もらったどー
俺達は今、メインストリートを南に向かって歩いている。しかも、腕を組みながら。
だからなのだろう、今日も街の人達の視線が痛いほどに突き刺さる。
まあ、美女を二人も侍らせてれば無理も無いか。
右には、知らぬ者無き世界最高の魔導師にして超絶美女、ウェスラ・アイシン。
左には、まだ少しあどけなさは残るが、ウェスラに匹敵するほどの美少女、キシュア・ヴィ・ジレダルト。
そんな両手に花な状態で、視線を集めない方が可笑しいのだ。しかもその二人は、とても幸せそうに微笑んでいたのだから。
こんな表情をされては、視線が気になるから離れてくれ、なんて、とてもじゃないが言えない微妙にチキンな俺です。
「そう言えばさ、試験って何するんだ?」
取り合えず視線は無視する事に決めて、朝の質問を再開した。
「まあ、実技試験と言っても簡単な模擬戦闘じゃよ」
なるほど、組み手とかそういうやつか。
「他にもなんかある?」
「うむ、一つは魔力量の検査じゃな。まあ、マサトの場合はかなり驚かれるじゃろうな。通常、お主の歳の人族では有り得ん量の筈じゃからのう――」
カレンほどではないがの、と付け加えられた。
ま、分かってたけどね。俺はオマケだし。
「それともう一つ、魔力の質の検査じゃ」
「質?」
「魔力と言うものはな、量もそうじゃが質も大事なのじゃ」
ウェスラが言うには、同じ魔力量を込めても、質の違いで威力が変わってくるらしい。極端な話、同じ炎でも蝋燭と焚き火ほどの違いが出るとの事だった。
「ふーん、量と質かあ。なんか食材みたいだな」
「そうだの、鮮度が良ければ高く、落ちれば値が安くなる。正にその通りじゃな」
三人して笑ってしまった。
「そういえば、旦那様は武器を使わぬのか?」
失念していた。そうだ、武器が無いんだった。
「徒手空拳で、って訳にはいかないよなあ。まあ、それでも何とか成ると思うけど……」
「なんじゃ、金属をぶっ叩いても大丈夫なのか? それならば素手でも良いがの」
流石に拳を鍛えてる訳じゃないし、それは無理だ。
「やっぱ、剣は無いと駄目か」
「では、武具屋へ寄ってから行くかの」
ウェスラは「いい武具屋を知っておるから付いてまいれ」と言いながら、俺達をぐいぐいと引っ張っていく。そうしてたどり着いた所は、一本裏に入った場所に在る、看板も何も出ていない、小ぢんまりとした店だった。
だが、中に入って驚いた。そこには壁と言わず天井と言わず、剣や槍などの武器がびっしりと並べられていたからだ。しかも、小さいものはダガーから、大きい物は俺の身の丈を越す様な物まで、兎も角、ここならば自分が希望する剣ならば、必ず見付かるのではないか、と思うほどだった。
「おーいおやぢい! 居るかあ?!」
ウェスラが大声で怒鳴った。
それにしても、おやぢい、とか開店前の飲み屋か、ここは。
「やかあしい! んな、大声出さんでも聞こえらあ!」
物を掻き分ける音と共に出て来たのは、身長が百五十センチくらいで俺よりも遥かにがっしりした体格の、小さな髭もじゃのおっちゃんだった。
もしかして、これがあの有名なドワーフってやつか?
「おう、おやぢ。久しぶりじゃのう」
豪快に笑いながら、何度もおっさんの肩を叩いている。おっさんは顔を顰めているけど、なんか満更でもなさそうだ。
「おやぢおやぢ言うんじゃねえよ、この大婆魔導師。何時までも一人で居ねえで、さっさと誰かとくっ付いちまえ」
がっはっは、とこれまた豪快に笑ってる。なんだか、二人とも嬉しそうだ。でも、おっちゃんのその言葉に、ウェスラがニヤリと笑った。
「そうじゃ、紹介するぞい。ワシの夫じゃ」
腕を引っ張られて、俺は彼女の隣へと動く。
「初めまして。ウェスラの夫のマサト・ハザマです」
おっちゃんの目と口が限界まで開かれて、呆然とした表情を作っている。もしかして、俺と一緒になったのはいけない事だったのだろうか。
「って、事は……こいつが噂のハーレム王か!」
「おいこら! ちょっとまて! ハーレム王ってなんすか!」
思わず初対面のおっちゃんに食って掛かってしまった。
「いや、だってよおめえ、――こいつの旦那のクセに、王女様とその秘書官も手篭めにしたって言うじゃねえか。ハーレム王と呼ばずになんて呼びゃあいいんだ?」
これはまた人聞きの悪い噂が立ってるなあ。やっぱりあれは、相当不味かったみたいだな。
「お初にお目に掛かる。わらわもマサトが妻の一人、キシュア・ヴィ・ジレダルトと申す」
何時の間にか俺の隣に並んで挨拶をしたキシュアに目線を向けると、またおっちゃんは呆然としてながら俺に目線を戻した。
「おめえ……守備範囲広すぎじゃねえか?」
俺は一瞬、怪訝な表情を取るも、直ぐに気が付きハッとなった。
今のキシュアの格好は、空色のワンピースの上にカーディガンの様な薄い桜色の上着を羽織り、髪をツインテールに結っている。それは完璧に歳相応、人間であれば十四、五歳にしか見えない。そんな娘が、自分を妻だと言った。詰まり、この国の法律では人族の場合だったら違反。ただ、魔族の中には幼い容姿に見える者も居るので、一概には決め付けられないから、守備範囲が広い、と言われた訳だ。
まあ、そうだよなあ。これじゃロリコン趣味にしか見えないよなあ。
「ま、まあ、人の趣味にとやかく言うつもりはねえけどよ、少しは自嘲した方がいいぞ?」
やっぱり勘違いされてる。
どうやって誤解を解こうかと思案していると、ウェスラが爆弾を投下した。
「キシュアは吸血族じゃ」
おっちゃんの顔が見る間に真っ青になり、その場にぺたりと座り込んでしまった。
そんなに驚く事なのか?
ウェスラはにやにやと笑い、キシュアは不満そうに、俺はどう反応して良いのか分からず、困惑の表情を作った。
「お、お、お、お、おめえ――し、死んでも知らねえぞ!」
死ぬって、なんで俺が死ぬんだ。訳分からんぞ。
「わらわは伴侶を殺したりなどせんわ!」
頬をぷっくりと膨らませて、キシュアは怒る。でもそれが、猛烈に可愛い。その所為か知らないけど、おっちゃんが頬を染めて、また呆けてしまった。
良い歳した男がなんちゅう顔してんだろな、まったく。
「なあ、この人、大丈夫なのか?」
ウェスラの耳に口を寄せて囁くと、彼女は苦笑いを浮かべた。
「まあ、おつむの方はあれじゃが、腕は確かじゃ」
このおっちゃんは色々と残念系の人なのかな。でもまあ、腕が確かなら問題無いか。
俺は呆けたまま座り込むおっちゃんの前にしゃがむと、その顔を覗き込んだ。
「おーい、戻ってこーい。俺に武器を売れー。早くしないと適当に持ってくぞー」
何度か軽く肩を叩いていると、次第に目に精気が戻って来るが、なんだか、焦点が少しおかしい気がした。それはどうやら俺を突き抜けて、キシュアに向けられて居た様だ。だけど、その焦点がやっと俺に合った。
「可愛いは正義ってどっかで聞いたけどよ、これなら嫁にしたくなるのも頷けるわな」
突然何を言い出す、このおっちゃんは。、可愛いは正義とか、どこで覚えた。
俺の訝る表情を見ても、どうでも良いのか話は続く。
「俺ももうちっと若けりゃ嫁を増やすんだがなあ。まあその夢はおめえに預けた。ハーレム王! 男の夢を絶対実現すんだぞ!」
がっはっは、とまた豪快に笑いながら何度も俺の肩を叩いた。
ここじゃ名前じゃなくてハーレム王としか呼ばれなさそうな気がしてきたなー。
「ハロムド、ワシ等はこれでも客なんじゃがな」
ウェスラの声におっちゃん――ハロムドさんは怪訝な表情を見せる。
「なんだ? おめえさんが武器でも扱おうってのか? 止めとけ止めとけ。怪我するのが落ちだぞ」
馬鹿も休み休み言え、と言った所だろうな。でも、勘違いも甚だしい。もっとも、ワザとやってる可能性も否定は出来ないけど。
「たわけが! ワシが使うと何時言うた! 使うのはマサトじゃ!」
凄い剣幕で怒鳴られて、ハロムドさんは首を竦めて亀みたいに縮こまった。ただし、ウェスラには見えないように舌をだしてたけどね。
俺は立ち上がると、まだ座り込んでいるハロムドさんに、笑顔で手を差し出す。
「宜しくお願いします。ハロムドさん」
一瞬、キョトンとされたが、直ぐに屈託の無い子供みたいな笑顔を返してくる。こんな顔が出来る大人って、凄いよな。
そして、俺の手を握り立ち上がる。
「おう、宜しくな」
その手は長い間槌を握っていたからだろう。かなりゴツゴツしていた。だけど、とても暖かかった。
「それで、どんなのが欲しいんだ?」
「どんなのって言われてもなあ……。俺、剣術やった事無いし」
「はあ? 剣術やったことねえのに、剣を買いに来たってのかよ」
呆れられてしまった。でも仕方ないよな、本当の事だし。
「しゃあねえな。ちとジッとしてろい」
行き成り俺の腕とか腹や胸、足腰を触って揉み始める。
「ちょ! 俺そんな趣味無いですよ!」
「うっせい! だあってジッとしてろ!」
怒られた。
「ふむ、筋肉の付き方は悪くねえ。寧ろ理想的だな。ただ、鍛え方が足りねえか。でもまあ、これなら……ちょっと待ってろ」
ハロムドさんは店の奥に足早に消えて行く。すると、何かを探している様な音が聞こえてきた。
「なあ、俺の剣ってここに置いてあるのじゃ駄目なのか?」
剣の良し悪しは分からない。でも、店頭にあるどの剣も悪いとは思えない。俺なんてどうせ初心者に毛が生えた様なもんだし、店売りで十分だと思うんだけどな。
「あのおやぢはな、自分の気に入った客にしか出さん剣があるのじゃよ」
「って事は、俺が気に入られたって事なのか?」
「うむ、たぶん、秘蔵の一品を持ち出してくるぞ」
それは楽しみだな。とは言っても、やっぱり良し悪しなんて分からないんだよな。
そんな取り止めも無い会話をしていると、ハロムドさんがその手に剣を持って姿を現した。その剣の長さは刃の部分だけで、優に一メートル以上あった。
「受け取れ」
無造作に放り投げられた剣を、慌てて受け止めると、意外なほど軽かった。
「これ、随分軽い気がしますけど――」
「おう、分かるか。そいつあミスリル銀製のバスタードだ。もっとも、おめえには別の剣を作る心算だがな。それまでの繋ぎに使えや」
「ミスリル銀って、魔法金属のミスリルか?」
ハロムドさんがニヤリと笑った。
「よく知ってんじゃねえか。そいつは俺の特別製でな、魔力に反応して硬度を変える代物だ。魔力を込めれば込めるほど、純粋であればあるほど硬度が上がる。もっとも、込められる魔力には限度があるがな」
そんな凄いものを出して来てくれたのか。これはきちんと礼を言わないといけないな。
俺がそう思って、頭を下げようとした時、
「まだ早えぞ、ハーレム王。そいつが存分に使える様になったらまた来い。そんときゃあ、本当にお前に渡す剣を準備しといてやるぜ。だから、そいつはくれてやるから持っていけ」
「え?! って事はただ?」
「そいつの金はいらねえ、先行投資ってやつよ。ただし、次に打つ剣は金を貰うがな」
また豪快に笑い声を上げた。
そんな上機嫌のハロムドさんに礼を言って店を後にすると、俺達はまた、ギルド目指して歩き始めた。
よし、取り合えず武器ゲットだぜ! でも、どうやって魔力を流し込むんだこれ? ま、いいか。習うより慣れろって言うし、そのうち出来るようになる! よね?




