起きたら終わってたようです
俺は全て見ていた。
勿論、ティグが俺の金の玉二つを見事に踏んで止めを刺してくれた所も。
確かにあの俺を止めるには最高の攻撃だったとは思うし、あれは偶然っぽいのも認める。
でも、俺は思うんだよね。
その所為で種無しになったらどうすんだって。
まあ、もしそうなったとしても、俺は怒りながら許すとは思う。
だって、悪いのは俺だし。
でもね、奥様方はたぶん、許してくれないと思うんですよ。
あれですよ? まだご懐妊してない奥様も居るんですよ?
それなのに種無しになったとか、これはもう確実に怒ります。激怒で済めば御の字ってくらい、凄まじいと思いますね。
そしてその原因となったお義兄様は、問答無用で俺と同じ目に合うと断言出来ちゃいますよ。
そんな訳で俺の善心は、ティグに対して合掌をしながら意識の闇に飲まれて行くのだった。
*
次に俺が目を覚ました時、そこには知らない天井が広がっていた。
「どこだここ……?」
呟き、暫くは天井をぼうっと眺めていたが、もしや、と思いながら慌てて体に力を入れてみる。
「――今は、大丈夫か」
とりあえず自分の意思で動かす事が出来る様で、少しだけホッとした。
ただ力は入るものの自由が利かない所からすると、何かに拘束でもされている様だった。
「まあ、これは仕方ないな」
軽く仕方ない、とか言ってはいるけど、生きてここに居る事自体が奇跡なのは理解していた。
第一、俺は数万にも及ぶこの国の騎士の命を奪ったのだから、通常ならば死刑になっていてもおかしくは無い筈だからだ。
「とは言え……」
やはり動けない、という事はかなり不便だと言える。
今はまだ問題ないけど、催して来た時は物凄く困るし、漏らす、という選択肢だけは絶対に取りたく無い。
何故か、何て言わなくても分かるよな?
分からないって奴の為に理由を話すけど、それやるとティグのお仲間になっちゃうって事なんだよ。
ま、そうならない様に努力はするけどさ。
「でも、ホント。ここはどこだろな?」
勿論、どこだ等と言ってはいるものの、ガルムイ王国内から出て居ないだろう事くらいは予想が付くし、寝かされている周囲を見回せば、今居る場所の有る程度の目安にもなる。
「外には鉄格子で内側がガラス窓、か……。布団も何気に高級そうだしな。って事は、もしかすると王城かな?」
まあ、どこかの貴族の屋敷、という線もあるにはあるけど、俺を好き好んで引き取る物好きはまず居ないだろうから、それは無いだろう。
「となると、やっぱ魔法は使えないのかな?」
何時もの調子で索敵の風魔法を使おうとしたのだが、何故か発動する気配も魔力の流れも感じられなかった。
「あれ?」
首を傾げつつもう一度やってみるが、結果はやっぱり同じだった。
「何でだ?」
発動しないだけならまだしも、魔力の流れすら感じられないのは流石におかしい。
尤も、こういった場合は体内の魔力を感じ取る所から始めればいいのだが、それを遣るのも少々馬鹿らしい。
何故ならば、漠然とではあるが、体内に魔力っぽいものが有る事だけは掴んでいるからだった。
「んー……。どうしたもんかねえ」
魔力に似てはいるが、魔力とはちょっと違う何かが有る、と言うのも困った事態ではある。
「こういう時はあれか? 出ろ、とで――」
呟きながら何とはなしに足元に目線を向けると、そこには顔が俺にそっくりで目と髪だけは真っ赤な変な奴が、腕を組んで訝しげな表情で椅子に腰掛けて俺を見ていた。
「目覚めて直ぐに何やら呟き始めたなと思い見ておれば、貴様は何様の心算だ? 偉そうに出ろなどと言い居って、我に何ぞ用でもあるのか?」
何ぞ用でも、と聞かれても特に用事など有る訳が無く、しかも俺よりも偉そうにしてる奴に、何様の心算だ、等と言われる所以も無い。
大体、お前こそ何様だよ、と突っ込みたいくらいなのだ。
でも今の俺はそんな事を突っ込むよりも、色違いのそっくりさんが居た事だけが只々驚き以外の何ものでもなく、声を失う結果となっていた。
「よもや、用も無いのに我を呼んだのでは有るまいな?」
俺が答えずに呆けたままでいると、赤い俺―赤人とでも呼ぼう――は訝しげな表情を徐々に不機嫌に歪めて告げて来る。
尤も、用が無い、と言われればその通りだったりもするので、結果としては何の返答も出来ずに更に押し黙る事になり、そのまま見詰め合う。
時間にすれば数十秒ほどだと思うが、赤人の表情が見る間に険悪に変わって行くのを見ていると、物凄く短気なのではないか、という事だけは分かった。
ただ、このままだと俺の身がヤバイかも知れないと危機感を覚え始め、何かを言わなければと焦り始めた時、部屋の扉が何の前触れもなく勢い良く開いた。
「あ! 赤いおとーさんだ!」
同時に、元気な声と供に俺が見慣れた影を吐き出す。
元気な声の主はライルで間違い無いんだけど、赤いおとーさんって、こいつの事だよね?
そんな事を思いながら赤人をマジマジと見ていると、そいつは俺の視線を避ける様にして扉の方へと体を向ける。
「前にも言った筈だが、我はお前の父ではないぞ」
ま、そりゃそうだ。俺に似てるだけだしって、やっぱこいつ、俺が起きる前から居たのか。
「でも、おとーさんそっくりだし……」
「便宜上、この姿を借りているだけだ」
便宜上って事は、本当は違う姿って事だよな?
「それよりも、お前の父が目覚めたぞ」
「え? ホント?!」
「我は嘘など付かん」
赤人は顎をしゃくって促すと、ライルは恐る恐る、といった感じで俺の傍まで来る。
「ほんとに、おとーさん?」
そして、恐々と声を掛けて来た。
まあ、ライルがこうなるのも分からなくも無い。
なんせあの時の俺は、俺じゃなかったしな。
「おう、ライルのお父さんだぞ」
明るく軽い感じで返し、笑って見せる。
これで信じてもらえるかどうかは分からないけど、子供って意外と敏感だから大丈夫だと思う。
そのままライルと見詰め合っていると円らな瞳が潤み始めて、終いには目尻から涙を零し始め、
「う……。おとー、さん……。僕の、おとーさん。もどって……、ひっく――、おとーさん! おとー、さん!、うわあああああああん」
俺にしがみ付いて泣きじゃくり始めてしまった。
ほんと、俺って駄目な父親だよな。
ライルの泣きじゃくる姿を見ていると、自分自身の不甲斐なさに溜息しか出て来ないが、でも、だからこそ戻って来れた実感が沸いた事も確かだった。
「我が他の者も呼んで来よう。蒼、この場は頼む」
「承知しました」
青って誰? と思い、声のした方へと顔を向ければ、髪の毛と瞳が青い俺が壁際にひっそりと立っていた。
「今度は青い俺かよ……」
何とも奇妙な感覚に襲われてしまい、溜息を付きたくなる。
それにしても、俺と瓜二つで色違いの奴が何で居るのか、この二人は何故、皆の事を知ってるのか、物凄く気に成る。
だから、と言う訳ではないが、気が付いた時にはその疑問を俺は口にしていた。
「なあ、お前達は一体、何者なんだ?」
青い俺――青人って呼ぼう――は疑問を投げ掛けられても口を開く気配を見せず、表情一つ変えずに俺の事をただ黙って見詰めている。
ただ、青人の瞳からは、今は話せない、と言った様な感情も漂っており、ここで無理に聞きだす必要性は無さそうだった。
この疑問は一先ず飲み込む事にして、もう一つ気に成っている事を聞いてみる事にした。
「俺はどのくらい寝てた?」
これにも答えてくれない様であれば、皆が来るのを待つしかなかったが、幸いにもこれの返答は直ぐに貰えた。
「三週間ほど、ですね」
これまた随分と長く寝ていたものだ、と溜息が出掛かったが、ここで俺の中に少しだけ悪戯心が沸き起こった。
「三週間ほどって事は、二十日くらい寝てたのか」
「いいえ、あちらの三週間ではありません」
おおう、簡単に引っ掛かったぞ。
「――あっちの世界の事、知ってるんだ」
俺がしてやったり、と言う意味でニヤリ、とするのと対照的に、青人は不味い事を言ってしまった、と言わんばかりに顔を顰めるが、直ぐに目を伏せて溜息と供に言葉を吐いていた。
「まったく……、これだから貴方は……」
その台詞から察するに青人は俺の事を知っている様なので、直ぐに指摘をする。
「俺の事知ってるみたいな口振りだぜ? それだと」
「ええ、良く存じ上げておりますよ。それこそ、貴方がこの世に生を受けた時から、ね」
俺はそれでピンと来た。
俺れが生まれた時から知っているなど、本来ならばずっと傍に居なければ分かる筈も無い。でも、青人は知っていると言った。だがしかし、俺の記憶の中に有る自分と同じ顔の人間なんて、可憐だけだ。
「こっちに来てからの俺に手を貸してくれたのって、お前、だよな?」
「違います、と言っても、信じてはもらえないでしょうね」
「当たり前だ。それにその声、聞き覚えが有るしな」
こっちに来てからの色々を思い返せば、思い当たる節は幾つか有った。
初対面のウェスラに突っ掛けた時の事。
ユセルフ政変時の牢屋で無限に湧き出す様な感覚を覚えた魔力の事。
カチェマの村でナシアス殿下と永久を結んでしまった時の事。
そして、度々出て来たあの夢の出来事。
生まれた時から俺の事を知り、あの時、借り受けると言われ、牢屋では俺の呼び掛けに答えて魔力を渡してくれ、ナシアス殿下の心を救う手助けをしてくれた。
そしてその全てがどれも、俺の中から行われた行為。
ならば答えなど、一つしかなかった。
「お前――、いや、お前達は、俺の中に居たんじゃないのか?」
突拍子も無い考えだけど、これならば全部の説明が付くから仕方ないよな。
まあ、ちょっと中二入ってるのが問題だけどさ。
「それに、お前達が出て来てるって事は、俺の中に居続けられない事態が起きたんじゃないのか?」
今まで俺の目の前には出て来なかったし、最初にウェスラと対峙した時は俺の意識がぶっ飛んでたからな。
それと、意識が無い時の事はもう一つある。
「キシュアの時もだけど、あれもお前達だろ」
そう、眷属に成り掛けて元に戻った時、その間の記憶は一部を除いて殆ど無かった。しかも、その時の事だけは誰も俺には教えようとしない。
無論、俺も聞かなかった、と言うのもあるが、どこか聞いてはいけない雰囲気があった事も確かだ。
だから俺も聞こうとはしなかったし、聞かなくても彼女達と供に居るのに問題は無かったのだから、無理に聞き出して何が有ったのかを蒸し返す事も無いだろうと思っていた。
今もその考えは間違ってないと思ってるし、この場に彼女達が居たのならば、絶対に口にする事も無い。
ただ、今はライルが居るから余り突っ込んだ話をする訳にはいかないけど、それでも聞いておきたい事もある。
「まあ、今話した事全部に答えてくれ、なんて言う心算はないけど、でも、一つだけ教えてくれ」
俺の事を知っているのならば、姿を晒せば些細な事から推測を立てて答えに近付く事くらい分かるだろうに、こいつ等がその事すら推察出来ない程、愚鈍な筈がない。
それなのに何故、俺の前に姿を見せたのか。
「俺の心、ってか、魂に何か問題でも起きたんじゃねえのか?」
この一言で青人は目を剥いて俺の事を険しい表情で見詰め始める。
そして、諦めた様な感じて溜息を一つ付いてから口を開こうとしたが、俺の問い掛けに対する答えが語られる事はなかった。
だって、皆が姿を見せてしまったら深刻な話なんて出来ないからな。
そうして俺と青人の問答は有耶無耶になり、ウェスラやローザ、ユキにミズキは泣きながら俺の事を怒り、ナシアス殿下は胸を撫で下ろして笑顔を見せ、シャルとハズキは喜びながら泣いていた。
教授やウォルさんは少しだけ沈鬱な表情を見せはしたものの、直ぐに口元に笑みを浮かべて、俺が目を覚ました事を喜んでいた。
ただ、俺を無茶苦茶驚かせた事が二つばかりあった。
それは――。
「パパおはよう!」
スミカが声を発した事と、
「真人も随分と大きく立派になったものですね」
可憐の隣に立つ、羽衣を纏った和装の女性だった。
でも、その女性の事は何となく見覚えが有った。
遥か昔、と言っても、俺と可憐がまだ幼稚園に通っていた頃の記憶だから多少曖昧な所は有るが、何時も傍に居て両親の代わりに面倒を見てくれていた女性とそっくりだったのだ。
俺はその時の事を思い出しながら、良く呼んでいた名前を口にする。
「もしかして――ひめ?」
途端、その表情が大輪の花火の様な笑顔に変わり、背後には後光まで差し込めたかの様な雰囲気まで纏い始める。
「やはり貴方も覚えていてくれたのですね」
「そりゃまあ、忘れろって言われても、忘れられないからな。なんせ、俺は良く怒られてたしね。ひめの事をからかって、良くせっ――」
「それ以上言ったら、殴りますよ?」
笑顔のまま殺気を向けられた俺は、言葉を飲み込み苦笑に変える。
そして、今後は呼び方だけは注意しないと、と俺は心の中で堅く誓ったのだった。
また永い眠りには就きたくないからね。




