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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
スリク皇国編 第三章
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魔人新生

「……まあ、いいや」

 男は呟くと数歩後退り、再び黒い炎へ手を伸ばしました。

「させませんっ!」

 また何か厄介な武器を取り出されては敵わないと思い、男の腕を切り落とす心算で消滅寸前のエタムを全力で振るいました。

 同時に男の口角が微かに吊り上がった次の瞬間、私の視界の中に有り得ない物が映り込んだのです。

 宙を舞う腕。

 空間に飲み込まれる様に消えていく剣。

 私の足元の地面を濡らす赤い液体。

 それらを確認した後に襲ってきた激痛。

 そこで漸く自分の腕を切り飛ばされたのだと、認識出来ました。

「く……」

 しかも、傷口には黒い炎まで纏わり着いていました。

 そのお陰なのか、肘から先が無くなった右腕からの流血は既に止まっていましたが、傷口に目の粗いおろし器(グレーター)を当てられ、ゆっくりと擦り下ろされ続ける様な激痛だけは引きません。

「やっぱり、いきなりじゃ上手く使えないか」

 苦痛に顔を歪めて右腕を左手で握り締めながら蹲る私の耳に、そんな呟きが聞え顔を挙げると、男のニヤついた顔が飛び込んできました。

「あの剣の力、コピーさせてもらったよ」

「……こぴぃ?」

 訝しむ私に男は忌々し気な表情を取ると、舌打ちをしました。

「チッ、これだから……」

 何に対してイラついているのかは私には分かりませんが、男は自分を落ち着かせるように深呼吸を一つすると、

「じゃあ、複製、って言えば分かるよね?」

 そう言い直しました。

 先程の男の態度は謎ですが、今の言は聞き捨てなりません。

 男は簡単に魔剣エタムの能力を複製した、と言っていますが、魔剣の力は本来、模倣はおろか、魔法を使っても再現不可能な筈です。

 それなのに男は、模倣でもなく再現でもない、複製という言葉を使いました。

 男の意図する所など私には知るべくもありませんが、事実を突き付けられている今は、疑う余地などありませんでした。

 しかも言葉に潜む深い意味を鑑みると、男の目の前で魔剣を振るえば、どんな魔剣であっても力を再現されてしまうという事なのです。

 そこには何かのカラクリがあるとは思うのですが、それを差し引いたとしても、眼前で振るわれた力は、エタムと同等に近い能力を有している様に思われました。

 その事実が一瞬にして私をある結論へと導き、慄然とさせられました。

 背後からは私を心配する声が投げられていましたが、それすらも今の私の耳には入りません。

「それじゃあ、君の力、全部もらうからね?」

 男は宣言した後、一歩、また一歩と、ゆっくりと私に近付いて来ます。

 愉悦に歪む口元。

 侮蔑を乗せた瞳。

 禍々しい気配を背負ったその姿。

 そして私はその背後に広がる闇を、幻視しました。

 全ての感情を飲み込み力に変えてしまう闇を。

 今の私では、この男に勝てない。

 そんな思いが湧き上がり、私は不甲斐なさに顔を歪めて奥歯を噛み締めながら、何一つ相手に手傷を負わせる事なく逝かなければならない事を、心の中で殿下と陛下にお詫びをした正にその時でした。

 男の背後にある黒い炎が、瞬く間に萎んでいったのです。

 男は気が付いていないのか、邪悪な笑みを浮かべたまま私の眼前に立ちました。

「へえ、君は抵抗しないんだ」

 ですが私は、男の言葉など聞いていませんでした。

 寧ろ、無視していたくらいなのです。

 男を透過して私が見詰める先には――。

 全てを見通すかの様に煌めく、自信に溢れた紅と蒼の瞳。

 見たものを一瞬で虜にする微笑み。

 漆黒のドレスに包まれた艶めかしい肢体。

 極め付けは、凄まじいと言う言葉すら生ぬるいと感じさせられる、その体から溢れ出る膨大な魔力と、黒髪の間から控えめに覗く、黄金色に輝く一本の角でした。

 容姿は兎も角、人族に角は有りませんし、絶滅してしまった鬼神族にも角は生えていません。唯一角を生やした人型の生き物は、今は大鬼だけの筈です。

 その大鬼達でさえ、金色の角など生えはしないのです。

 ただ、鬼神族に纏わる伝承には、こうあったと聞き及んでいます。

 曰く〝初代鬼神族の王には、力の象徴たる黄金色に輝く大きな三本の角があった〟と。

 本数こそ違えど御伽噺の中の人物と同じ角を生やしては居ますが、あの方は紛れもなく……。

「マサト殿!」

 私は思わず叫んでいました。



        *



 あの禍々しい闇を消し去り、彼女を助けて脱出した俺の目に映ったのは、奴の背中と、右腕を抑えて蹲る教授の姿だった。

「マサト殿!」

 その声に俺は軽く笑みを返して短く告げる。

「待たせたか?」

 教授は口元に微笑みを湛えながら首を振り、奴は俺の声に一瞬だけ身を固めた後、ゆっくりと振り向き苦虫を噛み潰した様な表情で言葉を絞り出した。

「ことごとく僕の予想を裏切るね、君は……」

「悪うござんしたね」

 俺は肩を竦めて少しだけ(おど)けて見せる。

「――悪いと思ってるなら、態度で示してくれない?」

 そんな台詞を吐きながら奴は右腕を振り、その直後、俺の眼前で何かが弾け跳んで空間を歪ませた。

「おいおい、行き成り攻撃するとか、何考えてんだよ」

 今のが攻撃だったのは分かった。

 目前の空間があれだけ派手に歪んだのだから。

 でもそれがどんな攻撃なのか全く分からず、驚きで少々目を見開きながら奴に向けて問いを発したが、逆に問い返されてしまった。

「……今、何をしたんだい?」

 寧ろ何をされたのか俺の方が聞きたいくらいなのだが、こんな疑問を持つくらいなのだから、ここはすっ呆ける方が得策かもしれない。

「それくらい、自分で考えろよ」

 ま、俺自身分かってないから、答えようがないだけなんだけどな。

 ただ、奴の方も答えを期待していた訳ではなさそうだった。

 何故ならば、何時の間にか両手に黒い剣を握っていたのだから。

「一つ、いい事を教えてあげる」

「いい事?」

「それはね……」

 奴がそう言った途端、姿が欠き消え、俺は背後から衝撃を受けて教授の隣まで吹き飛んでいた。

 余りにも突然の事に受け身を取る事すら儘ならず、俺は地面に叩き付けられ呻き声を上げ掛けるが、追撃を警戒して直ぐに立ち上がり辺りを見回した。

 だが奴の姿は何処にも見えず気配すら感じ取れない。なのに、何処からか俺の様子を窺っている事だけは感じ取れた。

――不味いな。

 そう思った刹那だった。

 先程よりも強烈な衝撃を右肩に食らい、地面を抉りながら十メートルも吹き飛ばされた。

 吹き飛んだ瞬間に何とか左腕一本で頭部を防御したから多大なダメージは避けられたが、あれを頭に攻撃を食らっていたら、確実に首の骨が折れる事は容易に想像が出来た。

 尤も、今の俺があの衝撃を食らって無傷で居られるのは、青人と赤人のお陰でもある。

 この二人が居なかったら、最初の一撃で俺は死んでいた筈なのだから。

 そんな常人離れした防御力を持つ今の俺でも、姿も見えず気配すら分からない敵を相手に勝ちを拾う事は、奇跡に等しい行為だろう。

 だけど、それを遣らなければならない。

 家族を。

 仲間を。

 そして、彼等を守る為に。

 ただし、俺が全力を出すには、一つだけ懸念事項があった。

 ライル達を守る為に前に出ていた教授の存在だ。

 だから俺は立ち上がる間際、一瞬だけ教授に視線を飛ばした。

 たったそれだけの行為だが、教授は正確に理解してくれたのか、素早く自分の腕を拾ってライル達の所まで下がってくれた。

 後はライルを信じて全力全開で力を放出するだけ。

「っと、その前に」

 素早く腕を上げて頭部を庇うと、更に強い衝撃が後頭部に加えられた。

 間一髪で防御は出来たものの、何処から衝撃が加わるかまでは分からなかった為、無様にも地面に口付けをしてしまった。

 全力を出す決意をした途端、締まらない姿を見せてしまったが今は些細な事だ。

「試させてもらうぞ」

 蹲ったまま小さく呟き、全身に神力を駆け巡らせ軽く体外に放出しながら立ち上がった。

 途端、眼前の景色が歪み始め、同時に俺の足が触れている地面はあっと言う間に赤熱して、溶岩の如き様相を呈し始めた。

 しかもその範囲は急速に広がり、俺を中心とした半径十メートル程度の広さを溶岩の沼へと変貌させてしまった。

 以前の俺だったら、何も対策をしなければ確実に沈み込んでしまっただろうし、熱で全身に火傷を負っていただろう。

 でも足元から伝わる感触は通常の地面のそれと何も変わらないし、熱さも全く感じない。しかも驚いた事に、身に着けている物も何の影響も受けていなかった。

 これはいったい……。

 疑問に思う俺の頭の中に、赤人の声が木霊した。

――どうだ? 我が譲渡した力の感触は。

 赤人は今、譲渡、と言った。

 それは詰まり、赤人の力を俺が行使出来る、という事。

 尤も、全てが赤人に準じる訳では無いだろうけど。

「ああ、問題ない」

 答えながら俺は、口元が緩む事を抑えられなかった。

――では疑似神格第二形態の能力と、我が譲渡した力を伝えよう。

 その言葉に俺は小さく頷いた。

――第一形態の能力に加えて、空間を掌握する力。我が力は、全てを燃やし尽くす業火。故に我が力と合すれば、如何な場所に隠れようとも影響は免れぬ。上手く扱えば、主が敵と認識したもの以外には一切の影響を及ぼさぬと、心得るが良い。

 今の説明で、現状の合点がいった。

 俺は赤人から譲渡された力をほんの少しだけ垂れ流した。そしてそれが周囲に影響を及ぼした。

 空間の揺らぎと地面の溶岩化、という形で。

 しかも俺が身に着けている物は、自分に取って必要な物。云わば味方と同義だから燃える事が無い。

 そして奴が攻撃を仕掛けて来ない理由は――。

「――第二形態と赤人の力が合わさって空間に干渉してるからか」

 どうやって空間にまで作用しているのか等、俺自身は想像も出来ないが、奴が何らかの術か魔法で空間に身を潜ませているかららしい、という事は分かった。

 そこを踏まえて更に一歩踏み込んで考えると、自ずと奴の次の一手が何か等、嫌でも想像がついた。

「きゃあああ!」

「ぐはっ!」

「くうっ!」

「うっ!」

「むうっ!」

「こ、このままではっ!」

 突如として響く悲鳴と苦悶。

「ママがっ!」

 スミカの悲痛な叫び。

「おとーさんっ!」

 そして、魔方陣を張って防御に専念するライルの焦りを含んだ叫びと、俺に向けられた悔しそうに歪む顔と涙を湛えた瞳。

「やっぱそうきたかっ!」

 奴は俺を無視して強硬手段へと戦法を切り替えた様だった。

 ライルの魔方陣があらゆる攻撃を跳ね返す絶対の防御を誇っていたとしても、それは認識出来ない場所や別空間にまで及ぶ訳じゃない。

 ヴェロンの時に俺がそれ証明してるからな。

 ライルは自分に出来る事を信じて魔方陣を多重展開して皆の体を守ってはいるが、既にアルシェとジルは倒れ伏し、ミズキとハズキは見えない攻撃を強靭な肉体で受け止め、体のあちこちから血を流す。

 ウェンズにヴォルドでさえも、強烈過ぎる衝撃に、身を激しく揺らして苦悶の表情を浮かべていた。

 今の所、この四人に関しては何とか持ち堪えてはいるが、アルシェとジルを最初に無効化されてしまったから、倒れるのも時間の問題だろう。

 その中で特に問題なのが教授だ。

 今はどうにかこうにか攻撃を堪えてはいるが、その表情には今まで見せた事もない程の焦りと疲労が張り付いている事から、最も早く倒れると見て間違いない。

 そうなれば流石にあの四人でも、二人を同時に守り切る事など出来はしないだろう。

「だったら――!」

 俺が参戦すればいいだけだ。

 足元の溶岩が爆散して消え去る程の踏み込みから、一瞬でライルの魔方陣へとぶつかる。

 流石に今の俺をもってしてもライルの魔方陣は破れない。

「でもなあっ!」

 敵は奴ただ一人。

 そして、この世界と、生きとし生ける者達は、全てが俺の味方。

 自分自身にそう言い聞かせて信じ込ませる。

 更に、今まで意識して僅かにしか体外に放出していなかった神力を、無制限に解き放った。

 瞬間、視界の中にある全てが赤熱した。

 敵味方の区別なく業火の揺らめきに飲み込まれ蹂躙される。

 そんな中でライル達は、唖然とした表情をしながら佇んでいた。

 戦団蟻達や周囲の木々、草花やそこに留まる虫達、更には空を飛んでいた鳥達でさえ同じだ。

 この光景を目にして、何を思っているのかは、俺には分からない。

 ただ分かっている事は、地面でのた打ち回る奴の姿だった。

 それは不思議な光景だった。

 奴の体自体は何の被害も受けていない。

 なのに苦しみ藻掻いている。

 暫くの間、冷ややかな目でその姿を眺めていると、奴の全身から黒いタール状のものが滲みだして地面に(わだか)り、シミを作り始めた。

 怪訝な表情でその様を見ていると、シミは徐々に集まって一つの形を作り出した。

 男の体からそれが離れて纏まった後、それは自身の体から太い触手の様な物を何本も伸ばして地面を掴み、ズルリ、と動き始めた。

 見た目は黒いから、ブラックスライム、と言いたいところなのだが、俺の記憶にあるスライムとは似ても似つかないし、常に形状が変化している事から、アメーバの方がより近いかも知れない。

 ただそれが、非常に良くないもの、という事だけは分かった。

 赤人の力に守られている筈の雑草が、奴の体が触れると一瞬にして枯れてしまって居たからだ。

 確かにそいつは焼かれているし、徐々に小さくもなっている。

 だからこそ、秘めた力も相当なものだという事が分かった。

 それが何故、あの程度の力しか出せなかったのかは疑問にも思うが、今はそれを考える時ではない。

 ゆっくりとではあったがライルとスミカへと、にじり寄っていたからだ。

 余りにも禍々しく悍ましい気配に当てられたからか、二人は蛇に睨まれた蛙の様にその場から動けなくなっていた。

 俺でさえその執念深さには恐怖にも似た身震いを覚えたのだから、子供達では仕方のない事。

 だからと言って、俺までもが情けない姿を見せる訳にはいかなかった。

「ここはお父さんに任せろ」

 声を掛けて二人の肩に軽く手を置くと、呪縛が解けたように一瞬だけ体を振るわせてから、急いで俺の後ろへ駆けて込んで行った。

 二人はそのまま後ろで大人しく隠れているものと俺は思っていたのだが、予想に反してと言うか、足に縋り付いて黒い不定形なあれを覗き見ていた。

 そんな二人には苦笑しか出て来ないが、だからこそ、もっと大きな安心感を与えてやらなければならない。

 だから俺は、そいつに右掌を向けて呟いた。

「くたばれ」

 同時に開いていた手をゆっくりと握り込む。

 周囲を覆っていた揺らぎは俺の動きに合わせて収束し始め、そいつだけを包み込んでいく。

 それに合わせる様にそいつも急速に縮んでいった。

 そして、周囲が見慣れた色を取り戻した時には、俺達の目の前からそいつの姿は完全に消え去っていた。

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