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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
スリク皇国編 第一章
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心配は、バクハツだ!

 賑わいを見せるノーザマインの街中を私達は、殿下の頼みもあり露天巡りをしていました。

 流石に南から最初に荷が到着する場所柄なのか、セルスリウスでは見る事の無い料理が売られており、珍しい物を見付けてはマサト殿から預かった金銭で、買っては食べてをしていました。

 私が特に気に入った物は、日持ちがする様に加工した海の魚の焼き物でした。

 干物、と呼ばれるそれは生魚を焼いた物よりも旨みが数段勝っており、噛み締めれば噛み締めるほど味わい深く、幾らでも食べられそうな程でした。

 中には若干の甘みを加えた様な物もあり、それがまた一段と旨みを引き上げているのですから堪りません。

 他には油で揚げた円い輪の様なしっとりとしたパンの様な物――ドーナツと言うらしいですね――などは、少し小腹が空いた時等には丁度良く感じられました。

 それを齧りながら皆で歩いていると、

「あっ! あれも食べたい!」

 殿下が一軒の屋台を指差し、目を輝かせます。

「ライルちゃん、さっきお肉食べたばっかりでしょ?」

「まだ食べられるもん」

「もう、食いしん坊なんだからー」

 殿下と、そのご婚約者と成られたスミカ殿が、仲良く手を繋ぎながら楽しげに会話を交わしている姿がとても微笑ましく、思わず私の頬も緩んでしまいました。

「ふふふっ。育ち盛りの男の子ですから仕方ないですよ」

 ミズキ殿は柔らかい笑みをスミカ殿に向けて、そう告げました。

「男の子は沢山食べるものなのでありんす」

 ハズキ殿も同意をする旨を笑顔に乗せて、二人を優しく見詰めていました。

 殿下の食欲を肯定するようなミズキ殿とハズキ殿の暖かな台詞に、私は目を細めて前を行く四人の背を見詰めます。

「でも、あんまり食べると太っちゃうよ?」

「大丈夫だもん。毎日剣のおけいこしてるから」

 殿下はすかさず胸を張り、スミカ殿に向かって少しだけ得意げな顔を見せていました。

 そんな遣り取りをしている御二人にミズキ殿は苦笑を浮かべつつも、

「それじゃ、私が買って来ますから、ここで待っててくださいね?」

「うん!」

「――はーい」

 殿下は嬉しそうに顔をほころばせて元気良く、対するスミカ殿は大人の様に溜息を付きつつ半分諦めた様に返事を零し、ミズキ殿はお二人に背を向けて露天へと向かいました。

 その間はハズキ殿が二人の背後から肩に手を置き、それとなく周囲の警戒に当たっています。

 この辺りは流石、と言っても良いですね。

 とりあえず御二人の事はハズキ殿に任せ、私は目線だけを動かして周囲を見回しました。

「――ふむ。先ずは幸先の良い滑り出し、と言った所ですね」

 所狭しと並ぶ露天と行き交う大量の人の流れを見ながら、私はほくそ笑みます。

「しかし……、何処まで先を読んで動かれているのでしょうねえ。あの方は……」

 事実、あの時のマサト殿の行動が無ければ、私の計画は実行に移す事が出来ませんでした。

 牢に繋がれてしまったのは計算外だった様ですが、私から見ればそれすらも計算の内としか思えません。

 女領主を自分の下へと引き付け、私を動き易くする為の行動にしか見えなかったのですから。

 勿論、この計画の発端は全てマサト殿の為でもありますが、これは私達の為でもあります。

 ただ、この事はまだ、話す事は出来ませんが……。

「何を話せないの?」

 思っていた事が口から漏れてしまったのか、突然背後から声を掛けられ驚いて振り向くと、そこには串焼き肉を片手に持ち、反対の腕には紙包みを抱えて、にこやかに微笑むリエル殿が居りました。

「ねえねえ、何の話なのか教えてよ」

「言えません。最初に話すのはマサト殿と決めていますので」

 と言いますか、本当にまだ話せる段階では無いのですよ。不確定要素が排除しきれてませんし……。

「ちょっとくらい、いいでしょー」

 リエル殿は口を尖らせて、まるで子供の様に強請ってきますが、私の答えが変わる筈はありません。

「お断りします」

「けちー」

「ケチで結構ですよ」

 終には頬を膨らませて本当に拗ねてしまいましたが、私は一先ず安堵の溜息を吐きました。

 これ以上追求されるのは敵いませんから。

 しかし、マサト殿の奥様達は扱い易いお方が少なくて困ります。

 この場には居りませんが、特にイリーナ殿は扱いに困るお方ですから、連れて来れなくなって、本当に幸いでした……。

 そんな事を思っていると、

「ほまはへー」

 ミズキ殿の声が聞こえ、何やら発音がおかしいと思い顔を向けると、私は唖然とさせられてしまいました。

 あろう事か彼女の口からは腸詰が五本も生えており、歩く度にぷらぷらとしていたのですから。

 大鬼とは言え、ミズキ殿は仮にも女性。なのに、恥ずかしくは無いのだろうか? と私が強く思ったのは間違いではないと思います。

 現に彼女の姿を見て喜んでいるのは殿下だけで、他の皆さんはぽかんと口を開けて私と似たような表情をしていましたからね。

「ふぁい。みなひゃんほふんでふ」

 彼女の姿に言葉も無く立ち尽くす私達に、ミズキ殿は腕に抱えた包みを一つずつ渡していきます。

 その間も彼女の口はもごもごと動き続け、生えた腸詰を徐々に短くしていきました。

 そして、口の中に消えた腸詰を喉を鳴らして飲み込み花咲く様な笑顔を見せると、

「これ、すっごく美味しいですよ!」

「ほんと?!」

「はい! 余りにも美味しいので、全部買い占めてきました!」

「やったー!」

 それを聞いた私の脳裏には、マサト殿が泣き崩れる姿が浮び上がり、隣にいるリエル殿と目を合わせ、二人で揃って盛大な溜息を付くのでした。



           *



 ふと目を開ければ、そこには俺の見知った顔が勢ぞろいしていた。

「あれ? みんな、どうし――」

「どうした、ではないでござる!」

 俺の疑問の声を遮ったのは、瞼を腫らした辺境伯だった。

「あんな無茶を仕出かすなど、ハザマ殿は何を考えているでござるかっ!」

 涙の後がくっきりと残る顔で俺の事を叱る彼女は、かなり心配してくれていた事が伺える。

 だけど俺としては、そこまで心配してもらう義理はない。

「俺が勝手に遣った事だし、そこまで心配しなくてもいいだろ?」

「ししっ、心配など――、して無いでござるっ!」

 今度は顔を真っ赤にして吼えられた。

「ママね、パパが死んじゃったら拙者の責任でござるー、って泣きながらすっごく心配してたんだよー」

 辺境伯の脇から顔を覗かせたスミカが、くすくすと笑いながら放った台詞で彼女を絶句させる。

「ホント、マサトくんって女泣かせだよねー」

「私が殴っても死なないんですから、心配するだけ無駄と言った筈ですのにね」

「わっち達以上に丈夫な体でありんすからね、マサトさんは」

 リエルとミズキ、ハズキの三人は、言葉面からはまったく心配する素振りを見せては居ないが、瞳の奥に宿る光が揺れ動いている事から、内面では相当な心配をしいた事が見て取れた。

 それを隠して笑顔を作ってくれている事に、心の中で感謝していると、ライルが何ともいえない表情で俺の顔を見詰めながらボソリ、と告げて来た。

「おとーさん。おかーさん達を泣かしちゃ、だめだよ?」

 その台詞に、俺の心は軋む。

 今でこそ俺は落ち着いているが、ガルムイから戻った直後は、ずっと焦っていた。

 主な原因は、赤人と青人のサポート――俺の意識に二人の意識を同調させる事らしい――がなければ動く事も儘なら無い体になってしまった事。

 加えて魔力の問題もあったが、そちらは日常ではあまり使う事もないので、それ程焦ってはいなかった。

 だが体だけは別だった。

 日常生活に来たす支障は甚大だったからだ。

 最初のうちは齟齬が起きるから慎重に行動せよ、と二人からは忠告を受けていたのだが、それを無視して以前と同じ様に振舞おうとした。

 結果、力の加減すら分からず手にした物を幾度も落として壊したり、歩けば蹴躓いて転び、階段を降りようとすれば踏み外して階下に転げ落ちる等、数え上げれば切がないほどの失態を積み重ねた。

 その中でも最悪だったのは、陶製のカップを握り砕いてしまった時だった。

 手の平に突き刺さる破片と、滴り落ちる大量の血。

 そして、本来ならば有る筈の痛みが、殆ど感じられなかった事。

 流石の俺もこれには焦りを超えて恐怖を覚えた。

 今までとは勝手の違う日々の中で突然降りかかった恐怖に俺は、何とか元通りに戻そうと焦りで体を酷使し続けた。

 無論、皆には悟られない様に。

 結果として以前に近い状態にまでは成ったが、悟られない様にしていた事など妻達には何の意味も無く、返って心配させていた事に俺は、まったく気が付いていなかったのだ。

 勿論、彼女達は気付いた素振りも見せずに何時も通りに俺と接してくれていたが、ある日、今日と同じ様にライルに言われてしまった。

 おかーさん達が泣いてる、と。

 ライルは子供ならではの鋭い感性で、彼女達の心の内を感じ取っていたのだと思う。だからこそ、俺に伝えて来たのだ。

 その時俺は、はっきりと自覚した。

 今、守られているのは俺なのだ、と言う事を。

 だから無理をするのを止め、しばらくは冒険者家業も休み、皆と穏やかに過ごす時間を増やした。

 その甲斐あって妻達は安らかな笑顔を見せ始め、俺は俺で自分の不甲斐なさを悟る事と成った。

 ただ、嬉しい誤算もあった。

 普通の生活を送っていただけで、赤人と青人との同調率が飛躍的に向上した事だ。

 これには驚かされたが、もっと早く気付くべきだったと反省もした。

 その事を忘れてまた、心配を掛けてしまった様だが、今回だけは後に引く訳に行かない。

「心配してくれる皆には悪いけど、俺は腕相撲大会に出る。理由は――分かるよな?」

 これは俺の性分みたいなもんだし、その事は皆も分かってくれている筈。

 ただし、一人を除いて。

「それと――」

 俺が若干の怒りを篭めた視線を教授に突き刺すと、皆の顔が一斉に彼へと向かった。

 たぶん、俺の予想では今回の騒ぎの元凶は教授だ。

 どうやってかは知らないが、街の有力者や彼女の側近なども抱き込んで起こしたに違いない。その手腕は敵に回せば恐ろしいと思うと同時に、味方としては頼もしくも有る。だが、だからと言って、今回だけは許される行為ではない。

 下手をすれば人一人の未来を――人生を壊してしまう可能性があるのだから。

「これが終わったら、覚悟しとけ。今回の責任、取ってもらうからな」

 俺は今まで、教授に怒りを向けた事は無い。教授がどんな無謀や無茶振りをしてきても、最終的には何だかんだで関わる者、全員の為になっていたからだ。

 だけど、今回だけは全く違う。

「お前、俺が出ない、と言ったらどうする心算だったんだ?」

 怒りの篭った視線を向け続けても、教授は柳に風、とばかりに飄々と受け流していたが、俺の詰問に何食わぬ顔でほざきやがった。

「それは有り得ない例えですね。辺境伯を景品とすれば、マサト殿であれば必ず出ると踏んでいましたので」

 これを耳にした俺は、完全にぶち切れた。

 寝ていたベッドからゆっくりと身を起こして降りると、やや顔を俯け気味にして教授の下へと足を向ける。

 一歩、また一歩と床を踏みしめながら教授の前に立つと、

「――っざけんじゃねえ!」

 渾身の力を篭めて俺を教授の顔をぶん殴った。

 万全の状態からは程遠い体から繰り出された拳だったが、教授は呻き声一つ上げる事すら出来ずに床に叩き付けられる。が、それで俺の怒りが収まる筈は無く、呆然とした表情で俺を見上げる教授の胸倉を掴み強制的に立たせると、今度は腹に一撃を入れた。

「がはっ!」

 体を折り曲げて息を吐き出す教授の顔面に、今度は膝蹴りをぶち込んだ。

「人は、物じゃねえぞっ!!」

 鼻血を撒き散らしながら仰け反った教授に俺は、殴打を浴びせ始める。

 教授も何とか俺の拳を避けようと腕を上げるが、その上からお構い無しに殴り付けた。

「お前は――、どうして、何っ時もそう! 自分だけで――、完結、してやがんだ!」

 殴りながら叫び、拳の痛みすら無視して殴り続ける俺の目の前の光景は、何時の間にか歪んでいた。

 他人を巻き込む事を当然と捕らえる態度が悲しくて。

 信頼していた者に裏切られた様で悔しくて。

 そして、仲間を殴らなければ成らない遣る瀬無さに。

「何で――、何で何だよ! 何でお前はそう、俺達に何も、話さないんだよっ!」

 泣きながら殴った。

 教授は何かを言おうと口を開き掛けた様だが、涙を流しながら殴り続ける俺に困惑の視線を向けて来ただけだった。

 そしてそれは、皆に羽交い絞めにされるまで、続いたのだった。

 教授の、馬鹿野郎がっ!

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