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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ガルムイ王国編 第八章
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教授、バラす

大変お待たせして申し訳御座いません。

 俺は俺じゃない自分が遣っている事全てを見ていた。

 阿鼻叫喚と怨嗟の嵐が吹き荒れる中、次々と築かれて行く屍の山。

 命乞いする者すら躊躇なく殺し高笑いを上げ、更なる生贄を求めて振るわれる力。

 そのどれもが俺が遣っている事であり、俺が遣っていない事でもあった。

 自由の利かない体に自由に成らない意思。

 そんな中で、たった一つだけ残された俺が俺で有り続ける為の善と言う名の心。

 その善心を使って俺は、自由にならない自分の体に干渉を続ける。

 ほんの僅かでも被害を減らせる様に、死ぬ人が少しでも減る様に。

 だけど、それすら嘲笑うかの様に、俺の体は止まろうとはしなかった。

 儘なら無い自分に折れそうに成りなる心を何度も奮い立たせて立ち向かい、その度に苦渋を舐めさせられる。

 幾度と無く繰り返される落胆と発奮。

 突き付けられる無力感。

 それでも俺は、止める事をしなかった。

 ここで諦めてしまえば、俺が俺で居られなくなる事を分かっていたから。

 無駄な努力だと言われるかもしれないけど、報われない努力など絶対に無いと信じて全霊で抗い続けるのだった。



            *



 私は歓喜していた。

 父をも超える速さ。

 溢れ出る力。

 それらが混じり合った今の私は、鳥が空を飛ぶが如き勢いで大地を駆け、剣を振るえば空すらも切り裂けそうな程だった。

 だがそれを、マサは難なく躱し受け止め弾き返す。

 我が力を上手く受け流す技巧といい、勝るとも劣らぬ速度といい、これを人族が成していると言う事実に、剣を打ち合わせている私ですら信じられない思いだった。

 しかも、マサが繰り出す剣は針の穴すら通すのではないかという程、正確無比。

 僅かでも隙を晒せば間髪居れずにそこを寸分の狂いも無く狙われて突き込まれ、それを何とか躱したとしても次の瞬間には、そこから生まれた隙に思いも因らぬ方向から切り込まれる剣戟に躱す事すら許されなくなる。慌てて弾き返そうものならば今度はその力を利用され、こちらの剣を封じた上での剣戟に襲われる始末。

 そこを上手く逃れて攻勢に出たとしても、舞い踊る様な変幻自在なマサの剣は私を何時の間にか守勢に回し、中々主導権を奪わせては貰えない。

 情け無い事ではあるが、補助魔法による身体能力の底上げが無かったとしたら、こうして剣を交わらせている事自体が奇跡としか思えないほど、今のマサは強かった。

 最初こそ魔法が使え無い事に戸惑いを見せて押し込まれたマサだが、その表情も今は口元を歪めて笑いの形に変え、私を押し込み圧倒し始めている。

 だが私も気持ちでは負けぬとばかりにその笑みには同じ笑みで返し、心の中では驚きと賞賛を送っていた。

――これが、マサの本当の力かっ! 我が父にも勝るとも劣らぬ素晴らしき剣捌き! 流石は竜殺しと言われるだけはある!

 だがこの戦いは私だけの物に有らず。

「故に私はっ!」

 私の隙を付き下段から襲い来る剣戟を強化された力で強引に弾き飛ばし、視界の隅を過ぎる影を捉えながらここで始めて流れるような動きで袈裟切りを見舞った。

「倒される訳には、行かないのだっ!」

 私の斬撃をマサが避けた一瞬の隙を狙いアンビット殿の剣が死角から襲うが、上手く躱されてしまい、

「チッ!」

 振り払うようにマサが放った剣の追撃を舌打ちを漏らしながら避ける様にしてアンビット殿は素早く離れ、その動きを援護する為に私は剣を横薙ぎに振るった。

 だがそれは、紙一重で避けられてしまった。

 直後、何故かマサの表情からは笑みが消えて苛立ちが昇り、不満そうに口元が動き小さな呟きを漏らす。

「くそっ、邪魔すんじゃねえよ」

 アンビット殿の事を煩わしく感じての事だと思うが、それにしては少しおかしい。邪魔ならばはっきりと怒鳴れば良い筈なのに、何故目に見えない誰かに告げる様に小声で呟く必要があるのだろうか。

 だがそんな事を思ったのも一瞬だけで、私はマサが気を逸らした間隙を縫って剣を突き入れるが、それも見事に受け流されてしまった。

 だがその時、少しだけ違和感を感じた。

 先ほどまでとは違い剣に伝わって来る力が僅かに弱かった様な気がしたのだ。

 ただ、マサの表情は直ぐに元に戻り、口元にはまた余裕とも取れる笑みを浮かべて、繰り出される私の剣を受け止め弾き返している。

 先ほど感じた違和感が何だったのか考えたい所ではあったが、激しさを増している攻防の最中にそんな事をすれば命取りに成りかねず、感じた事に一先ず蓋をして私は戦いに集中する事を優先する。

 だからといって簡単に攻守が入れ替わる筈も無く、アンビット殿と私の二人で漸く相手が務まっている状況は変わらなかった。

 打つ手が無く成り始め焦燥感に狩られた私の耳に突然、ローリーの声が忍び入って来た。

「準備も整いましたので、そろそろ私も参戦させて頂きます」

 と同時に、マサの体が何かで打撃された様にくの字に折れ曲がったと見えた次の瞬間には吹き飛び、地面の上を何度も跳ね回りながら派手に転がり横たわった。

 その後マサはピクリとも動かなくなり、あれだけ苦労をして遣りあったのは何だったのかと、余りにも理不尽な仕打ちに呆然としてしまった。

「二人とも何呆けているのですか! この程度で倒れて頂けるほど今のマサト殿は柔ではありませんよ!」

 その言葉通りにマサがゆっくりと起き上がるのを見て、私は目を見開いていた。

 だが、私を驚かせたのはそこではなく、一切の負傷が見られないその体だった。

 魔法での身体能力の強化が成された私達でさえ、肉体的な強度は驚くほど向上する訳ではない。斬られれば普通に血が吹き出る筈であるし、殴られれば相応の痛みも走る。当然ながらマサの様に吹き飛ばされたりしようものなら、体中に細かい擦り傷や切り傷を負い、気を失って動けなくなる可能性が非常に高い。

 なのにマサは傷も負わず気絶すらせず、多少の眩暈程度で済んでしまっている。

「マサト殿が完全に回復する前に、ここは一気にけりを付けましょう」

 ローリーにそんな事を言われたが、あの姿を見てしまった私には無理としか思えない。

「まあ、確かに殺るなら今だよな」

 だがしかし、アンビット殿はそれに同意する台詞を吐き出し、私は思わず目を剥いて声を張り上げてしまっていた。

「あ、あれを殺せるのですかっ?!」

「あん? ティグは何アホな事言ってんだよ。奴だって血反吐は吐くんだぞ? 殺れねえ訳ねえだろうが」

「で、ですが、今は血反吐など吐いては……」

 どうやってマサに血反吐を吐かせたのかは知らないが、アンビット殿の話を聞いても無傷な姿からは想像も付かない。

 しかし、その事を裏付ける様な証言がローリーの口から飛び出した。

「たぶん、咄嗟に魔法障壁で防いだのでしょう。でなければ意識を保って居る事など不可能な筈ですからね。それよりも今は回復する前に叩く事の方が先決です」

「だな。まだ足元も覚束無えみたいだしな」

 二人の意見は直ぐにでも叩くで一致していたが、不意にローリーの目に怒気が立ち上りアンビット殿を睨み付ける。

「それと、アンビット殿」

「ん?」

「手加減は止めて下さい」

 な、なんだと?! アンビット殿が手を抜いていた、だと?! 私だけならまだしも、アンビット殿まで愚弄するとは何たる無礼!

 私が怒りで口を開き掛けた正にその時だった。

「んだよ、バレてたんかよ」

 アンビット殿が苦々しい表情と供に吐き出した事に、私は勢い込んで開けた口を閉じる間も無く愕然とさせられてしまう。

「余り遊ぶようですと、攻撃の最中に魔法を切りますからね」

「わーったから、そんな怖え顔すんじゃねえよ」

「お願いしますよ」

「はいはい」

「それでは――」

「――おう」

 そしてだらしなく口を開け放った私に二人の目線が向き、

「どうした、ティグ? そんな間抜け面して?」

「緊張感の無い人ですねえ」

 不思議そうな顔と呆れた顔をされてしまった。

「んじゃま、俺は行くぜ」

「では、私も」

 言うが早いか二人とも目も眩む様な速さを見せてマサの眼前に一瞬で辿り着くと、アンビット殿が身を低くして剣の柄頭を腹部に突き入れマサの体を折らせれば、間髪入れずローリーは顎が下がった所に拳を叩き込み宙に舞わせる。

 次の瞬間にはアンビット殿が舞っているマサに飛び蹴りを見舞い横へと吹き飛ばし、飛んだ先には既にローリーが待ち構え惚れ惚れする程綺麗な上段回し蹴りを決めていた。

 二人は絶妙な迄の連携でマサを宙に舞わせ続け、まるで手毬でも蹴り合う様にお互いの間を行き来させている。

 そこには私が入り込む余地などまったく無さそうに見え、唖然としたまま只見ている事しか出来なかった。

「ぼけっとしてんじゃねえ! 行ったぞティグ!」

 そんな風にして立ち竦む私の耳にアンビット殿の叱責が届き我に返った時には既に、マサの体が眼前に迫っていた。

「へぶう!!」

 それに反応する間も無く顔面で受け止めてしまい、私はもんどり打ってマサ共々派手に地面に転がった。

「見事、と言えば良いのでしょうかねえ、あれは? 流石は――様ですねえ」

「あん? ――様?」

「おや? 聞こえてしまいましたか」

「なんでティグが――様なんだ?」

「これには訳が有りまして、実は…………」

「ぶっ! ま、マジかよそれ!」

「はい、大マジです」

「くくくく――、は、ははははははは! く――、ははははははは! だ、だめだ! わ、笑いが――、ははははははは! と、止まら――、うははははははは! は、腹痛てえ!!」

 アンビット殿とローリーが何やら話をしていた様だが、顔の上にマサが圧し掛かっている私は口と鼻が完全に塞がれてしまいそれ所では無かった。

 やっとの思いでマサを顔の上から引き剥がした私が立ち上がった時には、大声で笑うアンビット殿に困惑させられてしまった。

 腹を抱えて大爆笑するアンビット殿をぽかんと眺めていると、

「――て、ティグ。はははははは! お、おめえ――、も、もら――、くはははははは! 漏らしたって――、うははははははは! ほ、ホント――、あははははははは! かよっ!」

 秘密にしていた事が何故かバレており、私は吃驚して言葉を失った。

 あの時はマサを引き剥がす事に必死で二人の会話内容など上の空だったが、思い返してみればローリーは確か、失禁様、とか呟いて居た様な気がする。

 その呼び名を面と向かって言われたのは一度だけだったが、あの屈辱を忘れる筈が無い。

 憤慨すれば事実だからと切って捨てられ、剰え私が落とし前を付けろと告げれば謀る始末。

 しかも今度はそれをアンビット殿の傍で呟き、他言無用と決めた事すら破った。

 そして、私の中で何かがブチブチと切れる音がし始めた時だった。

「本を正せば全てマサト殿の所為ですから、恨むのならば私ではなくマサト殿を恨むのが筋と言うものですからね?」

 バラした本人がそんな事を宣うとは言い逃れも甚だしいが、確かにあの時マサが無茶をしなければ気絶した挙句に斯様な事には成らなかった、と言うのは一理ある。

 だがしかし!

「貴様が口を滑らせなければ、アンビット殿が知る事も無かった筈だろうがっ!」

 すべての元凶は目の前に居るこいつ!

 こいつを何とかしなければ、私は一生笑い者にされてしまう!

 プルプルと震えながら漸く立ち上がったマサを睨み付け、彼が私の顔を見てギョッとした瞬間、むんずと襟首を掴んで宙に吊るし上げて投擲姿勢に入る。

「は? え? な、何だ? じょ、状況が掴め――」

「地獄に、落ちろおおおおおおおおっ!」

 マサが慌てた様に呟いた台詞を掻き消さんばかりの大音声で叫ぶと、ローリーに向かって力の限りぶん投げる。

「流石、ですねっ!」

「ぼぐぇっ!」

 しかしローリーはそれを難なく蹴り返し、気持ち悪い声を立てて戻って来るマサを私は咄嗟に腰の剣を抜きその腹で打ち返し、

「でりゃっ!」

「だぐぇ――」

 そしてまたもや変な声を上げて飛び去るマサに、

「せやあっ!」

 何故かアンビット殿が止め、とばかりに見事な踵落としを決めて地面に減り込ませていた。

 だが剣を抜いた以上、そこで終わる訳には行かず、ローリーに詰め寄る為に猛然と駆けて行った私の進路上に、減り込んだ頭を引き抜き仰向けに体を回して寝転びながら文句を垂れ始めたマサが立ち塞がる。

「ぼ、僕が表に出た瞬間これって、な――ぐぎゃああああああああ!」

 だが速度の調整が出来ない私は避ける事が出来ず、足は見事にマサの股間を踏み付け苦鳴を上げさせてしまっていた。

 しかもそのゴリっとした感触と悲鳴は私に剣を手放させ、アンビット殿とローリーは思いっきり顔を顰めて内股で前屈みになり、股間を両手で押さえ込んでいた。

 無論、私も知らず知らずに同じ恰好をしていたのは言うまでも無い。

「酷え……」

「これは……」

「わ、私の所為では無いぞ!」

「そりゃそうだがよお……」

「偶然とは怖いものです……」

 そしてマサは体を小刻みに痙攣させて白目を剥き、完全に気を絶していたのだった。

 わ、私は悪くない、よな?! 

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