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可憐さんのとある一日 後編

 え? ここって普通の民家じゃ……。

 あたしは戸惑い扉の前で立ち尽くす。

 どう見てもお店には見えないし、普通なら軒先に出てる看板も無い。それに、そんな所へ堂々と入れるほど、あたしは図々しさも持ち合わせてはいない。

 だけど、ボンクールさんは戻って来ないし、どうしたらいいんだろうって思っていた矢先、

「何してんだ。早く来いや」

 ボンクールさんが家の扉を開け、顔だけを覗かせて促して来た。

「あ、うん」

 そして遠慮がちに扉を潜ると、

「ハロムド浮気かあ?!」

「うひょー、すげえ美人じゃねえかよ!」

「ねーちゃん! こっち来て一緒に飲まねえか!」

「へっ! これだから酔っ払いは駄目なんだよ! おい、譲ちゃん。俺と一緒に茶でもしばこうぜ!」

「酒も飲めねえ奴がよく言うぜ!」

 物凄い喧騒に呆気に取られてしまった。

「おめえ等、この譲ちゃんに手えだすと、我等が将軍様とハーレム王に殺されっぞ!」

「あん? 何でだよ!」

「そうだよ! ハーレム王は兎も角よお、なんでここで将軍様が出てくんだよ! オレ等にゃもう関係ねえだろ!」

「そいつの言うとおりだぜ、ハロムド! 貴族様なんぞお呼びじゃねえんだよ!」

「皆の言うとおりハーレム王ならば歓迎するが、将軍様は俺の店に入って欲しくねえな」

 ボンクールさんが放った一言で、全員の雰囲気が少し険悪になっただけじゃなく、カウンターの向こう側に居る店長さんっぽい人までもが、いい顔をしなかった。

 貴族は平民の人達にあんまり好かれて無い事はあたしも知ってたけど、まさかこんな反応するなんて思ってなかった。それに、ここに居る全員がハーレム王――おにいに対しては好意的なのに、ウォルの事を毛嫌いしてる。

「確かにあの将軍様が居るから大多数の街の住人は安心して生活も出来ちゃいるが、俺たちはそうじゃねえ。それはハロムド。おめえも分かってんだろうがよ」

「そりゃそうだがよお……」

「それにおめえさんの口振りからすると、そこのお嬢さんは将軍様の関係者なんだろう? そんな奴をここに連れて来られちゃ、俺たちは迷惑なんだよ」

 店長さんから面と向かって辛辣な言葉を浴びせられたボンクールさんはそれでも尚、反論しようとしてくれた。

 けど、あたしはボンクールさんの肩に手を置いて、

「ボンクールさん、もういいわよ。それ以上言うとあなたがここに来れなくなっちゃうでしょ?」

「で、でもよ……」

 あたしは目を伏せてゆっくりと首を降った後、店長さんに向かって頭を下げてから背を向ける。

 あたしがここに居ると皆に迷惑が掛かっちゃうなら、これでいいんだよね……。ちょっぴり悲しいけどでも、あたしは皆の生活を守る義務があるんだもん。

 あたしが項垂れたまま一歩を踏み出そうとした時、突然、店内にボンクールさんの声が響き渡った。

「おめえら! よーく聞けや! この譲ちゃんはな! あのハーレム王の実の妹なんだよ! だったら分かるよな! このまま帰したらどうなるかって事くらい!」

 途端、店内がざわつき始める。

「そしてこの譲ちゃんはな、あの将軍様の奥方様でもあるんだよ!」

 その一言でざわめきはぴたりと止んで、代わりに驚倒しそうな程の怒気が膨れ上がった。

 今にも爆発しそうな気配にあたしは、慌ててボンクールさんに声を掛ける。

「ぼ、ボンクールさん!」

「譲ちゃんはちとだあってろ!! ――俺あな、今日ほど腸が煮えくり返る思いをしたこたねえぜ。確かに俺だっててめえ等と同類だ。だから言いたい事も分かるし、遣り切れねえ想いがあるのも知ってる心算だ。だがよ、今ここに居る全員が誰のお陰でこの場所で商売出来てるか、知らねえ訳じゃねえだろうが。店をやるにしたってそれ相応の制約もあるから大した事も出来ゃしねえし、俺たち自身への縛りもある。だけどよ、組合に加盟出来ねえ俺たちにゃ、ここが最後の居場所って事くらい分かってんだろうが。それを何だてめえ等は。何も知らねえ譲ちゃんに謂れのねえ怒りをぶつけやがって。それでも――、誇り高き紅の槍(ブラッディランス)の志を継いでると、言えんのか?」

 ボンクールさんの言った紅の槍とは、貴族達を震撼させた盗賊集団の名前。

 あたしもその事はお城で教わったけど、彼等の犯行を言い表す言葉は、悪逆非道、残忍酷薄、大逆無道等、どれもが一貫して無慈悲な行いだったと先生をしていた魔術師の人は言っていた。

 ただ、その先生はこうも言っていた。

 紅の槍は義賊だったって。

 勿論、その事を声高にいう事はしなかったけど、この事は心の片隅に止めて置くようにって、先生は言っていた。

 たぶん、貴族だからと言って傲慢な振る舞いをしないようにって、あたし達を諌めていたんだと思う。

 だって、その先生の口癖が「貴族たる者気高くあれ、正しき道を歩め、貴き民を導き、自らを厳しく律せよ」だったし。

 だからかも知れないけど、貴族がこの心を忘れた時、第二、第三の紅の槍が現れるって、先生は何時も言ってたくらいだしね。

 それにその当時狙われた貴族は全員、影で不正を働き至福を肥やしていた者だけって事も、皆にきちんと教えてくれた。

 でも、その犯行もある時をもってぷっつりと途絶えてしまい、紅の槍メンバーの主だった者達も消息を絶ってしまったみたい。

 どうしてそう成ったのか誰もその理由は分からないらしいけど、お城では実しやかに囁かれてる事があるんだって。

 それは、ウォルが台頭し始めた時と奇妙に一致してるって事。

 だけどその事を確かめる術なんて何処にも無いから、噂話になったって程度だけらしいんだけどね。

 今その事は脇に於いておくとして、ボンクールさんが放ったその言葉で、お店の中が静まり返ってしまっていた。

 誰も声を発せず身動ぎすらしない。店内には外からの喧騒だけが届き、重苦しい空気を振るわせるだけ。

 そんな中、店長さんが口を開き固まった空気に罅を入れた。

「お嬢さん、一つ聞かせてくれ」

「何ですか?」

「あんたは何でここへ来た」

「ボンクールさんに誘われたからですけど?」

「そうか……。ではもう一つ。何故ハロムドに遇った」

「お城から脱走したから、かしらね」

「は?」

 あたしの返答に店長さんは呆気に取られ、幾らか空気が軽くなったのも手伝って、あたしはぶっちゃけ始める。

「だってさあ、聞いてよー。今日ね、魔法の講義があったんだけどさー。先生役の年増魔術師が陰険でさー。そいつってば、いっつもあたしに恥じ掻かせようとするのよね。だから今日は頭来ちゃって魔法でずぶ濡れにしてやったのよ。で、そのまま脱走して来たんだけど、何かウォルに吹き込んだらしくて、何時も以上に追っ手が掛かっちゃってさ、見付からない様に路地裏から路地裏に抜けてたら、ボンクールさんにぶつかっちゃっておにいと間違えられちゃったのよ。で、直ぐに誤解は解けたんだけど、しつこくナンパされちゃって、仕方ないからご飯を驕ってくれたら付き合いますって感じで着いてきたって訳」

 この告白にはボンクールさんも呆気に取られてたけど、客席からは笑い声が上がっていた。

「ぶぶっ!」

「くっくっく――」

「くくく、おもしれえお嬢さんだな」

「おいおい、それでも将軍様の奥方かよ!」

「ははははは。いいじゃねえの、その根性気に入ったぜ!」

 しかも、何故か店内が明るくなってるし。

「序でにもう一つだけ聞かせてくれ」

 店長さんは笑いを堪えているのか、口元がぴくぴくしてる。

「何よ、笑いたければ笑えばいいじゃないの」

「それは聞いてから、だな」

 あたしの事、馬鹿にしてるんじゃないでしょうね。

「お嬢さんの生まれなんだが――」

「あたしは庶民ですう! 生まれも育ちも庶民ですう! 貴族なんて雲の上の存在だった庶民ですよーだ! 偶々、玉の輿に乗っただけの庶民ですよー! 庶民で悪いか! ばかやろー!」

 生まれの事を質問された途端、あたしはあの年増魔術師が遇うたびに平民出風情がって馬鹿にしていた事を思い出して、思わず店長さんに向かって叫んでしまっていた。

「くっくっくっく。こりゃ、いい! はっはっはっは! その威勢の良さ、気に入ったぞ! ようこそ隠れ家食堂、紅亭へ! 我等一同、お嬢さんの訪問を歓迎しよう!」

 店長さんがあたしの事を気に入って歓迎するって言った途端、皆も口々に同意を示す言葉をくれて、凄く胸が暖かくなった。

「お嬢さん、お城で嫌な事があったら何時でも来ていいぜ。ただし、俺が起きてる時に限るけどな」

 店長さんの豪快で暖かい笑顔と台詞は、暖まった胸の内を更に熱くする。

「あ、有難う御座いますっ!」

 あたしも笑顔で元気に返したけど、あんまりにも嬉し過ぎてちょっぴり目尻に涙を浮かべてしまった。

 だって、将軍様の奥さん、って立場じゃなくて、あたしをあたしとして受け入れてくれた人たちと、お城以外で初めて出来た居場所なんだもん。

「おいおい、泣かせんじゃねえよ」

「ふん、それはお前の所為だろうが。だがハロムド、今回はお前の奢りだぞ?」

 店長さんはそんな事を言ってボンクールさんに肩を竦めさせた後、大声で店内の皆に宣言する。

「おめえら! 今からハロムドの奢りだから自分の財布は気にするな! 大いに好きなだけ食って飲んでくれ!」

 歓声があがるとその後はもう、大宴会になっちゃった。

 勿論、あたしはお酒なんて飲まないで、料理だけを堪能させてもらった。

 途中、酔っ払ってあたしに抱き付こうとした人がいたけど、きっちりと投げ飛ばしてあげたら、皆に裏へ連れて行かれちゃった。

 なんか、抜け駆けするんじゃねえ、とか、俺たちのアイドルに手出しするとは許さん、とか騒いでたけど、あたしは一応、人妻ですからね?

 でも、そんな楽しい一時はあっと言う間に終わりを告げる。

「そろそろ行くぜ」

「あ、もうそんな時間?」

「譲ちゃんは何時までもここに居る訳にゃいかんだろ?」

「そう、だよね……」

 あたしは少しだけ、憂鬱になった。

 だって、お城に戻らなくちゃいけないから。

 でも、ボンクールさんはそんなあたしに向かって笑い掛けてくれた。

「そんな顔すんじゃねえよ。俺んとこ寄ってから帰りゃ、万事上手く行くさ」

 そしてカウンターにお金をそっと置くと、

「今は手持ちがこんだけしかねえが、後で請求書を店によこしてくれ」

 店長さんにそう言って扉へと向かって行く。

 あたしもその後に着いて出て行こうとすると、背後から複数の声が掛かった。

「もう帰っちまうのかよ。もう少し俺たちと居ようぜ!」

「そうだぜ、お嬢さん。もうちょっと楽しんでからでもバチは当たらねえよ」

「もう帰っちまうなんて連れねえなあ。もちっと居てくれよ」

「楽しいのはまだまだこれからなんだぜ?」

「そうだぞ、これからもっと盛り上がるんだからな!」

 こんなあたしを引き止めてくれるとか、すごく嬉しいしまだ居たいって気持ちもある。でも、ボンクールさんとの約束もあるし、お城にも戻らないとそろそろ不味い。

 だから、きちんとお断りする為に振り向き、あたしを引き止めてくれる皆に頭を下げる。

「ごめんなさい。あまり長居してると皆さんに迷惑が掛かっちゃうので、お暇させていただきます」

 よし、ちゃんと出来た。そう思って油断した所に、

「本音は?」

「もっと居たいわよ。でも仕方ないでしょ。そろそろ戻らないとあたしがヤバ――あ……」

「って、訳らしいぞ」

「もう! 店長さんのいけず!」

 この人は何てタイミングで話し掛けて来るのよ!

「そりゃ仕方ねえなあ。でも、また来てくれるんだろ?」

 店長さんに膨れっ面を向けて睨んでいたあたしに、少しくたびれた感じの小父さんが柔らかい笑顔と言葉をくれる。

「あ、はい。また来ます。何時、とは断言出来ませんけど」

「そうか。なら待ってるぜ。――そうだよな」

「おう」

「何時でも来いよ。歓迎するぜ」

「昼でも夜でも、夜中でもな!」

「おめえ、馬鹿か? 夜中はここやってねえだろうがよ」

「気分だ気分!」

 そんな遣り取りにほっこりさせられながら、あたしはまた頭を下げると、

「それじゃ、皆またね!」

 顔を上げて笑顔を振りまいた後、踵を返して扉を潜るのだった。



            *




「凄い……」

 ボンクールさんのお店に入った途端、あたしは圧倒された。

 所狭しと並べられた武具類、棚に置かれた小物類の数々、そして天井を見上げれば、そこにも剣群がびっしりと並んでいる。

「ここだけで全部そろうんじゃ……」

 お城の武器庫並みの品揃えに、あたしは眩暈がしそうだった。

 勿論、量は敵わないけど、それでも一店舗でこの品揃えは凄過ぎる。

 同時に、おにいがボンクールさんのお店を気に入った訳も分かった。

「――おにいは冒険者、だもんね」

 やっぱり、ちょっとだけ羨ましい。

 その身を危険に晒してお金を稼ぐ事を羨ましいとは思わないけど、自由な生き方が出来るって所だけは正直な話、どうしても嫉妬しちゃう。

 だけどもし、あたしが騎士を辞めて冒険者になるなんて言ったら、今のおにいは反対するかもしれない。

「するよね、絶対。あんな体になっちゃったんだし……」

 命が助かったのはそれこそ奇跡としか言い様が無いって言ってたし、おにい自身も半分は諦めてたらしい。

 あたしは直接聞いてなかったからあんまり実感が無かったけど、実際に体が動かないおにいを見た時は、全身に震えが走って立っていられなく成りそうなくらい、怖かったのを覚えてる。

 だけどおにいは、そんな姿に成ってもちっとも変わらず、皆に笑顔を振りまいて心配させまいとしてた。

 でもあたしには、おにいの気持ちがちょっとだけ分かる。

 分かるけどその事は絶対口にしない。

 だって、おにいは望んでないから。

 諦めてないから。

 何よりも、気持ちだけは前を向いたままだから。

「あたしももっとがんばらなくっちゃ、だね」

 あの時の気持ちを本当にする為に。

 あたしが決意を新たにしていると、

「わりいな、待たせちまって」

 奥からボンクールさんが顔を覗かせ、その腕には二振りの剣が抱えられていた。

 一つはウォルが持ってる剣よりも少しだけ長くて幅広で、もう一つは僅かに反りが入った細身の木の鞘に収まっていた。

「こいつは譲ちゃんにやる。たぶん、譲ちゃんかハーレム王くらいしか扱えねえ筈だからな」

 まさか、と思いつつ、手渡された剣を鞘から恐る恐る抜いてその刀身を目にした途端、あたしは目を剥いた。

「なんで刀なんかが……」

「お、良く知ってんな。そいつはよ、海を渡った遥か東の国の剣でな、譲ちゃんの言うとおりカタナって呼ばれてんだ。んでな、達人が振るえば鎧ごと断ち切れるってくらいの、とんでもねえ代物だ。しかも、刃零れひとつしねえんだぜ? こんな一品、滅多にお目に掛かれるもんじゃねえぞ? ただし、俺んとこ以外じゃ手入れ出来ねえ筈だから、そこんとこは気いつけてくれ」

 手にした刀をジッと見詰め、ボンクールさんの声を遠くに聞きながら、あたしは日本での生活を思い出していた。

 死とは殆ど無縁の緩くて温い生活。

 友達との取り留めの無いおしゃべり。

 放課後に良く行く喫茶店とカラオケボックス。

 豪快な笑い声を上げる父さんと、何時も優しい微笑みを湛えて見守ってくれてた母さん。

 そんな想い出が一遍に噴出して来て、涙が止まらなくなる。

「ぐすっ……。帰りたいよう……。日本に――帰してよう……。皆に、会いたいよ……。おにい、何とかしてよう……」

 あたしは刀を抱えてしゃがみ込み、ボンクールさんが傍に居る事も忘れて泣きじゃくった。

 日本に帰りたくて、友達と会いたくて、おにいなら何とかしてくれると思って。

 でも、心の片隅ではそれが叶わない事も分かってる。

 だからこそ言わずには、泣かずには居られなかった。

「なん、で……。なんで、なのよ……。あたし、もう――やだよ……。殺すのも、殺されそうになるのも……」

「お、おい――、一体どう――」

 爆発する感情を抑えきれずにあたしは、おろおろするボンクールさんに縋り付いて当り散らす。

「帰してよ! お願いだから、あたしを元の世界に、帰して! なんで、あたし達だったの?! なんでなの?! ねえ、教えてよ! ねえってば! こんな生活――もう、いやよ……!」

 そのまま泣き崩れ居て行くあたしを、ボンクールさんは嫌な顔一つ見せずに、優しく抱き締めてくれた。

「わりいな、譲ちゃん。情けねえ事だが、俺には譲ちゃんの言ってる事や気持ちは、半分も理解出来ねえ。でもな、泣いたからって、誰かに縋ったからって、なんも解決しやしねえんだぜ? お前さんの兄貴を見てみろ。泣き言一つ言わねえでこの世界で生きてるじゃねえか。それが良い事なのか悪い事なのか俺には分かんねえけどよ、少なくとも後は向いてねえと思うぞ? 前を見て、自分が何をすりゃいいのか、お前さんの兄貴は常に考えてんじゃねえかな? しかもあいつは、殊更家族を大切にしてる。そこには、譲ちゃんも含まれてるんじゃねえのかい?」

 労わる様に、諭す様に、静かな口調でボンクールさんはあたしに告げる。

「俺はよ、あいつの事、凄え奴だって思ってんだよ。何故だか分かるか?」

 顔を伏せたままあたしは、首を横に振った。

「あいつは人族だ。それなのに妻達の殆どが亜人ときやがる。どう足掻いても俺たち亜人よりも先に死んじまうくせに、自分より長生きする連中を向かえるなんて、俺には正気の沙汰としか思えねえ。考えてもみろよ、自分が年取ってよぼよぼになっても相手は若いままなんだぜ? こんなのは普通の神経してりゃ、耐えられっこねえぞ? でもよ、あいつはな、そんな事おくびにも出さねえんだよ。寧ろ、自分が居なくなっても寂しく無いようにって、その事を真剣に考えて全力で生きてやがる。嫉妬もしねえ、羨みもしねえ、卑屈にもならねえ、そんな馬鹿、俺は初めて見たぜ。実際には嫉妬も羨みも卑屈にもなるんだろうが、それを一切表に出さねえあいつは、俺みたいな奴には眩しかったよ。そんな生き方が出来るなんて知らなかったからな。だから譲ちゃん。お前さんの兄貴を信じろ。あいつなら必ず何かしてくれる筈だ。それまでは顔を上げてあいつの背中を追い掛けろ。そうすりゃあ、何時か必ず願いは叶うだろうよ。だから、もう泣くんじゃねえ」

 無骨でごつごつした手。

 でも、凄く柔らかく感じる暖かな手。

 その手で優しくあたしの髪を撫で、背中を優しく叩いてくれるボンクールさんは、父さんと同じ匂いがした。

 そして、あたしが泣き止むまでボンクールさんは、優しくて暖かい風を運び続けてくれるのだった。



          *



 ボンクールさんから渡された剣を両腕に抱えて、胸の中には贈られた暖かさを仕舞い込み、お城への道を一人歩く。

 そして、ふと顔を上げて遥か遠くに連なる山並みに目を向ければ、山肌が夕日に照らされて真っ赤に燃え上がっていた。

「……すごい」

 それ以外の声を漏らす事が出来ずに、あたしは足を止めて自然が作り出した芸術を見入る。

「世界が違っても、自然って変わらないのね……」

 あたし達がまだ小さかった頃、両親と一緒に訪れた場所で一度だけ見た事のある景色と同じ光景を目にして、そんな呟きが漏れた。

「そう、よね。あたしは一人じゃない、のよね」

 燃え上がる山肌に勇気付けられ、あたしは再び歩き出す。

 あたしの前には何時もおにいが居た。

 強くて賢くて、それなのに何処か抜けてるおにい。

 だけど、何時でも、どんな時でもあたしの事を気に掛けてくれてる。

 それに今は――、

「カレン! 今まで何処へ行っていたんだっ! 今日と言う今日は――」

「はいこれ。ウォルに渡してくれって預かってきたわよ」

 怒り心頭のウォルに、何食わぬ顔で一振りの剣を押し付けた。

「こ、ここ、この剣を何処で――、ではなくてだな!」

「何よ? 言いたい事があるならスパっと言いなさいよ。それとも何? あたしが預かってきた物の文句でも言いたい訳?」

「い、いや、そうではなくてだな」

「何よ、煮え切らないわねえ」

「だ、だから――!」

「またあの事を、ここで口にされたい?」

 あたし達にしか分からない脅しを掛けると、夕日に照らされて赤みを帯びたウォルの顔が、一気に青く染まって行った。

「お説教なら部屋で聞くから、早く戻りましょ」

 あたしは青褪めるウォルに一声掛けると、颯爽とお城の中へ入って行く。

「隊長、情けねえっす……」

「今朝の勢いはどこへ消えちまったんすか……」

 そんな事を自分の部下から囁かれたウォルはその場に頽れちゃったけど、そうは問屋がおろさない。

「何してるの?! さっさと来なさいよね!」

「は、はい! た、只今!」

 あたしが怒鳴ると直ぐに飛び起きて小走りに駆け寄り、身を縮めながら斜め後に寄り添い機嫌を伺うような感じで着いて来た。

 その姿は完全にあたしの尻に敷かれている様にしか見えず、部下達は盛大な溜息を付いて肩を落としていた。

 そして次の日から、城内で囁かれ始めた事がある。

 それは、あたしの方がウォルよりも強いっていう、そんな突拍子も無い噂話だった。

 誰よ、こんな噂流した奴……。

三分割出来そうな位長かった……。


でもまあ、問題なしってことで!

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