一撃悩殺!
いや、あれは本当にやばかった。丁度呼ばれたから良い様なものの、そうじゃなかったら、どうなって居た事か、考えたくも無い。
俺は安堵しながら試験が行なわれる闘技場に立っていた。
「それでは試験を行いますが、何か質問はありますか?」
「俺の他に誰も居ませんけど?」
そう、ここには試験官の女性と俺以外、誰も居ないのだ。
「以前と違いまして今は、魔装機が対戦相手を務めます。なので、試験開始の合図と同時にあちらの扉が開き、そこから出てまいりますので、それと戦って下さい」
あっちの世界より進んでないか? 自立駆動する戦闘機械なんて。
「一応、ご希望が四級との事ですので、魔装機もその様に調整してあります。その昇格条件ですが、最低でも、制限時間いっぱいまで立っていられれば結構です」
立っていれば良い、か。でも、倒してもいいんだよな。
「あ、それとですね。その機械ですが、過剰な攻撃を加えますと、暴走の危険がありますので、程々でお願いしますね」
パチンと片目を瞑り、愛嬌たっぷりの微笑を見せる。
この人も中々綺麗だねえ、じゃ無くて、いいのか? そんな欠陥品使って。
「もしも暴走した場合、私はすぐに逃げますので、責任を持って破壊するなりしてくださいね」
「に、逃げるんですか?!」
「はい、忠告しても聞かない人は助けません。これは私の信条ですから!」
胸前で両拳を握り締めてにっこりと微笑まれた。
「なお、私が試験官を務めている場合に限り、途中棄権は人生も棄権と思ってください」
人生も棄権って……。
「それではハーレム王さん、――逝ってみましょうか」
なんか、行っての字が違う気がするのは気のせいだろうか?
試験官は踵を返すと、闘技場の場外へと出て行き、そこで振り向く。
「始め!」
行き成り開始の合図が出された。
俺は既に手にしていた剣を構えて、魔力を注ぎ込む。それと同時に扉が開き、何かが勢いよく飛び出して来て、俺の五メートルほど手前で止まった。
それは雪だるまに手を四本付けた様な格好で、右側に剣と槍、左側には盾とメイスを握り、空中にふわふわと浮いている。しかも、顔まで画かれているのだが、それが福笑いの様におかしな配置を取っていて、見れば見るほど戦意が削がれてしまった。
「これ書いた奴のセンスを疑うな……」
ぼそり、と呟く俺に背後から怒鳴り声が叩き付けられた。
「私が書きましたけど、何か文句でもあるんですかっ!」
げっ! あの人が書いたのか!
「い、いや、余りにも前衛的過ぎて、ちょっと思考が追いつきませんでした」
「そうですか、なら遠慮する必要はありませんね。ポンちゃん、殺っておしまい!」
名前まで付けてんのかよ!
命令を受けて四本の腕を振り上げ、歓喜に戦慄く様に胴体を震わせると、ポンちゃんは槍を構えて猛烈な速さで真っ直ぐに突っ込んで来る。俺は咄嗟に右へと回避行動を取るが、何故か躓いてよろけ、頭目掛けて振り下ろされる盾を視界の隅に捕らえると、強引に後へと飛び退り距離を取ろうと身を捻ったが、何故か体が強烈な風に巻かれて受身も取れずに背中から地面に叩き付けられてしまった。
「がはっ!」
その衝撃で肺の空気を全て吐き出してしまい喘いでいると、胸目掛けて槍が突き込まれて来る。それを何とか剣で往なして軌道を逸らせたが肩口を掠めてしまい、焼ける様な痛みに襲われる。でも、その痛みを感じる暇もなくもう一つの武器、剣によるに二撃目が迫って来ていた。
既に剣は槍を絡め取っている為に使えない。だから――
「絡め取れ火炎流!」
ポンちゃんに炎の竜巻を浴びせ掛けた。機械とは言えこれには流石に一瞬怯み、剣の軌道が逸れて俺の脇腹を掠めて地面を叩く。その隙に何とか身を起こすと、剣を構え直して対峙した。
「流石は魔術師適正のある方ですねー。まさかそんな大技を放つとは思いませんでしたよー」
外野から呑気な声が降って来るが、今の俺には話す余裕など無かった。
立ち上がって構えた途端に、距離を置かれて火球、水槍、風刃、で連続攻撃され、俺は肩で息をしながら撃ち込まれる魔法を右に左に、時には半身になりながら必死で避ける。しかも、前に出る素振りを少しでも見せれば、目の前に土壁や土槍が俺に向かって立ちはだかり、ジリジリと後退を余儀なくされていた。そして、背中に固い感触を感じた瞬間、追い込まれた事を知った。その刹那、俺の両脇に高々と土壁が出来上がり左右への逃げ道を塞がれ、前方からは複数の鋭い水槍と巨大な火球、その後にはたぶん風刃。どれか一つだけを防いでも意味を成さない攻撃が襲って来る。勝利を確信しているのか、外野からは高らかな笑い声。でもそんな中、俺の手の中の剣が微かな音を発し、それを聞いた俺は頬が緩むのを感じた。
そして、俺の居る場所に全ての攻撃が叩き付けられ、猛烈な爆風と粉塵を撒き散らす。
「これでは肉片の一つも残りませんね。ですが、女の敵はこれで駆除完了です」
「俺が何時女の敵になったんだ? 自分じゃ分からねえから教えてもらえると有り難いんだけど」
粉塵が収まると、そこには、口角を吊り上げて笑みを見せる俺が立っていた。
「な、何故……」
「それはこいつのお陰さ」
ハロムド・ボンクール作、ミスリル製バスタードソード。それが俺を救ってくれた相棒の名前。
そいつを胸前に掲げてニヤリと笑う。
「適当にやろうと思ってたのに、まさか殺され掛けるとは思ってなかったよ。しかも実技試験じゃ死人は出た事無いって聞いてたのにさ。これじゃ流石の俺も本気を出さないといけないじゃないか」
絶句する彼女を視界から追い遣り、ポンちゃんまでの距離を計る。その距離、凡そ二十メートル。全力で突っ込んでも魔法を連射されれば辿り着ける距離じゃない。ただし、普通に走れば。
「風よ我を運べ」
瞬きする間に懐に潜り込み、まずはメイスを持った腕を切り落とし、すぐにまた距離を離して佇む。ここまでに要した時間は僅かに一秒強。見ている者に取っては信じられない速さだった筈だ。
「え? どうして……」
「簡単な事だよ。風魔法で移動しただけさ」
その時ポンちゃんが何故か激しく身を震わせて、表面の色を真っ赤に変えていった。
「ま、まさか! たった一撃で狂化形態が?!」
狂化形態って事はバーサクモードって事か。
ちらり、と目線を流すと、必死で逃げる試験官女性の背中が見えた。が、同じ視界の中にウェスラとキシュア、それにあの獣族娘も映っていた。
「その試験官、捕まえておいてくれ!」
――距離を置いたままじゃ、あの三人も巻き込んじまうから接近戦しかない!
俺はまた風を纏い、瞬く間に肉迫して剣を胴体目掛けて走らせる。だが、今度は盾で受け止められてしまい、有ろう事かその盾から鎖が飛び出し、刀身ががっちりと固定されてしまった。そして、頭上からは剣が、左からは槍が襲い、足元の土が俺の膝までを包み込み動きを封じる。
俺は咄嗟に剣から左手を離して斜め上、剣と槍の中間に向けた。
「我操るは炎、故に金気を剋す! 火剋金!」
本来ならば非常に長い詠唱を必要とする理魔法。それを俺は極短い詠唱だけで発現させ、挙げた左手から二筋の紅蓮の炎を迸らせた。それは迫り来る剣と槍を瞬く間に溶解させて地面に黒い塊を生じさせる。それでもポンちゃんの腕は止まらず、その身を捻り全重量を乗せて俺へと迫った。だが、俺が欲しかったのはこのほんの僅かの時間。その刹那の時間で俺の持つ剣が虹色から揺らぐ青、そこに紅が混じり始め、さらには太陽と同じ煌きを纏う。
「いっけえええ!」
盾に押さえ込まれた剣に渾身の力を込めると何の抵抗も無くズブリ、と潜り込み、ポンちゃんの胴体を切り裂き、剰えその後方の闘技場の壁にまで爪痕を刻み込んでいた。
俺は振り抜いた姿勢で肩で何度か大きく息をすると、その場に大の字に倒れ込み場外へと視線を走らせて、片手を挙げ無事をアピールする。
「何なのよあの子――ポンちゃんは人族では破壊出来ない筈……」
「あの程度の魔装機なぞ破壊出来て当然じゃ。なんせワシ等の夫じゃからのう」
「わらわでも勝てぬのに、機械如きが勝てるものか」
驚く試験官の声と二人の会話が届くと、俺は自然と笑みが零れた。
うん、やっぱり称賛されるっていいもんだな。
「すごい――すごいですよ、ハザマ殿!」
俺は眉根を寄せて、厄介な相手の事を思い出した。
まじいなこりゃ。俺、暫く動けないから大ピンチだ。
「わたしは決めたぞ! 貴殿との勝負、必ず勝ってみせる! その時こそわたしは、ハザマ殿の妻に成る事を誓う!」
おいおい、話が逆になってないか?
「覚えて置くがいい! わたしの名はローザ――ローザ・スヴィンセンだ!」
今ここで自己紹介とか、この娘、やっぱどこかずれてるよなあ。
「では早速勝負だ!」
「ちょっとまてい!」
「またない! それに何時勝負するとは決めてないから今でもいいのだ!」
その余りにも自分勝手な理論に、俺は呆気に取られるしかなかった。
だって、普通、勝負って対等の条件でするもんだろ。それがこっちの都合無視だぜ? 呆気に取られない方がおかしいよ。
「お、お前はそれでも剣士か!」
「わたしはもう剣士ではない!」
「じゃあなんだ!」
「ペットだ!」
「はい?」
一瞬呆ける俺。
「わたしは決めたのだ、ハザマ殿の妻に成ると! 即ち! 夫の為なら何時何所でも奉仕するペットなのだ!」
「キシュア! おまえ何を教えた!」
こんな事教え込むのは絶対あいつしか居ない。
「わらわはただ、妻としての心構えを伝えただけだ」
「その結果がこれか!」
「まさか、このような捉え方をするとは思っていなかったのでな」
偏った考えを教えるキシュアもそうだけど、それを真に受けて勘違いするとか、あのローザって子も相当変だぞ。
寝転んだ俺の視界にローザの姿が映り込み始める。それは獲物を見付けた猫科の動物か、はたまた気配を殺して近付く狩人か。ただ、その表情は何故か法悦の極みに達している様にも見えた。
マズイ、この試験始まって以来の最大のピンチだ。
「ウェスラもキシュアも見てないで何とかしろよ!」
迫り来る脅威に抗う術を持たない今の俺には、助けを請う声を飛ばすので精一杯だ。
「済まぬ。今はマサトの試験結果の改竄中での、そちらまで手が回らぬ」
くそ、ウェスラに見捨てられたか。
「キシュア!」
「済まぬ。自らの思いを遂げ様とする者を、わらわは邪魔する事ができぬ」
頬を染めて俯きがちにモジモジとしていた。
こ、こいつは……。
何とか逃げ様と試みるも、手は動けど足は動かない。どうやらまだ足が捕まっているようだった。
少しずつ足掻きながら足に絡まる土を解いていると、金属が地面にぶつかる音が何度か響いた後、俺の側にローザが立っていた。
「これでわたしの勝ちだ」
行き成り馬乗りになって、俺の顔に豊満な胸を押し付けて来る。
く! い、息が出来ねえ……。な、なんてでかさと軟らかさだ! こ、このままでは……。でも、気持ちいい――じゃねえだろ俺!
彼女を退けようと、力を込めて彼女の両腕を掴んで持ち上げた瞬間、服が破れて、たわわに実った果実が俺の目の前で弾け、それに目が釘付けになった。
おおおお! で、でっけえええ!
「はっはっは、引っ掛かったな」
その一瞬の隙を突かれて俺は唇を吸われ、また一つ、永久の契約が結ばれてしまった。
そしてそれは、ウェスラとキシュアが引き剥がすまで続けられた。
で、俺達は一体、何の勝負をしたんだ?!




