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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
スリク皇国編 第三章
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謎の男VS魔獣人

「おとーさんっ!」

「パパっ!」

「マサトっ!」

「マサトくんっ!」

「あなたっ!」

「マサトさんっ!」

「主殿っ!」

 皆さんは口々にマサト殿の名を叫んでいました。

 しかも、今にも飛び出しかねない様子でした。

 そんな皆様の動きを止めたのは、

『落ち着かぬかっ! 馬鹿者どもっ!』

 チッピ殿の一喝でした。

 小さな体からどうすればあんなにも大きな声が出せるのか、非常に疑問に思う所もあるのですが、とりあえずは皆さんの動きを止めて頂けた事には感謝しないといけません。

 ま、口にはしませんけどね。

『あの程度で我が強敵(とも)が殺られる筈はない!』

「ですね。あの程度でくたばるようならば、我等に勝てる筈はないですからね」

 続いて放たれた台詞には、ウェンズ殿も口添えをしていました。

 二人の竜族が口にしたお墨付きは、皆さんから立ち上っていた焦りの気配を払拭するだけの力は持っていたようでした。

 それにしても、竜族からお墨付きを頂けるマサト殿は、本当に人なのでしょうかねえ。

 まあ、これに関しては後回しにするとして、今は目の前の状況を分析しなければいけません。

 マサト殿の頭上に赤黒い物体が現れた瞬間、爆発は確かに起こりました。

 それも、液体が降り注ぐ様に炎が降り落ちて行ったのです。

 ですが、私達の居る場所では、爆発に伴う衝撃や炎の熱すら感じられませんでした。

 殿下が魔方陣を張っていないというのに。

 しかもあの爆発で燃え上がった赤黒い炎は、マサト殿と女王蟻の周囲だけを激しく嬲るだけで、他への延焼は一切起こさないという、奇妙な現象すら見せていたのです。

 でも私は、これと似た光景を一度だけ、見た事があります。

 それはまだ私が、ベロ・ケルス、と名乗っていた時の事でした。

 その頃のデュナルモの大地といえば、数多の国が発展と衰退を繰り返す群雄割拠の時代であり、どこかで必ず戦が起こっていました。

 殺伐とした空気が世界を漂い、一部の人間は度重なる戦の所為で貧困に喘いでおりました。

 人間に取っては最悪な時代でしたが、私に取っては非常に都合も良かった事は否めません。

 新たな魔法の開発に着手していたのですから。

 世界の事象を幾つかの属性に分類して当て嵌め、それぞれの相剋を持って魔法となす技――今で言う所の理魔法の原型を作る事に夢中になっていました。

 初めて試し撃ちをした時など、絶大な威力に狂喜乱舞していました。

 人間も私もそうですが、力を手に入れれば試したくなるもの。

 そう言った意味では、戦場は恰好の実験場でした。

 戦が起こっている地へと赴いては、私は理魔法を解き放ちました。

 戦場へと放った理魔法は両陣営に甚大な被害を与え、一瞬にして戦を終わらせてしまう事など、数え上げれば切りがありませんでした。

 今でこそ私は大人しくしていますが、あの当時は人間の都合などお構いなしでした。

 そして何時もと同じ様に戦から戦へと渡り歩き、この地よりも遥か南方で起こった大きな戦に遭遇しました。

 この頃の私は理魔法がほぼ完成の域に近付いて居た為、総仕上げにはお誂え向きの戦場に出会えた事に、歓喜していた事を今でも覚えています。

 両陣営合わせて五十万以上というこれまでの経験上、類を見ない程の大軍同士のぶつかり合いでした。

 まずは両陣営の戦力を分析する為に、一日だけ見物する事にしました。

 勿論、気付かれる様な無様は致しません。

 その日は小競り合い程度で終わってくれたお陰で両陣営ともに大した損耗も生じず、私はその夜、どうすれば最も効率良く殲滅出来るか深く考察していました。

 お陰で気付く事が出来なかったのです。

 片方の陣営に異常が起きていた事を。

 異様な気配を感じた私が気が付いた時には既に、ほぼ全滅していたのですから。

 今、目の前で蠢く、赤黒い炎と同じものに因って。

 無論、今とあの時とでは規模が全く異なります。

 ですが、一切の熱を感じさせないこれは、正しく当時と同じ。

 そしてそれを見た当時の私は、自分にも同じ事が出来ないものかと試行錯誤を繰り返したのですが、どれ程の年月を掛けても、実現させる事は出来ませんでした。

 何故なら当時の私は知らなかったのですから。

 一度死して、魂だけと成らなければいけない事を。

 それも、恐怖、絶望、憎悪、無念、嫉妬、空虚、怒り、悲しみ、苦しみ、嫌悪、殺意、ありとあらゆる負の感情だけに心を染めて最期の瞬間、世界の破滅を望みながら死ななければならない事も。

 それを知った時、私は遣る瀬無さで心が軋みました。

 私達は例えどんな理不尽な死を迎え様とも、絶望はしません。

 万物に対して死は平等で、何時か必ず訪れる事を本能で理解していましたから。

 ですが、人間は違います。

 理不尽な死には怒りや憎しみを、不慮の死には嘆きと悲しみに、満足な死を迎えてさえ後悔と残念を抱くのです。

 況してや負の感情だけに囚われてしまう程の絶望の渦に投げ込まれてしまったのなら、世界の滅亡を望んだとしても、誰が責められるでしょう。

 故に私は、

「絶渦の炎……」

 そう名付けたのです。

「へえ――、これ、知ってるんだ」

 私の呟きに返って来た言葉には、楽し気な気配が含まれていました。

「絶渦の炎、か。いいね、それ。でもさ――、これを知ってるって事は、君もあそこに、居たんだよね?」

 直後、理不尽に対する絶望で塗り潰された負の感情の全てが、噴き付けていました。

「ねえ、どうして?」

 それは、私だけに向けられた問いでした。

 この問いに答えても、既に起こってしまった事実は消えませんし、この方の心が今更癒されるとも思えません。

 それでも私は答えました。

「気が付かなかったのですよ。かなり離れた所に居ましたから」

 事実を有りの儘に語っただけですが、一瞬だけ噴き付けて来る気配は弱まりました。

「君は――傍観者、だったんだね」

 現場に居合わせなかった私は、確かに傍観者なのかも知れません。

 それはこの方の立場から見た、私の立ち位置なのでしょうが、生憎と私は傍観者では無かったのです。

「違います。あの時の私は、殲滅者(スレイヤー)でした」

 両陣営を壊滅させようとしていた者が、傍観者の筈はありませんから。

 これには少々の驚きが返って来て、私を幾分か安堵させてくれました。

 少しだけ、人間らしい機微を見せてくれましたからね。

 このまま時間を稼ぎ、マサト殿があの中から出て来るのを待つ心算だったのですが、やはり、と言うか、そうはさせて貰えませんでした。

 その人間は炎に近寄ると、徐に炎の中に腕を突き入れたのです。

 僅かな驚きと共に、私は訝しみました。

 自ら放った魔法とはいえ、何の対策もなくその中に手など入れれば、ただでは済まない筈なのですから。

 ですが、ゆっくりと引き抜かれた腕は何ともなく、その手に握られていたのは、黒い炎を纏わり着かせた、一本の剣でした。

 光を拒絶する様に闇色の滴をまき散らす剣は、宛ら絶望をを纏っているかのようで、見ているこちらまで暗澹たる気持ちにさせてくれます。

 しかも男は、顔を顰めている私に向かって剣を向けると、

「そこに居る子を、僕にくれない?」

 承服し難い事を告げて来たのです。

 無論、私の答えは決まっています。

「お断りします」

「なら、仕方ないね」

 私の淀みない答えに間髪入れず返した男は、ゆっくりと動き出しました。

 そんな男の動きに、私の背中には言い知れぬ怖気が走り抜けました。

 これは恐怖、なのでしょうか?

 ここまで強烈に本能が逃げろ、と叫ぶのを私は初めて感じました。

 だからといって、逃げる訳には参りません。

 今の私の使命は、守る為に戦う事、なのですから。

 それに、マサト殿が受けている重圧に比べればこの程度の恐怖等、可愛いものです。

 そんな事を思った私の口元は、知らないうちに緩みました。

 以前ナシアス殿が言っていた意味が、私にも漸く分かったのです。

 私はマサト殿に仕える一本の剣なのだと。

 共に道を切り開き、時には道を正す為の。

 共に道を歩む者が居て、支えるべき者が居て、守らなければならない者が居て、こんな私にも友と呼べる者が出来、慕ってくれる者が出来、必要とされる喜びを教えられた。

 何時しか私の心は歓喜に満ち溢れ、湧き上がって来た恐怖は、何時の間にか消え去っていました。

「先生!」

 男の動きをジッと見詰める私の背後から、不意に殿下が声が掛けられました。

 私の事を心配しての事だと思いますが、それすらも今は励ましの言葉にしか聞こえません。

「大丈夫です。ここは私に任せて、殿下は皆様を守る事に専念してください」

 殿下の陣であれば、あの黒い炎でも問題ない筈ですしね。

「うん! でも、先生も気を付けてね!」

「はい」

 気遣われる等、何ともこそばゆい感じもしますが、これこそ私が一人ではない証拠なのでしょう。

 改めて意識を目の前の男に集中させると、私は自ら相手の間合い目掛けて跳び出しました。

 同時に、相手も素早く一歩踏み込んで横薙ぎに剣を振るってきました。

 今はまだあの剣に触れる訳には行きませんから、避ける必要があるのですが、私は敢えて火炎弾を放ちました。

 一つはあの剣の特性を見極める為。

「鬱陶しいなあ」

 心底面倒くさそうに呟くと、男は火炎弾の迎撃に剣を向けました。

 勿論、私は爆発に備えて距離を取ります。

 しかし爆発は起こらず、火炎弾が剣に触れた途端、吸収されてしまったのです。

 これで一つは判明いたしました。

 魔法での攻撃はほぼ無駄である、と。

 次に私の取った行動は、身体能力にものを言わせた素早い動き。

 離れた間合いを一瞬で詰め拳を叩き込もうとしましたが、あっさりと躱されただけでなく、しっかりと反撃もされてしまいました。

 攻撃自体の速さは然程ではありませんから、躱せない訳ではありません。

 厄介なのは、こちらの動きを予め知っているかの様な軌道で振るわれる剣閃なのです。

 お陰でお気に入りのコートの裾を切り裂かれてしまったのですから。

 辛くも直撃を免れた私は直ぐに距離を取りましたが、切り口から黒い炎が浸食をし始めたコートは、脱ぎ捨てざるを得ませんでした。

「へえ、結構素早いんだね」

 どこか感心した様な声音で呟かれた言葉を無視して、脱ぎ捨てたコートに一瞬だけ視線を向ければ、灰すらも残さずに燃えていました。

 マサト殿に選んで頂いたお気に入りが無残にも消え去る様を見て、私は言い知れぬ怒りを覚えました。

 ですが、ここで怒りに任せて攻撃を繰り出す訳には参りません。

 魔法は放つだけ無駄ですし、動きで翻弄する事も叶わない。

 そうなると直接切り結べる武器を手にする以外に、方法はありませんが、あの剣は魔剣、と呼ばれる類の剣である事は間違いないでしょう。

 ならばこちらも近しい武器を使うしかありません。

 私は一つ溜息を吐くと、仕方なく呟きました。

「古の契約により一時、我に貸し与えたもう。ここに顕現せよ、魔剣エタム」

 言い終わると同時に空間が揺らめき、一振りの剣が産み落とされ、地面に()()しました。

 刀身には赤黒い線が無数に走り回り鼓動の様な音と共に脈動し、恰も生きている様にも見えます。柄に至ってはびっしりと小さな棘が生えており、握り込めば掌に突き刺さる事は確実でしょう。

 しかも、禍々しいまでの気配まで立ち上らせていれば、唯の剣では無い事など一目で分かります。

 本来ならばこの剣は使いたく無いのですが、今回ばかりは仕方ありません。

 意を決して柄を握り込むと掌に微かに痛痒が走り、私は顔を顰めました。同時に刀身に走る赤黒い線は歓喜に戦慄くが如く太さを増して脈動を強め、辺りに響く鼓動も大きくなって行きました。

「随分と面白い剣だねえ」

 何もせずに私の行動を見ていた男の声には、僅かながら喜色が滲んでいます。

 魔剣エタムを見て喜ぶなど、正気を疑ってしまいますが、纏っている気配を考えれば正常なのかも知れません。

 ただ、聞かれたからと言って、説明する義理などありませんから、片手で握ったエタムの切っ先を私が無言で向けると、男は軽く首を振って呆れた様な態度を取り、溜息を吐く様に声を吐き出していました。

「……何で君も楯突くかなあ」

 未知の力を見せ付ければ、誰も彼もが傅くとでも思っているのでしょうか。

 もしそうだとすれば、甚だ世間知らずとしか言えません。

「まあいいや」

 呆れた態度から一変して、男は口角を釣り上げました。

 それは余りにも邪悪で、とても人が出来る笑顔には見えません。

 しかも笑うと同時に、今度は自ら私の間合いに踏み込んで来たのです。

 倍近くも速い動きで。

 余りの違いに少々面食らってしまいましたが、それでもマサト殿と比べてしまうと遅いとしか言わざるを得ませんし、ただ速いだけの一撃など驚異にもなり得ません。

 ですが、その一撃に触れる訳には行きません。

 私の動作は見ている者からすれば非常に奇妙だったでしょう。

 自分の頭上に向かって剣を斜めに振り上げたのですから。

 しかも相手の剣はその斬線に沿って流れてしまっていたのです。

 そんな芸当を見せた私を、男は驚愕を持って見詰め返してきました。

「……今の、なに?」

 驚くのも無理はありません。あの剣に触れれば炎に浸食されて武器は使い物にならなくなるでしょうし、魔法を使って防御しようとしても魔力を吸収して魔法を無力化してしまうのですから。

 だからこそ男は驚いたのです。

 物理的にも魔法でも防げない剣戟が、強制的に剣閃を変えさせられたのですからね。

 触れずして攻撃を捌き、攻撃をも可能とする魔剣。

 これこそが魔剣エタムの特徴なのです。

 しかも私が認識出来る範囲は全て間合いとなる、驚異的な攻撃範囲を誇っているのです。

「貴方はもう、優位には立てない、という事ですよ」

 言いながら無造作にエタムを振れば、男の持った剣は黒い炎を撒き散らしながら霧散するように砕け散ってしまいました。

「何その、チート武器……」

 はて? ちぃととは一体何の事なのでしょうか。

 男の言葉の意味が分からずに首を傾げていると、呪い殺すかのような目付きで睨まれていました。

 気持ち的に優位に立った私は、男から一歩離れました。

 男からしてみれば奇妙にも見えるでしょうが、私からすれば至極真っ当な動きなのです。

 何故ならば――。

「面倒くさ過ぎだろ、これ……」

 黒い炎の中からマサト殿のボヤキが微かに聞えて来たのですから。

 それにもう直ぐ魔剣エタムも消えてしまいますし、ここから先はマサト殿に丸投げで良いでしょう。私の体力と精神力も限界が近いですしね。

 ですが、マサト殿はあの炎からどうやって身を守ったのでしょうねえ?

 もしや、人を辞めたのでしょうか?

 そうなると、あの方の種族は何になるのでしょうねえ?

 リアル事情の為、少し早いですが【妹のオマケ】の年内の更新はこれが最終となります。

 年明け後の更新に付いてですが、何時から、とは明言できません。

 ですが、一月中には最低でも一話は更新したいと思っておりますので、気長にお待ち頂けると、幸いでございます。


 それでは皆様、今年も残り少なくなりましたが、お体に気を付けてお過ごしくださいませ。


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