驚かせてごめんなさい
俺の目の前に有る建物、それはどう見ても時代劇に出てくる武家屋敷にしか見えない。しかも、そこには縦書きのでっかい表札が掲げてある。俺には読めないんだけどね。
「ここが冒険者ギルドなのか?」
「そうじゃ。正確には、冒険者相互互助組合と言うのじゃ。表札にも書いてあるじゃろ」
いや、その表札が読めないんですってば。
「姉さま、旦那様はそれが読めないのでは?」
そうそう、読めないのよ。って、なんか二人から哀れな目を向けられてるし……。
「む、そうじゃったな。ならば帰って早速勉強じゃな。キシュア、おぬしも手伝うのじゃぞ」
「分かった。わらわも旦那様をびしびし鍛えましょうぞ」
お互いの両手をきつく握り締めて、真剣な眼差しを送りあう二人。しかも、その場で気合まで入れ始めてしまった。
何だか、二人とも変な方向に気合が入ってしまった感じだ。まあ、ここで試験受けるのは俺だけだし、仕方ないのだろうけどさ、でも二人揃って「えいえいおー」とか止めようよ。
「な、なあ、ここに居ても邪魔なだけだし、中に入ろうぜ」
居た堪れなくなった俺は二人に声を掛ける。だって、周りの人達が奇異の視線を向け始めたんだもん。
「む、すっかり忘れておったわ」
いや、そこは忘れちゃ駄目だろ。
「わらわも忘れていた。ギルドに登録するのだったな」
おまえもかよ!
「まあ、仕方なかろう。なんせ、同じ目標が出来たのじゃからな!」
仕方ないって……。
「よし! では行くぞ!」
「「たのもー!」」
「俺達は道場破りかよっ!」
「「違うのか?」」
「違う! ってか、ここは道場じゃねえし!」
「似たようなものじゃ。問題ない!」
胸を張って大意張りで言うウェスラの姿に、俺はもう、溜息しか出なかった。
*
門を潜って中に入ると、そこは腰に剣を下げ皮鎧を着た者や、ローブを纏った者など、冒険者と思しき人達が雑談を交わしたりしている。左手には奥まで続く長いカウンターが在ってそこが各種受付らしく、列が出来ていた。その真向かいの壁には掲示板があり、室内の真ん中には何かを書く為なのか、羽ペンとインク壺が載ったテーブルが四つほど設置してあった。
「なんだか役所みたいだ」
俺の第一印象、それは、あっちの世界の役所だった。
「やくしょ?」
ウェスラが訝る表情を向けてくる。
「ああ、あっちの世界だと、行政に色々な申請をしたり、必要な書類を発行してもらう場所の事だよ」
「なんじゃ、行府の事か。まあ、似て無くはないのう。扱う事柄が違うだけじゃしの」
なるほど、こっちじゃ役所の事を行府って言うのか。覚えとこっと。
「取り合えず登録の受付じゃが――。おお、あそこじゃ! あの一番奥じゃな」
俺達はウェスラの後に付いて、カウンターの一番奥、右端の受付へと進む。
でもこの視線、どうにか成らないもんかな。俺達が中へ入った途端、ざわめきがピタリと止んで、注目されっぱなしなんだよな。
奥のカウンターには数名が並んで居たけど、それを無視して受付の人にウェスラは声を掛ける。
ま、全員驚いて固まってたから、別にいいけどさ。
「ちと済まぬが、冒険者登録はここで良いのじゃよな?」
受付のお姉さんも呆けてるよ。仕方ないよなあ、本物のウェスラ・アイシンだし。
「おい、何故応えぬ」
応えないんじゃなくて、応えられないんだってば。
何時まで立っても応答が無いお姉さんを見て、ウェスラの顔が徐々に歪んでいく。
「ええい! こやつでは話にならん! 責任者を呼べい!」
終いには業を煮やして怒鳴ってしまった。
これはちょっと受付のお姉さんが可哀相だな。
俺はカウンターを少し強めに叩いた後、身を乗り出してお姉さんに顔を寄せた。
「このままだとあんたが上司から大目玉くらうぞ」
囁き声に一瞬、身を震わせて我に返ったけど、俺の顔を見て露骨に嫌そうな表情を見せた。
俺、何かしたかなあ?
「も、申し訳御座いません。つい、見蕩れてしまいました」
勢い良く頭を下げるお姉さん。
普通はウェスラみたいな有名人は来ないのだろうから、仕方ないよね。
「まったく、ワシが来たからとて呆けるでない。他の者にも迷惑であろうが」
不機嫌な表情を隠しもせずに文句を垂れてるけど、もうちょっと自分の知名度を考えような。
お姉さんは何度も頭を下げて謝ってから、気を取り直して受付を再開する。
「えと、登録ですね。ですが、アイシン様は登録の必要はない筈ですが……」
「たわけ、ワシではない。こっちの二人じゃ」
たわけはウェスラだ、と言いたいけど、言ったらたぶん怒るよな。
そして、お姉さんは俺を見るなり、やっぱり露骨に嫌な顔をする。だけど、キシュアに対しては爽やかな笑顔を向けた。
初対面の筈なのに、なんで嫌な顔されるんだろう?
「そ、それでは、こちらの用紙にお名前と種族、年齢のご記入をお願い致します。記入しましたら、またこちらへお持ちください。あ、記入はあちらのテーブルでお願いします」
中央にあるテーブルに手を向ける。
やっぱりあそこで記入するのか。
俺達はそこへ移動すると、名前と種族、それと年齢の記入をする。もちろん、俺は何所に書けば良いのか分からないので、教えてもらいながらだけどね。
でも、名前を書きながら俺は、フッと思った。
「なあ、結婚してると名前ってどうなるんだ?」
そう、あっちの世界、つまり日本では嫁に来るにしても婿に入るにしても、苗字が変わる。ただ、こっちで同じとは限らないから、そこら辺が疑問に感じたのだ。
「おお、良く気が付いたなマサト。危うく忘れるとこだったわい。キシュアよ、おぬしはジレダルトの後にハザマと付け加えよ。――ワシも後でギルドカードの更新をせねばいかんな」
この会話から察すると、夫の苗字が加えられるのか。
「でも姉さま、それですと、わらわの名は長くなりすぎてしまいます」
「仕方なかろう。これは正式な文書じゃしの。まあ、名乗る時は省略するなりすれば良かろうて」
「それもそうですね」
取り合えず記入が終わったので、今度は大人しく受付の列に並ぶ。
相変わらず視線が痛いけど、俺に向けられてる訳じゃ無いだろうし、やっぱりウェスラって有名なんだなあ。などと思っていると順番が回って来たので、用紙を提出する。
「それではあちらの扉から中へ入ってお待ちください。魔力量と純度の測定を行ないますので」
指示された扉を潜ると、中の人達が一斉に視線を向けてくる。でも、その視線が敵意に満ちていたのは、何でだろ。
それを無視して空いている椅子に腰掛けると、取り合えず俺は、気に成っている事を聞いた。
「なあ、魔力量って人族だと普通はどのくらいなんだ?」
ここに来る前に、俺の魔力量は驚かれると聞いてから、少しだけ気に成っていたのだ。
「そうじゃのう。――マサトの歳の人族で、何の訓練も受けておらぬと仮定してじゃが、大体、五十前後かの」
五十前後か。でも数値だけ聞いても良く分からないな。
「なあ、それって多いのか?」
「魔術師に成るには数年の訓練が必要じゃ。通常、最低でも百は無いと魔術師には成れぬでの。もっとも、これとてまだ見習い。いっぱしの魔術師に成るには最低三百じゃ。そしてその上に、召喚師、と言うものがある。これは精霊を使役する者なのじゃが、こっちは最低でも五百、と言った所じゃ。で、ワシの様な魔導師になるには最低でも二千は必要じゃ。なんせ、最小威力の理魔法を発動させるだけでも、百は持っていかれるからのう」
理魔法ってどんだけ効率が悪いんだよ。これなら魔術師のが良いじゃないか。
「何か勘違いしておるようじゃから、一つ言わせて貰うぞ」
「勘違い?」
「うむ、理魔法の最小威力は魔術師が扱う上級魔法以上じゃ」
俺の顔は今、阿呆みたいに呆けているはず。その証拠に、ウェスラは勝ち誇った笑顔を見せていたのだから。
「キシュア・ヴィ・ジレダルト・ハザマさん、お入りください」
そこに声が掛かる。まずはキシュアからの様だ。
「ワシも一緒に行くかのう」
二人して立ち上がると、更に奥の部屋へと消えていった。
俺は一人残され、敵意の篭もった視線に晒されると、大きく溜息を付いた。
「おい、そこのガキ」
ガキって誰だろう、と周りを見回す。でも、子供なんか何所にも居ない。
「おめえだよ、何キョロキョロしてんだよ」
声を掛けて来た相手は俺とそう歳は違わない様に見える。なのに何で俺をガキ呼ばわりするんだ。
「これでも十七なんですけどね」
「十七だあ? どう見ても十三、四にしか見えねえぞ。吹かしこいてんじゃねえよ」
他の連中は俺達から目を逸らしてるから、どうやらこいつは嫌われ者っぽい。嫌なのに絡まれたもんだ。
「それにしても、こんなとこで二人も女を侍らせやがっていい度胸してんじゃねえか。おめえみてえなガキにゃ勿体ねえぜ。あの女どもは俺が貰っていってやるから覚悟しておけ」
下卑た笑いを上げて、俺を睨み付けて来る。まあ、こういった輩は相手にしない方がいいんだけど、向こうから絡んで来てるから、そうも行かないんだよなあ。
「止めた方がいいと思うけどね」
「ああ?! なんだ? 俺に意見しようってのか?!」
おお、なんだか凄んで来たぞ。面白い、なら、弄るか。
「あんたみたいな下衆にあの二人が靡く訳ないじゃないか。俺くらい良い男なら別だけどね」
俺が馬鹿にして鼻で笑うと、蟀谷をヒク付かせて怒りを露にした。
「んだとお! 俺の何所が下衆なんだよ!」
「下衆に下衆って言って何が悪い。それにあんたも俺もまだ、冒険者にもなって無い。もっとも、あんたは今ならチンピラにはなれるだろうけどね」
今度は口角を吊り上げて挑発的な笑みを浮かべる。それを見た相手は更に激高して立ち上がり、剣の柄に手を掛けて抜こうとする。その瞬間、喉元に横合いから切っ先が突き付けられ、冷汗を流しながら固まってしまった。
「それくらいにして置いたらどうだ? ここで騒ぎを起こせば貴様が処罰されるだけだぞ」
俺は剣を突き出している相手に目線を送る。
日焼けした健康的な肌に、肩の辺りで切り揃えられた黒曜石の様な黒髪。切れ長の目は意思の強さを表す様に目尻が微かに釣り上がり、綺麗に通った鼻梁と小さめの鼻、そして、桜色の唇。そのどれもが絶妙な配置を得て細面の顔に並び、凛とした美しさを醸し出していた。
ただし、獣耳が生えていたけどね。
「それから、あんたもあんただ。自信が有るのか知らないが、下手に挑発などするな」
おっと、怒られたか。ま、挑発してたのは事実だしな。
俺は肩を竦めて、軽く息を吐く。それを見て彼女は溜息を付くと剣を仕舞い、男は安堵の溜息を付いて肩を落としていた。
「マサト・ハザマさん、お入りください」
「お、やっと呼ばれたか」
俺が立ち上がると、彼女が怪訝そうな表情に変わった。
「先ほどの娘も、確か、ハザマと……」
「ああ、あれは俺の妻だ。ちなみに吸血族だぞ。下手に手を出さない方が身の為だ」
俺が男に向かってニヤリ、と笑うと、男は真っ青な顔をして縮こまってしまった。
「そうか、ではもう一人も――」
「ああ、ウェスラ・アイシン、彼女も俺の妻だ」
部屋中にどよめきが走ったが、彼女だけが、小さく笑いながら腹を抱えていた。
「そ、そうか――、街で噂の男はあんただったのか。アイシン様の妻にしてアルシェアナ王女とその秘書官も妻にしたという、ハーレム王は」
俺は苦笑を浮かべながら、奥の部屋へと歩き出した。
ここでもハーレム王か。まったくもって厄介な噂が立ったもんだ。
「縁があったらまた会おう。ハザマ殿」
俺はその声に無言で片手を上げて、そそくさと奥の部屋へ入って行った。
部屋に入ると、そこにはまだ、ウェスラとキシュアが居た。
「待っててくれたのか」
「マサトの魔力量と純度が見とうての」
そう言えば、俺の魔力量は分からないんだっけな。
「そこにお座りください」
ローブを着込んだ年配の男性に促されて椅子に座る。
「では、この水晶球に手を触れてください。それで魔力量が分かります」
「はい」
言われたとおりに触れると、透明だった水晶球が見る間に虹色に輝きだし、それを見ていた男性は驚愕に目を見開いていた。
「こ、こんな……。人族でこれほどまでの魔力量など……」
「やはりの。規格外とは思うておったが、予想以上のようだのう」
ウェスラの声に男性が顔を向ける。
「アイシン様は、もしかして分かって居られたのですか?」
「うむ、漠然とじゃがな。ワシは水晶球なぞ使わずとも計れる筈なのじゃが、こやつのだけは規格外と分かるだけで計れなんだ。で、如何程だ?」
ウェスラが促す。
「は、はい。――四千三百、で御座います」
「わらわと殆ど変わらぬではないか」
キシュアが若干不貞腐れた。
「ふむ、ワシが七千と少しじゃから、人族であれば規格外も良い所じゃな」
そんなに凄いのか。って、確か可憐はもっと凄いんだっけな。
「で、では、次は純度を測りますので、こちらを両手で包み込んでください」
今度は目の前に水晶柱が置かれる。でもこれは、随分と赤い。
「この色がどれだけ薄れるかで純度が分かります。人によっては色が濃くなる場合もありますが」
「色が薄れれば薄れるほど純度が高いって事ですか」
「はい、そうです。この色をゼロとして薄くなればプラス、濃くなればマイナスです」
よし、触ってみますか。
俺はゆっくりと水晶柱に触れる。すると、見る間に色が薄くなりガラスの様に透き通って、終いには何も見えなくなってしまった。
あれ? 感触はあるのに、見えないってどゆこと? 誰か回答プリーズ。
顔を上げて見回すと、三人とも驚愕に目を見開いて言葉を失っていた。
男性がその顔をウェスラに向けると、彼女の表情が険しくなった。
「マサトよ。おぬしの純度はプラスである事は確かじゃが、計測不能じゃ」
計測不能って、どうすんだ?
「い、一応、推定値で宜しければ……」
男性がウェスラに言うと、彼女は頷いた。
「構わぬ、それで良い」
これは私の独断による推定値ですので正確では有りませんが、と男性は前置きをする。
「たぶん、プラス三十以上かと存じます」
「三十?」
俺は眉根に皺を寄せた。
「通常はプラスマイナス共に十段階で表すのですが……」
男性は言葉を濁して、ウェスラに助けを求めるように困った顔を向ける。
「マサトの場合は彼の推定じゃから正確には分からぬ。じゃがな、確かな事が一つだけある」
「確かな事?」
「うむ。それはの、言霊魔法であれば魔力量など気にする事無く使える、と言う事じゃ。まあ、基本魔力量の三十割り増しとでも覚えておけば良いじゃろ」
ウェスラは険しい表情を崩さずに告げてくるが、俺は三百パーセント増しと言われ、頭の中で即座に計算をし始め、その事実に自分で驚き、絶句してしまった。
「一万七千以上って幾らなんでも……」
「これは飽く迄推定ですから、それ以上かと……もしかすると二万を超えるかもしれません」
その場にいる全員が、今度こそ声も出なくなった。
俺の魔力、チートすぎだろ。




