まっくろけーの王子様
儂は腕を組みながら、渋い顔でその光景を眺めていた。
何故ならば、我が眼が焦点を結ぶ場所には、儂の子等と婿殿が剣を振りながら縦横無尽に駆け巡っていたからだ。
娘のローザも、息子のティグルドも、供にガルムイの者であり軍属である。これの意味する所は二人が知らぬ訳ではない筈。
なのに何故、斯様な事をしているのか、儂は皆目見当も付かないでいた。
「そんなに怖い顔をして、どうしたんだい?」
後から声を掛けられ、儂は即座に振り向き、一礼する。
「お早う御座います、ランベル殿下。朝食は御済になられたのですか?」
「うん。でもさ、意外と美味くてちょっと驚かされたよ」
「食は基本で御座いますからな」
「そうだね。それは余も賛同するよ。でもお陰で、お前が長年将軍を続けられている訳がやっと分かったよ」
殿下は満足げに顔を綻ばせた。
「それはそうと殿下」
「ん? なんだい?」
「何故斯様な場所に?」
直接危険が及ぶ場所ではないが、殿下にもしもの事があった場合は儂が責任を取れば良いと言う訳にもいかぬし、万が一負け戦ともなれば、この位置は殿になってしまう可能性が極めて高く、それ故に後方に居て貰わねば困るので、儂は疑問を口にした。
「ああ、余の造った物がどうしてるかと思ってね」
ランベル殿下は数々の魔装兵器を生み出し我等騎士団の能力を押し上げた立役者であり、我が国にとっては、頭脳、とも呼べる貴重な御方だ。
殿下が最初に作られた物は、我々獣族が最も苦手としている魔法を使う為の、補助魔装機であった。
我等は他の種族よりも身体能力に優れるものの、魔力は低いと言わざるを得ない。魔力の質などは、マイナス値を示す者も居たくらいなのだ。故に、接近戦では絶大な力を誇りながらも中遠距離戦に置いては後塵を排する事も珍しい事ではなかった。
だが殿下は、その類まれなる頭脳で四大属性である、土水火風、夫々の属性を持つ魔法生成魔装機、我等の内では魔法の腕輪と呼ばれる物を十歳という幼さで開発してのけたのだ。
その後も様々な魔装機を開発し、その恩恵は我等騎士に止まらず、今は民にまで及ぶほどになった。
その功績は今まで力一辺倒であった王の選定にすら一石を投じる事となり、今や次期国王として国民から絶大な人気まで得てしまっているだけでなく、宮廷内でもランベル殿下を押す声が高い。
だがここ数年、殿下はある魔装を作る事に没頭していた。
それは嘗て過去の大戦時に使われた、魔装兵の復活であった。
「それに、実際に使って見なければ分からない欠点もあるしね」
そう口にすると殿下は儂の隣に並び、戦場を眺めた。
「ふむ、出て来ているのはあの三人だけか……。少々予想が外れたか? しかし――」
殿下は顎に手を当てて何かを考え始め、儂は静かに戦場を見下ろし、婿殿を見て心の中で唸っていた。
――まさか人族である婿殿があそこまで動けるとは、な。これは鍛えればティグルドと良い勝負をするかもしれん。だがそれはもう、叶わぬ夢か。それに、あの二人も恐らくは……。
生き延びたとしても国賊として処罰されるは必死。
三人の命はもう既に、儂の力では助ける事など出来ぬ領域へと、入り込んでしまっていた。
「何だ、あの青白い光は?! 振れただけで魔装兵が消し飛んだ、だとっ?! 馬鹿なっ! あの領域は魔法が使えない筈だ! それに、あれには魔法を吸収出来る機構を持たせて有るのに何故吸収出来ない! スヴィンセン! 何だ奴はっ!」
諦めにも似た嘆息を吐く儂の耳に、殿下の吃驚する声が飛び込む。
「あれがローザの夫である、マサト・ハザマ卿です」
「奴があの噂の――竜殺しか……。でもこれで面白くなった。これならいい情報が得られそうだ」
一瞬だけ口元に笑みを登らせて殿下は直ぐに真剣な表情で見詰め始めたが、その笑みは儂の背に怖気を走らせ、言い様の無い恐怖まで掘り起こし、身震いをさせる。
だが今の殿下の表情は、既に研究者としてのそれに変わっており、先ほどの様な恐れなど微塵も醸し出してはいなかった。
それどころか何やらブツブツと言い始め「そうか、あそこは」とか「なるほど、それならば」などと完全に没入している。
真剣な殿下の横顔を眺めながら儂は薄く笑い、先ほどの事は気のせいであろうと、自身を納得させて戦場に視線を戻した時、何故かローザとティグルドの姿しか見えなかった。
「む?」
疑問に駆られ儂は思わず声を漏らしてしまったのだが、殿下はそれを聞き逃さず、すぐさま切り返してきた。
「ああ、竜殺しなら突然蹲ってしまったよ。あそこにね」
殿下の指差した場所は、丁度二人の中心。
「それを見た時は、余も何故そんな事をするのかと、疑問に思ったんだよ。でも、何かする心算なんだろうなと見てはいるんだけど、何の動きも見せないんだよね」
殿下の言うとおり何かを成す為ならばその挙動も分かるが、一向に動きを見せないとなればこれはもう、味方にとっては最悪の行為であり、少人数ではそれは尚更顕著になる。
「もしや、臆したか?」
儂が目を細め呟くと時を同じくして、ティグルドがローザを抱えて凄まじい勢いで下がり始めた。
「ふむ、婿殿が回復不能な傷でも負ったようだな」
「竜殺しの噂はやっぱり嘘だったのかあ」
二人の動きから儂はそう判断を下し、殿下は扱く残念そうにしていた。
「仕方ない。ちゃっちゃと終わらせて戻るしかないね。後は頼んだよ」
「御意」
片手をひらひらと振りながら、儂の傍から離れる殿下の姿を横目で見送る。
そして再び目線を戻した時、婿殿を中心とした半径百メルほどの周囲には、バラバラになった魔装兵の無残な体が散らばっていた。
「なっ?!」
驚きの余り目を見張り思考の停止した儂は、婿殿から目が離せなくなっていた。
「どうし……」
背後からは殿下の驚愕する気配も伝わって来る。
そんな儂等を知らずに婿殿は何かを下に置くと、こちらに背を向けた。
そして二呼吸ほどもした時、突如として起こった激しい揺れによろけ、儂は思わずしゃがみ込み、視界一杯に広がった光景に目を剥き絶句していた。
「――!」
何故ならば、子供が戯れに砂に手を入れその手を勢い良く空目掛けて飛ばす様に、向かいの陣の辺りから人が跳ね飛ばされていたからである。
しかも被害はそれだけで終わらなかった。
同様にして右の陣が吹き飛び、間髪入れず左の陣からは炎が吹き上がる。
そして周囲の魔装兵が殺到する中、婿殿がこちらに向き直り一歩を踏み出してその両足を揃えた瞬間、全ての魔装兵が下から何かに突き上げられた様に遥か上空へと跳ね上げられ、儂の視力を持ってしても確認が出来なくなってしまった。
「そ、そんな、ばかな……。魔法は使えない筈なのに、何故、魔法が使える……。あいつは一体、何なんだ……」
殿下の掠れた様な呟きが背を打ち、儂もそれに押される様にして呟きを漏らしていた。
「…………な、何が起こっているのだ」
指一本動かさぬ相手に三万もの軍勢が一呼吸程の間に全滅させられるという、余りにも常軌を逸した出来事に半ば放心していると、婿殿が動き始める。
その姿からは、触れる者全てを冥府へと誘わんとする狂気と、怨敵を押し潰さんとする程の強大な威圧感、そして極め付けは、我等でさえ目視出来る程の全身を覆うどす黒い魔力が溢れ出していた。
しかも、三万もの軍勢と百門にも及ぶ魔砲を見ても尚、それら全てを此方に叩き付け、泰然自若と歩み来るその姿は戦慄以外の何ものでもない。
そして儂は、あの優しげな婿殿をこんなにも変えてしまった原因が何なのか分からず、ただ呆然とする事しか出来ずにいた。
「将軍! あのバケモノに攻撃する許可をっ!」
焦りを含んだ声音でアペーロンが儂に指示を請うが、流石に婿殿を攻撃する事には躊躇いを覚えた。それに、婿殿をバケモノ呼ばわりされた事も少々気に食わなかったが、それを顔に出す訳にも行かず口篭り、
「い、いや、あれは――」
バケモノではない、と続けようとした時であった。
「全魔砲は準備が出来次第、最大出力にてバケモノを攻撃。弓隊はそれまで時間を稼げ。魔砲の第一射終了後、直ちに第二射の準備。状況確認後もしバケモノが生きてる様なら、そのまま第二射を撃て。以後この繰り返しで攻撃をしてバケモノを近付けずに抹殺せよ」
「はっ! では、殿下の仰られた様に致します!」
アペーロンは最敬礼をすると踵を返して駆け出して行き、その背を見送りながら殿下はとんでもない事を口にしていた。
「……本当は生け捕りが良かったんだけど、この際死体で我慢するしかないな」
それを聞いた儂は怪訝な表情を取り、つい聞き返してしまっていた。
「それは、どう言う事ですかな? 殿下」
「だって、あれを呼び付けたのは余だよ? なのにさあ、父上は勝手に牢屋へ入れちゃうし、取引で使おうと思ってた子供も牢屋へ入れちゃったんだから、頭きちゃうよね」
肩を竦めながら不満を漏らす殿下を見て、儂は何を言っているのか分からず、困惑を深めただけであった。
「それにさ、改良型の魔装兵に使う素材としてはあれ、最高だよ? 元の魔力も高いみたいだし、永久も沢山結んでるみたいだから、魔力の供給をする時も余の研究所にいちいち戻す必要ないしね。まあ、死体になっちゃうとそれは無理かもだけど、それでも改良型魔装兵の実験には使えるから、特に問題はないからね」
殿下の話を聞いていた儂は、混乱の極みにあった。
騎士の皆の怪我を少しでも減らせる様に、民が平和に暮らせる様にと、皆の事を心配して平和の為にと魔装の開発をしていた殿下が、屠殺される家畜を見て、可哀相だと涙を流していた心優しき殿下が、何故この様な事を嬉しそうに仰るのか、儂には分からなかった。
「ああ、それとスヴィンセン。君の事は拘束させてもらうよ?」
「な、何故……」
「何故、じゃないよ。その為に余は態々此処まで来たんだよ?」
「そ、それは一体、どういう……」
「そうだね。君の為にも話して置いた方がいいよね。実はね、君も改良型魔装兵の素材として打って付けなんだよ。あっちは魔法を主体とした遠距離攻撃型で、君は近接戦闘型って訳なのさ。でも、あれはあれでそこそこ近接戦闘もこなせそうだから、万能型に成りそうだけどね」
楽しそうに話す殿下に呆気に取られている隙に、ローブを纏った何者かに両腕をがっしりと捕まれ、猿轡までされてしまった。
「む、むおーむおー!」
しかもどんなに足掻いても、捕まれた腕はビクともしない。
「無駄だよ、スヴィンセン。そいつ等の力は人の数倍はあるから君でも抜け出せないよ。それにそれ、余の言う事しか聞かないしね。まあ、余が作った物じゃないのが残念だけどさ」
儂は成す術も無く引き摺られる様に連れて行かれ、婿殿に届けと念じながら、心の中で叫んでいた。
――婿殿! ローザ達を連れて今すぐ逃げるのだっ! そしてこの事を他の国に知らせ支援を得るのだ! このままでは我が国は彼の国と同じ轍を踏んでしまう! 頼む、婿殿! ガルムイを! 我が祖国を! 救ってくれ!
それが今の儂に出来る、精一杯の事であった。
年内の投稿はこれで最後と成ります。
年明けの投稿予定は五日頃になると思います。
それでは皆様、今年も残り少なくなりましたが、良いお年をお過ごし下さいませ。
一月五日追記
リアル多忙のより、8日前後の更新になりそうです。
大変申し訳御座いませんが今しばらくお待ち下さい。




