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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ユセルフ王国編 第四章
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初仕事で無双?

 太陽が地平の彼方へと帰った今、空は闇色に変わっているが、居場所を交代した月が優しく柔らかい光で大地を包み込み、暗黒に包まれた頭上には瞬く星達がその煌きを競い、時折、光の筋が流れて行く。そんな光景を俺は眺めた後、ゆっくりと視線を戻して、辺りを睥睨して溜息と共に今の心情を吐露する。

「これが昼間なら、壮観な眺めなのになあ……」

「そうじゃな、昼間ならの」

 ウェスラも俺に同意の様だ。

「わらわとローザにはそれほど影響はないな」

「そうですね、吸血族と獣族は夜目が利きますからね」

 この二人には夜でもまったく問題がないらしい。羨ましい限りだ。

 俺達は今、市壁の上に居る。普通ならば、一介の冒険者が昇れる場所ではないが、今回は関係ない。なんせ、ギルド直々に許可を出してもらい、職員にここまで案内してもらったのだ。当然、この事は王宮にもギルドを通じて連絡は行っている。それに、今居るのは東側の市壁だから、連絡も無しでは絶対に来れる場所じゃないのだ。だから、振り向けば修復中の城さえも目に入る。もっとも、市壁と城壁の間には槍衾(やりぶすま)の如く鋭い穂先を持った柵が高々と(そび)え、そこから先へ進入させまいと頑張っているが。

 俺達の視線が向く方向に畑は無く、草原が広がっているだけで、市壁から五百メートルほど先には森があり、その黒い絨毯――昼間ならば緑の絨毯といったところだが――は更に山へと繋がっていた。

――あの森が依頼の場所か。こうして見ると、やっぱり夜に行くには危険そうだな。

「あなた達! そんなとこで何してるの!」

 突然怒鳴られ、俺達は振り向いた。

 城の警備か? でも、ギルドから連絡が行っている筈なんだけどな。

 訝しく思いつつ目を凝らすと、徐々にその人物は近付いてくる。その身に纏っているのは、月明かりを白銀の色に変えて跳ね返す、煌びやかな軽装鎧だった。

 でも、あんな鎧を着てるのって、騎士団でも上位の人物だよなあ。

「ここは平民が立ち入れる場所ではありま……って、まさか――、おにい?」

 その声を聞いて俺は驚いた。

「か、可憐?!」

 暗かったのと、普段と余りにも違う格好だったからか、近くで声を聞くまでまったく分からなかった。

「お、お前、何で……」

「それはこっちの台詞。何でおにいがこんなとこにいるの? 確か市壁の上って、一介の平民風情は立ち入れない筈でしょ? それにその格好、まるでラノベとかに出てくる冒険者じゃない」

 そうか、こいつは知らないのか。ってか、何か険のある言い方だな。

「らのべとやらが何かは知らぬが、ワシ等は(れっき)とした冒険者じゃぞ」

「え? そうなの?」

「うむ、マサトは身分証が無かった故、冒険者登録をさせたのじゃよ。そうでもせねば、仕事にも有り付けんかったからの。それと、ギルドからは連絡が行っておるはずじゃが?」

 俺が言葉を失ってる間、ウェスラが可憐の疑問に答えている。俺はというと、そんな可憐の姿をマジマジと見ていた。

「連絡? あたしは聞いてないわよ?」

「ほう、それはおかしいのう。ワシ等はギルドの許可も得ておるし、王宮からも許可されておる。それを知らぬとは、余程、連絡をしたくなかったと見えるの」

 可憐の表情が一瞬だけ悔しそうに歪んだが、直ぐに平静をとりもどすと、

「その件は後で確認しておきます。で、話は変わるけど、そっちの女性(ひと)は、何?」

 そっちの女性?

 可憐に言われて訝る表情を俺が作ると、小さく袖が引っ張られた。

「あの、こちらの方は……」

 その声に顔を向けると、ローザが少し、不安を覗かせていた。

「ああ、俺の妹だ」

「ええっ?! マサトさんって妹さんが居たんですか?!」

 そんなに驚かなくてもいいと思うんだけどなあ。

「それにしても――、そっくりですね。もしかして、双子? ですか?」

「そうだけど、それが?」

 なんだ? さっきもそうだけど、この険を含んだ言い方? 俺の知らない間に何かあったのか。

「紹介するよ。彼女はローザ、俺の新しい妻だ」

「は、初めまして! ローザ・スヴィンセンと申します」

 勢い良く腰を折るローザを一瞥してから、可憐は俺に対して険しい表情を向けてくる。

 やっぱ、俺の知らない所でなにかあったな、こいつ。

「奥さんを増やすのは程々にしなよ、おにい」

「はいはい、ご忠告ありがたく受け取っておくよ」

 俺がお座成りな返事を返すと、大きく息を吐いて首を振っていた。

 一昨日までは、あんなにハーレム推奨してたのに、やっぱりこいつ、何処かおかしいな。

「で、なんで冒険者風情がこんな場所にいる訳?」

 この言い方は流石の俺でもちょっとカチンとくる。

「王宮からの依頼をこなす為だ」

 可憐が怪訝そうな表情を作った。

「王宮からの依頼?」

「ああ、本当なら騎士団がやるような仕事だそうだ。それが何故か、俺達に回って来たんだよ」

 俺が肩を竦めて顔を顰めると、可憐の表情が悔しそうに歪んだ。直ぐに平静を装った様だけど、あれだけはっきり見せたら、どんなに取り繕っても意味ない。

「その依頼って?」

 一応は気には成るようだ。まあ、あの格好からすると騎士団に席を置いた様だし、それなりの地位に就いてるっぽいから、然もありなんってとこか。

黒妖犬(ヘルハウンド)二十匹。でも、ウェスラが言うには、少なくとも五十匹プラス三頭犬(ケルベロス)って事らしい」

 可憐の瞳が驚愕に見開かれる。

 このあたりの知識は詰め込んであった様だな。

「そ、それって……」

「悪い、おしゃべりは此処までだ」

 俺は可憐との会話を強制的に遮る。微かな悲鳴が聞こえたからだ。

「ちょっと! まだ話の途中でしょ!」と叫ぶ可憐の声が聞こえるが、無視を決め込む。仕事の邪魔になるだけだし。

「ウェスラ! キシュア! 準備はいいか?!」

「うむ!」

「承知」

「まずは俺とローザが先行するから後から来い! それと支援は任せたぞ! 行くぞ、ローザ!」

「はい!」

 俺はローザの腰に手を回してそのまま市壁から飛び降りる。その高さ、優に十メートル。

 ちょっと怖い、ってか凄く怖い! 作戦を立てた俺がビビるのもなんだけど!

「風よ! 舞い上がれ!」

 余りにも怖くて、思わず早過ぎるタイミングで自分達を巻き上げる風を起こしてしまった。

「マサトさん! 早すぎます!」

「だって、怖かったんだもん!」

 着地の衝撃を風魔法でほぼゼロに押さえ込み、ローザから手を離すと、俺達はそのまま凄まじい速度で駆け出していく。俺は風魔法を纏い、ローザは素の身体能力で。

 ってか、風魔法を纏った俺と同じなんて、ローザさん、凄すぎるんですが……。 

 前方からは、森から這う這うの体で転がりだしてくる者達が数名と、その後方の森の中からは、無数の真っ赤な光が瞬いている。その光が森を抜け月明かりに照らされて姿を晒すと、真っ黒な中に赤い点を散りばめた絨毯のようだった。ただし、津波の様な圧倒的圧力を持った。

 不気味としか表現し様がないな、これは。

「おいおい、こりゃ五十じゃきかねえぞ!」

「そうですね。少なくとも百は居ると思います!」

 俺は逃げて来た連中に一瞥をやり、人相を確認する。

 やっぱりあいつ等か。

「お前達はそのまま市壁まで走れ! ここで俺達が食い止める!」

 すれ違いざまに叫び俺は立ち止まると、左手で腰から短小砲を抜き、狙いも付けず前方に乱射した。

 ふふふ、ちゃんと買ったのだよ諸君。銃は男のロマンの一つでもあるしな。

 元よりこれで倒そうなどとは思っていない。一瞬だけ突進が弱まればいいだけ。云わば牽制用だ。

 俺が全弾撃ち尽くすと同時に、目測で幅三百メートル以上、高さ二十メートルに迫ろうかというほどの巨大な炎の壁が立ち上がった。

 流石、ウェスラ。魔匠の称号は伊達じゃねえな。

「よし! 突っ込むぞ!」

「はい!」

 臆する事無く炎の壁に向かって駆け出しながら、短小砲をヒップホルスターに収めると同時に俺は右手を剣の柄に掛けて、魔力を込めて理の詠唱を始める。

「水気に金気を込め水槍と成し、我が進む道を作り出さん! 水槍乱舞!」

 走りながら剣を抜き放つ。と、その斬線上から無数の水槍が凄まじい勢いで迸り、二人並んで通り抜ける事が出来る穴を炎の壁に穿った。だがそれも一瞬の事、それは直ぐに殺到する周囲の炎により塞がり始めるが、俺は左手を突き出し、間髪射れず言霊を発して土魔法を叩き込んだ。

「我求むるは道! 炎を遮る隧道なり!」

 地面がアーチ状に盛り上がり、先ほど穿った穴を補強し、そこを俺とローザは駆け抜けて行く。そうして抜けた先には、途方もない数の黒妖犬が(うごめ)いていた。

「うっわ、なんだこの数! 一体、何匹居るんだよ!」

「わ、わたしもこんな大集団、初めてみましたっ!」

 余りの多さに俺達が一瞬躊躇を見せると、その隙を逃さず黒妖犬達は一斉に躍り掛かって来る。

 それは黒い津波。抗う事が出来なければ一瞬で命を刈り取られる死色の津波だ。

 不味い! 俺がそう直感した時、死色の津波の前に無数の青白い(もや)が立ち上ると瞬時に人型を取り、迫り来る黒い津波を(ことごと)く切り裂いていった。

『二人とも、余裕を見せ過ぎぞ?』

 浪々と幽鬼の如く響く声はキシュアのものだ。そしてこの青白い人型は、彼女が呼び出した死霊達。云わば、死霊騎士団と言えるものだった。

「た、助かりました。キシュア姉さま!」

「ナイスタイミングだ!」

『な、ないす? なんだと?!』

「調度良かったって事だよ!」

 死霊が撃ち漏らした黒妖犬を、叫びながら切り伏せる。

 上から横から足元からと容赦なく追撃を掛ける黒妖犬。だが、その(あぎと)は俺に届く事は無い。その殆どは死霊達に()られ、そこから漏れた奴等も俺の剣で倒される。そして、一瞬だけローザの方に動かした視線の先では、その巨大な剣で十数匹を一瞬にして葬っている姿が映った。

 前方には死を振りまく絨毯、後方にはそれを逃さぬ為の炎の壁。しかし、俺達はそれに臆する事無く挑み続けた。

 そんな中、視界の上方に映りこんだ物がある。

 それは遥か天空と地上を繋ぐ幾本もの光の筋。

 ウェスラが炎の壁を維持したまま、無数の雷を落としたのだ。

 空気を震わす振動と共に、後方の黒妖犬たちが弾け飛んでいるのが見えた。

――こりゃ負けてらんねえな。

 俺は一匹ずつ確実に仕留めながら、口角を吊り上げて剣に魔力を込める。

「焼き尽くせ! 炎刃波!」

 剣を横薙ぎに振るうと、前方数十メートルの扇状の範囲に居る黒妖犬と死霊達が一瞬で消し飛び、更にその余波を食らった黒妖犬が体を歪な形に変えて吹っ飛んで行く。

 やっべ、やっちまった。終わったら後で謝っとこ。 

 だが、その一撃を俺が放った後、奴等は一斉に後退し始め、遠巻きに俺達を睨み付ける唸るだけになった。

「どうしたんだあいつ等? なんで突然攻撃を止めて後退なんかしたんだ?」

「分かりません。でも――、もしかすると、何かを待っているのかも……」

『その何かを待たせるまでもなく、死霊どもを突っ込ませて蹴散らしてくれる。誰かのお陰で数が減ってしまった故な』

 む、キシュアのやつ、微妙に怒ってるな。

 青白い靄が一斉に動き出した。

 だがその直後、俺のカンが危機を告げる。

「ま、まて! 止まれ!」

 死霊騎士団は俺の言う事は聞かない。命令出来るのはキシュアのみ。しかもその彼女も、聞く耳を持ってはくれなかった。

『マサトは慎重過ぎだ。行けい! 死霊ども! このまま殲滅するのだ!』

 そして、死霊騎士団が黒妖犬を蹂躙し始めた直後、辺りの空気を激しく揺さぶる轟音が響きわたった。

「「「グォアアアアア!」」」

 鼓膜を突き破らんばかりの大音声に、俺は顔を顰めて叫んだ。

「な、なんだこれはっ?!」

「こ、これは――! 三頭犬です! そ、それも複数のっ!」

 黒妖犬を蹂躙していた死霊騎士団が、森から突如姿を現した三頭犬に次々と食われ始めた。しかもその数は四匹。それが黒妖犬ごと死霊騎士団を食い尽くしていく。

「キシュア姉さま! 死霊を下げてください! このままでは力を与えるだけです!」

 だが、今となってはもう遅すぎた。ローザの叫びも虚しく、死霊は一体残らず三頭犬に食い尽くされてしまい、死霊を食った三頭犬の体躯は、二周りも大きくなっていた。

「なんであいつ等でかくなんだよ!」

 俺は焦った。だって、食って直ぐに二回りもでかくなるなんて有り得ないだろ!

「マサトさん、彼等は別名、死霊食いって言われてるんですよ?! ウェスラ姉さまから教わりませんでしたか?」

 ローザは剣を構え、三頭犬を睨み付けたまま言う。

 あ、そいえばそんな話もしてたっけ。

「あっはっは。すっかり忘れてたよ」

「そんな事じゃ直ぐに命を落としちゃいますよ! もっとしっかりして下さい!」

 やべ、怒られた。

「それに今は傷を負っても、誰も回復出来ないんですから!」

 あー、そうだった。この世界、致命傷を負ったら治療しても死んじゃうんだったっけ。

 などと呑気に構えていると、ローザの厳しい声が飛んだ。

「来ます!」

 慌てて意識を現実に戻すと、三頭犬を先頭にして、その周りを取り巻く様に黒妖犬の集団が凄まじいまでの勢いで迫ってくる。

 さながら、死を振りまく黒い絨毯ってとこか。こりゃ、俺達二人でまともに相手してたら余裕で死ねるな。ならば、一丁、ぶちかましますか。

「ローザ、俺は突っ込むから後宜しく」

「え?! あっ! ちょ、ちょっと! 待って下さい!」

「荒ぶる風よ。我を包み彼奴等の下へと(いざな)え」

 慌てるローザを無視して全身に暴風を纏い、飛び出して行った。

 そうして俺は十五メートルほどもあった距離を縮めるどころか、進路上の黒妖犬を風で吹き飛ばしながら、集団のど真ん中まで一気に切り込み、

「焼き尽くせ! 火炎柱陣!」

 言霊を唱えながら自分の周囲を剣で一閃した後、地面に突き立て、続けて理の詠唱を刻んだ。

「我操るは水気! 炎を遮る水壁なり! 水刻火!」

 言霊魔法と理魔法、原理が違うとは言え、魔力の出所は同じだから、火と水という相反する属性の同時使用は流石にきつい。集中力が切れたら、それこそ自滅コースだ。

 周囲に何本も立ち上がった炎の柱から自身を水壁で包み込んで守り、極度の集中の中、歯を食いしばり眉を潜めてその光景を眺めた。

 それは炎柱の乱舞。

 炎で熱せられた周囲の空気が逆巻き、それを纏って炎は更に火勢を上げて奴等を巻き上げ焼き尽くし、辺り一帯を蹂躙する。黒妖犬はおろか、三頭犬さえ成す術も無く炎に飲み込まれ焼かれていた。そしてそれが消え去った後には、全身から煙を噴き上げる三頭犬のみが辛うじて立っているだけだった。

「まったく、まだ生きてるとは、流石、でかいだけはあるな」

 俺はそれを確認した後、手近な三頭犬へと歩を進め、剣の一振りで頭を全て切り落とした。

 あと三つ! ローザも来たし、これで無事終わりだな。

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