寝室という名の戦場
その部屋は三十畳ほどの広さを持ち、壁際には全身を写せる姿見と衣装箪笥、その脇に小さな丸テーブルが置かれていて、必要最小限の家具しか置いてなかった。ただし、部屋の中央には豪奢な天蓋があり、その下はベッドではなく布団だった。
俺が思うに、布団に天蓋とかって必要無いと思う。こういった物を見ると、なんだかこの世界の基準は良く分からん。しかも、その布団がやたらとでかい。どのくらいでかいか、と言うと、大人が楽に六人くらいは並んで寝られそうなほどだ。そして俺は、パンツ一丁でその布団の中央に寝かされている。手足と体をロープに縛られて。しかも、亀甲縛りという特殊な縛り方もされて。
ってか、手足を縛ってあるなら亀甲縛りは必要無いだろ。
そんな訳で俺は絶賛抗議中だ。
「おいこら! ちょっと待て。そりゃ、食事の後に即効で逃げようとした俺も悪いと思うけどさ、なんでしばられにゃならんのだ! しかもなんだこれ、亀甲縛りとかいらねえだろ!」
俺の周りを美女が四人で囲み、それぞれが口元に妖しい笑みを浮かべている。しかも、その格好は扇情的を通り越して、挑発的。もはや俺の欲望を刺激する為としか思えない。
ウェスラは真っ赤なネグリジェ姿では、何時もの物よりも更に透けていて、確実に全部丸見え。
アルシェは真っ白なベビードール。こちらは艶やかで上品な刺繍が施されているが、やっぱりスケスケで下着を付けてない。
キシュアは大胆過ぎて直視出来ない。身に付けている物は淡い青色の下着なのだが、大事な所の布が全く無いのだ。
そして、俺を縛った張本人のシアは何故か女王様スタイルで、何所から持ち出したのか、鞭と蝋燭を持っていた。
なんだか一人だけ場違いの様なそうでも無い様な気もするが、とりあえず、物凄い目の毒だ。どのくらい毒なのかというと、意思とは裏腹に、息子が物凄く元気になるほどだ。
しかし、何所の世界でもこういった物に情熱を傾けて作るのって居るんだなあ。
「自分が悪いという自覚は有るのですね。でも、また逃げられては困ります。ですから、今夜はそのままで致しましょう。それと、亀甲縛りは私の趣味でやりました! さあ、これから朝までお楽しみの時間ですよ」
手にした鞭を振って床に叩き付ける。その音に俺は身震いをした。
趣味ってなんだ、趣味って。まさか、鞭でぺちぺち、蝋燭タラーリとかやられるんじゃないだろうな。俺にそんな特殊な趣味はないぞ。
「では、順番を決めようではないか。とりあえずワシが一番で良いな?」
「その次は私で」
「では、私は三番目と言う事で」
「ウェスラ姉さまのそれは致し方ない。わらわよりも一月も早く妻に成ったのに、お預けを食らっていたのだからな。だが――その順番で行けばわらわは最後、と言う事か」
順場を決める話し合いは、争う事無く速やかに終わった様だ。俺はその間も口を挟んでいたが、一切取り合ってもらえなかった。
「それにしても……」
一番手のウェスラが俺を見て、僅かに顔を顰めながら頬を染めている。
「なんだよ?」
「いや――その……」
だがそれは、ウェスラだけではなかった。他の三人も頬を染めていた。ただし、その視線は股間に集中していたのだが、俺がそれに気付く筈も無い。
「あれは――」
「うむ、ちょっとあれだな」
「流石にここまでとは……」
皆最後まで言わない。
俺は少し不機嫌になり始めていた。だって、縛られてるしな。
「なんだよ、言いたい事が有るならちゃんと言えよ」
だけど、そんな俺の声は届いていないのか、彼女達の会話は続いていた。
「何時も一緒に寝ておったが、ここまでとは予想外じゃ」
「これは流石に裏切られましたね」
「わらわは心配だ」
「私は嬉しいですが……」
予想外で裏切られて心配で嬉しいとか、何の事だ。俺にはまったく分からん。
「だーかーらー、言いたい事があるなら早く言ってくれ!」
おれは少し声を荒げる。どうやら彼女達の姿を見て、お預け状態の犬みたいになってる様だ。
もっとも、そんな事はこれっぽっちも思っていないのだが、そこは男の悲しい性。頭と心が分裂して、理性と欲望が喧嘩をしている。ま、要は若いって事だな。
そんな俺の声が届いたのか、彼女達は一斉に言葉を放った。
「でかすぎじゃ」
「大きすぎます」
「壊れてしまうぞ」
「種馬らしくていいです」
若干一名おかしい様な気もするけど、予想に反して大きいと言っている。
でも、何が大きすぎるんだ?
俺が訝しげに眉根を寄せていると、ウェスラが顔を真っ赤にしながら俺の側へ近付き、ある一点を指差した。
「これじゃ。なんじゃその大きさは」
俺は首を持ち上げて指された場所を凝視する。
うむ、でっかい事は良い事だ。
「ちっちぇえよりいいじゃねえか」
そこには、俺の自慢の息子が薄布を力いっぱい持ち上げて、天を仰いでそそり立っていた。
「それは――小さいよりもええじゃろうが……。じゃが、物には限度、という物があるじゃろう!」
「そうですよ! なんでそこまで大きいんですか!」
「わらわの体には大きすぎる!」
「素敵……」
シアに三人の視線が集中した。その表情は変な動物を見つけた、とでも言いたげだ。
シアとキシュアは兎も角、大きい事が良い事だとは限らないようだな。うん、学校の保健体育よりも勉強になる。やっぱ実地に勝る物は無し。
「じゃあ、今日は止めとく? 俺は皆の決心が出来てからでもいいぞ」
とりあえず紳士な所を見せておく。下半身は別としてだけどな。
四人は俺から少し離れて何やらヒソヒソと話し合いを始め、当然俺は、その姿を見て悶々とする訳だ。だって、みーんなスケスケとか大事なところがバッチリ見えるとか、そんな格好だし、それに、軟らかい蝋燭の灯りに照らされた彼女達の肌は、凄く艶っぽかったんだ。
「くそう……」
すでに煩悩に支配され始めた俺は足掻く。でも、ロープが解ける気配はない。何とか抜け出そうと足掻く俺の脳裏に、何か聞こえた気がした。それが何なのかは分からない。でも分かった事は有る。
「なるほど――そうやればいいのか。よし、――消えろ」
ロープだけが一瞬にして灰すらも残らず燃え尽き、俺を自由にする。
ふっふっふ、これで……。
気配を押し殺して布団から起き上がり、ゆっくりと忍び足で四人の元へ近付いて行く。そして、ウェスラの背後まで忍び寄ると、もう我慢が出来なかった。そのまま抱き付いて後から手を回して――。
「うぇっすらあ――」
「な、んあ……や、やめ」
両手で胸を掴む。それも優しく。そして、そのままゆっくりとこねくり回した。
すっげええええ! やわらけええ! しかも、むにゅって聞こえた気がする! むにゅって!
俺が突然現れた所為か、他の三人は唖然としている。でも今はウェスラだ。
彼女は俺の腕を引き剥がそうとするけど、それほど力も篭もってないし、嫌がってない事は分かった。
「あの時の約束、覚えてるよね」
手を止めずに耳元で囁いてあげた。
「ん――おぼ――え……はああ――おる――」
「じゃあ、――いいよ、ね?」
「ん……」
首が小さく縦に動いて、抵抗を止めてくれた。
俺は二つの双球を思いっきり堪能する。
ウェスラの吐息が喘ぎに変わり始めた頃、ようやく三人は我に返り、口々に何かを言っている。だけど、俺とウェスラにはただの雑音でしかない。
後に居る俺に彼女が顔を向けてくる。その頬は上気して薄紅色に染まり、瞳は潤みきっていた。
「……マサト」
切なそうな吐息と共に名を呼ばれた俺は静かに頷くと、彼女を抱きかかえて布団へと向かう。その時、後にチラリと目をやり微笑む。早くおいでって。
布団の側で彼女を下ろして、その体を覆う薄布を優しく剥ぎ取り、軽く一瞥してから抱き寄せて耳元で囁く。
「綺麗だよ」
そしてそのままゆっくりと押し倒して、唇を重ねた。
ここから二人だけの世界の始まりだ。時に激しく、時には優しく互いに求め合う。一月もお預けくらってたってのもあるけど、何故か俺とウェスラの相性は異常なほど良かった。そのお陰か周りの事なんかまったく気にも成らなかった。ただ流石に初めてだったから俺も緊張したし、彼女も痛かったみたいだけど、でも、何も問題は無かった。最後は彼女の凄く幸せそうな気持ちが流れ込んできて、俺も凄く嬉しくなった。
行為が終わった今は、余韻に浸りながら二人ではにかみ、お互いの唇を啄ばんでいる。そんな所に背中から軟らかい物を押し付けられ、耳元で囁かれた。
「マサトは何時まで私を待たせるのですか?」
軽く笑いを漏らすウェスラには誰なのか見えているけど、俺には見えない。だけど、声で分かる。
「アルシェはせっかちだな」
口元を緩めて目線を後に送ると、彼女は体をずらして俺の唇を求めて来る。それを拒むなんて事はしない。彼女はずっと待たせっぱなしだったのだから。
ウェスラの頬をそっと撫でてから、アルシェに移る。つい先ほどまで肌を重ねていた女性の隣で違う女性と行為に及ぶなど、本来なら非常識なのかもしれない。だけど、これは彼女達が望み、互いに了承済みの事。ならば、非常識には当たらない。
「待たせてばっかりでごめん」
アルシェの首が小さく横に振られる。それを合図に俺は軟らかく肌を重ねていく。でもやっぱり彼女に対しては少し焦らしてしまう。その所為もあって、彼女の方からの求めもまた、大胆になる。そうして俺達は一つになり、彼女は王女様という殻を脱ぎ捨てて、一人の女性へと変わっていった。
恥かしそうに頬を染めて微笑む彼女に軽く口付けをしたその時、俺の肩に手が置かれて彼女から強引に引き剥がされると、上にシアが馬乗りになった。
「まったく――」
苦笑を漏らすが、彼女は自らの唇を寄せて俺の口を塞ぐ。今の彼女は澄ました顔で毒舌を吐く何時もの姿からは信じられない程、激しく積極的だ。だけど、攻められっぱなしなんて男じゃない。彼女の隙を突いて体を入れ替えれば、今度は俺の番だ。激しく情熱的に攻める。彼女がすすり泣く程に。でも、その顔は歓喜の色に染まっていた。
シアの荒い息遣いが聞こえる中、背後の気配に俺は気付いた。シアから離れて立ち上がり振り向くと、そこにはキシュアが立っていた。
彼女のその姿は、受け入れて貰えるか不安そうに震え、でも、一人では居たくなくて前へ出ようと足掻いている風にも見える。だから、俺は手を差し伸べた。
「おいで」
表情は途端に明るくなり、その目に涙を溜めて俺の手を取る。そんな彼女をきつく抱き締めて俺は呟いた。
「大丈夫、これからは俺がずっと一緒だ」
キシュアの体温は人のそれよりも低い。でも、俺にはしっかりと伝わってくる。腕の中で震えて泣く彼女の涙の熱さが。
俺は彼女が泣き止むまで、ゆっくりと青く綺麗な髪を撫で付ける。
「わらわも離れぬ」
顔を上げて微笑む彼女に唇を寄せると、もう一度きつく抱き締めてから抱き上げ、元へと戻った。
寝かせた彼女の瞳を覗き込むと、微かに首が振られ、俺は優しく唇を乗せる。そして、ただ只管彼女に俺を感じさせ、俺もまた彼女を感じて、ゆっくりと一つに成っていった。
キシュアは恥かしさに頬を染めて顔を背ける。そんな仕草が愛しくて俺はその頬へ口付けをした。
「何時までそうしておるのじゃ。ワシ等はまだ満足しておらぬぞ」
少し不満げに、でも嬉しそうに言うウェスラに顔を向けて苦笑を漏らし、再度彼女との戦いへと望もうとした時、首筋に軽い痛みを感じた。
疲弊した体に気力が戻っていく。それはキシュアの心遣い。そして今、本当の意味での彼女達の行為が分かった。吸血族は自らの力を分け与える事で、必要以上に体力と気力を削がぬ様にしているのだと。だから、ありがたく頂戴するとしよう。
そして、もう一度キシュアに口付けをすると、俺は四対一の戦いへと臨んで行った。




