ぐには――、あ、そうか。
「ウェスラ、もう少し耐えててくれ! キシュア、魔装砲の正確な位置分かるか?」
ウェスラが火壁を張りながらも、詠唱を唱えて内側にもう一枚壁を作ると、直ぐ外側で大きな爆発が起こった。幸い、彼女の張った火壁で衝撃も何も襲っては来ないが、前後の魔装砲をずらして撃たれてば、二枚あっても何の意味も無い。
「前は約二十五ネル、後が三十!」
「よし! んじゃ、一丁派手にいきますか!」
「おぬしは何をする気じゃ!」
「ないしょ」
俺は片目を瞑ると、手を上に向けた。
「我操るは水! 万物を育み慈しむ水なり! されど今は全てを飲み込む暴虐の塊! 我示す元へその暴虐送り込まん! 押し流せ! 瀑流!」
詠唱が終わった瞬間、ウェスラの張った火壁を一瞬で消し去り、俺たちを中心に巨大な水柱が立ち上がる。だがそれは、天井にぶつかり逃げ道を求めて前後の通路へと殺到した。それも、通路内全てを埋め尽くす怒涛と化して。その流れに逆らえる者など居る筈もなく。魔装砲を操作していた者達を飲み込み、装填前の砲弾は魔力に感応した挙句、全て爆発して押し流した者達へその衝撃の全てを叩き付けた。
そして、水が流れた後には、何も残されていなかった。
「どうだ? すっきりしたろ?」
今俺は胸を張っては居るものの、発動させた瞬間は予想以上の流量にかなり焦ったのも確かだが、そんな事はおくびにも出さない。
「まったく、風壁といい今の水といい、良くもまあ、あれだけ凶悪な魔法を繰り出すものよのう」
「しかも、マサトは派手好きだ」
「そうかあ? 別に派手じゃないと思うけどなあ」
だって、教わった通りに魔力を乗っけてるだけだぞ? 今日は何故か凄いのが出るけど。
「まあ、ここで話してても仕方ないし、早くアルシェのとこ行こうぜ」
「そうじゃの」
そして俺は、馬鹿の一つ覚えみたいにまた、風壁を張った。
更に凶悪になったけどな!




