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妹のオマケで異世界に召喚されました  作者: 春岡犬吉
ユセルフ王国編 第二章
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暴君と紳士と奥様方

 そこに居るのはマサトの姿をしたマサトとは別の者。そしてその瞳は、紅蓮の炎と同じ色に染まっておった。しかも、その手にした短剣は柄だけを残して刃の部分は無くなっておったのじゃ。

「そうだ、これは返しておくぞ」

 柄だけになった短剣を軽く放る。

 確かにワシ等には軽く放った様にしか見えなかった。じゃがそれは、その手を離れたと同時に一瞬にして奴が纏ったオスクォルにぶち当たると、その身を弾き飛ばして壁に叩き付け、壁に亀裂を走らせ、反射した衝撃で奴は床にも叩き付けられ弾み、苦鳴を漏らしておった。

「ぐ……。な、何故、だ――、何故自由に動ける! われ等の(ぼく)になった者は二度と戻らぬはず!」

 信じられない者を見る目で奴がマサトを睨むが、当の本人は逆にそれを睨み返し、悲鳴を上げさせよった。

「ひっ! な、なんだ! そ、その目は! わ、わらわに逆らう、というのか!」

 盛大な溜息をマサトは付き、首を左右に振った。

「まったく、ガキの相手なんぞ――我のする事ではないわ」

 子供扱いされた奴は、全身を震わせてその表情を怒りに紅潮させながら、ゆっくりと立ち上がると、威厳を込めて怒鳴ったのじゃ。 

「わらわを子供呼ばわりするなど身の程を弁えよ、下郎! わらわはドビール=レイ=ジレダルト公爵が娘、キシュア=ヴィ=ジレダルトなるぞ!」

 ワシの隣に移ったアルシェが「ジレダルト公爵に娘が居たなど初耳です」と小声で伝えてきよった。

「ふん、わらわは幼少の(みぎり)、この国に居なかったからの。知らぬも道理」

 囁き声も聞き取りおるのか。吸血族にはワシ等が知らぬ力がまだ有りそうだの。しかし、という事は、父の死後、この国にやって来てここに住み着いて居った事になるのじゃな。しかも外部に知られる事も無くこっそりと住まっておった訳か。さしずめ己の存在を隠したかったのやも知れぬな。何所の国でも排斥の対象となり得る種族じゃしの。

「流石にガキだけあって威勢がいいな」

 鼻で笑うその態度は、奴を完全に見下しておった。

 何故かこのマサトは奴をやたらと挑発しよる。どれほどの技量を備えて居るのかは知らぬが、少し遣りすぎの様な気がする。オスクォル相手に余裕を見せすぎではないか。

「貴様は何者だ。あの、マサトとやらではないな?」

 マサトの口元が歪む。それも、惚れ惚れする程に男らしい笑顔じゃった。

 これはこれで中々に魅力的じゃ。

「紅、そう言っておくか」

 マサトの姿をした別の者は、クレナイ、と名乗った。やはり、マサトとは別人格じゃった。

 しかし、何故マサトを主と呼ぶのじゃろうか。

「その名、忘れぬぞ。わらわを愚弄し無様に死んだ者として、末代までの語り草にしてやるわ」

 奴が剣を構えて腰を落とす。片手だけで構えて居るが、それは中々に様になっておった。ワシの見立てでは技量ではカレンと同じか劣る程度じゃが、オスクォルの事を考えれば。ウォルケウスすら凌ぐと推測出来る。そんな奴とどうやって素手で戦う心算なのじゃ。

「クレナイ様! ここは私にお任せください!」

 ウォルケウスが再び奴の前に出よった。

「っち、――面倒くさい奴よ」

 舌打ちをしてキシュアは顔を(しか)め、ウォルケウスに向きを変える。じゃが、そんな事はお構いなしにクレナイがウォルケウスに声を掛けよった。

「そなたがウォルケウスか。何時も主が迷惑を掛けるな。ああ、それとだな、それ、貸してもらえるか?」

 ウォルケウスが握る大剣を指差し、貸せ、とクレナイは言うが、マサトの細腕であれが振れる訳が無いじゃろうに。

「これを、――でございますか?」

 眉根に皺を寄せて訝るのも当然じゃろう。あれはウォルケウス専用に作らせた剣じゃしな。

「そうだ。我はでかくて強いものが好きでな!」

 豪快な笑い声を上げておるが、キシュアとやらが焦れて額に青筋を浮かべておるのじゃが、放って置いて良いのじゃろうか。

「で、ですが……」

「ん? 駄目なのか?」

「い、いえ……」

「なら良いではないか」

「そのお体では少々扱いが……」

「気にするな。痛むのは主の体だ」

 口をポカンと開けてウォルケウスが呆気に取られておるが、それはワシ等も同じじゃ、こやつ、マサトの事を主と呼びながらのこのぞんざいな扱い、本当に敬っておるのであろうか。

「き、き、き、貴様等! わらわを置いて何(たわむ)れておるのだ! このまま二人とも消し去ってくれるわあ!」

 ついにキシュアも限界に来たのか、怒鳴り散らすと剣を振り上げ飛び掛ろうとする。じゃが、クレナイはそんな奴を一喝したのじゃ。

「やかましい! ガキはすっこんでおれ!」

 物凄い剣幕と睨みを利かせ、キシュアの動きを止めただけでなく、その場にへたり込ませてしもうた。しかも、奴の顔は恐怖よりも驚きの表情で呆けておった。

 こやつは本当に戦う気があるのかのう?

「早く寄越せ。試し切りが出来ぬでは無いか」

「た、試し切り? ですか……」

「そうだ、とっとと寄越すがいい」

 肩を落として盛大な溜息を付くと、ウォルケウスは歩み寄り剣を手渡したのじゃった。クレナイはその剣を見て、少年の如く目を煌かせ、大剣を高々と掲げると、とんでもない事をほざきよった。

「これで長年の夢が叶ったぞ! この剣は我のものだ!」

 ウォルケウスは絶句してその場に固まり、クレナイは飛び上がらんばかりに喜んで、所構わず剣を振り回してワシ等を右往左往させよった。

 こやつ、本当は戦う気など全く無いじゃろ。

 クレナイが楽しそうにはしゃぎ、ワシ等が逃げ惑い大騒ぎしておるのを暫く見ていたキシュアじゃったが、盛大な溜息を付くのが聞こえ、そちらに振り向くと、何時の間にかオスクォルは消えておった。

「もう、――やる気も失せたわ。勝手にせい」

 恨みがましい目を向けて来よるが、それはワシ等を羨んでおる様にも、嫉妬しておる様にも見えたのじゃ。

 その時突然、剣を振り回しておったクレナイの動きが止まりよった。

「ふむ……。では悪戯には罰が付きもの、というのは知っておるよな」

 大剣を右肩に担ぎながら近付いて行く。ただ、罰、という言葉だけは引っ掛かるが、何を罰する心算なのじゃろう。マサトならばこの様な事、笑って許してしまうじゃろうに。

「おいガキ。ちょっと聞くが、その腕、元に戻るのか?」

 キシュアが(むく)れる。まあ、当然じゃろうな。名を名乗ったにも関わらず、その名を呼ばんのじゃから。

「くっ付ければ戻る」

 短い返答じゃったが、それは驚きに値する。切り落とされて直ぐならば聖魔法で可能じゃろうが、ここまで放置した場合は、聖魔法を駆使しても繋がる事は無いのじゃから。

「そうか。ならば……」

 クレナイが空いておる左手を軽く振った。すると、離れた所に転がるキシュアの腕が、炎に包まれ跡形も無く消え去ったのじゃ。

「わ、わらわの腕――が……」

 愕然とした表情で呟いた後、怨嗟の表情を浮かべてクレナイを睨み付け、飛び掛ろうと腰を浮かし手を伸ばした瞬間、大剣が行く手を遮ると、手首から先が消失した。しかも、水に熱した鉄を突き入れる様な音共に、その手首は一瞬で蒸発したのじゃ。

「ぐああ……、わらわの手が――手があああ! い、痛い、痛いよおお……。だ、誰か、誰かあああ!」

 抑えるべき手はもう無く、両腕を胸前に引き寄せて激痛に顔を歪めて涙を流し、助けを求めておるが、余りにも惨い仕打ちに皆、顔を顰めて背けておった。

「これで終わりと思うなよ、ガキ」

 冷淡な声がワシ等さえも震撼させ、キシュアは痛みで歪めた顔に、更に恐怖を塗り込めておった。

「次は脚」

「ぎゃああああ! ごめんなさい! ごめんなさあい! もうしません、だから――ごめんなさあああい!」

 宣告が終わらぬ内に剣が突き立てられ、キシュアの細く綺麗な脚が一本、炎に包まれ蒸発した。そして、ワシは我慢できずにクレナイに食って掛かっておった。

「そこまでする事はないじゃろ! マサトならば笑って許すはずじゃぞ!」

「主ならばそうだろう。だが、我は違う」

 言いながらまた剣を突き立てよった。しかも、残った脚に。

 痛みが強すぎるのじゃろう。キシュアは気絶する事も出来ず、声も上げずに痛みを叫び続けておった。

「さてと、そろそろ消えてもらおう」

 それを聞いた彼女の顔は蒼白になり、目を見開いてゆっくりと顔を左右に振る。

「い、嫌だ……。わらわは――消えとうない。ただ、誰かと一緒に居たかっただけだ……。なのに、何故消えねばならぬ! ここに居たい、誰かと一緒に居たい、一人で居る寂しさから抜け出したい、この程度の我侭すらわらわには許されぬのか! ならば何故、神は我等を創った! 何故、この様な力を与えた! 何故――孤独に苛まれる者にした……。たった一人――たった一人で良かったのだ。だのに何故、わらわを許す者は、――側に居る者は、現れぬのだ……」

 キシュアは声を上げて泣く。その声は、何故、どうして、と叫び続けておった。

 ワシにはその気持ちが痛いほど良く分かった。じゃから……。

「何をしている?」

 疑問に思うも道理。ワシがクレナイとキシュアの間に両腕を広げて立っておったのじゃから。

 しかし、本末転倒とはこの事じゃ。滅ぼそうとしておった者を、逆に命がけで守っておるのじゃから。

「キシュアを殺すというのならば、まずはワシを殺すが良い!」

 叫ぶと同時に、ワシは左に気配を感じた。

「一度は貴方に救われた命。でも彼女を消すと言うのならば、この命、喜んで貴方に差し上げます」

 左を向く。そこにはアルシェが両腕を広げ立っておった。

「貴方のような方を私は夫とは認めません。さあ、存分に殺してください。マサトが気が付いた時、さぞ自責の念に囚われるでしょうが」

 右にはシアが同じように立ち、クレナイを睨み付けておる。そして、ワシ等の前にもう一人が立ちはだかった。

「あんた、おにいを主って言ってたわよね。なら、あの子を殺したら、兄の暴走を止められませんでしたって事にして、あたしが自刃してあげる。そうすればおにいも自分の命を絶つわよ? どうする?」

 これは決定的じゃ。カレンが自らの命を絶つその理由が、暴走した兄を止められなかったから、というのじゃから、意識が戻ったマサトならば、確実に自らの命を絶ってしまうじゃろう。これではクレナイのやった事が全て無駄になってしまう。それをさせぬ為にはキシュアを生かすか、自らを永遠に鎖に繋ぐかしか無いのじゃから。

「な、んで……」

 ワシ等の背に声が掛かる。その声には唖然とした響きが含まれておった。そしてその疑問には、カレンが答えた。

「なんでって? 理不尽だからよ。確かにあたし達はあんたを滅ぼそうとした。でもそれは、おにいを元に戻す為。だけど、こんなのが出て来たなら滅ぼす必要もない。たぶん、元に戻ってる筈だしね。それにね、こんな残虐なやり方なんてあたしは認めない。罪には罰、これはあたしだって知ってる。けどね、これはもうやりすぎよ。これじゃあ、誰かがおにいを傷付けるだけで、その人はあの世行きになっちゃう。そんな理不尽を黙って見過ごせるほど、あたしは人間出来て無いのよ」

 ワシ等の回りには、何時しかクレナイ以外の者達が集まり、キシュアを守るように取り囲んでおった。

「カレン様の言うとおりです。クレナイ様、あなたはこの世界を敵に回しますか?」

 世界を敵に回すか、ときよったか。流石はウォルケウスじゃ。クレナイがどれほどの力を持っておるか分からぬが、マサトに縛られたままで在るならば、世界を敵に回したが最期、存在する事すら出来ぬじゃろう。

「これではまるで我が悪ではないか」

「そうじゃ、やり過ぎれば善も悪に変わるのじゃよ。善悪は紙の裏表と同じ、それも分からぬ様であれば、おぬしは人以下と言う事じゃな」

 クレナイが溜息を付いて、剣を下ろした。

「なるほど、我は人よりも劣る、と言うわけか。ならば、ここに居るもの全員を灰にしてこの世界を滅ぼ――、ぬ? くおお――、む、無理やり、入れ替わると、言う、のか――」

 急に膝を折り床に突っ伏すと、クレナイは苦悶の表情を浮かべて呻きだしたが、直ぐにその動きを止めた。突然の事にワシ等は何が起きたのか分からず、ただ、唖然とするばかりじゃった。

「ふう、まったく、紅は短絡的過ぎます。だから追い出されるのですよ。少しは反省して欲しいものです」

 突っ伏したまま呟く声は、先ほどと同じ声音ながらその実、全く違う人格なのじゃと直ぐに分かった。それがゆっくりと立ち上がると、その瞳は深く静かな湖の如き蒼じゃった。

「皆様、申し訳ありません。紅が相当な悪さをしてしまったようで……」

 深々と腰を折り、ワシ等に向かって謝罪してきよった。

「おぬしは一体……」

「申し送れました。私の事は蒼、と呼んでください。それと皆様とは一度お会いしてますね」

 蒼と名乗った者は、ワシ等とすでに会ったと告げておるが、一体誰なのじゃろう?

「覚えておりませんか? 主が呼び出されたあの日なのですが」

 そこでワシ等は眉を潜める。あの日にこの者に会ったと言われても、その様な人物には会った覚えが無い。しきりに首を捻るワシ等に対し、アオは苦笑を見せておった。

「まあ、そのうち思い出すでしょう。それよりも今は彼女です」

 途端、キシュアが小さく悲鳴を上げた。ワシ等も険しい表情で蒼をねめつける。じゃが、やつは少し困った表情を見せよった。

「私は彼女――キシュアさんを傷付ける心算はありません。寧ろ、その傷を癒してあげたいのです」

 真っ直ぐにワシ等を見るその瞳は何所までも深く澄み、その言葉が嘘偽りでない事を物語っておった。

 そしてワシは、あの時の事を思い出しておった。

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