はっちゃけて燃え尽きる
空の上でぎゃあぎゃあわいわい騒いでいる俺達ではあるが、こうなるまでには紆余曲折もあった。
ま、その話は長くなるから割愛するとして、今回の俺達の目的地はスリク皇国、と言われる一大宗教国家であり、デュナルモ大陸全土に遍く流布されている、ソルリス教の中心地でもある。
この国は宗教国家だけあって、他国とは決定的に違う部分があるらしい。
それは国民――スリクでは信民と言うらしい――の全てが敬虔な信徒という事と、その信民が半分、憲兵の様な役割を自発的に担っている事が最も大きな違いなのだとか。
それを聞いた俺は、ただの一般人がそんな事して何の役に立つんだ、と思ったのだが、犯罪抑制には意外と役に立っているらしく、普通に暮らす分には、スリク皇国ほど平和で住み易い国は無い、とまで言われるほど犯罪発生率も少なく、命を落とす危険も低い平和な国なのだそうだ。
尤も、教義を批判した事を聞かれでもすれば即座に通報されて御用となり、ありがーいお説教を牢屋で一週間くらい延々と聞かされつつ学ばされるらしいけど。
なので俺だけは出発する前に皆から、言動には気を付けろ、と釘を刺された。
まあ俺の場合、無意識に批判する時もあるからな。
ただ、そこへ行く前にちょっと寄り道をしなければならない所があった。
「やっぱ空だと早いよなー」
呟き目線を地上へと向ければ、魔装連弩を等間隔で配置した石室が載る市壁にぐるりと周りを取り囲まれた鉄壁の都市――ノーザマインが何とか視認出来る距離にまで近付いていた。
前回はそこへ辿り着くまで約一月ほど掛かったが、今回は無理の無い行程にも関わらず、俺達は五日足らずで到着しようとしていた。
「ここまで早いとは予想外だったなあ。これじゃ、手紙は絶対、届いてねえよな……」
そんな事を呟いてみても、既に後の祭り。
驚かせてはいけないと思い、領主宛に手紙を出してから五日後にユセルフを出発したのだが、ハッキリ言ってあっちの世界の感覚が未だに抜け切って無い事を、今更ながらに思い知った。
「やっべえなあ。このまま降りると集中砲火食らうよなあ」
視界に映る米粒の様な衛兵達の動きが忙しなくなって居るのを遠めに捕らえて、俺は眉間に皺を寄せた。
だけど上空に、それもこの高度まで届く武器は、こっちの世界には殆ど無い。
なので、安心と言えば安心なのだが、何時までもエリー達を飛ばせ続ける事も出来ない。彼女達も魔物とはいえ生物なのだから、何時までも飛び続けるなんて無理だし、況してや風に当たり続けている俺達は体力的に見ても、そろそろ休まないと不味い。
現状を維持する訳にもいかず、かと言って強攻着陸をする訳にもいかない。
そんな八方塞に近い状況の中で、俺の脳裏に一つの案が浮かび上がった。
「――やってみる、しかないか」
俺は呟き即座に決心を固めると、自分の中に向かって声を掛けた。
――赤人、起きてるか?
――何用だ。
――この高さから飛び降りたら、俺はどうなる?
――肉隗、だな。
――それは通常の強化率で、だろ? 現状、俺が制御しきれる最大まで上げたらどうなる?
――それでも無理だな。どんなに強化しようとも、生身ではこの高さからの着地の衝撃に耐え切れん。
――じゃあ、着地寸前で衝撃を抑えられれば耐え切れるんだな?
――程度にも因るが、何もせずに落ちるよりは可能性はある。
赤人の返答を受け、今度は青人に呼びかける。
――青人。
――はい。お二人の話は聞いておりましたので問題ありません。こちらの基準で如何程でしょうか?
こいつは赤人と違って真面目で察しも良いから、俺は何時も凄く助かっている。
――何事も無ければそんなにはいらないと思う。たぶん、少し強めの風弾一発分あればいいんじゃないかな?
――畏まりました。
――んじゃそういう事だから、赤人は強化率最大で頼む。
――人使いの荒い主だな。
――お前にとっては大した事ないだろ?
――我は面倒臭い、と暗に言っているのが分からんのか?
ここがこいつの悪いとこなんだよなあ。
だから俺は、魔法の一言を告げた。
――ひめに言い付けるけど、いい?
――喜んでやろう。
ひめの名を出すと赤人は一転して態度を翻した。
ったく、現金な奴だよ、ホント。
でもこれで俺の準備はオーケー。
後は皆に話しをするだけなのだが、素直に話すと絶対に反対されるだろうし、かと言って話さないでおくとエリー達が街の上空へ入り込んでしまう。
だから、エリーにだけは必要最低限の指示を出しておかないといけないのだが、誰にも聞かれない様にする為の念話が、今の俺の状態では使えない。
何故なのか、と言うと、俺はあの時以来、魔法を扱う事が出来なくなってしまったからだ。
そう言うと語弊があるのでより正確に言えば、青人達から魔力の供給を受けても詠唱を伴わない魔法が使えなくなった、と言った方が正しい。
勿論、俺自身の魔力も回復したから使え無い訳じゃない。
問題はあれだけ潤沢にあった魔力量が、極端に減ってしまった事だ。
具体的な量を数値で表すと、今まで四千以上もあった魔力量が、今は四十程度しかないのだ。
しかもそれ以上、一向に増える気配を見せない。
幾ら質の高い魔力を持つ俺でも、これでは初級魔法を二、三発動させただけで、直ぐに魔力切れを起こしてしまうし、風魔法を使った身体強化など以ての外。
何故俺がそんな風になってしまったのか、教授でさえも首を捻るばかりで皆目見当が付かないらしい。
そんな訳で、素の魔力量では念話の発動は出来ても、会話を続ける為の維持が出来ない。
一言二言ならば何とかいけるのだが、エリーは片言でしか話せないので必然的に長くなってしまう。
なのでここ最近、空を飛んでいる時は別の方法でコミュニケーションを取る様になった。
それは簡単な手信号。
例えば、立てた左手に右手の指先を付けてトの字の様にした場合は、止まれ、と言う具合に、事前に幾つかの手信号を決めておいた。
これはエリーが最高速で飛んだ時、声がまったく届かなかった事から考え付いた。
俺は籠を掴んだ彼女の脚を腕を伸ばして軽く叩きこちらへと顔を向けさせると、直ぐに手信号を送った。
ノーザマインの城門を指差した後に、その指を上に向けて直ぐに手の平を水平にして軽く左右に振る。そして左手を立てて右手の指先を触れさせると、エリーの瞳が分かった、と頷きを見せる。
再び前方に顔を向けたエリーは、鼓膜を心地よく揺さぶる澄んだ鳴き声を上げた。
リズム良く断続的に響くそれは俺の指示を仲間の妖鳥伝えているのだろうが、どんなに耳を澄ませてみても歌を奏でている様にしか聞こえない。
しかもそれに返歌するように妖鳥達は夫々が持つ声音で鳴き上げ、空の上は一時の間だけ彼女達の仮初の舞台へと変わり、耳触りの良い音楽に俺達は聞き惚れるのだった。
鳴き声の余韻が空に溶けて風の音が復活すると、エリーが顔を向けて来たので良く出来ました、の意味を篭めてサムズアップとウィンクを送る。
すると、何故か羽ばたきが力強くなって僅かに速度が増し、俺は若干首を傾げるも、まあいいか、と軽く流した。
数分の後、ノーザマインの北門上空に辿り着くと、エリー達は指示通りにその場でゆっくりと旋回を始める。
皆はその事に首を傾げて不思議そうな顔を俺に向けて来る。が、俺は口元を歪めた後、何も言わずに体を縛り付けている戒めを解いて籠から空へと飛び出し、コートを魔鳥の様に広げて靡かせながら地上へとダイブを敢行した。
背後からは悲鳴と叫び声が降り注ぎ、眼下には長弓を構えて俺に狙いを定める弓兵が城壁の上にズラリ、と並んでいる。しかも、門外の地上には魔術師らしき姿も確認出来、その全ての手が上方へと向けられていた。
「盛大な歓迎ご苦労さん、ってとこだなっ!」
耳元で渦巻く風切り音をBGMに、俺は声を張り上げる。
――では、参るぞ。
俺の中から響く声に、
「どんとこーい!」
ニヤケ顔で答えた。
直後、体中に力が漲り万能感が顔を持ち上げた俺は、風圧に押されて真っ直ぐに成らなかった両手足を広げて唸りを上げて飛び込んで来る空気の壁を抱え込み、僅かばかり落下速度を減少させる。
体が水平になってやや落ち着いた所で今度は広げていた両手を腰に佩いた剣の這わせ、同時に足を揃えながら剣を抜き去り胸元へ引き寄せると、頭から地面へと突っ込む姿勢に変化させて声を張り上げた。
「行くぞミッシー! 今度は壊れるんじゃねえぞ!」
『フッ、この程度で壊れるほど今の我が柔ではない事は、既に主も知っておろう?』
自信に満ち溢れた返答が頭の中に響き渡り、俺は更に口の端を持ち上げた。
こことは丁度反対の場所で、ガイラスとの戦いの最中、砕けて破片になってしまったミッシー。
それでも俺の魔力を受け続け剣として有り続けたその姿勢は、練鍛の魔術師と言われるハロムドさんですら打ち直しに一月以上を要するという、常識の枠を超えた桁違いの苦労を掛けさせただけではなく、打ち上がった瞬間に自らの刀身を大太刀に変化させるという、彼の苦労をぶち壊し度肝までも抜いた。
ハロムドさんをして「どうしてこんなバケモノみたいな剣に打ち上がったのか、この俺でさえ未だにまったく分からねえ」とまで言わしめた程の超硬度と柔軟性、そして信じられないくらいの魔法耐性をも併せ持つ、現時点でのデュナルモ大陸最強の剣へと生まれ変わっていた。
「そうだったな!」
最小限の空気抵抗に抑えた姿勢は、瞬く間に地上との距離を食い潰して行く。
「絶叫マシーンなんか目じゃねえなっ!」
口元を歪めつつ叫び、体験した事も無い勢いで迫る地上を睨み付けながら地上の動きを注意深く探っていると、弓兵達の手元が一斉に動いた事が確認出来た。
「来るか!」
直後、俺目掛けて黒い点が殺到し始める。
俺自身が高速で落下している関係上、迫り来る矢との相対速度は異常な程速い。
本来ならば人の動体視力で対処可能な速さを超えているのだが、今の俺にとっては焦る必要などまったく無かった。
胸前に引き寄せた剣を頭上に掲げ持ち矢が間合いに入る寸前、赤人から現状で操り切れる最大限の力を得た俺は空気抵抗など物ともしない早さで剣を振り回し、自分に当たりそうな矢だけを打ち落としていく。
「おりゃああああああ!」
足場が無いので腕だけで振り回す形になってしまうが、流石に頭上で振り回すというのは意外と難しい。
「くそっ、この体制だと打ち漏らしがどうしても出るなっ!」
微妙に体を捻りながら打ち漏らした矢を避け悪態を付いた。
そこへ魔術師が放つ火炎弾まで加わり始めたのを見て、剣だけで捌くのはこれ以上無理と判断した俺は、叫び声を上げる。
「青人おおおおおお!」
――既に送っています!
これぞ正に阿吽。
青人は俺の呼び掛けとほぼ同時に膨大な魔力を供給し始め、俺は受け取ったそれを即座にミッシーへと流し込む。
「上手くっ、避けてくれよっ!」
こちらを見上げていた衛兵達が慌てて散る姿を瞳に映しながら俺は、青白い炎を吹き上げ始めた刀身を言葉と供に地上へ向けて一閃した。
一文字に放たれた真っ蒼な炎は、俺の進路上から矢と火炎弾の全てを排除しながらそのまま地上へと到達し、地面すらも易々と食い破り派手に土煙を上げる。
それが目眩ましとなり地上からの攻撃が止んだ瞬間、青人から譲渡された魔力を練り上げる為に詠唱を唱えた。
「風よ! 我が意に従い全てを砕く弾となれ!」
頭上に掲げた手の平に風を集めて小さな風弾を作り上げた俺は、間髪居れず亀裂へ向けて軽く押し出す。
途端、風弾は周囲の大気を貪欲に取り込み瞬刻でサッカーボール大ほどまでに膨れ上がると瞬時に爆発的な加速を見せ、一秒と待たずに蒼炎斬が作り上げた亀裂へと吸い込まれて行った。
直後、鼓膜を劈く轟音が辺りの空気を揺るがせると、亀裂は火山の様に激しく土砂を噴き上げる。
ほぼ予定通りの進行に俺は口元を微かに歪めながら、腰を捻って足を下に向けて衝撃波を受ける体勢を整えた。
だが、下に遣った目線で吹き上がる土砂の角度が若干おかしい事に気が付いたが、その疑問を考察する暇すら与えられなかった。
真上へと吹き上がる筈の土砂は何故かやや斜め上方へと吹き上がっており、本来ならば足裏から来る筈の衝撃波は俺のケツに強烈なパンチを見舞い強制的に後方宙返りをさせる。しかも、落下のベクトルを相殺するどころか、着地の瞬間は頭が下に成るような形で斜め前へと弾き飛ばしてくれた。
その行く付く先は、蒼炎斬から逃れた衛兵達が集まる、ノーザマイン北門付近。
「ええっ?! ちょっ?! えええええええええっ?!」
想定外の自体に俺は目を見開いて慌てふためくも、驚愕の声を上げながら衛兵達のど真ん中へと飛び込んで行った。
こうなると成り行きに任せるしかない。と言うよりも、慌て過ぎると今の俺は体の制御が出来なくなってしまう。
「べぶぅっ!」
結果、受身も取れずに無様な呻き声を上げて見事な顔面着地を決め、勢い良く鯱状態で北門前へと怒涛のスライディングを敢行するしかなかった。
そして、門の手前スレスレで何とか止まると俺は、五体投地状態で放心した。
「――だ、大丈夫、か?」
門前で剣を構えて驚きと困惑を見せる衛兵が、恐る恐る俺に声を掛けて来たが、大丈夫な訳がない。
「い、痛い……」
「……だよな」
俺は全身の痛みで暫く起き上がる事も出来ず、周りに居る衛兵達の気の毒そうな視線を、暫くの間一身に集め続けたのだった。
べ、別に、受けを狙った訳じゃないんだからねっ!




