エピローグ
「此度の貴卿の働きには、是この通り心から礼を致そう」
目覚めた日の深夜、俺はザビルクラム・ドゥ・ガルムイ国王陛下から、突然のお忍びの訪問を受けていた。
勿論、俺はベッドで横になったままだが、その事で咎められる事は一切なかった。
たぶん、こうなった経緯を誰かから報告を受けていたからだろう。
「陛下ともあろうお方が俺なんかに頭を下げるなど、お止め下さい。それに俺は、お礼を言われる様な事は何もしてませんよ」
「貴卿は我が国の為に何をしてくれたのか、分かっておらぬのか?」
若干の驚きを表情に乗せながら、国王陛下は苦笑を浮かべていた。
「混乱を招いただけですよ。俺が来なければ国を二分する争いが起きそうになる事も無かった筈ですし、三万もの優秀な騎士を失う事もなかった。それに……」
「良い。貴卿が気に病む事ではない。あれに点いては寧ろ、良くぞ止めてくれたと、貴卿の仲間に礼を言いたいくらいなのだ。それにな、余も薄々は分かって居ったのだよ。あれが良からぬ研究をしていた事をな」
あれとは、ガルムイ王国第六王子、ランベル・ディ・ガルムイ殿下の事だ。
そして、ランベル殿下はあの戦いで命を落としていた。それも、偶然メルさんが討ち取る形で。
だがこの事実は、国民には一切知らされて居ない。
ランベル殿下に対する国民からの支持が余りにも絶大であり、それを戦とは言え誅してしまった俺達に対する反感は、尋常ではないだろうとの配慮が働いた為であった。
「何故あれがあの様な悍ましい研究に手を染めてしまったのかは、未だに分からぬ。だが何れにせよ、彼の国と同じ結末を辿る事など、誰が見ても明らかであったからな。故に、内々に処理すべく準備を進めて居ったのだが、あれの動きが予想外に早過ぎて、後手後手に回ってしまったのはまったくの誤算であった。だが、この企みが失敗に終わって、安堵しておる気持ちが余の中にある事もまた、確かなのだ」
陛下は力無い笑いを零し、その表情には哀惜の念が浮かんでいた。
「陛下の心中お察し致します。親であれば、自分の子を殺したいと願う者など、居ませんからね」
俺は陛下に、同情の念を送った。
「まさか貴卿の様な若人に気遣われてしまうとは――。余も歳を取ったか」
陛下は乾いた笑いを零し、寂しさを瞳に漂わせる。
「そんな事は有りません、陛下。親馬鹿、と言うと誤解を受けるかもしれませんが、陛下とて一人の父親なのですから、国の事よりも子の未来を憂える事は至極当然だと、俺は思います」
俺と陛下はしばしの間見詰め合い、無言の時を過ごす。
「それに――」
「――?」
「陛下がそういったお気持ちを持たれているのであれば、もう二度と、コンとマムの様な子供も出さないでしょう?」
ニヤリ、と笑ってそう告げると、陛下は目を丸くした後、
「くっくっく――。これは貴卿に一本取られたか!」
豪快な笑い声を上げた。
「で、返答は如何に?」
俺は口元を笑いの形に歪ませたまま、陛下に対してやや尊大な態度を取る。
すると、直ぐに国王としての顔になり、俺の目の前で静かに宣言をした。
「良かろう。今後はあの二人と同じような境遇の子等を出さぬと、ザビルクラム・ドゥ・ガルムイの名に賭けてここに誓おうではないか。子は国の宝、それを教えてくれた者を失望させぬ為にも、我が身命を賭して全力であたると、伝えてもらおうか」
「御意」
俺も真面目な顔になり、目を伏せて一応は臣下の礼を取る。
それと同時に陛下は立ち上がると、
「貴卿等の我が国への貢献、真に大儀であった。故に、貴卿には我が国に於ける最高の称号である、獣王、を授けよう」
ニヤリ、と笑い、俺に顔を近付けて静かに威圧してくる。
「それは……」
「受け取らぬ、とは言うてくれるなよ?」
楽しげにそんな事を言いながら陛下は、俺の目の前に拳をチラつかせていた。
「これって脅迫、ですよね?」
「む? そうとも言うか」
おいおい、随分茶目っ気の有る国王様だな!
「して、返答は如何に?」
俺は大きな溜息を一つ付くと、
「分かりました。受け取らせて頂きます」
降参するのだった。
「うむ、これで先ほどの借りは返せた様で何よりだの」
今度は陛下がニヤリ、と笑う番だった。
くそっ、意趣返しかよ!
陛下は俺の傍から離れて扉の前まで行くと、こちらに背を向けたまま、思い出した様に言葉を向けて来る。
「おお、それとな。明日の深夜は中庭に何人たりとも立ち入る事許さぬ、と皆に厳命して有るからして、貴卿等も入るでないぞ?」
それが暗に、明日の深夜ならば城から抜け出せる、と俺に伝えてくれているのだと知り、陛下が扉を開けて出て行った後に、心の中で頭を下げた。
お気遣いありがとう御座います、陛下。
扉の外の気配が遠退き誰も居なくなった事を感じると、俺は口を開いた。
「二人とも、今の聞いたな?」
「はい」
「うむ」
先ほどまでは微塵も気配を感じさせなかった二人の声が部屋に響くと、一つの伝言を頼む。
「明日の深夜、ユセルフに向けて発つと、教授に伝えてくれ」
「分かりました」
「我は行かんぞ」
ただ、赤人の返答にだけは驚かされ、少々面食らってしまった。
おいおい、赤人さんは何言ってんだよ。
「では、紅は主の護衛をお願いします」
「うむ、任せろ」
二人の間で交わされた会話を聞き、俺は納得した。
今の俺は襲撃を受けても声を上げる事しか出来ない訳で、声を聞いてから駆け付けたのでは手遅れになる可能性が高い。だから必ず、青人か赤人のどちらかが残って護衛をする、と言う事の様だった。
「それじゃ二人とも、頼んだぞ」
「「お任せを」」
言うが早いか青人の気配は瞬時にその場から消え去り、それと時を同じくして赤人の気配も闇に溶け込んでいった。
翌日は平穏無事に時が過ぎて行き、夕食後は各自割り当てられた部屋へと戻る。
そして深夜、一部の者を残して城が眠りに付いた頃――。
俺達は立ち入り禁止の中庭へと集合していた。
「全員揃ったな」
確認の声に皆は頷きを見せるが、ライルとスミカだけはミズキとシャルの背中に紐でおぶわれスヤスヤと眠って居た。
だがこれは仕方の無い事なので、逆にこのまま眠らせて置く。
ま、お子様は寝てる時間だしね。
「んじゃ教授。宜しく頼む」
「承知いたしました」
首肯してから教授は目を瞑り、全員が少しの間息を潜めて押し黙る。
「来ます」
教授が小さく呟くと同時に空には複数の羽ばたきが生まれ、地には幾つもの影を落し始める。
徐々にその影は大きくなり、終いには月色を跳ね返す真っ白な翼と髪を持つ、美しい姿をした者を地に産み落とした。
「大きいマサト、呼んだか?」
「呼んだ呼んだ。ちょっとエリーに頼みがあってな」
まあ、ちょっとかどうかは怪しいけどな。
「頼み?」
「そうだ。俺達をユセルフまで運んでもらおうと思ってさ」
「分かった。エリザベス、大きいマサトたち、運ぶ」
即答とは、やっぱ魔物って普通と違うよな。
「よし。そんじゃ皆、近くに居るエリーの仲間の背に掴まってくれ」
俺の出した指示に従い皆は素早く彼女達の背に掴まると、俺の方へと顔を向けて頷く。
ただし、若干名、鼻の下がものすごーく伸びている奴等も居けど、妖鳥は基本、全裸だから独身男なら仕方ないよな。
などと俺が思っていると、来る時には居なかった顔があった。
「おい、ティグ。そこで何してやがる」
「ん? 何とは何だ?」
「お前、俺の仲間と違うだろ?」
「何を今更。私も供に戦った仲ではないか。ならばもう、仲間であろう?」
「それはそうだけど……」
俺が言葉に詰まるとティグは、ドヤ顔を見せる。
なんかそれ、すっげえムカつくんですけど!
なので、チラリと教授の方を見ると、
「別に良いのではないですか? あの噂が広まりあんな二つ名が付いてはここには居辛いでしょうから」
なるほど、と納得して俺は何度も頷く。
「付いた二つ名が、黄水のティグ、だもんな」
哀れな事にティグは、あのアンビットとかいう騎士のお陰で、城中に居る騎士達の笑い者になってしまていた。
無論、俺は同情をした。ただし、爆笑付きでだが。
「そ、それを言うなっ! そもそも――」
ティグが小声で怒鳴る、という器用な事をし始めたので、それを宥めつつ俺は、エリーに指示を飛ばす。
「エリー、悪いんだけど、俺はこの椅子ごとお願い出来るか?」
「何故だ? 大きいマサト」
「ちょっとな、今は体の自由が利かないんだよ」
「分かった」
エリーが飛び上がり足で椅子の背をがっちり掴んだのを確認して、俺は合図を出した。
「良し、出発だ」
妖鳥達は一斉に飛び上がり、俺の体も車椅子ごと、ふわり、と持ち上げられ、地面から離れ始める。
そして、ガルムイ王国王都のほぼ全体が見渡せる高さまで上昇すると、
「ユセルフへ向けて、しゅっぱーつ!」
威勢よく声を張り上げ、妖鳥達は北へ向けて一斉に動き始めた。
途端、俺の体は斜め前へと傾ぎ、そのまま椅子からずり落ちて地面へと落下し始める。
「し、しまったあああああ! 体を椅子に縛り付けるの、忘れてたああああああああ!」
夜空には俺の叫び声が虚しく響き渡り、これを見た者達の爆笑が月明かりを更に輝かせるのだった。
こ、これもオマケの宿命なのかっ?!
ってか、こんな宿命、いらねえよっ!
これにてガルムイ王国編終了です。
次編の更新までは二週間ほど頂きたいと思います。
その間にプロットを練ったり、閑話を一話程度挟んだり(?)したいと思いますので、しばしお待ち頂けると幸いで御座います。




