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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
スリク皇国編 第二章
168/180

色々、再・認・識

 アルシェがキレた。

 それはそれは見事に。

 まあ、俺に対してじゃないからいいけどね。

 その時俺は思った。

 やはりこっちの世界でも、母は最強だと。

 で、アルシェが切れた原因は、アホが具現化した様な言い争いを繰り広げた、二人の竜。

 不毛な言い争いを繰り広げるだけならまだしも、子供達の前で言ってはいけない事を口走りやがった。

 具体的に言う……って、言えないんだよ、これが。

 卑猥過ぎて。

 まあ、それを連発しやがったから、俺はベッドから慌てて飛び起きると、二人を抱えて部屋の外へ連れ出した。

 で、これぞ正に夫婦、と言わんばかりのタイミングで、アルシェが大爆発を起こした。

 そんな訳で、俺とお子様の二人は廊下に出たのだが、これもまた、物凄ーく見覚えのある廊下だった。

 廊下にまで響くアルシェの声を無視して、俺はお子様達に確認をする。

「なあ、ここって、もしかすると、パンがいっぱい出てくる宿か?」

「そーだよ」

「うん」

 やっぱり俺がぶっ倒れている間に、この宿まで辿り着いていたのか。どうりで、天井とか壁に見覚えがあると思ったよ。

 だけど、これはこれで何となく寂しい。あの台詞が言えないからな。

 ま、違う台詞は言えたから、とりあえず良いけど。

「そういえば、夕飯がどうとか言ってなかったか?」

 俺の脳裏には、スミカが夕飯前だから云々、と言ってライルを諫めていた記憶が残っていた。

「うん、もうすぐお夕飯が出来るから、パパを呼んで来なさいって先生に言われたの。そうだよね? ライルちゃん」

「うん! 今日もいっぱーいパンがあるよ! でも、早くしないとなくなっちゃうかも」

 二人を差し向けたのは教授の仕業と判明したが、どうやって俺が目覚めた事を知ったのだろう?

 教授だし、の一言で片付くと言えば片付くのだが、ストーカーしてんじゃないだろうな、アレ。

 流石にそれは無いと思うけど、大量のパンが早くしないと無くなる、と言うのはどう言う事だろう?

 ま、行ってみれば分かるか。

「じゃあ、ご飯食べに行くか!」

「うん!」

「はーい!」

 俺は元気良く返事をする二人と手を繋いで、階下の食堂へと向かった。

 短い道すがら俺は、アルシェ達の夕食の事を考える。

 アルシェの分は取り分けるとして、ミズキとハズキの分も取り分けておかなければ駄目だろう。

 だけど、ガイラスとウェンズの夕飯は、抜き、で良さそうな気がする。だって、アルシェならば説教の中で言いそうだし、俺としてもお仕置きはしたい。ならば、ここは意見が一致した、と言う事にして、食事抜き、で決まり。

 そうだ、そうしよう! と心の中で何度も頷きながら階段を下りた俺は、眼前の光景に固まった。

「ややっ! これは主殿! ご起床成されましたか! 僭越ながら、我等先に頂いて居ります! ささ、どうぞこちらに! ご子息とご息女の席も用意して有りますぞ!」

 俺の仲間に混じって、豚頭鬼(オーク)の一団が宿屋の一階を占拠していた。

 しかも、パンを競う様に口に詰め込みながら。

 その食欲は凄まじく、山の様に詰まれたパンが目に見える早さで減っていく。

 もしかして、と思った俺はカウンターの方に目線を向け、宿屋の主人にアイコンタクトを送った。

――追加オーケーすか?

 だが主人は肩を竦めて苦笑いを漏らすと、首を横に振った。

 って事は、今ある物を確保しておかなければ、アルシェ達の夕飯はなくなる、と言う事。

 食い物の恨みは恐ろしい、と良く言われるが、これの怖い所は、精神的にジワジワと追い詰められる所だ。

 しかも、相手が奥様方、とくれば今ここに居ない奥様とも情報共有をされた挙句に、共同戦線までも張られてしまう。

 子供達は抱き込まれ、男共は脅されて俺を擁護する事はまず無い。

 可憐に助けを求めても自業自得と返され、手を引っ込められてしまうだろうし、尻に敷かれているウォルさんは言わずもがな。

 王様は俺達の夫婦喧嘩には感心を示さないだろうし、ハロムドさんはとばっちりを恐れて俺を避けると思われる。

 仮に何処かに隠れ潜んだとしても、奥様達は種族に関係なく結構な権力を保有しているから、夫々が持ちうるネットワークを駆使して、俺を探し出す筈。

 そうなってしまえば、デュナルモ大陸の何処に逃げたとしても、俺の居場所など即座に特定され連れ戻されるだろう。

 その後に待つものは……。

 そこまで考えて、俺の体は小刻みな震えを起こした。

 や、やばい! 今度こそ死ねる!

 脳裏に走った衝撃のお陰で、俺の行動は神速を超えた。

 自分の保身の為に。

 豚頭鬼に勧められた席に着く前に、電光石火の早業で各テーブルを回り、四人が満足出来る量のパンを確保して空間拡張魔装を使い仕舞い込む。

 そしてスープの入った鍋もひったくり確保すると、中身を革袋へ移してから、パンと同じ様に空間拡張魔装を起動して放り込んだ。

 そんな俺を呆気に取られた表情で豚頭鬼達は眺めて居たが、知った事ではない。

 なんせ、俺の生死が掛かっているのだから。

 素早く作業を終えた俺は、これで一安心、と安堵の息を吐くと、進められた席に座り食事を始めた。




        *




 食後のお茶を飲みながら寛いでいた俺は、周りで騒ぐ豚頭鬼共を眺めていてハタと気が付いた。

 なんでこいつ等は、ここに居るのだろうと。

 確か、俺達を襲う、みたいな事を言っていた筈。

 だが目の前には、ジョッキを片手に楽しそうに騒ぐ豚頭鬼達が居る訳で、あの時の台詞は幻聴だったのでは、と思えてしまうほどだ。

 もしもこれが、俺達を油断させる為、というならば、あまりにも稚拙に過ぎるのだが、今の奴等からはそんな気配は微塵も感じられない。

 酔っ払って足が縺れて転んでるのも居るし。

 しかも、さっき俺の事を主様とか呼んでいたから、敵対する心算は無いと思って良い。

 ならば何故あの時、襲う、等と口にしたのだろうか。

 何かが関係しているのだとは思うが、その何かが、浮かんでこない。

 こうなると脳内推理は通常、迷宮入り、というか、ゴミ箱行きになってしまい、出たとこ勝負でいいや、となるのだが、ここには幸いにして、俺の疑問に答えられる者達が居る。

 なので、

「おーい、氏族長は居るかー」

 お気楽に族長を呼んだ。

 ま、俺は主様らしいし、問題無い、と思う。

「はっ! これに!」

 素早く俺の前に傅いたのは、あの時と同じ、一際恰幅の良い豚頭鬼。

 それにしても、よくもまあここまで腹が出るものだ。何を食えばこんなに胴回りが大きくなるんだろうな。

 等と益体も無い事を思いながら、先ずは名前を尋ねる。

「お前の名は?」

「ポーク・トンマスと申します」

 その名を聞いて俺は噴出し掛けた。

 だってさ、ポークとトンだぞ。幾らなんでもストレート過ぎだろ。

 まあ、これは語呂合わせ見たいなもんだし、こっちの世界じゃ関係ないのだろうけど。

 尤も、こっちの世界でそんな事を思うのは、俺と可憐くらいだと思うけどな。

 何とか笑いを堪えた俺は、ゴミ箱行きに成り掛けた疑問をストレートにぶつけた。

「お前達はなんで俺を襲ったんだ?」

 まあ、襲う、と言うよりも宣戦布告に近い感じだけど。

「実は……」

 ポークが語った事は、驚くべき事実だった。

 数ヶ月前にカチェマ王国から後宮警護を請負い、つい先日起こった王妃暗殺未遂事件の犯人を探している、と言ったからだ。

 尤も、暗殺が未遂に終わったのは、彼等一族の女達の力に因るもので、手引きした者が居た事も突き止め、既に処分した、という事だった。

 蛇足だけど、この場合の処分というのは、この世から抹消する事である。

 そこまで聞いて俺は、襲われた理由に納得がいった。

「って事は、お前等が暗殺者を追ってるのか」

「御意にござります」

「それで俺を見掛けたから狙った、と? でも、見た目からは判断出来ない筈だぞ?」

 化粧もしてたし、序でに言えば香水も付けられてたしな。女じゃ無いのに淑女の嗜みだって言われて……。

 俺のそんな疑問に、ポークは自信たっぷりに答えた。

「どれほど姿形を女人に似せ様とも、どんなに同じ匂いをさせ様とも、吾輩達の鼻は誤魔化せませんからな」

 その返答に俺は、一欠けらの疑いも持たずに納得した。

 だって、豚は犬よりも鋭い嗅覚を持ってるっていうし。

 それよりも、だ。

「なあ、お前の事、ポー、でもいいか?」

 真面目な顔をしていたポークが、目をパチクリさせて不思議そうな表情を見せたので、俺はすかさず、尤もらしい言い訳を放った。

「別にお前の名前が悪い訳じゃないぞ? ただな、親しみを込めて、俺がそう呼びたいだけなんだ。でも、嫌だ、って言うならやめるけど……」

 少し困った様な、それでいて窺う様な表情を見せながら俺がそう言うと、ポークは慌てて手を振りながら、

「そ、そんな滅相も御座いません! あ、主様からその様に呼んで頂けるなど、光栄の至りに御座ります! どうぞ吾輩の事は、ご自由にお呼び下さいませ!」

 言質を貰った俺は、彼の事を今後、ポーと呼ぶ事にした。

 だって、豚肉の事を言ってるみたいで、すっげえ違和感あるんだもん。口には出来ないけど。

 これで一つ、問題は解決した。

 だが話を聞いた事で、俺の中には新たな疑問が生じていた。

「ところでさ、ポー達に頼んだのって、誰なんだ?」

 この国には彼等を頼める伝手がまったく無い、とまでは言わないが、少なくとも俺は有ると思っていない。もし伝手があったならば、大鬼(キリマル)達が何故あんな事をしたのか、理由くらいは分かった筈だからだ。

 だから、誰かを介して彼等に頼んだのではないか、とそう思ったのだ。

「種族は違いますが、我が友より頼まれました」

 種族が違うポーの友達……。何だか嫌な予感しかしない。

 でも俺は、意を決して聞く事にした。

「その友達の名前って、聞いてもいいか?」

 ポーは頷くと、口を開いた。

「コタマル、と申します。その時、主様が新たなる長と成られたと聞かされまして、その所為もあり、つい任務を忘れ戦いを挑んでしまいました……」

 聞かなかった事まで告白したポーは、申し訳無さそうに顔を俯ける。

 だが彼よりも、俺の顔の方が情けなかったに違いない。

 だって、ものすっごい渋い顔しちまったからな。

「主様、如何成された?」

 俺の顔を見たのだろう、ポーは怪訝な表情でそんな事を聞いて来る。が、俺はそれ所ではなかった。

 コタマルは大鬼の中でも、どちらかと言えば強い方――上の下くらい――に入るが、それでも幹部ではない。

 なので、今回の様な重要案件を知る立場には居ない。

 そこから導き出される答えは、指示されて要請を出した、という事だ。

 そんな事が出来る人物など、大鬼の中には数人しか居ないし、人間絡みとなれば、これはもう、完全に限定される。

 俺はその事を確める為に、もう一つ質問を投げ掛けた。

「コタマルは誰から頼まれたのかは、言ってなかったか?」

「キリマル殿とローリー、という主様の側近から、と申しておりましたが……」

 ここでまたアレが絡んでくるのか。

 でも教授はカチェマの王宮はおろか、王都にすら行っていない筈だから、これはあの時カチェマへと赴いたウォルさんが、何かの条件――たぶん警護の事だろう――を提示されて飲み、戻って来た時、二人に相談した、と考えるのが妥当。

 勿論、あの時はウォルさんに全権を委譲したのだから、条件を受け入れたからといって俺が注文を付けるのは間違っているし、キリマルと教授に相談したのも正しい判断と言える。

 ただ、一つ問題が有るとすれば、俺に一切話が伝わっていない事だけ。

 だからと言って、ウォルさんやキリマル、教授の三人を責める訳には行かない。

 三人の迅速な判断のお陰で、王妃様の命は助かったのだから。

 でも、こうやって考えていくと、俺って要らなくね? という想いが浮かび、ちょっぴり凹んだ。

 だけどまあ、支配すれども統治せず、なんて言葉もあるし、別にいいかな、とも思う。

 ま、支配も統治もしてないけどね。

「如何成された? 主様」

 俺は余程、神妙な顔付で考え込んでいたのだろう、ポーが心配そうな顔を向けて来た。

「ん? 何でもないぞ」

 とりあえず誤魔化しておく。

 自分の存在価値について考えてただけだし、それに点いては今更な気もするからな。

「なら宜しいのですが……。何か有りましたならば、遠慮なくお申し付け下さい。このポーク、全力で手助けいたしますぞ」

 そう言って無骨な笑顔を向け励ましてくれた事には、感謝しなければいけないだろう。

 麗しき主従関係(?)を俺達が構築している最中、宿の扉が開き、俺達は一斉に視線を向けた。

 そこには驚いた表情をこちらに向ける、リエルが立っていた。

「あれ? どっか行ってたの?」

「うん。でもマサトくんは起きてて大丈夫なの?」

 リエルが心配そうに聞いてきたが、俺は問題ない、とばかりに笑顔を作る。

「ああ、大丈夫だ。夕飯も何時もと同じくらい食えたしな」

 俺の明るい声と笑顔に安堵したのか、リエルは柔らかい微笑を浮かべた。

 俺とリエルがそんな遣り取りをしていると、階段を降りて来る足音が響き、少しやつれたのでは? と思えるほど、げっそりとした表情のミズキとハズキが姿を現した。

「うわあ……。アルシェちゃんって、怒らせると怖いんだねえ」

 リエルが引き気味にそんな台詞を吐く。

 うむ、それには俺も同意する。声にはしないけど。

 そんな二人が項垂れ気味に席に着くと、少し遅れてアルシェも姿を見せた。

「お帰りなさい、リエルさん」

「ただいま、アルシェちゃん」

 晴れ晴れとした表情で挨拶をしたアルシェは、今降りて来た階段へと振り向き、

「ジルさーん。夕食ですよー」

 片手を頬の脇に置いて、階上へと声を掛けた。

 その瞬間、俺の額からは、冷たい汗が噴出し始めた。

 ここには今、俺の妻が五人。

 そして、俺が確保した食事は四人分。

 無論、確保した量は、純粋な四人分ではない。

 ミズキとハズキは一人前では足りないから、実際はその倍の八人分はある。

 四人なら確実に足りる筈の量なのだが、そこへジルが加わると、絶対に足りないと、俺は断言出来た。

 だって、ジルも食べる量が多いんだもん。

 なので、素早く宿屋の店主へとSOSの視線を送るが、肩を竦めて首を横に振られた。

 ここでの俺の希望は断たれ、絶望感に支配され掛ける。

 勿論、最後まで諦める事無く俺は全力を尽くした。

 でも資金不足は如何ともし難く、結局はリエルとアルシェからお金を借りて、街中を走り回る事となった。

 その時の俺に豚頭鬼達が寄越す視線は、とても生暖かかった事を、ここに記しておく。

 でも、同情じゃなくてお金くれる方、何処かに居ませんかねえ……。

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