そうだ、冒険者ギルドへ行こう
いやはや今朝起きた時はすっげえ恥かしかった。なんせ、全員全裸で抱き合って寝てたんだから。しかも、昨晩の事がありありと脳裏に蘇って来たもんだから、もう全身から火が噴出すんじゃないかってくらいだ。ただ、そんな事を思っていたのは俺だけだった様で、四人は起き出すと代わる代わる俺におはようのキスをしてきた。もっとも、頬は桜色だったけどね。ただ、動揺する俺に比べて、彼女達からは、幸せそうな雰囲気しか伝わってこなかったのが幸いかな。
で、今は着替えて食堂で朝食中。
今朝のメニューはバタートーストにサラダとスープ、それにホットミルクという、至って簡素な物。ただし、俺のお手製だ。もっとも、人数が人数なだけに、ウェスラ達にも手伝ってもらったけどね。ただ、パンの表面を焼いて、バターを塗るって事をこの世界では遣らないらしい。だから凄く珍しがられた。
俺達は昨夜と同じくまた五人で一つのテーブルを囲み、静かに朝食を食べているのだが、何故か親衛隊の面々の視線が時折突き刺さるんだよね。
「なあ、なんか凄く視線が痛いんだけど、なんでだ?」
それは俺以外にもシアやアルシェ、ウェスラの三人も感じていたようだ。
「なんでじゃろうなあ?」
ウェスラが首を傾げる。
「さあ? 私にもちょっと」
アルシェも同じ仕草をする。
「マサトが何かやらかしたのではないですか?」
相変わらず、と言いたい所だけど、流石に今朝は切れが悪い。
四人で首を傾げていると、キシュアがとんでもない事を言い放った。
「仕方ないであろう? 昨夜、われ等にアレだけ嬌声を上げさせてくれたのだから」
嬌声って……。
「まさか、聞こえてた訳、じゃないよな?」
キシュアの口元が軽く釣り上がり、自嘲とも取れる笑いを作った。
「奴等は皆、獣族であろうが。ならば戸を閉めておっても駄々漏よ」
彼女はニヤニヤしているが、他の三人は完全に茹で上がり、俯いてしまった。俺は良く分からず少し考え込む。
――獣族だから聞こえたってどゆこと? えーと、ウォルさんは人狼族で、確か、親衛隊の殆ども同じ。んー。なるほど、――わからん。
「なあ、なんで獣族だと聞こえるんだ?」
考えても分からないならば、聞くまでだ。
でも、キシュアに呆れた顔をされてしまった。
「わらわの旦那は阿呆だったのか……」
大きな溜息を付いて、首を左右に振る彼女。
分からないから聞いたのに、何だこの反応?
「マサトは基本的に阿呆ではないのじゃが……」
「ええ、寧ろ頭は良い方ですが……」
「ヒモですから仕方ありません」
全員に溜息を付かれて首を振られた。
「なんだよ、皆して。分からないから聞いてるのに、どうして溜息付くんだよ」
今度はウェスラ達だけでなく、この場に居る全員が溜息を付いていた。
なんでそうなる。
少し不安になり始めた時、呆れ顔を俺に向けてキシュアが口を開いた。
「獣族はな、どの種族も概ね人族よりも身体能力が優れているのだ。詰まる所、人族には聞こえなくとも、あやつらには聞こえていると言う事だ」
「なんで身体能力が優れていると聞こえ――あっ……!」
そこでやっと気が付いた。
身体能力というのは何も運動能力の事だけだけじゃない。視覚や聴覚、嗅覚や味覚、触覚といった五感も身体能力の一つ。それを踏まえれば、動物の容姿を残す獣族の場合、人よりも秀でた部分が必ず有る。それに人狼族であれば、聴覚と嗅覚は人よりも優れていてもおかしくは無い。なんせ、狼はお犬様の親戚だしね。
俺は自分の顔が猛烈な勢いで赤くなって行くのが、分かった。
「そ、そ、そ、それじゃあ……、終わるまで皆寝られなかったのか!」
一斉に頷かれた。ただし、その中で三人だけ、頷きもしない人物が居た。
ランガーナさん、ウォルさん、そして可憐の三人だ。
まあ、ランガーナさんは人族だから分かる。同じ意味で可憐も聞こえていたとは思えない。でも、ウォルさんに聞こえていない筈は無い。もっとも、ウォルさんならば聞こえていても、聞こえてないフリくらいはすると思うけど、この場合、何故か余りにも不自然な気がした。だって、普段のあの人なら、頷きはしなくとも苦笑くらいは見せる筈だからだ。それが、我関せず、と言わんばかりに黙々と飯を食ってる。どう見ても怪しい。
俺が彼の背中に視線を突き刺していると、何故か、真っ赤な顔をした可憐に睨まれた。
なんであいつが俺を睨むんだ?
「なあ、ウォルさんと可憐って付き合ってるのか?」
小声で四人に聞くが、何故か四人揃って困った表情をした。それを見て俺は、ピンと来た。
「そうか、付き合ってたか」
俺は一人納得をする。この場合の俺の付き合ってたは、深い仲になっている、と言う意味だ。
そんな俺を見て四人は安堵の溜息を付いてるけど、本当なら俺にも話して欲しかった。でも、こればっかりはどうしようもない。それに本人達が俺に内緒にしているのならば、それを彼女達から無理やり聞きだす訳にもいかない。ただ、これだけはハッキリしてる。もし二人に何か問題が起きても、その時俺は、力を貸さないかもしれない。冷たい様に聞こえるかもしれないけど、秘密にすると言う事は、そう言う事なんだから。
まあ、影からちょこっとだけは手を貸すかもしれないけどね、可憐は身内だし。
「マサト、実は……」
アルシェが掛けて来た声を、俺は手を上げて制した。
先ほどとは打って変わって、黙々と食事をする俺の姿を見て、アルシェは何かを感じたのかもしれないし、それに、表情に出てしまっていたのだろう。だけど、ここで彼女の口から聞いても、何の意味も無い。
「アルシェ、ワシ等が何を言うてもマサトは変わらぬ。それにな、ワシもマサトと同じ考えじゃしな」
「うむ、わらわも姉さまと同じだ。われ等が言う事ではない」
「そうですね。私もその立場にはありませんしね。すべては……」
シアはあの二人に一瞬だけ目線を送り、直ぐに元へ戻した。
俺達の周りに重苦しい空気が立ち込め始める。そんな空気を吹き飛ばす様に、俺は明るい声で話題を切り替えた。
「さてと、今日から仕事を探さないと。なあ、どっかいいとこ知らない?」
「ヒモが仕事をするなど許しません」
即効でシアから駄目出しを食らった。
シアの中じゃ俺はヒモ確定らしい。
「あのなあ、俺はヒモになるなんて一言も言ってねえぞ。あんまりヒモヒモ言うと、夜の相手してやらんからな」
悔しそうに表情を歪めたシアを見て、俺は勝った、と思った。
「なら、マサトを拉致して犯すまでです」
朝でもやっぱり全開ですか。
ぶれないやつだな。
「働くにしても身分証が無ければ職には就けぬぞ」
衝撃的事実の発覚。
身分証を持ってない俺は、働く事が出来ない様だ。
非常に不味い。これではヒモ確定もいい所だ。
「わらわもその様な物は持っていないぞ?」
「キシュアは出生証明さえ出来れば大丈夫じゃ」
「出生証明か」
「それを証明する物はすでにあるじゃろ」
両手を叩き合わせて、大きく頷くキシュア。
「これか」
右手から突然生えた黒剣に俺はびびった。
「な、なんだそりゃ?!」
「ん? ああ、そうか。旦那様は知っているが知らんのだったな」
驚く俺に、キシュアは悪戯っぽい笑顔を見せた。
知ってるけど知らないってどう言う事だろう。と言うか、俺は全く知らないんだが。
「まあ、今見せたから問題ないな。これはオスクォルの魔器という物だ。この刀身に触れたものは、有機無機に関わらず、闇に飲み込まれるのだよ」
こんな風にな、と言って俺の目の前のパンを突き刺した。するとそのパンは、見る間に闇色に変わって、光に溶けて消えて無くなった。
「お、俺のパンが……」
大事に最後まで取っておいた、チーズを塗りたくったパン。皆に内緒で食べようと思っていたパン。口に入れるのを楽しみにしていたパン。それが綺麗さっぱり消えてしまい、俺は肩を落とし、がっくりと項垂れた。
「ふん、自分だけ食べようとした罰だ。わらわの分も作っておけば、この様な事はしなかったのだがな」
キシュアはジトッと睨んでくる。だが、項垂れながらも、俺の口元はにやけていた。
ふっふっふ、アレだけだと思うなよ。
俺は徐にテーブルの下から皿を取り出して、素早くその上の物を口元に運ぶ。
よし! さっきのよりも大盛りのチーズパン! いただきま……。
パンを貫き黒い剣先が覗くと、そのパンも見る間に溶け消えていった。
「ああああ! お、俺のパンがあああ!」
「ったく、わらわが知らないとでも思っていたのか。吸血族の嗅覚を馬鹿にするでない」
今度こそ俺はテーブルに突っ伏して涙を流した。
「ううう……俺の、大好物……ナチュラルチーズパン……ごめんよお――食べてあげられなくてごめんよお……」
メソメソと泣く俺を、ウェスラもキシュアも鬱陶しそうに眺めて溜息を付いていた。
「たかがパンでこうなるとは……。わらわの旦那はやはり阿呆なのか……」
「ワシもなんだか評価を改めたくなるの」
その時、音を立てながら椅子からアルシェが立ち上がると、一礼して何も言わずに足早に食堂から出て行ってしまった。それを見たシアは、小さく溜息を付くと静かに椅子から立ち上がる。
「それでは私も失礼させていただきます」
目礼すると踵を返して歩き出す。
俺がそんな彼女の背中を何とは無しに見送っていると、何かに気が付いた、とでも言うように立ち止まると振り返った。
「そうそう、働くのは許しませんが、狩りは許します」
そう告げると、食堂から出て行った。そして、親衛隊の面々も食事が終わると食堂から出て行き、俺とウェスラとキシュアの三人だけが残された。
「皆、何所へ行くんだ?」
俺は突っ伏したまま顔だけ上げて、眉根を寄せる。
「城じゃよ」
「城?」
「あ奴らにはあ奴らの仕事がある。それに、アルシェとて執務を放り出す訳にはいかんしの」
そう言うウェスラの表情は少し険しい。たぶん、何も言わずに出て行ったアルシェの事が気掛かりなのだ。
「手を差し伸べる事と、手を出す事の区別が付いていないか」
「仕方あるまいよ。ワシやキシュア、それにシアと違い、アルシェはまだ十七年しか生きておらぬからの。それに、カレンとの仲もある。寧ろ、十七年しか生きておらぬのに、ワシ等と同じ思考が出来るマサトの方がおかしいのじゃよ」
二人の目線が俺に注がれる。
「それって俺の思考がじじいって事か?」
素直に受け取ればこうなる。でもたぶん、二人が言っている意味は違うのだろう。
「違うわ、たわけ。まあ、どうせ気付いておるじゃろうし、これ以上は言わぬがの」
俺は肩を竦めて苦笑いをするだけだ。
「そう言えば、シアが狩りはしてもいいとか言っていたな。あれはどういう意味なのだ?」
「あー、言ってたなあ。――野生動物でも狩って食料を取って来いって事なのかな?」
二人で揃って首を傾げていると、ウェスラが納得した様に頷いていた。
やっぱ、食料調達の狩りでいいのかな?
「たぶん、冒険者ギルドへ行けと言うておるのじゃろう。あそこならばマサトの身分証も手に入るじゃろうしな」
来ましたよ。ファンタジーの王道、冒険者ギルド。そこに登録してギルドカードとやらを手に入れればいいのか。なるほど、それなら簡単だな。
「しかしなあ……」
ウェスラが渋い表情で俺を見詰める。
「なんだよ、問題でもあるんか?」
「マサトは精霊文字の読み書きが出来ぬじゃろ?」
「自分の名前なら書けるぞ」
そこで盛大な溜息を付かれてしまった。
「仕方ない。キシュア、おぬしも登録せい」
「わらわもか? それは構わぬが、姉さまはどうするのだ」
「うむ、ワシはすでに登録済み、と言うか特別枠で勝手に発行されておるでな、ほれ、この通りすでに持っておる」
胸の谷間から薄い金属性みたいなカードを取り出して、ヒラヒラと振っている。対するキシュアは、自分の胸元を見て顔を悔しそうに歪め「わらわも成長すれば」などと言っていた。
期待してるぞ、一番の成長株。
そしてウェスラの話に因れば、この世界の冒険者のランクは級で表すらしい。最初は十級から始まり、そこから九、八、七、と上がって行き、一級まで行くと、その先は段になるそうだ。そこからは一段、二段と数字が増えて行き、最終は五段らしいのだけど、その上に特別枠である特段、というのが儲けられており、それは国や何処かの組織からの推薦がなければ成れないらしい。
算盤とか書道みたいで馴染みやすい。
「でも、なんでキシュアも一緒になんだ?」
登録するだけなら俺一人でも問題ないと思うけどな。
「おぬしが字を読めぬからじゃよ。依頼はギルドの掲示板に張り出されるが、すべて精霊文字で書かれておるから、マサト一人ではどれを受ければ良いか分からぬじゃろ?」
確かに、読めなければどれを受ければ良いのかなんて、分かる筈無い。こんな所でヒモ属性が発揮されてしまうとは、思いも因らなかった。
「ああ、そうじゃ。一応、マサトだけは実技試験があるから気は抜く出ないぞ。普通、十級なぞから始まる阿呆はおらぬからの。最低でも七級より上からがスタートじゃと思うが良い。まあ、心配はしておらぬがな」
何故か不敵な笑みを浮かべている。でも、なんで俺だけなんだろう。
「なあ、キシュアは試験無いのか?」
「無い。というより、吸血族を試験する奴なぞ居らぬわ。魔族の中でも飛び抜けた存在じゃしの」
確かにそうだよな、と妙に納得出来た。
「他に聞きたい事は無いか?」
まだ質問したい事は有ったけど、それは道々聞いていけばいいだろう。
「今はここまででいいよ」
「よし、それでは行くとす――ああ……、マサトは金が無いんじゃった」
腰を上げかけたウェスラがまた元へ戻り、項垂れて溜息を付いてしまったが、キシュアは何所から取り出したのか、皮袋を手にしていた。
「姉さま、わらわが持っているから大丈夫だ。旦那様の分くらい余裕であるぞ」
テーブルの上にそれを、ドン、と置くと口を開けて中身を見せる。
そこには、金貨が沢山詰まっていて、それを見て絶句する俺の隣でウェスラは「これでヒモ確定じゃな」と笑っていた。
俺、泣いていいですか?




