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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ガルムイ王国編 第八章
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魔獣人、いきまーす!

 殿下とスミカが居なくなった。

 この報告を受けた私は内心で大いに慌てましたが、その事を一切表情に出さず、直ぐに村内を隈無く捜すようにと指示を出しました。

 同時にもしかしたら、と言う思いもあって、村の周囲に散開する黒妖犬に敵本陣を探る様にと駄目元で念話を飛ばしたのですが、あっさりと繋がってしまい、これには驚きました。

 しかしこれの意味する所は、魔法が使える様になっている、という事なので、その旨を皆に念話で伝えた後、黒妖犬達に外の様子も報告する様にと追加の命令も出しました。

 直後、真っ先に返って来たのが、主が一人で大暴れしている、というものでした。

 しかも、普段の主とは雰囲気が違う、とまで付け加えられていたのですから、可及的且つ速やかに確認せねばなりません。

 ただその後に殿下とスミカ、そしてツンツン(メルカート)が敵本陣に居る、との報告を受けたので、そちらの確認はウォルケウス殿達とキリマルに任せる旨を伝え、私は繭の外へと出る事にしました。

 無論、アイシン様やユキを置いて行く事に不安はありましたが、ナシアス殿とミズキ殿に加え、猫メイドとハズキとやらが面倒を見ると申し出てくれましたので、そこは信じて任せる事にしました。ただ、流石の私でも暴れるマサト殿の所へ一人で向かうのは少々心許無いと思い、生贄を連れて行かねばと、マサト殿が連れ込んだお漏ら――おっと、これは他言無用でしたね――騎士様にそれっぽい理由を話して了承を得た後、連れ立って向かう事に致しました。

 無論その時、騎士様の傍で苦しそうにして居たローザ殿にも、他の方と同様の処置をさせて頂きました。

 絆を断ち切る、という行為は、何度やっても胸が痛みます。私とてこの様な事などしたくは有りませんが、彼女達が心を壊してしまえば、殿下が酷く悲しんでしまいますから、致し方ない事です。

 とは言え、この胸に突き刺さるやり場の無い気持ちは如何ともし難いですし、この様な事態を招いた責任の全ては、マサト殿に取って頂く事にしましょう。

 そう言った想い全てを胸の内に飲み込んで騎士様と連れ立って外へ出た瞬間、敵の本陣が突如として燃え上がり、それを目にした私は先ほどの想い等も忘れて妙に感嘆してしまいました。

「相変わらず派手に遣ってますねえ。流石は腐っていてもマサト殿、といったところですか」

 それにしても、燃え盛る炎を見ていると妙に心が弾むのは何故でしょうか? もしかして魔獣としての本能が薄らぎ、人としての性でも備わりつつあるのでしょうか?

 まったく持って不可解極まりない感覚ですが、私自身の事でもありますし、これはとても興味深いですね。

「――い! 無視するな! こちらを向け! ローリーとやら!」

 自分自身の事を考察していると、失礼にもそれを中断するように(お漏らし)騎士様が話し掛けてまいりました。

「何ですか貴方は。何の権利があって私の邪魔をするのですか」

「本当に大丈夫なんだろうな?」

 私は真面目に自身の事を考察していただけなのですが、まさか心配されるとは……。

「大丈夫ですよ?」

 これでも正気ですから、何の問題も有りません。

「貴様……。この私を謀るとは、良い度胸をしてるな」

「謀る?」

 はて? なんだか会話が噛み合ってない気がしますね。

「そうだ! 貴様が本陣は問題ないと言っていたであろうがっ! それなのに何だあれは!」

 燃え盛る丘の上を指差して(お漏らし)騎士様は、顔を真っ赤にして生まれたての小鹿の様に震えながら怒っていました。

 ああ、なるほど、そういう事でしたか。

 まったく、どうしようもないですね、この(お漏らし)騎士様は。主語を省いた会話など噛み合う訳ないではないですか。

 それにしても私の言った事が信じられないとは、このお漏らし(騎士様)は失礼も甚だしいですね。

「そんな事で私の思考を中断したのですか……」

「そんな事、ではない! 私にとっては至極重要な事だ!」

 もう少し静かに出来ないのですか、このお漏らし様は。とは言えあの有様を見てしまっては慌てるのも仕方ない事なのでしょう。

 余りにも五月蝿いので私は諦めの溜息を付きながら、問題ない理由を説明いたしました。

「本当に大丈夫なのですよ。あそこには殿下とチッピ殿が居ますから」

「殿下と、チッピ?」

「ええ。たぶん殿下が皆さんを守り、チッピ殿がそれに手を貸すでしょうからね」

「何故その者等が居ると大丈夫なのだ? それと、その殿下とチッピとやらは何者なのだ?」

 まさか殿下の事を知らないとは、これでよくローザ殿の兄を名乗れたものです。

「殿下は殿下ですよ? チッピ殿は――そうですねえ……」

 私はそこで一旦言葉を切ると、僅かばかり逡巡しましたが、素直に話す事にしました。

「今は殿下のお友達で、以前は確か――、ガイラス、とか言っていた様ですね」

「が、ガイラス、だと?!」

「はい」

「そ、それはもしや、竜王様直属の部下と言われる四竜が一人の、あの地竜ガイラス様か?!」

「それが何か?」

 何を驚いているのですか、このお漏らし様は。

 マサト殿が屈服させてユキが拾い、殿下が新たな名を命名したのですから、今は私共の下僕でしょうに。

「問題の有る無しではない! ぞんざいな扱いをすればどうなるか、貴様は分かっているのだろうな!」

「あれは今、私達が養っているのです。それを貴方にどうこう言われる筋合いなど、有りません」

「し、しかし!」

「五月蝿いですねえ。静かにしないと今ここで広域念話を使ってあの事を皆さんにばらしますよ? それでも良いのですか?」

「う……。そ、それは……」

 この程度で口篭るくらいでしたら私に意見などしないで欲しいものです。

「さっさと行きますよ。失禁様」

「き、貴様! ここで私を愚弄するか!」

 おっと、これは失言でしたね。ですが事実ですし、問題ないでしょう。

「愚弄などしてませんよ。事実を述べただけです。それよりも早くしないと置いて行きますよ?」

「くっ……。お、おのれ、覚えてろよ。事が終わった暁には、貴様を切り刻んでやるからな」

 そんな事出来る訳無いではないですか。高々二十年と少ししか生きていない者の経験など、私に比べれば無いに等しいのですから。

「はいはい、終わったらして差し上げますから、ここは急ぎますよ。遅れずに着いて来てくださいね」

 言うが早いか私は予備動作無しに駆け出しました。

「あっ! おいこらっ! ちょっと待てっ!」

「待ちません」

 待てと言われて待つのはお馬鹿さんの遣る事ですからね。

「先ほどの事は本当だろうなっ!」

 然程離れていない位置から声が掛かり肩越しに目線を向ければ、そこには失禁様が必死の形相をこちらに向けておりました。

 これには少々驚かされました。まさか着いて来られるとは思っていませんでしたから。

「何がですか?」

「終わったら相手をすると言っただろう!」

「相手をする等とは言ってませんよ?」

 ええ、言ってません。終わったらして差し上げる、と言っただけですし。

「貴様ああ! 謀ったなあああ!」

「だとしたらどうするのですか?」

「捕まえてたたっ斬る!」

「出来るものなら遣ってみなさい」

 私は更に速度を上げ、失禁様を置き去りにします。

「あっ! おいっ! 待てっ! 逃げるなっ!」

 待ちませんし、況してや逃げてもいませんよ。

「悔しかったら追い付いてみなさい! そしたら相手して差し上げます。マサト殿が」

 私はお馬鹿さんの相手などしません。そんな事は時間の無駄ですし、第一それは、マサト殿の役目なのですから。

「言ったな! その言葉忘れるなよっ!」

 ふっ、やはり脳味噌まで筋肉の様ですね。流石、失禁騎士様です。

 チラチラと後方を確認しながら失禁様の手が届くか届かないかの距離を私は保ち、マサト殿が暴れる場所へと疾走を続けました。

 その際、失禁様は何かを叫んで居たようですが、私がそれを聞く義理など皆無ですので、記憶に止める事もしませんでした。

 暫く走りマサト殿お得意の攻勢防壁が確認出来る距離まで近付いた時、攻撃範囲から外れた位置に先客が三人いらっしゃるのが見えました。

 ただ、様子が何処と無くおかしいのです。

 一人は防壁を睨み付けている感じがしますし、一人は地面に仰向けに寝ています。しかも残りの一人は寝ている方に、なにやら必死で声を掛けている様子でした。

 何故たった三人でこの様な場所に居るのかと、私が訝しんだ時、

「あれは――、三獣騎かっ!」

 突然、失禁様が驚きの声を上げたのです。

 その声の響きに、このまま近寄るのは何となく不味いと思い、私は足を緩めて歩き始めたのですが、何故か失禁様も同調して隣に並んでしまいました。

 尤も、それは私にとっても都合が良かったので、早速とばかりに質問を投げさせて頂きました。

「三獣騎とは、一体何なのですか?」

 私が疑問を投げ掛けた事に驚いた様で一瞬、こちらに見開いた目を向けて来ましたが、直ぐに表情を戻して前へと直り、答えて下さいました。

「うむ。ここガルムイに於いて、父上に比する程の強さを誇る三人の者達の事を称して、三獣騎、と呼ぶのだ」

 なるほど。ではあの方々があそこであの様にしている、という事は、腐ったマサト殿に敗れた、という事ですか。

「幾ら強かろうと戦場でマサト殿に挑むとは、無謀にも程がありますねえ」

「それは、どう言う意味だ? 答え次第では……」

 何故そこで凄むのか分かりませんが、とりあえずは理由を述べた方が宜しそうですね。

 ここで手を煩わされるのも馬鹿らしいですし。

「マサト殿は詠唱を行わずに魔法を使うからですよ。この意味、分かりますか?」

 これが分からない様では本当のお馬鹿さんとしか言いようがないのですが、怪訝な表情を見せた直後に失禁様はやや青ざめた顔をした事から、幾らかは考える頭をお持ちのようでした。

「理解出来た様ですね」

「――うむ」

 その後、失禁様は難しい顔をして考え込んでしまいました。

 私はその事を別段気にする事も無く黙々と歩を進め、三人の姿がはっきりと見て取れる距離まで来た時、寝転んでいる者が抜き差し成らぬ状態なのを見て取りました。

「――あれは、非常に不味いですね」

「む? 何が不味いのだ?」

「あの方です。このままでは先ず間違いなく助からないでしょう」

「――!!」

 私が指差した途端、失禁様はこれでもか、と言うくらい目を見開き、慌てて駆け出して行ってしまいました。

「まったく、今ここで急いでも意味はないでしょうに……」

 一つ溜息を付くと私も走り出したのですが、失禁様は思いの外早く、少しだけ本気を出さなければ着いて行けなかったのです。

 流石は人虎族ですね。短い距離ならば私とほぼ互角とは。

「アンビット殿! ライム殿! マーティン殿!」

 三人の所まではまだ少し距離があったのですが、失禁様が声を張り上げ名を呼び、それが聞こえたのか立っていた一人がこちらに顔を向けます。

 そして私達が傍まで行くと、苦虫を噛み潰した様な表情で声を絞り出しました。

「――お前は、無事だったか」

「一体何が有っ――!!」

 失禁様は寝ている者の姿を見止めた途端、絶句していました。

「三獣騎はもう、終わりだよ……」

 失禁様の名を呼んだ方が言った、終わり、の意味は私にも分かりました。

 地面に横たわっている者の呼吸が、殆ど無いに等しかったからです。

「マーティン殿……」

「マーティーは、良くやった。ただ、奴が一枚、上手だっただけだ……」

 俯きながら絞り出される声には悔しさが滲み出し、強く握られた拳からは血が滴り落ちていました。

「済まぬ、アンビット殿」

「なんで、お前が謝る?」

「義弟を抑える事が出来なかったからだ」

「義弟?」

「あそこで暴れている奴は、我が愚妹の夫なのだ」

「お前の妹の夫、だと?! あれがか?!」

「正確に言いますと今は少々腐っていますので、夫とは呼べません」

 私は話の流れを読みきって、自然な調子で口を挟みました。

 ですが、アンビット、と言うお方は気に入らなかった様で、私は食い付かれてしまいました。

「誰だお前はっ!」

 失礼なお方、と言いたい所ですが、ここは私が折れなければ大問題になってしまう事くらい分からない朴念仁ではありません。

「これは失礼いたしました。私はローリー・ケルロスと申します」

「ほう、随分と礼儀正しいじゃねえか」

「時と場合によりけりですよ」

「あん? なんだそりゃ?」

 このお方、もしかして失禁様以上の、馬鹿、なのでは無いでしょうか?

 もしそうだとすれば、非常に弄りがいがありそうですね。

 ま、今はその時ではないですし、ここは用件だけを先に伝えますか。

「実はですね、私。こういう物を持っていまして」

 ウォルケウス殿から掠め取った、薄めエリクサーの小瓶を懐から取り出しました。

「あん? 何だコリャ?」

 この方、本当の馬鹿、だったのですね。

 私は余りにも物を知らないこの方に呆れ、思わず盛大な溜息を付いてしまいました。

「んだよ? なんで溜息なんか付くんだよ?」

 この方相手ですと話が進みませんから、存在を私の脳内から抹消しなければ駄目なようですねえ。

 馬鹿は放って置いて私は、横たわっている者――マーティンと言いましたか――の傍でしゃがみ込んで俯き泣いている女性に声を掛け様と向きを変えたのですが、

「あ! おい! こら! 無視すんじゃねえ! お前、聞いてんのか?! おら! さっさとこっち向けやあ!」

「あ、アンビット殿、落ち着いて下さい! き、貴様あ! 何故アンビット殿を無視する!」

 その際、後ろが異常に騒がしかったので、小さな風弾を炸裂させて黙らせます。

「「ぐぼおおおおっ……!」」

 お馬鹿さんは少し黙ってそこで大人しくしてなさい。

「お嬢さん、これを使いなさい。今ならばまだ、間に合う筈です」

 跪き、彼女の目の前に薄めエリクサーの小瓶を差し出しました。

 すると、彼女の目が大きく見開かれて私の方へと向いたので、頷きその手に握らせます。

「あ、有難う御座います。でも、こんな高価な物を頂いても、私達では何のお返しも……」

「何も返さなくて結構です」

「で、でも……」

「早くしなさい。でないと手遅れになってしまいます。ああ、それとですね。その状態ですと、口移しでないと無理かも知れません」

それだけを少々早口で伝えると私は立ち上がり、マサト殿の方へ顔を向けた時、妙な事に気が付きました。

「何故、動かないのでしょう?」

 この者達を打ち倒し本陣にも魔法を放って置きながら、この場に止まる理由がまだ何かあると言うのでしょうか?

 その原因を探る為、私は先ず、目を凝らして防壁を維持している魔力の流れに探りを入れます。

「…………確かにこれは、おかしいですね」

 普段のマサト殿とは明らかに違う流れを確認して、眉根に皺を寄せました。ですが、だからと言ってそこに止まる理由など見当たりはしません。

 流れは違っていても、何処にも問題は無かったのですから。

「では何故……」

 流石の私でも情報が少な過ぎて現状だけでは皆目検討が付かず、表情が険しくなるばかり。だからと言って考える事を止めてしまえば、何も分からなくなってしまう。

 分からなければ止めてしまえばいい、という思いと、それではいけない、と言う二律背反する思いに私が囚われ始めた時でした。

 防壁の中から微かにマサト殿の声が聞こえた気がしたのは。

「今のは……」

 気のせいでしょうか、と訝しんだ時、突如防壁が丘へ向かって動き始めたのです。

 これは一体、どうした事なのかと思いながらも、防壁の進む先へと顔を向ければ、炎が鎮火し始めた丘から数名の者が降りて来る姿が目に飛び込んできました。

 関係ない人物であればどうなろうと私の知った事では無いのですが、あそこには殿下が居りますから、もしや、と思い、生来の視力を魔法まで使い更に引き上げ目を凝らします。

「これは、のんびりしている訳にはまいりませんね」

 地面で身悶えている二人の首根っこを掴むとそのまま駆け出して、私は防壁に突っ込んで行くのでした。

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