懐かしい場所、再び!
ゆっくりと浮揚する意識に合わせて瞼を開ける。そして、最初に目に飛び込んで来た物は、ここに来て最初に意識を無くした時と同じ光景。俺はそれに思わず懐かしさを感じて、口元を緩めた。
「まあ、こうなるよな……」
呟きを漏らす。ただ、このまま牢屋の天井を見上げている訳にも行かない。まずは、皆が無事かどうかの確認が先だ。そして、身を起こして辺りを確認しようとした時、俺は首に違和感を感じて手を当てた。
「ん? 何だこれ? 首輪――じゃねえよな?」
触れた指に伝わる感触は、金属のそれと酷似してはいる。その事から、これは首枷か何かだろうと結論付けた。
「でも、ホントに何だろ?」
鎖でも繋がっているのならまだ分かるが、首枷だけ、というのは解せない。たぶん、何か別の意味でもあるのだろう。
とりあえず結論は先延ばしにして、身を起こして周りを見回すと、同じ牢屋に全員で閉じ込められ、やはり首には枷が嵌っていた。
「全員に嵌めるとは、やっぱ、何か意味があるんだろうな」
呟きながら俺の隣で横たわるキシュアを揺り動かし、目覚めを促す。
「おい、起きろ」
そして、ウェスラとローザにも同じ事をして、起こした。
「もう、夕餉のお時間なんですかあ?」
ローザが目を擦りながら寝ぼけた事をのたまう。
「寝ぼけてないで、周りを良く見てみろ」
とろけた様な表情で辺りを見回す彼女の瞳に徐々に意識が戻り始め、驚きで目が見開かれていった。
「え?! なんで? え? ええ?!」
俺は溜息を付きたくなった。城へ入る前に予想していたパターンを話した筈だったのに、ローザはしっかりと忘れていた様だ。
「おまえ、最悪の状態の事だけ頭から抜け落ちてんだろ」
呆然としているローザに言うも、まったく聞こえていない様子。
まあ、仕方ないか。なんか、ものすごーく楽しみにしてたしな。
「ふむ、悪い方向へ進んだ様じゃの」
「得てして悪い予感ほど当たるのだな」
こっちの二人は冷静なようだ。流石、年季が違う。
「しかし、この首枷はなんなのだ?」
キシュアが自分の首周りを手で触り、怪訝な表情を作った。
「ああ、それは俺も疑問に思った。鎖で繋ぐなら兎も角、何も繋いでないのが解せない。これはたぶん、別の意味があるんじゃないかと思ってる」
俺の推測はここまでだが、それに補足する形でウェスラから回答が得られた。
「これは魔法感知用の枷じゃの、たぶん。魔法を使ったとたんに、何らかの作用があるのじゃろうな」
なるほどね。
「って事は、最悪、頭が吹っ飛ぶ?」
ウェスラは真剣な表情で頷いた。
「ええ?! そ、それじゃあ――、抜け出せないじゃないですか!」
ローザの言うとおり、魔法を使って牢から抜け出す計画は使えない。となれば、もう一つの手段だが――。
「ウェスラ聞きたい事があるんだけど――」
「なんじゃ?」
「キシュアの――」
「オスクォルか」
やっぱウェスラは察しが良くて助かるな。
「大丈夫、とは言えんの。なんせ、あれもキシュアの魔力に感応して出てくる物じゃし、何らかの魔法が介在しておれば、それに反応する筈じゃからのう」
やっぱりそうなるか。
「と、すると、最後の手段を待つしかないか」
不思議そうな表情で「最後の手段って何なんです?」とローザが聞いて来たので、俺はニヤリと笑い、
「力技!」
拳を握り締めて力強く答えた。
ただ、これには三人とも呆れ果てていたが。
「あのですね。牢屋って、人族以外も入れるので、簡単には壊せないんですよ?」
「そんな事分かってるさ」
「なら、何故、力技なんです?」
ローザの疑問は最もだが、たぶん、忘れている事が有る。
「俺達は何人だ?」
「四人です」
やっぱり忘れてる。
「それじゃ、ウェスラに聞く。俺達は?」
「五人、――いや、あと二人おるか。全部で七人じゃな」
「はい正解」
ローザは訳が分からない、といった風情で首を傾げて眉根に皺を寄せている。
ま、シアとアルシェの事は、今は戦力として数に入らないから仕方ないけど、フェリスを忘れるとはな。
「なるほどな。流石はマサトだ。ちゃんと外に残すとは良く考えたものだ」
「ま、そゆこと。とは言っても、アルシェとシアの二人は残したんじゃなくて、今の所、数には入ってないんだけどね」
俺とウェスラとキシュア、この三人の間で進む会話に、ローザだけが着いて来れない様なので、そろそろ種明かしが必要だろう。なんせ、不貞腐れ始めてるし。
「あのさ、アルシェとシアの二人を除くと、俺の奥さんって残りは何人居る?」
「四人です」
「じゃあ、ここに居るのは?」
「さん――あ!」
はい、良く出来ました。
「今の事、フェリスに言ったら怒られるから黙っとけよ?」
彼女は顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
「しかし、どうするのじゃ。フェリスとて容易には潜入出来ぬぞ」
その事に関して俺には、ある種の予感めいた物があった。
「大丈夫、遅くとも明日の夜までには潜入する隙は生まれる筈だから」
「まあ、おぬしがそう言うなら信じるしかないのう」
これで牢屋からの脱走に関しては一旦、お終いになり、俺達の関心事は首には嵌められた枷へと移った。
それぞれが色々な意見を出し合うが、決定的なものは何一つ無かった。ただ、ウェスラの憶測ではあるが、これも魔装の一種なのではないか、と言う事だった。
「まずはお浚いからじゃが、魔装の原理は覚えておるよな?」
「ああ、魔力を吸収した核が魔力を感知すると、溜め込んだ魔力を吐き出すんだろ?」
「基本はそうじゃな。じゃが、本来はもっと複雑での、核に魔力を吸収させておき、その核の中心まで魔力を導く事で、溜めた魔力を様々な形に変えて使う物なのじゃよ。例えば、マサトが持つ短小砲は弾を発射するのに核の魔力を使うが、その魔力は極小規模の爆炎魔法を起こしておる。そして、それを呼び起こすのに、引き金を引く指から魔力を与える。と、単純に言えばこういった形じゃな。まあ、本来はもっと複雑なのじゃが……」
って事は、核に溜め込んだ魔力が火薬で、俺が流し込む魔力は激鉄の代わりって事か。
「そうか、だから引き金を引きっぱなしで魔力を流し続けたら連続で弾が出た訳か」
これにはウェスラが目を剥いて、焦った表情を見せた。
「お、おぬしは――何と言う危険極まりない事を……」
「そんなに危ないのか?」
「危ないどころではないわ。下手したら腕一本吹っ飛んでおってもおかしくないのじゃぞ」
なにそれ?! すっげえ怖い!
「あの短小砲の核ならば、魔力の補充無しで五百発はいけるだけの量が込められておるというに……。まったく、知らぬと言う事は、こうも愚かな事を仕出かすのじゃな。もっとも、無事であったと言う事は、偶然にも流す魔力の調節が上手くいっておったのじゃろうが、今後も同じとは思うでないぞ」
はーい。
ちょっと睨まれてしまった。ま、以後気を付けるとしよう。
「で、こいつの事だけど、魔法を感知するってどうやってるんだ?」
これも憶測じゃが、とウェスラは前置きをした上で、
「体内の魔力の流れを測っておるのじゃろうと思う。なんせ、魔法を発現させる時は魔力の流れにある一定の方向性が生まれるからの」
ある一定の流れか。
「そうか、殆どが手の平とかの末端に魔力を集めるもんな」
「うむ」
「言われてみればそうですね」
「そういえばそうだな。無意識のうちに手に集める事が多いな」
あの剣を振るう時もそうだし、媒介にして発動する時もだし、基本的に末端に集めるもんな。その魔力の流れを感知して作動させるとなれば、ちょっと厄介だな。
などと考えていると、ふと思い出した事があった。
「そういえばさ、俺って風魔法を纏うだろ?」
「ん? どうしたのじゃ行き成り」
「その事で、ちょっと疑問が出てきたんだよな。今の会話から」
「疑問?」
俺が疑問に思った事、それはその時の発動のさせ方だ。攻撃魔法を放ったり、防御の為に使ったりする時は確かに手に魔力を集中させていた。だが。風魔法を纏い高速で動く時だけは違っていたのだ。勿論、無意識にやっていた事なので、思い返してみれば、と言う程度なのだが。
「実はさ、風魔法で高速移動する時ってさ、なんて言えばいいのか、こう、ぶわーっといった感じで、全身から魔力を噴出させてるみたいなんだよ。だから、その場合だけはこの枷じゃ感知出来ないんじゃないかな、なんて思ったんだけど」
手振りを交えて説明する俺にローザとキシュアは首を傾げ、ウェスラに至っては、呆れ果てていた。
なんで呆れてるんだろう?
そんなウェスラを俺は不思議そうに眺めていたが、彼女は溜息と共に項垂れてしまった。
何なんだ一体。
「まったく――規格外もここまで来ると溜息しか出んわ……」
「姉さまにここまで言わせるとは――」
「マサトさんってやっぱりおかしいんですね?」
規格外はいいけど、ローザのおかしいは変人と同じに聞こえるから止めて欲しいなあ。
「俺が規格外とかそういうのは置いておいて、そんな感じで発動させてるから、この枷じゃ、魔力が勢い良く外に漏れ出してるくらいの感じにしかならないんじゃないか、と思う」
一定の法則を捕らえてるのならば、俺の発動のさせ方は、誰もやらない筈。だから、この枷では感知出来ないのでは? と思ったのだ。ただ、これだって憶測に過ぎないから、実際にやれと言われてもやる気はないけど。
「確かにワシの推測通りならば、その理屈は通る。じゃが、魔力の動きを感知して、一定以上の動きが有れば発動するとしたら、マサトのやり方でも駄目じゃと思うぞ」
寧ろこちらの方が効率が良い、と付け加えられてしまった。
「そうかあ――。となると、魔力は一切使えないって事か」
「そうじゃな、そう思っておった方が安全じゃろな」
正直、これは大誤算だ。これを外さない限り、俺達の戦力はがた落ち。剣さえあれば辛うじて俺とローザが戦えるといった状況だ。
こうなると次に考えるのは外し方だが、得てしてこういった物は強引な手段で外そうと試みれば、結果としては魔法を使うのと同じ効果を持たせてあるだろうと言う事で、皆の意見は一致してた。
でもなあ、なんか見落としてる気がするんだよなあ。
そんな風に思いながら腕を組んで考え込んでいると、どこからとも無く呻き声が聞こえてきた。
「ん?」
俺は辺りを見回し、気のせいか? などと思ったが、他の三人も見回しているので気のせいでは無いらしい。
「なあ、今のって――」
「呻き声、じゃの」
「若干、反響しているから正確には分からぬが、われ等と同じで、どこかの牢内からだな」
「ちょっと静かにしていただけますか? 多分、わたしなら特定出来るかもしれませんので」
ローザに言われ、俺達は息を殺す。そして、彼女は格子の傍まで行くと、目を閉じて集中し始め、頭の上の虎耳を動かし始めた。
ローザは人虎だけど、そこだけ見ると、とっても猫だ。いじりたくなるな。
暫く、といっても一分くらいだろうか、そのくらいの時間で彼女は目を開けると、こちらを向いて気不味そうに顔を顰めた。
「えーとですね。非常に言い難いんですけど……」
俺達は真剣な表情で見詰めたが、ローザは苦笑いを見せて指を差した。そこは向かい側の牢屋。そして、俺達が目を凝らしてそこを見ると、何かが動くのが見えた。
なんだ?
そう思い更に目を細めて見ようと試みた時、それがまた呻き声を上げた。
「もしかしてこの声……」
「うむ……」
「まさかとは思うが……」
その時、俺の脳裏には、ある人物の名前が浮かんでいた。そして、それこそがギルドで聞いた情報と完全に一致した三つ目の事だった。
「まさか……まさか……そこに居るのは、ウォルさんかっ!」
俺の叫びに向かい側の牢屋の人物は、体をゆっくりと起こし、虚ろな瞳をこちらに向け、俺の顔を映すなり大きく目を見開いていた。
それは全身に深く傷を負い、今にも頽れそうな体を懸命に支えているウォルケウスさん、その人だった。
一体――何があったんだ!