表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
スリク皇国編 第一章
161/180

戦慄の漢の娘

 初戦を華麗? に突破した俺は周囲に笑顔を振り撒きながら皆の元へと戻った。

 だが、そんな表情とは裏腹に、心の内には一つの疑問を抱えていた。

 この競技は本来、互いに両手を組んで押したり引いたりしながら相手の体勢を崩す、謂わば力比べなのでは無いか、と言う事だ。

 それが何故、腕相撲などと俺には聞こえたのか、その事が引っ掛かっていた。

 もしもこれが何か異変の兆候なのだとしたら、俺が取れる対策なんて高が知れているし、慌てても仕方が無い。

 まあ、こんな事も有ろうかと、一応はこっちの世界に召喚れた時から秘かに温めていた計画もあるし、それを早々に実行に移せば良いだけなのだが、一つ問題が有る。

 それは、計画を実行に移す為には教授に力を貸してもらう必要がある、という事。

 だけど、この間の一件以来、俺と教授の間にはちょっとした蟠りがあるし、それを解消しない事には実行にも移せない。だからと言ってこちらから頭を下げるのは、些か癪に障る。

 ならば、どうすればいいのか。

 要は教授に頭を下げずに済めばいい事なので、今回の思惑に乗りつつもそこから若干外れてしまえばいいのだ。

 ただし、言うは易し行なうは難し、なのは言うまでも無いが。

 そんな事をつらつらと考えていたからか、俺は自分の名前が呼ばれた事に全く気が付かなかった。

「――くん! マサトくんってば!」

「ん?」

「ん? じゃないわよ! 早く行かないと失格になっちゃうよ!」

「なんで?」

「なんで? じゃないわよ! 今、マサトくんの名前が呼ばれたの!」

 リエルから叱責を頂戴して、序でに背中も強く叩かれた俺は慌てて駆け出し、軽く息を弾ませながら試合の場へと躍り出る。

「す、済みません。遅くなりました!」

 一応謝った方が良いだろと謝罪を口にしたのだが、

「名を呼ばれたら速やかに来るように」

 俺から目を逸らして憮然とした表情を見せる審判から、注意をされてしまった。

 でも失格を言い渡され無かったので、一先ずは胸を撫で下ろし安堵の息を吐いた。

 リエルのお陰で何とか間に合ったけど、あのまま考え事を続けていたら、教授の思惑から外れるどころか、女装趣味の男、というレッテルを貼られる所だった。

 お礼、と言うにはちょっとアレだけど、今夜はリエル中心で可愛がってあげるか。今の俺はその程度の甲斐性しかないからな……。

 そんな事を思って少し凹んだが、試合の進行がやけに早い事に気が付いた。

 試合会場が他にもあるのだとすれば納得出来るけれど……。

 新たな疑問を胸に秘めたまま俺は、舞台へと上がって行く。

 そこで目にした者は、変な意味で俺の背筋を凍り付かせるには十分過ぎる存在だった。

「――っ!!」

 白いフリルをふんだんにあしらい、紫色を主として可愛らしく仕立て上げられた超の付くミニスカのエプロンドレスを筋骨隆々とした巨漢が身に纏い、頭にはご丁寧にもメイドの象徴たるヘッドドレスを乗せて金髪をツインテールにしているし、男らしい顔に夜のお姉さんの如き化粧を施し不気味に微笑むその姿は、俺が地獄の人事を取り仕切って居たとしても、絶対に受け入れたくない。

 しかも、短過ぎるスカートから除く脚の毛は、一切剃っていない。余りにも手を抜いた行為に俺は、相手の容姿など忘れ、怒りを覚えてしまった。

 女装舐めてんじゃねえぞ、ごらあ! セルスリウスに行って学んで来いやあ!

「うふふふふふ。可愛らしい子猫ちゃんだこと」

 だかしかし、怒りが充満した頭の中にその声が滑り込んで来た瞬間、俺の背筋に得も言われぬ怖気が走り抜けた。

 漢らしく低音の利いた逞しい声音で吐かれる甘ったるい台詞は、これ以上無いほど恐ろしく、こっちの世界に来て俺に最初のトラウマを刻み込んだ、二度と行きたくないあの店の店主を思い起こさせた。

 まあ、あっちは脛毛剃ってたけどな。

 余りの恐怖に自分自身を抱きかかえて震え、その場に蹲る俺の姿は奴の発した言葉通り、怯えて縮こまる子猫と同じ。

「そんなに怯えなくとも大丈夫よん。優しくしてあげるから」

 止めとばかりに、バチン、と音がしそうなほどの力強いウィンクを投げ付けられて、俺が今直ぐこの場から一目散に逃げ出したくなったその時。

「ぎ、ギュター選手! 失格!」 

 決死の覚悟を決めたかのような声音で審判は筋肉達磨にそう告げると、僅かに引き攣ってはいるが、任せろ、と言わんばかりの笑顔を俺に向けて胸前で小さく親指を突き立てて見せている。しかも、怪物に失格を告げた直後から恐ろしい視線に晒されているにも係わらず、怯む事無く毅然としている姿は、俺にとっては正に救世主――否、今の俺の姿ならば、白馬に乗った王子様、と言うべきだ。

 そんな頼もしい審判に俺は、胸前で手を組み潤んだ瞳を向け感謝の念を送ると、彼は微かにその頬を緩ませる。が、直後に怪物から発射された怒声に、緩んだ頬を直ぐに引き締めていた。

「んだとごらあ! まだ試合が始まってねえのに失格とはどういうことだ! てめえ、この腕の中で昇天させたろか?!」

 奴の言うとおり、確かにまだ、開始の合図は出ていない。

 なのに何故、怪物は失格となってしまったのか、俺もその理由を知りたかった。

 このまま勝ち逃げでも俺はいいけど、理由くらいは知っておかないとね。

 審判は殺気に満ちた視線に怯む事無く毅然とした態度を保ち、口元にニヒルな笑みを浮かべると、とんでもない一言を放つ。

「美しさとはこの世の真理! 因ってこの勝負、ハザマ選手の勝利と判断した! この判断に異論が有るのならば、観客に問うてみるがいい!」

 有る意味、この人も俺にやられちゃった口らしいけど、腕相撲とは全く関係ない勝負で勝つとか、それでいいのだろうか?

 俺も筋肉達磨も呆気に取られてしまったのだが、観客からは盛大な拍手が沸き起こり、審判の判断の正しさを湛える声まで上がり始めた。

 俺はその声を聞いて、有りなのか、と微妙な納得を得たが、あれが納得する筈はない。

 だってさ、ああいうのって、勘違いした美的感覚を持ってる輩が多いからな。

「あたしの美しさが分からないなんて、あんたは審判失格ね!」

 案の定、我に返った筋肉達磨は叫び、何を考えたのか、行き成りポージングを始める。

 ボディービルダーがやるあれを。

 それを、ミニスカートを穿いた筋肉達磨怪獣がやるのだから堪らない。

 だって、見たくも無いものが見えてんだもん。

「どう? 美しいでしょう?」

 甘ったるい低音が響き渡るのと、観客が倒れ始めたのはほぼ同時だった。

 それを目にした俺は、皆を助けなければ、という思いが何故か湧き起こり、咄嗟に叫んでいた。

「あなたの筋肉美は認めましょう! そこまで肉体を鍛え上げた努力には正直な所、私でも畏敬の念しか沸きません。ですが! 履き違えた美しさは猛毒と同じ! そんな事も分からないとは、嘆かわしい限りです! 因ってあなたは、この私が天に代わって成敗致します!」

 半分は自棄でもう半分はノリと勢いだけどな。

 俺は優雅な仕草で怪物を指差した後、躊躇無く丸太に足を乗せて歩き出した。

 本音を言うと怖くてしかたがないけど、乗り越えるべき試練だと思えば何て事は無い。

 怯えは心の奥底へと沈めて優雅な足取りで丸太の中央まで進んでから、怪物に向かって手を差し出した。

「さあ、いらっしゃい」

 同時に俺は、太陽すら霞むほどの輝きに満ちた笑みも送った。

 有る意味これは、俺達兄妹にとって最強の矛であり鉄壁の盾とも成りうる顔。

 但し、誰にでも効く訳ではない。

 その証拠に、目の前に居る筋肉達磨には効果が薄かった。

 尤も、動きを封じる事が敵わなかっただけで、惨く狼狽させる事には成功したので、俺は更なる追撃を仕掛けた。

「その筋肉は飾りですか?」

 やや嘲る感じの表情と台詞を放って挑発をする。

 あれ程自慢をしていたのだから、馬鹿にされれば動き出すと踏んでの一言だったが、安い挑発に乗るほど馬鹿では無かった様で、片頬を引き攣らせながらもその場に踏み止まって居た。

「よもや不安定な足場では、力を発揮出来ない等とは、言いませんよね?」

 ならば、と思い投げ付けた言葉に、流石の筋肉達磨も静かに逆上した。

「――どうやらあなたは死にたいようね」

 蟀谷に青筋を浮かべてゆっくりと丸太に足を掛けた次の瞬間、奴の足の筋肉が膨れ上がり巨体に似つかわしくない動きで突進して来た。

「ぶっ飛べや、われえ!」

 肩を突き出し突っ込んで来る姿は体躯がでかいだけあって迫力に満ちているが、ただの力押しなど俺には通用しない。

「試させてもらうぞ」

 俺は呟き軽く片足を後ろに引いた形で片手を前へと突き出して、迫り来る巨体を受け止めに掛かる。その際、俺の動作に合わせて全身から、少々耳障りな甲高い音が微かに響いた。

 直後、俺と筋肉達磨が接触を果たすと観客からは悲鳴が上がった。

 俺が吹き飛ばされる事を予想して悲鳴を上げたのだろうが、予想を裏切る結果に、今度は喫驚する声が溢れ始めた。

「思った以上に使えるな、これは」

 倍以上の体重があるだろう巨体の突進を片手で押さえ込んだだけでなく、微動だにしない俺の姿にさしもの筋肉達磨ですら、驚嘆の瞳を向けて来る。

 そんな顔をする相手に俺は口角を吊り上げた笑みを向けると、肩を掴んでいる手に徐々に力を籠め、指を減り込ませながら声を掛けた。

「このままだと、肩の筋肉が千切れるぞ」

 今は未だ皮膚を突き破ってはいないが、このまま力を籠めて行けば何れは突き破り肉に食い込む事は確実。だが俺はそこまでは望んでいないので一応、警告の意味も込めて告げたのだが、返って来た答えは俺の手を弾き飛ばして横殴りに叩き付けられた丸太の様に太い腕だった。

 無論、その動きを俺が捉えて居ない訳が無く、相手の手首を素早く掴み取り、衝撃の全てを殺した。

「自慢の筋肉で俺を屠ってみせろよ。それともお前の力はこの程度なのか?」

 手首を捻り上げて苦痛の表情を浮かべさせながら嘲りを叩き付けたが、その余裕が不味い事態を引き起こしてしまった。

 相手が最初に繰り出したのは左肩で、それ受け止めたのは俺の左手。俺の手を弾いたのも奴の左腕なら、叩き付けて来たのも左腕。そして俺はその手首を左手で掴んだ。

 ここまでの一連の攻防は互いに左しか使っておらず、この時の俺は、ある事を失念していた。

 即ち、相手の右手には棍が握られている、と言う事を。

「これであなたも終わりよっ!」

 油断大敵とは正にこの事。

 捻り上げていた手首を返され逆に手首を握られた挙句、腰に棍棒の一撃まで叩き込まれてしまっていた。

 リエルが仕上げた魔装を纏っているとはいえ、不意打ちに近い一撃はバランスを崩すには十分過ぎる攻撃。しかもその瞬間に腕を斜め下に引かれてしまっては、幾ら俺でも堪える事等出来る筈も無く、仰向けに成りながら体を宙に舞わせ始める。

 刹那、観客からは悲鳴――主に女性中心――が上がり騒然とした空気に包まれ、視界の中では筋肉達磨が愉悦に満ちた表情を見せていた。

「さようなら。子猫ちゃん」

 別れの挨拶を放ちながら、自分が引き摺られて落ちない様に、直ぐに俺の手首を離す。

 その瞬間を俺は見逃さなかった。

 勝利を確信した時、人は警戒心が最も緩み隙が生まれる。その隙こそ最大の好機であり逆転する最後のチャンス。

 この時俺は心の中で、この事を教えてくれたゴンさんに感謝していた。

 奴の手が完全に離れきる寸前にその指を握り込み、そこを支点にして足を思いっきり後方へと振りながら身を捻る。

 奴の体は泳いでバランスを崩し始めるが、そこではまだ離しはせず、更に体を振り上げて水平に近くなった時点で奴の指を離した。

 そして、ここからが最大の見せ場。

 丸太よりも高く飛び上がり、やや斜めの軌道を取りながら後方伸身宙返りをしながら捻りを加え、更にもう一回転後方宙返りを決めてから華麗な着地を見せ、足の下では派手な音を立てて筋肉達磨が肥の餌食と成っていた。

 膝を折って着地の衝撃を逃し、俺はゆっくりと立ち上がりながら辺りを見回す。

 そんな俺を出向かえたのは静寂と、観客から注がれる羨望の眼差し。

 そして――。

「わ、私には目の前で起こった事が、未だに信じられません! もしかして幻覚にでも掛かってしまったのでしょうかっ?! 優勝候補筆頭と目されていたギュター選手の突進を細腕一本で止めただけではなく、攻撃を逆手に取った華麗なる返し技は最早、人知を超えているとしか表現のしようがありません! しかも! 宙を舞う姿の何と華麗な事かっ! 暴走した審判により、試合開始前に勝利を言い渡されたハザマ選手でしたが、とんでもない実力を秘めている事を今の試合でまざまざと見せ付けてくれました! 美しいだけではなく、強さまでをも兼ね備えている彼は正しく、我が国が誇れる人物の一人、と言っても過言ではないでしょう!」

 司会者が並び立てる美辞麗句の数々だった。

 そんなに褒めるなよな。鼻が伸びちまうじゃねえか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ