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可憐さんのとある一日 前編

 ここを発った時はまだ春の匂いが微かに香るだけだったのに、戻って来た時にはもう既に、セルスリウスの周りの森は夏の装いに衣替えをし始めていた。

 ただ、当初の予定よりも早く帰還出来たからか、アルちゃんの出産予定日まではまだ少し日がある。

 そしておにいはライルちゃんとスミカちゃんを連れて、甲斐甲斐しく毎日の様に城へと足を運んでアルちゃんと会っていた。

 生まれそうに成った時は使いの者を走らせるって伝えてあるのに「それじゃ遅い」とか言って今からそわそわしてるおにいは、何だかちょっと可笑しく見えてしまう。

 あたしとしては無関心よりは良いと思ったけど、アルちゃんは「心配し過ぎ」って苦笑してた。

 ま、初めての自分の子供だし、仕方ないと言えば仕方ないんだろうけど、今からそんなんじゃ、明け方とかに出産が始まったら起きられないんじゃないかなってあたしは思う。

 だけど、こんなにも早く叔母さんに成るとは、あたしも思ってなかった。

 だって、向こうならあたし達はまだ高校生の筈だし、結婚して子供を作るなんて考えても居ない筈だもんね。

 ま、まあ、子供の作り方を知らない訳じゃないけど……。

「カレン様! 聞いておりますか!」

「え? あ、はい」

 やばっ、あたし今、魔法の講義を受けてる最中だった。

「それでは、先ほどお話した所までをカレン様、簡潔に纏めて発表して下さい」

 そんな事するなんて全っ然聞いてないわよ、あたし!

 この部屋に居る宮廷魔術師見習い全員の視線が集まる中、あたしは額に嫌な汗を掻き始め、時間だけが過ぎて行った。

 そして一分くらい経った頃、教師役の年増の行き遅れ魔術師がこれ見よがしに大きな溜息を付いた。

「はあ……。幾ら実践での成績が優秀とは言え、座学を疎かにするの頂けませんねえ。カレン様がもし、誰かを教える立場になった時どうするのですか。実践だけを教えて、はい終わり、では後継が育ちませんよ?」

「す、済みません……」

 一応、誤りはしたけど、あたしはこいつの事が大嫌いなのよね。

 他の人があたしと同じ事してても絶対に怒らないのに、どういう訳か本当にちょっとした事で、ねちねちねちねちと怒るんだもん。

「済みません、で済めば、憲兵などいりません。第一、カレン様は――」

 あーもう、うるっさいわねえ。こうなったら脱走よ、脱走!

 あたしはウェスラ姉さんから教わった無詠唱魔法を使い、この前使った水魔法で自分を覆い隠して、席を立つ。

「――それに」

「先生! カレン様が!」

「どうしま――!」

 驚いてる驚いてる。

 序でだから、頭から水でも掛けちゃおうっと。

 年増先生の頭上に大きな水玉を出現させると、唖然とした皆の目線と振るえる指先が集まった。

「せ、先生――、み、水が……」

「水がどうし――」

 その指先と目線を追い掛けて年増先生が顔を上に向けた瞬間、あたしは水玉を落とした。

 顔面から大量の水を被りずぶ濡れになっても自分の身に何が起きたのか把握出来ないみたいで、ポカンとした表情をしてたのには笑いが止まらなかった。

 大騒ぎする皆を他所にあたしはそっと部屋を抜け出す。

 そして、入り口から数歩離れた瞬間、年増先生の悲鳴が上がり、ざまあみろ、と思いながら振り向けば、丁度部屋の前に差し掛かった騎士が慌てて中へと入って行くのが見えた。

 ヤバッ! ってかこんなタイミングで来ないでよ! それに今日のこの時間はここは順路に入って無い筈でしょ! なんであんたはこんな所を歩ってるのよ! これじゃ早くお城から抜け出さないと、ウォルに捕まっちゃうじゃないの!

 困った事に最近はウォルにだけ、この魔法が簡単にバレる。何でだか分からないけど、もしかすると、おにいに何か教わったのかもしれない。

 そんな事を考えながらあたしは急いで城門へ向かい、そのまま外へと飛び出して路地裏に隠れて一息付いた。

「ふう、何とか脱出成功ね」

 同時に魔法を解除して路地から少しだけ顔を覗かせて城門の方を見てみると、門前に集めた騎士達を前にウォルが大声で何かを指示している所だった。

「うわあ……」

 これって、幾らなんでも早過ぎない? もしかして、あの年増が何かチクったかな?

「あれって、すっごく怒ってるわよね、たぶん」

 今まで以上の人数を集めたみたいだし、下手な所へ顔を出せば直ぐに捕まる。だけどそれ以前に、今回は捕まったら只じゃ済まない気がしていた。

「――はあ」

 あたしは路地に引っ込むと、背中を壁に預けて溜息を付く。

「どうしよう、せっかく抜け出したのに、これじゃあ……」

 このまま路地裏を散策するしかない。

 だけど、もう直ぐお昼になるからどこかでご飯だけは食べないといけない。

「でもなあ……」

 あたしが良く行く所なんて絶対張り込みされてる筈だから、行った瞬間に拘束されて連れ戻されるのが目に見えていた。

 だからと言って、ここに止まって居ても仕方が無いし、脱走して来た意味も無い。

「ま、成る様になるわよ」

 自分にそう言い聞かせてあたしは、路地の奥へと足を向けるのだった。



          *



「へえ、こんな風になってるのかあ」

 路地裏、と言ってもお城から出て直ぐの所は、貴族の邸宅が立ち並ぶ一角だから意外と道も広いし、ゴミも落ちて無い。

「これって、メイドさんとかが家の回りも掃除してるのかな?」

 お城に居ると良く分かるんだけど、貴族って結構見栄っ張りが多いのよね。だから、自分の所のメイドは仕事が出来るんだぞ、って感じで遣らせちゃうのかもしれない。

「偉くなると世間体ってやっぱ、大事なのかなあ……」

 あたしに取ってはどうでも良い事なんだけど、ウォルが物凄い気にするのよね。二言目には「もっと将軍の妻らしく振舞って欲しい」って。

 あんまりにも五月蝿く言われるから、耳にタコが出来ちゃいそうなくらいよ。

 貴族ってすっごく優雅に生活してるって前は思ってたけど、ウォルの奥さんに成って初めて分かった事もあって、現実は堅苦しいだけみたい。

 作法だなんだって五月蝿いし。

 だからなんだろうけど、お城から出て自由気ままに遣ってるおにいが凄く羨ましかった。

「いいなー、おにいは」

 あたしみたいに縛られてなくて。

 でも、これを言ったらおにいは絶対怒る。

 自由と引き換えに不安定な生活を強いられているのだから。

 でも、今のおにいを見てると、自業自得にしか思えない。

「まあ、あたしに責任は無いし、関係ないって言えば関係ないのよね」

 おにいのあの性格だから有り得ないだろうと思ってあの時は煽ったけど、まさか、本当に作っちゃうなんて思いもしなかったし。

 だけど、全ての原因は全部そこに有ると、あたしは思う。

「あんなに無節操だったとは、妹のあたしでも気付かなかったわ」

 おにいみたいなのが彼氏とか旦那だったら、あたしなら迷わず三行半を突き付けるわね、絶対。

 そういった観点から見てみると、姉さん達の懐の深さには些か呆れてしまった。

「もしかして、駄目男と駄目女がくっ付きまくってるだけなんじゃ……」

 そこまで思って、あたしはハタと気が付いた。

「あ……。でもこれじゃ、アルちゃんも駄目女って事になっちゃう」

 アルちゃんはあたしと同い年なのに王女様として課せられた責務を滞りなく勤め上げるだけじゃなく、時には王様が決定した事にも苦言を呈す程、真面目に国の事を考えてる。

 その姿は正に、出来る女、と言っても言い過ぎじゃないくらい。

「あ、でも……」

 苦笑を浮かべながらおにいが毎日来てる事をあたしに話してくれた時、すっごく声が弾んでいた事を思い出してしまった。

「まさか……、アルちゃんも駄目女要素があるんじゃ……」

 そこで、でも、と思い直す。

「きっと駄目おにいがアルちゃんを駄目にしてるんだ。うん、絶対にそうよ。そうに決まってる!」

 目を瞑って自分の推測に納得しながら何度も頷いてたら、何かとぶつかってあたしは尻餅を着いてしまった。

「いたたた……」

「ってえなっ! てめえ! 何処見て歩いてやが――って、なんだ、ハーレム王じゃねえか。つーか、さっき店から出てったばっかなのに、何時の間に女装したんだ? おめえ」

 ハーレム王って言われたあたしは、へ? ってなる。

 だって、あたしはハーレム王じゃないし、それに、こんな髭もじゃチビ親父なんて知らないし。

「あ、あの……」

「おお、声まで変えてすげえじゃねえか!」

 あたしは昔っからこの声よ! でも一体、この親父は誰と勘違いしてるのかしら?

「あたし、ハーレム王なんて人じゃありません」

「何すっ呆けてんだよ。俺がその顔を見間違える訳ねえだろ。しかも、さっき剣を置いてったばっかじゃねえか」

 あたしの顔を見間違えるって、あ、そうか、そういう事かあ。

「あの、それってたぶん、あたしの兄の事なんじゃ……?」

 あたしとそっくりな顔なんて、この街にはおにいしか居ないしね。

「は? 兄貴? 誰がだ?」

「たぶん、小父さんがハーレム王って呼んでる人は、あたしの兄だと思います。あたし達双子なので、顔がそっくりですから」

 序でに言えば、顔がそっくりでハーレム王って言えば、間違いなくおにいの事だと思う。

「まてまてまてまてまてっ! んじゃ、あれか? 今のおめえはハーレム王の妹、っていう設定なのか?」

「設定とかじゃありません! あたしは正真正銘女なんです!」

「んじゃ、おめえがハーレム王じゃねえってのなら、証拠見せてもらおうじゃねえか」

「証拠って……」

 ま、まさか、このチビ親父、服を脱げって言ってるんじゃないでしょうね! 路地裏だからって、こんなとこで裸になんかなれる訳ないでしょ! それに、ウォル以外の男になんか絶っっっっっっ対見せてやらないもん!

「このっ、変態!」

「はあ?」

「すっ呆けんじゃないわよっ!」

「ちょっと待て。おめえ、何か勘違いしてねえか?」

「あ、あた、あたしに、は、裸になれって、言う心算なんでしょ?!」

「それも悪かねえが、俺だって常識ってもんがあらあ。だからまあ、ちょっと腕だせや。俺ならそれで分かるからよ」

「何かヤラシイ事する心算じゃないでしょうね!」

「んな事したら嫁さんに殺されるわ!」

 ホントに信じていいのか分からなくて、あたしは自分の体を両腕で抱えてジト目で睨む。

「いいから出せよ。変な事しねえからよ」

 チビ親父が溜息を吐きながら片手を伸ばして来たので、あたしも仕方なく腕を差し出す。そしたら、妙に真剣な顔付きであたしの腕を揉み始めた。

「ちょ、ちょっと――」

「うっせい! ちと黙ってろ!」

 一喝されてあたしは身を竦める。

 でも、チビ親父は物凄く真剣な表情で二の腕まで揉んでから手を離した。

「済まなかったな、譲ちゃん。この通り謝る」

 突然、真面目な表情で頭を下げられて、あたしはびっくりした。

 だって、さっきまでとは態度が百八十度変わっちゃったんだもん。

「わ、分かればいいのよ」

 あたしは多少つっけんどんな態度を見せる。

 でも、そんな事は気にしないのか、苦笑いを見せバツが悪そうに頭を掻きながらチビ親父が口を開いた。

「しっかしまあ、双子ってやつは、よくもまあ、ここまでそっくりに成るもんだ。ま、どっちかてえと、譲ちゃんが似てんじゃなくて、ハーレム王が似てるってとこっぽいけどな」

「あ、それ、うちの父さん達も言ってた」

「やっぱそうなのか?!」

「うん、マサトは顔だけ見ると女の子だ、って言ってたもん」

「かー、やっぱそうだよなあ! 俺の見立ては間違っちゃいなかったか!」

 このチビ小父さん、結構面白いかも。

「そいえば、まだ名乗ってなかったな。俺は、ハロムド・ボンクールってんだ。まあ、しがない鍛冶師だが、宜しくな譲ちゃん」

「あ、あたしはカレン・ハザマ・ガンドー。宜しく、ボンクールさん」

 あたしが名乗った途端「ガンドー? はて? どっかで聞いた事あんな……?」なんてブツブツ言いながらボンクールさんは考え込んでしまった。

 どうしたのかな、って思ってたら、突然手を叩き合わせて、

「おおそうだ! 確か、群操の名前がウォルケウス・ガンドーだったな! どうりで聞いた事ある筈だぜ! って事は、譲ちゃんが奴さんの嫁さんか!」

 余りの剣幕にあたしはちょっと仰け反る。

「え、あ、うん」

 でも、ボンクールさんが前に出て来るのは止まらなかった。

「で、ものは相談なんだが、譲ちゃん。これも何かの縁だ。うちの店にちょっと寄らねえか? ホントにちょっとだけでいいからよ」

 な、なんか、強引にナンパされてる気分なんですけどっ!

「あ、でも、あたしお昼が――」

「飯かっ! いいぜ、驕ってやる! だから、な?」

 何が、だからな、なのよ!

「そうとくりゃさっさと飯にいくぞ!」

 余りにも強引に話を進められてあたしは呆気に取られる。

「何ボケっとしてんだ! 早く来い!」

「あ、はい」

 結局は強引に押し切られる形で付いて行く事になってしまった。

 姉さん達は別として、おにいの周りって何で変な人が多いんだろう?

 もしかしてこれが類友、ってやつなのかしら?

 そんな事を思いながら、そのうちスキップでするんじゃないかしら? ってくらい軽やかな足取りで前を歩くボンクールさんに着いて暫く行くと、何の看板も出てない家の扉を開けて入って行った。

何故か二話分の長さになってしまったので分割しました。

後編は明日、投稿いたします。

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