お城が不穏です
あの後、宮廷内の現況を聞かされて俺達は驚いた。現国王である、サンシルド・ゼム・ユセルフ王が行方不明になって居いると、聞かされたからだ。それも、四日前から。
四日前と言えば、俺が放逐された日でもあるが、ドレンドさんに話を詳しく聞いた所、どうやらウェスラが城を破壊した時には既に行方が分からなくなっていたそうだ。そして、現在、代行という形で王子が就いているらしいのだが、それの補佐、と言うか、摂政みたいな形で王妃がかなりの部分にまで口出しを行っている、との事。ただ、その影でどうもきな臭い動きをする集団がいるらしい。この、らしい、と言うのは殆ど尻尾を掴ませないので、憶測しか出来ない様なのだ。ただ、その集団の事と関連しているのかどうかは知らないが、現国王派の主だった者達が手の平を返した様に王妃に付き従い、まったく反対意見を述べなくなったそうだ。その彼等を良く知る者達から言わせると、有り得ないほどの豹変振り、だそうで、ドレンドさんが潜ませている間者の報告に因れば、その集団から何かしらの脅しを掛けられているのではないか、と言う事だった。そして、最大の問題が、アルシェの親衛隊が解体され、ウォルさんが地下牢に幽閉されてしまった事だ。それに伴い、アルシェは自室に軟禁、可憐に至っては王子の妃候補とされてしまった様なのだ。ユセルフ王国でも最強の騎士団を解体するだけでも、常軌を逸しているのに、デュナルモ大陸屈指の集団戦闘指揮を得意とする者を幽閉するなど、他の国から侵略してくださいと言っている様なものだ。
そして、それを聞かされた俺は、誰がやったのか直ぐに検討が付いたので、即、口にしたのだが、これにはドレンドさんも同意に様で、出来れば、城の現状を見て来て欲しいと依頼された。何故俺達に、と疑問に思ったのだが、どうやらドレンドさんの放った間者が、かなり厳しい状況に置かれてしまい、連絡の取り様が無いそうなのだ。
そう言う訳で、ギルドを後にして城へ向かう俺達なのだが、ドレンドさんの呟いた事が妙に引っ掛かり、俺は黙考していた。
「おぬし、何を考えて居るのじゃ?」
ウェスラの声で現実に引き戻される。
「ん? ああ、ドレンドさんのあの呟きなんだけど……」
「あれか……」
彼女は口篭った。
「まあ、正直、今はそれどころじゃないんだけど、ちょっと気になってね」
俺としてはちょっとどころじゃ無いんだけど、どうも言いたくなさそうだし、無理して聞かなくてもそのうち分かるかもしれない、と思っているから、今じゃなくても良いのは確かな事だったりする。
「ん、まあ、そうじゃの。今はそれどころでは無いのは確かじゃの」
あからさまに安堵の表情をウェスラは浮かべた。
やっぱりあの呟きもタブーなのか。ま、いいか。
「して、どうする心算じゃ?」
「ん? 城に行ってか?」
「そうじゃ」
「報告するだけだよ」
「それだけか?」
そこで俺はニヤリ、と笑った。
「何か考えがあるようじゃの。ならば、ワシ等はそれに従うとしよう」
彼女もニヤリと笑い、俺達は二人揃って悪い笑顔を浮べていた。
*
俺は今、ウェスラにキシュア、それとローザを伴い城門前に居る。そして、フェリスには一つ用事を言い渡し、途中で別れた。
最も、代償を要求されはしたけど。ま、代償一つで済むなら安いもんだけどね。
「しっかし、ここに来るのもなんだか凄い久しぶりな気がするな」
「そうじゃの」
「わらわは初めてだぞ」
「わたしも初めてです」
二人とも俺と関わらなければ、来る事は無かったんだろうな。
俺達が軽く雑談していると、
「マサト様、中へどうぞ」
衛兵が中へ入るように促してきた。
「そんじゃ行きますか」
俺は再び城の中へと入り、そこで待っていた人物を見て、僅かばかり驚いた。
「ランガーナさんにベルムラントさんじゃないですか!」
小走りに駆け寄って手を伸ばした。だが、ランガーナさんは慇懃無礼に礼をするだけで、俺の手は取らない。でも、ベルムラントさんは笑顔を見せて俺の手を取った。
「お久しぶりです、と言っても四日ぶりですか。しかし、すっかり冒険者らしくなりましたね」
「お陰さまで」
どちらとも無く手を離した後、俺はその手を握り込み、コートのポケットへと滑り込ませる。その際、ランガーナさんが動いて、俺の動きを衛兵から隠した。
このおっさん、やたらといい仕事するんだよな。
「では、参りましょうか」
踵を返すベルムラントさんの後を着いて、俺達は城の中を進んでいく。
「おー、随分派手にウェスラはぶっ壊したんだなあ」
中を歩くだけでもその壊れっぷりには目を見張るものがあった。通路の隅にはまだ片付け切れていない瓦礫が避けられていたからだ。
「どんなに急がせても、復旧までに後半年は必要でしょうね」
前を歩きながらベルムラントさんは肩を竦めておどけて見せた。
「そっかあ――。あ、そういえばさ」
「何でしょう?」
「俺達の家、大丈夫だったのかな?」
「それは問題御座いません。ただ――」
そこでベルムラントさんが言葉を濁す。
なるほど、言えない事情があるか。ま、それも想定内というか、聞いてるしな。
「無事ならいいですよ」
察してる、という風に言葉を返した。
「恐れ入ります」
軽くこちらに頭を下げてくる。
しかし器用な人だな、真っ直ぐ歩きながらこっちに向かって会釈とか。
その会話を最後に、俺達は無言で歩く。そして、衛兵が両脇を固めた扉まで来ると、ベルムラントさんが頷き、衛兵達が扉を開け、その際、剣を預かる、と言われたがやんわりと断った。ただ、断った事で何か言われるかとも思ったのだが、あっさりと引いたのには少しだけ、拍子抜けしてしまった。
ベルムラントさんを先頭に部屋に入ると、その先の玉座には詰まらなさそうに不貞腐れて座る男と、俺達から見て左には、華美な装飾を施したドレスを纏う女、右側には、有ろう事か鎧を纏った可憐が居た。その事には多少驚きもしたが、妃候補にさせられたと事前に聞いていた為、表情に出すほどでは無かった。
玉座の数メートル手前でベルムラントさんは立ち止まると、深々と腰を折る。それに合わせて俺達は跪き、頭を垂れた。
「マサト様以下、三名をお連れ致しました」
「ごくろー」
何ともやる気の欠片も無い声で応じる玉座の主。俺はそれを聞いた瞬間、この男に国を任せたら確実に潰れるな、と思った。
俺達の前からベルムラントさんが横に退く気配を感じたが、まだ発言を許された訳ではないので、そのままの姿勢で待つ。
「一同、面を上げよ」
俺は顔を上げて玉座に目線を送った。
「ふむ、そなたがカレンの兄か」
「はい」
「双子とは聞いておったが、良く似ておるな」
「幼少の頃は両親ですら見分けが付かなかったそうです」
「然もありなん。それだけ似ておれば、そうなるであろうな」
「はい」
「さて、此度は報告、との事であるが、それは先王との約定であって余との約定では無い。とは言え、こうして参ったそなたの義理固さには答えねばならぬ。それにだ、カレンを妃に迎えれば、たとえ身分は違えどそなたは余の義理の兄となる身。今後は余を引き立て国の為に働くが良かろう」
俺は大仰に頷き、頭を垂れると、
「私如き身分の者には勿体無きお言葉、身に余る光栄で御座います。何卒、妹カレンの事、宜しくお願い致します」
心にも無い事を言った。
こんな威厳の欠片も無い王子を誰が支えてやるもんか。
「うむ、以後、宜しく頼むぞ」
「は!」
そのまま頭を垂れていると、衣擦れの音と金属が微かに擦れ合う音が響き、王子とカレンが退出して行った事が伺えた。
――さて、王妃はどう動くかな。
そう思っていると、
「マサト殿、面を上げては頂けぬか?」
言われ、顔を上げる。
「何でしょうか?」
王妃に顔を向け、微かに笑みを零す。
「これはこれは……男にしておくには勿体無き容貌よのう」
手にした扇子で口元を隠し微かに笑った。
「恐れ入ります」
更に笑顔を向ける。
「なるほど、斯様な噂も納得と致す所ぞ」
俺は言葉ではなく苦笑で返した。
ここまで噂が届いているとは、正直びっくりだ。
「して、今宵は何か予定はあるかや?」
「特には」
そこで一旦、王妃は考え込む素振りを見せた。
俺の予想通りならば……、まあ、違っててもいいけどね。問題無いし。
「では、夕餉など如何か? 下々の話も偶には聞きたいしの」
ビンゴだ。
「我等の様な者がご一緒しても宜しいのでしょうか?」
「今宵は構わぬ。マサト殿は王子の妃の兄でもあるしの」
おいおい、まだ妃じゃねえだろ。
「分かりました。では、ご一緒させていただきます」
「うむ、夕餉まで時が有る故、部屋を用意させよう。それまで、ゆるりと寛ぐが良い」
「ご配慮、有り難う御座います」
目礼を返すと、王妃は小さく頷き、袖に控えていたベルムラントさんに目線を送り、彼は腰を折って返事としていた。
王妃が無言で退出して行くのを俺達が頭を垂れて見送った後、ベルムラントさんが声を掛けてくる。
「では、ご案内いたします」
俺達は立ち上がり、再び彼の後を着いて行く。そして、部屋へ着いて椅子に座ると、全員で盛大な溜息を付いていた。
結構緊張しっぱなしだったからな。
「とりあえずは何とかなったな」
「うむ。しかし、良くもまあここまで予想したのう」
俺は口角を上げて軽く笑った。
「相手の気持ちになってみりゃ、ある程度は予測出来るさ」
とは言ったものの、ここまで予想通りってのも上手く行き過ぎてて少し怖い。でも、問題はここから先だ。俺の予想したルートは二つ。そのどちらかに成るかが全く分からない。
「でも、晩餐は楽しみです。わたし、かなり久しぶりなので」
「は?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「何を?」
「スヴィンセン家はこれでも一応、爵位持ちなんです。なので、小さい頃に一度だけ出た事があるんですよ」
この娘、何突然、トンでも発言してんだよ!
「爵位持ちって、そんなお嬢様がなんで冒険者なんかしてんだ? ってか、何所の国の爵位だ?」
「ガルムイですけど?」
ガルムイって、どこ?
俺はウェスラに顔を向けた。
「南の方の国じゃな。確かスリク皇国とエスマク共和国、この両方と隣接しておった筈じゃ」
って、言われてもさっぱり分からん。
「駄目だ、分かんねえや」
俺は肩を竦めて苦笑いで誤魔化した。
「まあ、小さな国ですし。あ、でも、スリクと同盟しているカチェマとは同盟関係なんですよ!」
カチェマってどこよ?
また、ウェスラを見ると、流石に呆れた顔をされた。
「このたわけが。カチェマはこの国のすぐ南じゃろが」
あ、そういえばそうだった。
「うへへへへ」
「何気持ち悪い笑いを上げておるのだ」
誤魔化してただけだい!
そんな雑談をしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞー」
ノックに返事を返すと、扉を開けてワゴンを押しながら入って来たメイドを見て、思わず目が点になった。
「え――? シア? なんでメイドなんか……」
そう、入って来たのはサレシア・ラズウェル。俺の奥さんの一人だ。
「まさか、種馬様にお茶をお運びしなければ成らない日が来るとは、思ってもいませんでした」
おおう、相変わらずだな。
「それでは、お口をお開け下さい。注ぎますので」
「おう、分かった。――って、やるわきゃねえだろ!」
「おや? このくらい平気かと思ったのですが、駄目なのですね。流石はへタレな糸様ですね」
「おめえの中じゃ俺はまだ糸なのかよっ!」
「そういえば、見知らぬ女性が混じって居るようですが……。ああ、またコマしたのですか。流石は腰振り人形様」
こいつの相手は疲れるな。
「もういいから、さっさと注げよ」
「では、失礼して」
ポットを持って俺の傍まで来ると、徐に頭の上で傾け始めた。
「まてまてまてまてまてっ! なんでカップに注がねえんだよ!」
「カップに、と言われませんでしたから」
ったく、ぶれないやつだ……。
「まったくお前は……。早くカップに注げ」
「畏まりました」
漸くカップに紅茶を注ぎ始めた。
あー疲れた。もう、どっと疲れが出た。
そして、ソーサーに乗ったカップを手渡される。俺はそれを両手で受け取り、片手をまたコートのポケットに突っ込んだ。
「では皆様、ごゆるりとお寛ぎください」
一礼してワゴンを押しながら部屋から出て行った。
「さて、皆、覚悟はいいか?」
三人は頷き、紅茶の入ったカップを傾けて一口含み嚥下した。それを見た俺も紅茶に口を付けて一口飲む。暫く待つと行き成り眠気に襲い掛かかられ、それでも何とか三人に目を向けると既に脱力していた。
やっぱ、こうなったか。
そして、俺も意識を手放した。




