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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
スリク皇国編 第三章
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大きな流れの中で出来る事

 森の中を突き進む。

 とは言うものの、細いながらも道は有るし、大人数なので気分はピクニックと余り変わらない。

 お昼も準備してあるしさ。

 それに、ライルは相変わらず何処へ行くか分からないから、俺がおぶって捕まえてないと危ないし、スミカは誰の影響を受けたのかは知らないが、頻繁に立ち止まって草花を観察している。

 そうなると俺達の歩みが止まってしまうのだが、本人もそれは自覚しているのか、一人で駆け出して先へと行ってしまう始末。

 尤も、行き先は俺達の前方に限定されているので、ライル程の危なっかしさは無いのだが、森の中の危険度は草原よりも遥かに上なので、教授が常に付き添ってくれていた。

 安全安心な状況を俺達が協力して作り出す中、スミカは道端に生える草花を見付けては、付き添う教授に質問を飛ばして自分の知識へと加えていた。

 勿論、それはライルも一緒だ。

 主に発揮される興味は、生物方面だけど。

「今ウサギさんが居たよ! あそこには鳥さんがいるー! あっちのは鹿さんだ! あ! おとーさんっ! そこの虫さん取って!」

「虫?」

「うん! そこの木に居る、毛がいっぱい生えてる虫さん!」

 ライルの指差す場所へと視線を向けると、俺の手の平サイズの長さ――二十センチ弱くらい――を持つ、でっかい毛虫がうにょうにょと動いていた。

 非常に毒々しい色をした毛を、身体の動きに合わせてモコモコと動かす毛虫は、子供の、それも男の子の興味を引くのは分かる。だけど俺からすれば、自分は毒を持ってますよ、というアピールにしか見えなかった。

「随分と珍しいでござるな。こんな所に居るとは」

 ジルは躊躇無く毛虫に手を伸ばしてひょいと摘み上げると、ライルに手渡し、

「大事にするでござるよ? この子は可愛がれば、力と成ってくれるでござるからな」

 そんな事を宣った。

 二人の平然とした遣り取りに俺は目を丸くしたが、ジルの手もライルの手も、何とも無いようだ。

「うん!」

 元気良く返事をしたライルは、手の平の上で動く毛虫を優しく撫で、何故か毛虫は気持ち良さそうに身をくねらせる。

 だが俺は、力に成ってくれる、という部分に引っ掛かりを覚えた。

 だって、どう見てもでっかくて毒々しい色をした毛虫にしか見えないからな。

「なあ、あの毛虫って……」

 ジルに訊ねる。

「あれでも歴とした魔蟲でござるが?」

「魔蟲、なのか、あれで……」

 ただの毛虫にしては随分でかいな、とは思っていたが、まさか魔蟲だとは思わなかったよ。

「魔蟲も大きさは様々なのでござるよ。それにあれは、カタピラー族と呼ばれる魔蟲の中でも、非常に珍しいスリプカタピラー種でござる」

「珍しい?」

 俺はこっちの世界の生態系なんぞ知らないから、珍しいと言われた所で疑問しか沸かない。

 そんな俺に、ジルは丁寧に説明してくれた。

「そもそもカタピラー族と出会う事自体、珍しいのでござるが、その中でもスリプカタピラー種は一生に一度出会えれば良い、とハイエルフ族でも言われているほどなのでござる。しかもスリプカタピラー種だけが魔法を使うのでござるよ。ただその魔法は眠りを誘うだけ故、命の危機には直結しないのでござる。それに、カタピラー族全般に言える事でござるが、粗略に扱いさえしなければ意外と懐くでござるよ? 大切に育ててあげれば、飼い主に危機を知らせてくれるでござるしな。しかもスリプカタピラー種は、出会う事自体が稀である事から、幸運の使い、と言われているのでござる」

 ジルの説明を聞いて、俺は安心した。

 この毛虫が攻撃的な魔蟲ではないと分かったからだ。

 ただし、一抹の不安も無い訳ではない。

 粗略に扱わなければ、と言った事から考えると、毛虫がちょっとした悪さをしても、手が出せないという事だし、ライルにしか懐かなかった場合は、この毛虫が傍に居る時にライルを叱ると、こっちが眠らされてしまいかねない。

 そう考えると、結構な爆弾かも知れなかった。

 ま、命の危険はないけどな。

「なるほどな。魔蟲だからと言って、人に害を及ぼす奴等ばかりじゃ無いって事か」

 言葉でのコミュニケーションが取れなくても、犬や猫などの様に共存可能な奴等は結構居るのかも知れないと、俺は思った。

 ただ、その場合は人も有る程度はそいつ等の生態を知らないと、駄目なんだろうけどさ。

 何時の間にか頭の上でもぞもぞと動く毛虫を感じながら、俺はそんな風にも思っていた。

 



           *




 森に入ってから二時間ほども経った頃、先頭を行く教授が、スミカを抱えて小走りに戻って来るのが見えた。

 俺がおや? と思っていると、幾分か緊張気味の表情だったので、教授らしくないな、と思いつつも、そんな表情をすると言う事は、前方に何か有る事を察する。

 全員が教授の顔を見た所為か、俺達の中に静かな緊張が走り抜けるが、俺は慌てず手で静止の合図を出すと、全体の動きを止めた。

 程なくして戻った教授は優しくスミカを降ろした後、俺の耳元に口を寄せて、小声で報告を寄越す。

「ここより前方、約二百メルの所に、奴等の姿を発見いたしました」

 これだけ草木が茂る中で、二百メートル先を見通すとは、流石としか言い様が無い。

 伊達に人間辞めて――って、元々人間じゃなかったな、教授は。

 益体も無い事を思いながら、俺は聞き返した。

「何匹いた?」

「五匹ですね」

「って事は、働き蟻達か……」

「どうしますか?」

 俺は腕を組んで暫し黙考する。

 先ずは大前提として、受付のねえちゃんは絶対に、奴等が見える位置には連れて行けない、というのがある。しかも、向こうがこっちを感知出来る距離にも近付く訳にも行かない。

 狩りの素人は恐怖に駆られた時の行動が読めないし、もし少しでもヤル気を出されたら非常に不味い。因ってここから先は、完全な集団行動を取る事は出来ない。

 そうなると誰かが先行して監視任務に就かなければいけないのだが、もう一つの条件として、不測の事態に対処可能な技量を持っている事が必須条件となる。

 これを踏まえると、受付譲と子供達は確実に枠から外れる。アルシェは完全に後衛職だし、リエルも似た様なものだから、この二人は外すしかない。ウェンズは仲間であって仲間じゃないから駄目。ガイラスは今は小さく成っているから隠密行動には打って付けなんだけど、絶対ライルが着いて行くと言い張るのが目に見えてるから、これも無理。

 ミズキとハズキは一見すると適任にも思えるけど、範囲魔法が使えないから、一対多の状況になった時に問題がある。

 そして俺は、今は念話が使えないから、皆と離れての行動が出来ない。

 となると、教授かヴォルド、若しくはジルの三人が候補。

 この中で一番条件に合致するのは教授なのだが、何を遣らかすか分からないという不安が常に付き纏うのがネック。

 ヴォルドは元の姿があれだから、何があっても心配は要らないけど、それは逆の意味で不安材料となる。

 こうやって消去法で考えて行くと、一番無難なのがジルしか居ない。

 彼女自身は自分から念話を繋げる事は出来ないけど、それに関しては教授が繋げれば良い事だから問題は無い。それに彼女は精霊と会話が出来るらしいので、余り近付く必要が無い、というのがいい。しかも教授と違って、余計な事をしないだろうという絶大な安心感があった。

 俺の中で人選が決定すると皆の方へと向き直り、

「ジル、悪いんだけど奴等の監視と尾行をお願い出来るか?」

 しっかりと彼女の目を見て告げる。

 一瞬だけ彼女の瞳には戸惑いが過ぎった様にも見えたが、直ぐに誇らしげな表情を見せると、

俺の前で膝を付いて頭を垂れ、将に従う侍の如き姿勢を見せた。

「承知仕った。このジルハルト・ギム・アーツ、身命を賭して主の命を遂行してみせるでござります」

 その姿には、やや呆気に取られはしたものの、気負いから奴等の近くで殺気を出されても困るので、気楽にな、と言う意味を篭めて声を向けた。

「そこまで堅くならなくても大丈夫だと思うぞ? ジルには簡単な筈だからな」

 だが彼女はやっぱり、誇り高き武士(もののふ)だった。

「任務に難しいも簡単もござらん。ただ只管に全力を賭すだけにござる。それに、拙者は主の妻の中では新参故、何も実績が有り申さん。そんな拙者に、主は大役を申し付けて下さった。未だ褥を共にする以外の役に立って居ない拙者に取って、ここで燃えずして何処で燃えると言うのでござるか。しかも今の拙者達は、夫々が一本の(つるぎ)であり盾にござる。そしてそれを何処で如何にして使うかは、全ては主の判断次第。故に、使われなくば拙者達が共に居る意味など、微塵も無いのでござる」

 確かにこのパーティーのリーダーは俺だし、状況を判断して皆に指示を出す義務がある。だけど、皆の事を剣とか盾とか、そんな風に考えた事は一度も無い。

 でも、受付のねえちゃんと子供達にウェンズを除いた全員が、ジルの言葉に大きく頷いて真剣な面持ち、というか真摯な瞳を向けてくる。

 俺としては適材適所を考えて頼んでるだけなのに、そんな視線を向けられるなんて思いもしなかった。

 でもそれは、皆が俺の事を信頼してくれている証。

 ならば、俺の懸念を皆にも話して協力をしてもらう方が、より良い結果を出せるかもしれない。

「実は――」

 俺は皆に語る。

 今回の依頼は、誰かが俺を陥れる為に仕組んだ可能性が高い事。そして、何故そんな事が起こってしまったのかを。

 全ては俺の憶測に過ぎないが、今まで俺が関わった全ての事件をマクロ視点で考察すると、どうしてもそうとしか思えない。

 そして、これを仕組んだ奴は、俺の事を殺したいほど疎ましく思っている。

 ここから導き出される答えは、

「――デュナルモ大陸全土を巻き込んだ戦乱を、起こそうとしている奴が居るとしか思えないんだ」

 突飛過ぎるかもしれないけど、俺にはそうとしか考えられなかった。

 ユセルフ王国で王妃様が起こした事件。

 ヴェロン帝国での亜人種排斥運動を隠れ蓑にした、皇位の簒奪未遂。

 カチェマ王国で起こった大鬼達の反乱。

 ガルムイ王国の魔装兵大量配備。

 そして、ライル達が見たという、空飛ぶ乗り物とそれに乗っていた仮面の人物と、何者かに操られていたガルムイの王子様。

 その全てが何処かで繋がっているのではないかと、思えてならなかった。

「こんなのは俺の考え過ぎかもしれないけど、でも、少なくともユセルフの事件とヴェロンの事件だけは、繋がってる事も確かなんだ」

 そう、この二つの事件は確実に繋がっている。

 なら、ガルムイの魔装兵大量配備の裏には、きっと何かがあった筈だ。そしてそれは、空飛ぶ乗り物に乗った仮面の人物が関与していたと見るのが妥当。

 だけどそこには、繋がりの跡が一切見られないのも、また事実。

「ガルムイだけは独立している様にも見えるけど、絶対に何かと繋がっている筈なんだ。それが分かれば……」

 戦争を回避出来るかも知れない。

 俺はその言葉だけは飲み込んだ。

 こんなのはただの思い上がりでしかない。

 一個人の力なんて高が知れてるし、俺がどう動こうとも戦争に向かう流れが出来てしまったら、止める事なんて絶対に出来ない。

 精々出来る事は、手の届く範囲に居る人々を守る事くらいしかない。

 俺は大きな川の流れに投じられた小さな石に過ぎず、その石が波紋を起こした所で、流れは絶対に変わらないし、変えられない。

 俺の口は何時の間にか止まり、そんな事を思い始めて苦渋に満ちた表情をしていると、皆の手が肩や背中、腕や手の平に添えられた。

 教授は微笑を向けて、

「マサト殿は一人ではありませんよ?」

 ミズキは少し頬を膨らませ、

「あなたは私達の長なのですから、弱気になって貰っては困ります」

 ハズキは誇らしげに胸を反らして、

「わっち達の尊敬する長は、マサトさんしか居ないのでありんす」

 ヴォルドはニヤリと笑い、

「マサト様、我等の事も忘れて貰っては困りますな」

 ガイラスは偉そうに宣う。

『ふっ、必要とあらば、我も力を貸すのは吝かではない』

 ライルは何時もの信頼を寄せて、

「おとーさんは強いもん! 誰にも負けないよ!」

 スミカは信じる心を見せる。

「パパはあたしを助けてくれたもん。だからきっと、皆も助けられるよ!」

 アルシェは俺の事を諌め、

「マサトには沢山の味方が居る事を、忘れてはなりませんよ?」

 リエルがそれを肯定し、

「アルシェちゃんの言うとおりかな? マサトくんは沢山の人との繋がりを作ってるしね」

 ジルは拠り所だと告げる。

「主殿は拙者達の御柱にござる」

 そして、ウェンズが顔を背けながら、

「俺よりも強い奴の弱音など聞きたくも無い。しかし、だ。ガイラス殿が力を貸すと言うのであれば、俺も貸さねばなるまい」

 憎まれ口を叩いた後に、そんな事を言ったのには驚かされた。

 しかも、俺の頭上に乗っていた毛虫が肩まで降りて、気落ちする俺を慰める様に頬をちょんちょんと軽く突いてから、また頭の上へと戻って行く。

――流石は我等が主ですね。

――ふっ、気付かぬは本人ばかり成り、だな。

 俺の中からは、二人の嬉しそうな声が聞こえた。

 皆が寄せる信頼に俺は、嬉しいやら困るやら恥ずかしいやら、複雑な表情を見せてしまう。

 でも誰も笑わずに、柔らかな微笑を向けてくれていた。

 ただし、一名だけ呆れた顔をしていたが、誰なのかは言わないでおこう。

 どうせバレてるし。

「ありがとう。皆」

 一言礼を言うと俺は、何度か深呼吸をして気持ちを切り替える。

 その後、ゆっくりと皆の顔を見回してから、今回の作戦を端的に告げた。

「よし! これより戦団蟻の観察と尾行を開始する! ジルは先行偵察、教授は念話を使い、ジルからの報告を逐一上げる事。そして他の者は、戦団蟻に対して絶対に攻撃的な姿勢を持たない事と、必要以上に近付かない事。以上に対して、異論反論のある者は居るか?」

 俺はまた皆を見回して、誰も反論が無い事を確かめると、

「それじゃ行こうか」

 静かに闘志を漲らせるのだった。

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