激突? 天然VS馬鹿? おまけで王子との邂逅
そいつ等は唐突に空からやって来やがった。とんでもない客を連れて。
その客は俺の目の前に居るガキどもだ。
だがその内の一人は、何故かあそこで暴れてる奴と瓜二つ。
「え、エリーちゃん、ここ僕が指したとこと違うよ!」
「違う? エリザベス、間違えた?」
「僕が指したのはあっちだよ!」
「エリザベス、間違えた。間違えたから、謝る。ごめんなさい」
しかも俺達の事を完全に無視して、場所が違うだなんだとガキは偉そうに妖鳥に対して怒ってやがった。
「もう、しょうがないなあ、エリーちゃんは」
「ごめんなさい」
それにしても、何だこの妖鳥は。
人の言葉をしゃべるわ、ガキにこき使われてるわ、これでも本当に魔物なのか?
俺がそんな事を思いながら顔を顰めてると、行き成りガキが声を掛けてきやがった。
「おじちゃん、ここどこ?」
「お、おじ――!」
しかも、三獣騎の俺を捕まえておじちゃんとか、良い度胸してんじゃねえかよ!
「お、俺はまだ二十代だっ!」
「半年もしないうちに俺と同じ三十路だがな」
「う、うっせい!」
「あらあら、アビーも小さな子から見たらもう、おじさんなのね」
「大きなお世話だっ!」
くそっ! 二人揃って言いたい放題いいやがって!
俺が心の中でそう憤慨していると、ライムがしゃがみ込んで、俺達の前じゃ見せねえ笑顔をガキに向けて口を開いてやがって、あいつもあんな顔出来るんだな、と俺は妙な関心をしてしまった。
「ここはね、ガルムイ王国軍の本陣よ。子供が来ていい場所じゃないわ」
「ほんじん?」
「そうよ。兵隊さんの中でも一番偉い人が居る所よ」
「そうなんだ。ありがとう、おねーさん!」
「いい子ね、ボクは」
何だこのガキは。女には色目使いやがって。一体どういう教育受けてんだよ。
「おい、ガキ」
「何、おじちゃん」
ま、また俺の事をおじちゃんとか満面の笑顔で言いやがって、なんてムカつくガキなんだ! いっその事ぶんなぐ――、い、いや、こ、ここは我慢だ。俺も大人なんだし、それよりも先に聞かなきゃなんねえ事があるからな。
俺は暴れる心を抑え込み、冷静に構える。
「ところでおめえ、何しにこんなとこ来たんだよ」
「ないしょ」
あ?! 内緒だあ?! 丁寧に聞いてやりゃ付け上がりやがってからに!
ただでさえ切れ易い俺の堪忍袋はこの時、切れる寸前まで行った。
「だって、おじちゃんは僕達の敵だもん」
「ほ、ほう、俺達は敵ってか。なら、おめえと俺で一戦交えるか?」
俺はガキに凄む。
ムカついたからとか、絶対そんなじゃねえんだからなっ!
たとえガキでも敵なんて言われた日にゃ、容赦する心算がねえだけだからな!
俺に睨み付けられて小便チビって泣き出すんじゃねえかと思っていたが、何故かちっとも泣きやがらねえ。それどころか、可哀相なものでも見るような目で俺の事を見るとか、どう言う神経してやがんだ? このガキは。
「おじちゃん」
「んだよ。怖くて小便ちびったか?」
「もっと真面目に怒らなくちゃ、ぜんぜん怖くないよ?」
こ、これ以上怖え顔ってどうすんだよ! ってか、どんな顔だよそれっ! このガキ、いったい何時も何に怒られてんだ?!
俺は違う意味で恐怖を覚えた。
「それに、キリマルおじいちゃんの方が普通にしててもお顔怖いし」
「は?」
普通で怖い顔? なんだそりゃ?
「キリマル、おじいちゃん?」
「うん」
「そいつのが俺よか怖えってのか?」
「うん」
「何もんだよ、そいつは」
俺よりも凄みのある奴なんて、そうそう居ねえ筈だぞ?
「キリマルおじいちゃんは、大鬼だよ」
「はい?」
俺、耳おかしくなったのかな?
「大鬼」
再度言われた台詞に、俺は半ば切れ気味に叫ぶ。
「そりゃ俺よか顔が怖えに決まってんだろうがよっ!」
大鬼は人じゃねえしっ! んなもんと俺を比べんなよっ!
「それからそこっ! 笑ってんじゃねえ!」
マーティーとライムの二人は、俺とガキの遣り取りを見て小声で笑ってやがった。
しかも、目には涙まで溜め込み、声を必死になって堪えてる始末。
まったく、薄情な仲間だぜ。
それにしてもこのガキ、大鬼に育てられたのか。
俺は少々不憫に思った。
だってよ、見た目はどこからどう見ても人族のガキなのに、大鬼に育てられたとか、運が悪いどころの話じゃねえしな。
でも、それはそれ、これはこれだ。
「ならおめえの両親の面は、ぶっさいくなんだろうな。どんな面なのか一片拝んでみてえもんだ」
まあ、見た瞬間にぶっ殺しちまいそうだけどよ。
「僕のおとーさんなら、あそこで暴れてるよ? おかーさん達はあそこに少しいる」
「へ?」
「は?」
「え?」
俺達はガキが指差す方を見て、絶句した。
あのバケモノじみた強さの人族が父親で、あの繭の中に母親達が――。
「――って、お母さん達だあ?!」
「うん。僕、おかーさんいっぱい居るの」
それを聞いて俺は、奴に対して猛烈な殺意を覚える。
「お、おめえの親父、幾つだよ?」
しかしまだ、確認する事が有る。
逸る気持ちを抑えてガキに奴の歳を聞いた。
「んとねえ、十七さい? もうちょっとで十八さい?」
「じゅ――!」
抱えてる女半分寄越せ! ごらあ!
「俺なんか……、俺なんて――、彼女だってまだだてえのにいいいっ!」
「うおっ?! な、なんだ行き成り?!」
「何吼えてるのよ?」
「うっせい! あ、あああ、あいつはなあ! ひ、一人でたんまりと女抱え込んでんだぞ! ゆ、ゆゆ、許せるわきゃ、ねえだろっ!」
そうだよ、許しちゃいけねえんだよ!
俺みたいな一人もんを作り出してるのは、あいつなんだからよっ!
「うおおおおおおお! 独身男の敵、死すべしいいいいいいい!!」
余りにも頭に来た俺は、渾身の力で叫んでいた。
け、決して嫉妬じゃねえんだからな!
「ねえねえ、おねーちゃん。おじちゃんが壊れちゃったよ?」
「だ、誰が壊れ――!」
「このおじちゃんは、いっつも壊れてるから大丈夫よ」
「ふーんそっかあ。だからお嫁さんも来ないんだね」
ぐっ……。
「ふ、ふふ、ふふふ、な、なるほど、あの父にしてこの子あり、って訳だな。よーく分かった。おいガキ。おめえらは親子揃って俺の敵って事でいいんだな?」
死すべし! ハーレム属性!
「あら、じゃあアビーは私の敵なのね?」
「何でそうなるっ?!」
「だって私、この子気に入っちゃったのよ。だから、ね?」
ね? じゃねえ! ね? じゃ!
「えっ?! おねーさん、僕のおかーさんになってくれるの?!」
「あら、それも良いかも知れないわね。年下でも元気のいい男性って私、結構好きだし」
こ、こここ、このアマっ! 裏切る心算かよっ!
「お、おま、おまま、おま、おまえっ! う、うら、うらら――」
「戦場とは場違いな騒がしさを聞き付けて来て見れば、三獣騎が子供相手に何をしてるんだか……」
その声に振り向けば、そこには我等が護衛対象の殿下が、呆れ果てた表情で立っていた。
「こ、これは、ランベル殿下!」
「挨拶はいいよ。それよりも、あれはどうなった?」
殿下の言うあれとは、あそこで暴れている奴の事だ。
アペーロンのアホが失策を重ねたのを見かねて殿下は、傷物死体で良いから早く持って来い、と我等に仰られたのだが、あのガキに出鼻を挫かれて、未だに奴を倒しに行けていない。
しかも騒ぎを聞き付けられ、失態まで見られてしまう始末。
言い訳など最早出来る筈も無く、我等は殿下の御前で最敬礼を取りながら固まるしか術がなかった。
「も、申し訳御座いま――」
「おにーちゃん、だれ?」
こ、このガキはなんでこうも変な時にずけずけと声掛けてくんだよっ! しかも、殿下の事をお兄ちゃんとか、失礼だろうがっ!
だが殿下はまったく気にする素振りも見せず、ガキに対して淡々と接していた。
「人に名を訊ねる時は、まずは自分から名乗りなさいと教わらなかったのかな?」
「んー、教わってないかも」
「ならば、この機会の覚えて置くと良い。人に名を尋ねる時は、まずは自分から名乗るのが礼儀、と言うものだからね」
「分かった! ありがとう、おにーちゃん」
「何、礼には及ばないよ。で、君の名は聞かせてもらえるのかな?」
俺は、流石はランベル殿下、と感心してしまった。
やはり力だけの王族とは違い、ガキに接する時でも礼儀正しく気品が有る様は、次期国王に相応しく感じる。
「うん――じゃなくて、はい! 僕の名前は、ライリー・ビスリ・ヘヴェンス・スティート・マクガルド・ハザマです!」
随分と長え名前だな、おい。
ライリー・ビスリ・へべ……なんだっけ?
「これは驚いた。まさか、この子も王子だったとは」
「へ? このガキが王子、ですか?」
思わず殿下に聞き返してしまった。
このちんちくりんのガキが王子とか、どういうこった?
「おいおい、アンビット。マクガルドと言えば、天族の一角を担うフェンリルの王族の名だよ? それに彼等は、獣族にとっては尊敬に値する存在だ。まさか、それすらも知らなかったのかい?」
ランベル殿下に言われて俺は、冷や汗を掻いた。
だってよ、フェンリルって言えば獣の姿をしてる筈だし、人の姿を取れるなんて聞いた事もねえしな。それに、俺達が尊敬するとか、初耳だってえの。
そんな俺を見たランベル殿下は、深々と溜息を付く。
「まったく……、ガルムイの騎士なんてやってるから学が無いのは仕方ないけどさ、もう少し世の中の事は知ってないと駄目だよ、アンビット」
序でに呆れた、とばかりにお小言を頂戴してしまった。
「す、すんません……」
世の中の事も学ばなければいざと言う時恥を掻く、という教訓をこの歳にして初めて知った俺であった。
でもなあ俺、勉強って苦手だからなあ……。
そんな事を思いながら顔を顰めていると、マーティーとライムがとんでもない事を口走りやがった。
「殿下、アンビットには何を言っても無駄ですよ。こいつの辞書には武道以外を学ぶ、と言う文字が有りませんので」
「マーティーの言うとおりですよ、殿下。アビーの頭の中には勉強のべの字すら、入る隙間がないんですよ?」
「そ、そうなのかい、アンビット?!」
驚愕の表情を向けられた俺は返答に窮したが、とりあえず殿下にとんでもない事を吹き込んだ二人を睨み付ける。
「おじちゃんって、お馬鹿さんなの?」
しかも、もう一人の殿――こんなのガキで十分だ――ガキが直球で訊ねて来る始末。
「誰が馬鹿だ! 誰がっ!」
俺が叫んだ途端、周囲に居る者達が一斉に指差し、
「「「「これ」」」」
非常に失礼な台詞まで吐きやがった。
「て、てめえら! 上官に向かって――」
「仕方ないでしょう? アビーは馬鹿、なんだから」
「うむ、仕方ない」
「仕方ないね」
「やっぱりお馬鹿さんなんだね!」
俺の仲間と殿下はまあ、仕方ないとしよう。
だが、むかつく笑顔を向けてくるガキは別だ。
「おめえに馬鹿呼ばわりされたかねえよ!」
「えー。でも、おとーさんが言ってたよ?」
「あん?」
「馬鹿って言うほうが馬鹿なんだって」
「おめえがそれ言うかっ!」
「僕は聞いただけだもん」
い、言われてみれば、このガキ。俺に対して馬鹿って言ってねえ……。
俺は愕然とした。
今の今までこのガキに振り回されていただけだった事に。これでは俺が自分から馬鹿だ、と態度で示している様なものだ。
しかも、ガキに言われるまで気が付かないとか、本当にただの馬鹿と同じではないか。
「――アビーがやっと気が付いたわよ」
「――その様だな」
「――アンビットは自分から認めてしまったんだね」
「――え? おじちゃんが自分はお馬鹿さんって気が付いたの?」
「――そうよ。これもライリー殿下のお陰よ?」
「――うむ、ライリー殿下は偉大だな」
「――すごいね、君は。僕にはこんな事出来ないよ」
「俺の後でコソコソ内緒話してんじゃねえよ!」
ったく、いい加減その話題から離れろってんだよ! じゃねえと、俺達は仕事出来ねえだろうが!
またもや俺が心の中で憤慨していると、ガキが俺の事を突いてやがった。
「あん? なんだよ」
「内緒話じゃないよ?」
それかいっ!
「内緒話だろうがよっ!」
「聞こえれば内緒話じゃないって、おとーさんが言ってたもん」
「やな奴だなっ! おめえの親父はっ!」
「えー、おとーさんはお馬鹿さんですけべなだけだもん」
「はい?」
「だからー、すけべでお馬鹿なおとーさんなの」
「おめえの親父がか?」
「うん!」
自分で自分の親父の事を貶してやがるのに、なんでこのガキは嬉しそうなんだ? 本当にどういう神経してんだよ。
何だか馬鹿らしくなって来ちまった俺は、こんなガキと張り合っていた自分の馬鹿差加減に呆れ、深く溜息を付いた。
「ダーレンス閣下、歩兵隊の撤退準備、整いまして御座います」
折好く報告が入った俺は緩んでいた表情を引き締め、声を張り上げた。
「おい! 行くぞ! 俺達の出番だ!」
そうだよ。俺はこうでなくちゃな。ってか、あのガキさえ居なけりゃ、あんな醜態は晒さずに済んだんだよ!
うがあああ! なんか思い出すと無性に腹立ってきたあああ! 後で泣かしてやる!
「やっとか」
「腕が鳴るわね」
二人の顔付きも戦士のそれに変わり、俺達は戦場へと身を向け、背中越しにランベル殿下に一言告げた。
「それでは殿下。我等これより出陣致します」
この怒りはあいつの親父にぶつけてやる! 独身男の敵め、待ってろよ!
「ああ、宜しく頼む」
その時だった。またもやあのガキに声を掛けられたのは。
「ねえねえ、おじちゃん達はどこいくの?」
「あん? 決まってんだろ。おめえの親父をぶっ殺しに行くんだよ。ホントならおめえも俺達の敵なんだが、殺されないだけ有り難いと思っとけ。ま、元々俺達にゃガキ殺す趣味はねえけどな」
口角を吊り上げ告げると、それを合図に俺達は戦場目掛けて一気に駆け出した。
――済まねえな、ガキ。目の前で親父を殺す羽目になっちまってよ。
奴を睨み付けた瞬間、微かに俺の胸が痛む。
――でもよ、ガキ。誇っていいぜ。俺達を引きずり出したんだからな、おめえの親父は。だから、胸張って強く生きろ。自分の父親は十傑並の強さを誇ったってな!
同時にこんな事を思った自分に俺は驚き、あのガキの事を気に入って居た事に気が付かされた。
「おとーさんはすっごく強いんだから! おじちゃん達なんかには、負けないもん!」
叫ぶガキの声を背中で受け止めながら、俺の口元には別の笑みが浮かぶ。
「どうした? アビー」
「何でもねえ!」
表情に浮かび掛けた気持ちをマーティーに気取られない様に叫び、俺は更に速度を上げて奴に向かうのだった。
このツンデレは何処から湧いて出た。
男のツンデレなぞ我が作品にはいらぬう。
とは言うものの、出てしまったものは仕方が無いですな。




