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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
スリク皇国編 第二章
169/180

何処に行っても大暴れ(悪い意味で)

「これは……」

 門を潜った先の光景を見て、俺は思わず声を漏らした。

 最奥に見えるのは、四方に尖塔を配した漆黒の城壁で、その重量感たるや凄まじいものがある。

 しかも表面は磨き抜かれているのか、光を反射し、異様な冷たさを感じさせていた。

 その奥には暗く冷たい湖面から姿を覗かせる、真っ白なお城。

 見事なコントラストを見せるその建物は白鳥の様に優雅に佇み、その様は正に、白亜、と呼ぶに相応し程の偉容を誇っていた。

 しかも、城門近くにまでずらり、と立ち並ぶ商店の数々に、活気に満ち溢れ足早に通りを行きかう人々。

 店先から少し奥を覗き込めば、そこの店の者と何やら商談を交わしている様にも見える人も居る。

 食品を扱う店先には必ずと言って良いほど、自店で取り扱う品をメインにすえた料理を提供していた。

 セルスリウスとは比較にならない程の人に溢れかえるここは、カチェマの王都、サスタン。

 南からの産品が一堂に会する一大集積都市だった。

 特にこの時期は北へと運ぶ為か、人も物も大量に集まっている様で、それこそ咽返る程の喧騒に溢れていた。

 そして俺達がここへ来た、というか、寄り道した理由は、ポーが追っている犯人の事を詳しく聞く為と、もう一つ。

 ここまで来たのだから姉に会いたい、というアルシェの小さな我侭だった。

 尤も、子育てはどうするのか、等と言った疑問もあったが、それは全く問題にならなかった。

 あっちには乳母が居るし、ウェンズに頼めば一日で帰る事が可能だったからだ。

 流石は風竜、と俺が感心した途端、奴が天狗になり、貴様とは違うのだよ、貴様とは! 的な態度を取ったので、教授とガイラスにボコボコにされてたのも記憶に新しい。

 ってか、こいつもしかすると、あっちの世界へ行った事あるんじゃね? と態度から思ったのは内緒だ。

「それにしても――、これは正に、聞きしに勝る、というものですね」

 アルシェも話だけは知っていたのだろう、驚きと感心の混ざった表情を見せていた。

 尤も、俺達の中で平然としているのは、リエルと教授くらいなもので、ミズキとハズキはライルとスミカを連れ立って、露天へと突撃してしまっている。

 序でに何故か、ウェンズもくっ付いて行ったけどな……。

 一応は食べつくすな、とは言ってある。

 だって、目の前に広がる露天パラダイスを食い尽くすとか、幾らお金が掛かるか分からないからな。

 だけどあの集団に掛かれば、危ういかも知れない。

 我が家の財布が。

 そんな訳で俺達は半分、観光気分でキョロキョロしていたが、このまま真っ直ぐお城訪問、という訳にも行かないだろうと思い、アルシェに声を掛けた。

「なあ、謁見って直ぐには無理だよな?」

「そうですね、先触れも無しでは、幾ら私でも今日の今日や今日の明日、というのは無理だと思います」

「――やっぱそうか」

 予想と同じ答えに頷きながら、思わず呟きが漏れた。

 王族を始め、貴族が何処かの国へと訪問する場合は、いついつに窺いますよ、と先触れを出すのが慣わしとなっている。

 無論、緊急時などはこの限りではないが。

 何かに納得した様な表情を見せる俺に、アルシェは不思議そうな瞳を向けて来る。

 それを目にした俺は、口角を笑いの形に変えながら答えた。

「実はな、ポーに頼んで置いたのさ。近い内にアルシェが訪問するって、王様に伝えてくれってな」

 実の所俺は、王妃暗殺未遂事件の話を聞いて以来、事情を聞く為に謁見をする心算でいた。

 ただ、それには問題が有った。

 俺が生粋の王族では無いからだ。

 だから、アルシェが来た事は非常に都合が良かった。

 俺と違って彼女は直系の王族だし、しかも王妃様の妹でもあるからな。

 そしてポーが俺を襲ってくれたお陰で、先触れも出す事が可能になった。

 俺の台詞にアルシェは目を丸くした後、微笑を浮かべて俺の腕を取る。

「流石はマサト、それでこそ私の夫です」

 誇らしげに言うアルシェに、俺は見えない様に苦笑を浮かべた。

 だって、アルシェとポーの二人が揃わなかったら、簡単に謁見は叶わなかっただろうからね。

 今回は偶然が呼び込んだ小さな奇跡、という事かもしれない。

 そんな感じで和む俺達の目の前に、ひょいと串焼き肉が差し出される。

「おとーさん、これすっごくおいしいよ!」

 犯人はライルなのだが、見回すと何時の間にか五人は帰って来ており、皆に同じ物を渡していた。

「そんなに美味しいのか?」

「うん!」

 嬉しそうに返事をしたライルの笑顔は本物。

 だとすれば、これは旨いに違いない。

 香ばしい匂いを放ち、所々に着いた焦げ目と滲み出した肉汁が表面を艶やかに彩り、視覚と触覚を刺激して食欲を大いにそそる串焼き肉を持つライルの口の端からは、現に涎が零れかけているし。

 それに、肉の大きさもそうだが、刺さっている数も信じられない程多かった。

 例えるなら、十歳前後の子供が両手を握り、串を四人で握っていると言えば、分かり易いかもしれない。

 一本じゃ重みで折れてしまうからなのか、結構太い串を二本も使ってるし、こんな串焼きは生まれてこの方見た事も無い。

 巨大串焼きから俺は一つだけ肉を抜き取ると、食べたそうにしているライルへと残りを譲って半分に千切り、目を丸くして驚いているアルシェと自分の口に放り込んだ。

 途端、アルシェの表情がほんわかと幸せそうに崩れ、俺は余りの旨さに度肝を抜かれた。

 口の中に広がるのは、何かの香草と胡椒そして、微かな柑橘系の香り。

 噛み締めれば程よい弾力で歯を押し返しながら、それを感じさせない柔らかさで解れる絶妙な焼き加減。

 しかも! 

 適度に振られた塩が脂身の持つ甘味を引き出して肉汁の旨みと混ざり合い、豊潤な味を舌の上に振り撒いた後、先ほど感じた柑橘系の微かな酸味が肉が持つであろうしつこさを程よく抑え込み、余韻だけを残して喉の奥へと連れ去って行く。

 後引く旨さ、などと良く言うが、これは金さえあれば全額つぎ込んでも惜しくないと、断言出来た。

 絶品焼肉を飲み込んだ俺はその場で足を止めてアルシェと頷き合うと、串焼きを食べた面々に顔を向けて、静かに口を開いた。

「リエル、問題ないか?」

 リエルは皮袋の財布を覗き込んでから真剣な表情で頷き、

「ジルさん、分かっていますね?」

 ジルも同様に頷いた。

「教授にヴォルド、他言無用だ」

 二人は串焼きに齧り付きながら静かに頷いた。

「ウェンズ様にチッピさん、頼みましたよ?」

 二人は当然、とばかりに大仰に頷き返す。

 そんな皆を見回して俺は大きく息を吸い込むと、

「ミズキとハズキはリエルと共にこの串焼きを買い占めろ! ライルとスミカは教授とヴォルドに手伝ってもらって、購入した串焼きをエリー達と待機してる三頭犬に分け与えろ! 俺とアルシェはこの肉を買い占めると同時に調理法を聞きだす! そして、ウェンズとチッピはノーザマインへ買い占めた肉を全部送れ! いいな! これは、マサト・ハザマ・ユセルフ、アルシェアナ・ファム・ユセルフ連名の勅命である! 速やかに行動し、誰にも渡すんじゃない! 全員突撃っ!」

 俺達はミズキを先頭にして、串焼き肉を売っていた店舗へとなだれ込み、溢れ変える客を押し退けて資金力――アルシェとキシュアのだな――に飽かせて全ての肉を買い占めた。

 無論、調理前、調理後関係なく。

 最後に店主からこの肉を最大限楽しめる料理法を幾つか聞きだした後、王権を発動させ、この店から市場へと出る半分の量を俺達に流す事を約束させた。

 これでウェスラ達に怒られずに済むぜ!

 あの串焼きのレシピも教わったしな!

 その後、この商店は大陸を代表する商会の一つへと成って行くのだが、その裏に俺達の行為があった事など、誰も知らなかったのは言うまでも無い。

 最高の気分のまま俺達は最高の宿に部屋を取ると、今日はもう自由行動という事にして、俺は久々に一人でギルドへと向かったのだが、やはり、というか何と言うか、道中は物凄く視線を集めてしまった。

 こう言いうと自信過剰に聞こえるかもだけど、見た目は美女だしな。

 但し、ナンパしようとする奴は居なかった。

 腰にぶら下げてる物が物だし、見る奴が見れば、相当な業物だって事は見抜けるからな。

 そんな訳で、サスタンの商業地区にあるギルドの中へと入った。

 そうそう、ここのギルドの建物って、外観がL字型してるんだよ。他の所はビルみたいに真っ直ぐなのに、ここだけなんでこんな形なんだろうな?

 建物の形に疑問を抱きつつ、扉を潜ったまでは良かった。

 で、今は掲示板の前なのだが……。

「キミの様な美しい女性は、ボクの様に未来を約束された者と組むべきだと思わないかい?」 

 突然背後から甘ったるい声でそんな台詞を吐かれたんだよ。

 どこのアホだ、と思って怪訝な表情で振り返ったったらさ、そこに、低い背を上げ底ブーツで誤魔化して、緩くウェーブした金髪を片手で書き上げながら、俺に流し目を送ってくる、何とも微妙でキモイ優男がいたんだ。

 どれくらい微妙なのかと言うと、一般人に紛れたら見分けが付かなくなる程度の奴が、精一杯カッコ付けてる感じだ。

 途端、俺の顔は、ハエタタキで叩かれて二つに割れたにも関わらず、別々に動く人類永遠の敵である黒い奴を見たかの如く歪んじまった。

 で、男は俺の表情が目に入って居ないのか、聞きたくも無いご高説をたれ始めたとこだ。

「こう言っちゃ何だけど、ボクは結構強いんだぜ? 大鬼とも一対一で遣り合ったし、三頭犬なんて軽~く倒せるしさ。それに――」

 はっきり言って超ウザイし、お前の方が軽いし、大鬼と遣るだけなら誰でも出来るぞ? いい加減、俺が嫌な顔してるのに気付けよボケ。

「――見てくれよ、この剣。彼の高名なボンクール作なんだぜ? 幾らしたと思う? 金貨二枚だぜ、二枚。しかも――」

 察しない男はそう言いながら、結構な勢いで剣を抜き去り、俺の目の前に突き出してきた。

 尤も、剣を持つ腕はぷるぷると震えていて、全く鍛えてない事がモロバレだけど。

 ったく、力も無いのにこんなとこで剣なんか抜くなよ。危ないだろうが。それにハロムドさんが打った剣は、そんなに安くないぞ?

「――この見事な造詣と装飾、素晴らしいだろう? 流石は名工と名高いボンクールが打った剣だね」

 俺に見せている筈なのに、男は自分の目の前に剣を掲げると、熱い眼差しを注いでウットリとしていた。

 この際、ハロムドさんの事を呼び捨てなのは於いて置くとしても、そんな剣、絶対打たないからな? お前、買う時騙されたんじゃねえのか? でもって、キモイから早くどっか行け。

「ここでボクとキミが出会ったのは、偶然じゃなく必然。神の導きに違いない。さあ、ボクと共に行こう! 栄光に向かって!」

 自分に酔っているのか、奴は徐に俺の手を取ると、キザったらしくクルリ、と半回転して受付へ向かおうとした。

 だが俺は、すぐさま手を振り払うと、

「悪いが、お誘いは断らせてもらう」

 男声のまま告げた。

 その瞬間、奴は有り得ない、と言った感じの驚きの表情を見せて数瞬固まった後、周囲から聞こえる忍び笑いに顔を紅潮させて怒りを露にした。

「き、キミはっ! こ、このボクの誘いを、こ、ここ、断る、と言うのかっ!」

「ああそうだ。お断りだ。お前みたいな奴は弱い、と相場が決まってるからな」

 俺が弱い、と断定した所為か、奴の顔は更に赤みを増して、身体は小刻みに震え始める。それは宛ら、バクハツ寸前の火山にも似ていた。

 奴は今にも俺に殴りかかって来そうな雰囲気なのだが、周囲の連中はニヤニヤと眺めるだけで誰も止めに入ろうとしないし、受付の人すら黙って俺達の事を見ているだけだ。

 普通、ギルドの建物内で冒険者同士が揉め事を起こした場合、真っ先に職員が止めに入る筈なのだが、それをせずに眺めているのは何故なのか、と疑問に思った時、奴はプイっと向きを変えてスタスタと出入り口付近まで移動する。

 手を出されてもいいように身構えていた俺は、肩透かしを食らった形で呆気に取られてしまった。

 そして、奴は扉前で再び俺に向き直ると、指先をビシっと格好良く付き付けて、

「お、覚えてろよっ! ぼ、ボクと組まなかった事を、後悔させてやるからな!」

 捨て台詞を残して出て行ってしまった。

 その背中は、決まったぜ、的な雰囲気が漂っていたのだが、俺には負け惜しみにしか聞こえなかった。

 直後、奴が去った後の屋内には、大爆笑が木霊した。

 受け付けの人をはじめとする職員さんも笑っていたのは、言うまでも無い。

 因みに俺はと言うと、掲示板に向き直り、依頼を物色していた。

 そこで見付けた依頼がこれだ。

  

  討伐対象   戦団(ウォーリアーズ)大蟻(ジャイアントアント)

  討伐形式   殲滅

  討伐証明部位 牙

  場所     サスタンから北西へ十ケムの

         森林地帯付近

  期限     無期

  依頼者    カチェマ王国

  報奨金額   一匹につき金貨三枚

  受注可能級  三級以上の剣士を二人以上含む

         六人以上のパーティー

         若しくは二段以上で

         剣技に優れる者を含むパーティー


 討伐形式が殲滅、と言うのは非常に珍しいけど、これは正に俺達に取って、お誂え向きと言える。

 ギルドに登録しているのは俺と教授――こっちは偽造だけど――しか居ないけど、条件的には完全に満たしてるから、何の問題も無いしさ。

 それに、俺一人でも余程の事が無ければ、そこそこの数は倒せる筈。

 これは良い稼ぎになりそうだ、とほくそ笑みながら依頼の紙を受付へと持って行った。

「これお願いします」

 紙を受付へと差し出すと、受付の人――かなり若い――が俺の事をマジマジと見てくる。

 余りにも真剣な表情で注視されるものだから、何が気に成ってるのかな? と思っていたら、

「貴女の様な女性では無理だと思いますが?」

 そんな事を言われてしまった。

 あのね、声で男か女かくらい、あんた達なら分かるだろうが。

 尤も、ここでそんな事を大声で口走ろうものなら、女装趣味のレッテルを貼られる事は間違いない。

 なので俺はグッと堪えて、腰のパウチへと手を伸ばした。

 ここは無言でカードを出す方が、口に出して叫ぶよりもダメージが少ないと、判断したからだ。

 そして目の前に差し出してやったのだが……。

「これをどうやって手に入れたのかは知りませんが、ギルドカードの窃盗は犯罪ですよ?」

 チラリ、とカードを見ただけで、俺の事を犯罪者だと言いやがった。

 これには流石の俺もキレた。

「あのなあ! ギルドの受付やってんなら、声で男か女かの判断くらい出来るだろうが! しかも本人を目の前にして犯罪者呼ばわりとか、どういう教育受けてんだよ!」

 物凄い剣幕で怒鳴ったのだが、若過ぎる受付譲は顔色一つ変えずに、俺の言い分を突っ撥ねた。

「声等幾らでも変える事が出来ます。判断材料にはなりません」

 俺が怒鳴り散らした事で周囲は何事かとざわめき始めるが、そんな事に構ってはいられない。

 なんせ、俺の稼ぎ(ヘソクリ)が掛かってるからな。

「じゃあ聞くけどさ、あんた等は何を判断材料にしてんだよ」

「ギルドにとって重要な方や、要注意人物などは、似顔絵が全てのギルドに回されますので、それで判断しております」

 通常、重要人物とか要注意人物の場合、ギルドでは見た目の風体で判断などしない。特に要注意人物などは、何らかの方法を使って顔を変えるし服装だって変えるから、似顔絵など全く当てにならないからだ。

 ならばどうするか。

 先ずは持っている得物の検分をする。それが駄目ならば、今度は服をひん剥いて身体検査をする。

 それでも判別が付かなければ、最後は支部長のお出ましと成る。

 それがギルドに於ける対応なのに、この受付譲は完全に自分が正しいと信じ込んでいる。

 そんな受付譲に俺は、溜息と一緒に失望の目線を送った。

 すると、僅かに繭尻を吊り上げて受付譲は怒りを露にする。

「何かご意見が有りそうですね?」

 ご意見が有ると言えば有る。

 姿形が無意味だと知ってるし、この子の対応が間違っていると分かってるからな。

 それにこの感じからすると、他にも勘違いとかしてそうだったので、俺は試してみる事にした。

「あのさ、一部の魔獣や魔物とかは、人化出来るのが居るって知ってるか? もし知らないとしたら、職員失格だぞ?」

 リエルから聞いた話なのだが、ギルド職員はどの部署に配属されるか分からない為、魔物や魔獣の事を詳しく知っている必要が有る、と言っていた。

 無論、その中には天族に関する知識も含まれる。

 そして天族は一部を除き、殆どが人化を行える。

 天族が行える、という事は、魔物や魔獣の上位種は人化を行える奴が居る可能性も有ると、随分前からギルド内では言われていたそうだ。

 そしてその事は、新規、中途に関わらず、職員に採用された時点で三ヶ月の間にみっちりと叩き込まれるそうだ。

「その様な事がある訳ないでは無いですか。寝言は寝てからお願いします」

 だが目の前の受付譲の頭からは、徹底的に叩き込まれている筈の事が、すっぽりと抜け落ちている様だった。

 これには俺も呆れ果ててしまった。

 誰かに証明してもらうしかないけど、リエル以外じゃこの受付譲は信じないだろうし、ホント、どうしたもんかねえ。

 俺がどうしようかと考え込んでいると、

「ではこのカードはこちらで預からせて頂きます。今回は通報いたしませんので、どうそお引取り下さい」

 そんな事を言いやがった。

 ちょ、ちょっと待て! それが無いと俺が困るんだよ! 謁見も出来なくなるしさ!

 でもここでそんな事を叫んだ所で、一蹴されるのは分かり切っているので、別な事を口にする。

「そのカードの意味、知ってるよね?」

 これも知りませんとか言われたら、お終いだけど、流石にそれは無いと願いたい。

 案の定、受付譲は何馬鹿な事を、と言った感じの態度を取った。

 よし、これでいい。

「ええ、知っています。このカードを含めて、過去に二枚しか発行された事が無い、要注意人物――そうですね、絶対に怒らせてはいけない、と言えば言いのでしょうか? そういった者に発行されるカードです」

 これは完全に言質を取った、って事でいいよな?

「今、怒らせてはいけない人物、って言ったよな?」

「そうですが、それが何か?」

 よし、再確認も終了っと。

「んじゃ俺、怒るぞ?」

「は?」

 受付譲が一瞬だけ呆けた隙を突いて、俺は剣を抜き上方へと蒼炎斬を拡散放射して天井から上を消し飛ばした。

 勿論、強力無比な一撃を喰らった天井部分は構造材が吹き飛ぶ、などと言った生易しい破壊ではなく、文字通り完全に消し飛んで綺麗さっぱり無くなって、陽光が燦々と降り注ぐ。

 そんな中、受付譲はこれでもか、と言わんばかりに目を見開いて身を固めていた。

「あんたが悪いんだからな。俺を怒らせるような事したんだしさ」

 天井部分を消し去りはしたけど、建物の構造を外から見たお陰で、たぶん、死傷者は居ない筈。

 勿論、居たら居たで困るのは俺だから、そこは無いと思いたいけどな。

 しばしの静寂の後、冒険者達は慌てて俺から距離を取り始め、職員達は右往左往し始める。

 そして奥の扉が開くと、頭は禿げ上がっていて片目を眼帯で隠し、顎鬚を蓄えた筋骨隆々とした壮年の男が姿を現した。

「静まれい!」

 現状を即座に認識したのか、男が一喝すると、誰もが動きを止める。

「これは一体何事が起こったのだ。誰か説明せよ」

 剣を手にしている俺の事を見据えながら、冷静に言葉を紡ぎ出していた。

 醸し出す雰囲気は超一流。

 それで居てこちらには威圧感が来ない。

 しかも警戒をしている事だけは分からせるのだから、こんな奴の間合いに迂闊に踏み込めば、返り討ちに遭うは必定。

 故に、問い掛けるしか手が無かった。

「もしかして、あんたが支部長か?」

 雰囲気からしてそうだろうと予想した事は、どうやら当たりだった様だ。

「如何にも。ワシがこのサスタン支部を預かる支部長、パグスト・ローワンである」

 何とも暑苦しい返答だが、不思議とこのおっさんには合っている気がした。

 だが、ローワン支部長は俺の名前を聞こうともせず、只々見ているだけ。

 そうなると俺もこれ以上声を掛ける訳には行かず、支部長の事をジッと見詰めるしかなかった。

 そうこうしている内に、職員の一人が支部長に駆け寄って耳打ちを始めると、視線を俺から外さずに頷きながらも、その表情は徐々に渋面に変わっていった。

 そして、ボソボソと二言三言、職員と言葉を交わすと盛大な溜息を付いて、俺に対する警戒を解いた。

「人とはまったくもって厄介なものよの……。成績優秀な者が実戦で一番役に立たぬとはな……」

 この呟きはあの受付譲の事だと思うんだけど、あれが成績優秀とかマヂ勘弁して欲しい。

 でももしかすると、あれはあれで優秀なのかも知れないな。マニュアル的な意味で。

 そんな事を考えて、フッと俺の意見を言ってみたくなった。

「あの、支部長。ちょっといいですか?」

「ん? 何だ? 竜殺しよ」

 この人、俺を見た時点で分かってたみたいだな。だから何も聞かなかったのか。

「成績って、何を持って優秀とするかは、試験の遣り方次第で変わるもんですよ?」

「ほう? 例えば?」

「そうですね……。教えられた事を教えられた通りに熟すのも、それはそれで一つの優秀さを計る物差しなんですけど、突発事項にどう対処するかで分かる、その人個人の優秀さもあるって事ですかね」

「ふむ、竜殺しの言う事も一理あるの……」

 ローワン支部長は腕を組んで考え込んでしまった。

 俺はその隙に、放心している受付譲から自分のカードを引っ手繰ると、腰のパウチに仕舞い込んだ。

 ふう、取り敢えずはこれで大丈夫っと。

 俺がそんな風に安心していると、

「のう、竜殺しよ」

「はい?」

「そ奴をお主の仲間に加えてもらえぬか?」

「は?」

 言われてる意味が分からないんですど……。

「そこで呆けておるそ奴――名は確か……。何と言ったかのう?」

 ローワン支部長はそこで口篭ると、うんうんと唸り声を上げながら考え込んでしまった。

 一応、自分とこの職員なんだから名前くらい覚えてあげろよ、とは口が裂けても言えない。

 でもまあ、言わんとしている所は分かった。

「詰まりあれですか? この受付の女性を俺達の仲間に加えて、狩りに連れて行けと?」

 俺の発言にパッと顔を上げると、ローワン支部長は口元を綻ばせた。

「察しが良くて助かるぞ。流石は竜殺し。リエルを嫁にしただけの事はあるの!」

 変な所で感心されたけど、あれは嫁にしたんじゃなくて、勝手に嫁になっただけで、俺が望んで嫁にした訳じゃ――ってこれは禁句だったな。

「でもいいんですか? 勝手に決めて」

「問題無い。ここではワシが規則だからの!」

 がっはっは、と豪快な笑いを上げるローワン支部長から目を逸らして受付譲に視線を向けると、彼女はまだ現実世界には戻って来ていなかった。

 名前は知らんけど、ご愁傷様。

 俺は心の中で合掌をするのだった。

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